バーサーカーの方のローラン 作:隣の家に晩飯凸する止まらないゴルシ
人を殺すというのは、慣れないものだと藤丸は思っていた。だが、いくつもの命を奪ってきたと言う罪の意識に苛まれる中、己の手で奪った命は、まるで人のそれとは思えぬような重さだった。
「マスター。」
ローランが缶コーヒーを手渡してくる。どうもブラックコーヒーらしく、一口含むと、その苦さが口に広がり、喉の奥へと浸蝕を始めた。それがどうにも慣れず、二口目をすぐ飲む気にはなれなかった。
「悪いな、正直今回の事は企んだ…ってのは違うが、まぁテストみたいなもんだったんだ。」
曰く、この都市で、人を殺すことができるか。そして、罪の意識に吞まれないのか。それを、試したかったらしい。だとすれば、とんと見当違いだ。罪の意識には、当の昔に吞み込まれている。そして、そこから這い上がることもできないくらい、藤丸はもう限界だ。
それでもなお、まだ立ち上がるのは。
「死にたくないからね…。」
「あぁ、そうだ。みんな死にたくないんだ。だが、だから他人を、ひいては、自分の事を殺してくるような奴らに、容赦は要らない。それを教えたかった。」
ローランは、「どうにも俺は教えるってことにとんと向いてないらしい」というと、スーツの内ポケットから、黒い仮面を取り出した。それを手渡された藤丸は、見覚えのない代物に、疑問を発した。「これは?」
「認識阻害仮面……昔、俺が使ってたヤツだ。色々あって、一時期はこれを着けててな。」
ローランは、どこか遠くを見つめるような眼をしたまま語り始めた。
「まぁ、一回アンジェリカにぶッ壊されたんだが、それを直して……今は、仕事をするとき、それを着けとけ、マスター。」
ローランはそう言うと、微笑んで、藤丸の頭をくしゃくしゃ撫でまわし始めた。お前はよくやったんだと、言わんばかりに。
「さぁて、うちに帰るぞ~! 今日はハムハムパンパンでパジョンだな!」
「えぇ? 一昨日もじゃなかったっけー、ローラン?」
二人は、何気ない会話を交わしながら、歩き始めた。だが、その会話を盗み聞き、その二人の姿を盗み見、そしてその全てを把握したものが一人居たことに、ローランは気付かなんだ。
その者はつぶやく。
「
くつくつ。くつくつと、その者は笑うのです。邪悪な笑みを浮かべて、金の指輪がはめられた指で、己のコートを掴んだまま、くつくつと。
「まぁいいとも。であるならば、都市はお前たちを歓迎しよう。今のところはね……。」
そして、辺りには誰も居なくなり、ただ、静寂のみが、後に残った。
ローランと藤丸が依頼を終えた一方、オリヴィエはというと、彼は図書館にまつわる情報の精査に勤めていた。オリヴィエは既に、藤丸とローランの関係性を理解するのに伴い、この世界―あるいは時間軸と言ってもよいだろう―が特異点と呼ばれるそれであること、彼らはその修復に来たことを理解している。
その上で、藤丸のサーヴァントたるローランの通ってきた、都市の物語をも聞き入れた。だからこそ、彼には調べ、把握することがあった。まずは、あの青い残響―アルガリア率いる残響楽団の有無。そして、この空間を特異点たらしめている聖杯のありかである。
彼の調べによると(少なくとも、ハナ協会の資料上では)アルガリアはピアニストの出現後に姿をくらませており、それ以降これといった話は無かった。だが、オリヴィエはそこに違和感を感じた。アルガリアについての―青い残響についての情報は、確かにピアニストを境にぱったりと途絶えている。それ以降、
まさかローランがアンジェリカの立場と反転しているとはいえ、あの青いキチガイ(ローラン談)がローランを弟のように可愛がるはずもあるまい。ならば、残響楽団はやはり結成されていないとみるのが自然だ。とはいえ、予想を事実とするような愚は犯さぬ。ここは一度しっかりとした調査をするべきだろう。
次に、聖杯のありかについて。これはとんと見当もつかぬ、というのが現状だ。特異点の中心にあると仮定するならば、恐らくはA社…だが、それは最も考えたくない可能性だ。頭とやりあうなどと言うのはもってのほか。宇宙が誕生するという奇跡をもってしても、頭に勝てるはずがあるまい。ともなれば、都市の地下に広がる遺跡…その最深部だが、これといって何か噂がある訳でもなかった。
「分からないことだらけだな……」
オリヴィエは頭を抱える。残った可能性といえば、それこそ図書館くらいだ。だが、全てを叶える万能の願望機と言われる聖杯が、仮に図書館にあるとして、なぜそこの館長はそれを使わない? まさか、使うのを戸惑ったなどという話ではあるまい。ローランから聞くに、自由というそれ自体に執着していたアンジェラならば、当の昔に使っているはずだ。そして、アンジェラが聖杯で自由を手に入れたならば、指定司書達が光を再びばら撒いても良いはずだ。(最も、聖杯の願いの叶えかたによっては、その限りではないが)
「一応、ローランに連絡を入れるべきだな。」
どのみち、彼