バーサーカーの方のローラン 作:隣の家に晩飯凸する止まらないゴルシ
どうか悪しからず。
カルデア唯一のマスターたる藤丸立香の鍛錬には、いくらかの方針があった。まず、身体強化施術を受けさせること。そして、その上で魔術による強化を施すこと。無論、直接的外科手術による強化施術は、手術を行う術師やらなんやらによって、リスクとリターンが変動するのを見れば、リスクが勝る。それ故、シール形式のナノタトゥーによる強化を、ローランは採用した。
次に、武器だった。これはどうにも、一番の悩みの種であった。生存率云々を語るのであれば、否応なしに銃を持たせねばならぬ。しかし、この都市において銃は、ただ弾一発を撃つだけで、途方もない額のカネが溶けるの代物だ。なにより、ある程度の実力がある者には、銃弾は見切られ、弾かれる。ともなれば、自然と近接武器が唯一の選択肢になるが―。
「で、マスターはどんなのがいい。」
「どんなのって……。」
二人は今、都市中の工房を見て回っていた。この都市において、大抵のフィクサーや実力者は、基本的に皆工房で作られた武器を使う。工房武器の前では、ただの武器などガラクタに等しいが故だ。
「そう……だなぁ。ローランみたいな、大剣はかっこいいと思うけど…。」
「剣ね……大剣はやめておけ。マスターくらいの体格じゃ、あれは重心移動に成れなきゃただのハンマーだ。そうだな……これなんかはどうだ?」
そう言ったローランが指さす先にあったのは、刃渡り50センチ程の、両刃の剣だった。鍔は無く、藤丸でも片手で持てそうなくらいの重さだった。
「これは?」
「グラディウスっていうタイプの剣だな。刃渡りも長くない、重さもちょうどいい……マスターなら隠し持てるくらいのサイズだ。しかもどうやらこいつは……。」
ローランがぺらぺらと喋る内に、藤丸はこの剣の刃を眺めていた。その刃に映る、己の顔を。まるで―そう、極上の美女を前にするような、最後の晩餐を前にした罪人の様な、そんな気持ちで。その胸中を渦巻く感情が何なのか―藤丸は、それを知っている。それを何と呼ぶのか知っている。けれど、目を逸らそう。今はまだきっと、それに名を与えるべきではないから。
「(本当に?)」
本当に、目を逸らすのか? 己の犯してきた大罪から、目を逸らし続けて、許されるとでも? いや、そもそもお前は、結局のところただの人ご――。
「マスター!」
はっと、ローランの一声で藤丸は現実へ引き戻された。あぁ、いけないと思う。ブリテンの時から、己の顔を見るといつもこうだ。果てぬ自虐で己を嬲り、そして悲しみの泥に沈みゆく。そのせいで、薬がなければ夜も眠れないくせに。こんなところで、他人に迷惑をかけることは許されない。
「あ、あぁごめん。それで?」
「あぁ、どうもこいつは高熱を発して、相手を焼き切るらしい。熱の温度は……すごいな、一瞬だけなら5772ケルビン。太陽レベルだぞ。」
「へぇ……それじゃあ、これでもいい?」
「俺は構わない。どうせ俺のだが俺じゃないカネだ。パーッと使っちまおう。」
そうして、二人は会計へと向かった。この後は、情報収集も兼ねた依頼が一件。何もなければ、藤丸がこの剣を鞘から引き抜くこともあるまい。
なお、会計で提示された値段を見たローランの意識が、ほんの数瞬消えたのは語るに及ばない。
会計を無事に終えた藤丸は、鞘を脇に備え、パッと見たところ、あぁフィクサーか、と思われるくらいには、しっかりとした格好になっていた。
これから行う依頼は、ごくごく初歩的なもので、言ってしまえばただの人探しだ。最も、都市における人探しが、どの様な結末を迎えるのかは、語らなくともよいだろう。
ローランは己のマスターたる男に、都市とはどんなところなのかを、教えるためにこそ、この依頼を引き受けた。血と腐った肉の臭いに満ちた都市で、いくらでも起こるような出来事を知らねば、やがて藤丸は壊れる。そうでなくても、今の摩耗した精神では、長くは持たない。
彼の魂を、一皮むけた状態にするには、今が最適だし、今しかない。でもなければ、彼は今すぐにでも死ぬだろう。つまるところ、ローランは己の実体験から藤丸のそれを考え当てたのだった。
今に至るまでの旅路で、既に藤丸立香の精神はボロボロになった。彼のサーヴァントとして、ローランは彼を強く鍛えねばならないし、だからこそ、苦渋の決断を経て、この依頼を受けたのだ。
「マスター。」
「うん?」
「ここは…都市は、マスターの住んでた世界なんかより、よっぽど悲劇的で、残酷だ。だからこそ、俺が言えるのは、一言しかない。」
希望を捨てるな。そうローランは締めくくった。藤丸にとって、すでにそれは聞き飽きたセリフであったが、それが胸に残ったのは、それは彼がヒトであるから―言わば、諦めきれないからだった。
「おう? 何だァお前らは……。」
思考に浸り続ける暇もなく、現れたのは、人の形をした何かから、肉を取り出している人間だった。
「…マスター。剣を抜け。」
言われた通りに、剣を引き抜き、それを構える。人の形をした何かが、死体であること、そして、それが捜索対象であることは、すでに理解していた。だが、この柄を握る両手が、かすかに震えるのは、何故なのか。
「おぅ~い。お前らは何なんだ~?」
目の前の男は、何かに酔っている風だった。自分はハイなんです、というのが動きから見て取れた。
「フィクサーだ。お前がモツを抜きとってるそいつを探しに来た。」ローランが答えた。
「ん~? それじゃあ帰って……依頼報告でもしてろッ!」
男が走り出す。どうやら中々値段の張ったであろう強化施術を施しているようで、藤丸は咄嗟に反応できない。
「おっと、まずは俺からだな!」
男の突き出したナイフは。ローランの大剣に…デュランダルに止められた。男は小さく舌打ちしてから飛び退った。
男はにっと笑ってから、高く跳躍した。どうやら、何としてでも藤丸を先に殺したい様だった。無論、それをさせるローランではない。
藤丸が動くよりも早く、黒い剣が、空を跳ぶ男の脇腹を切り裂いていた。仮にも、特色と同じ戦闘力を持つフィクサーに、その行動は隙だらけだったのだ。
「ふぅ……まぁ、捜索依頼ってことで発見はしたな。」
デュランダルを鞘に直したローランは、捜索対象の死体へ歩み寄り、諸々の調査を始めた。藤丸が剣を鞘に直そうとして、ふと、さっきの男に目をやる。
いない! ローランが反応するより早く、直しかけた剣を引き抜き、周囲全体を薙ぎ払う。
「ぐぁ……ッ!」
案の定、音を殺してそいつは背後に近づいてきていた。脇腹の傷口からは、血が滝のように流れ出ている。加えて、今の薙ぎ払いで、骨までとはいかずとも、腕にも新たな傷ができているのが目に見えた。
柄を握る手が震える。オリヴィエは、こんな時は落ち着いて対処しろと言っていたが、できるわけがない―こんな極限状態で、簡単に落ち着ければ苦労はしない。でも。
でも、恐れるのはそろそろ止めよう。もう手は汚れている。億を超えるヤガの、人々の、妖精たちの血で彩られている。
ならば、覚悟の時だ。
藤丸は、己が剣の柄を強く握りしめ、剣はそれに応えんと、金切り声を上げながら、その刀身を赫く発熱させる。
そして藤丸は、確たる覚悟を以て、男を肩口から斜めに切り裂いた。男は驚愕の表情を浮かべながら死に、ローランはそれを見届けた。
藤丸立香は、息を荒げながら剣を鞘へと直し、深呼吸を繰り返した。
最早、ただの人間には戻れぬ。美しい青春を過ごすはずだった日々は過ぎ去った。今や己は血塗られた手をそのままに、前へ進まなければならない。
覚悟は終えた。前へと進まなければ。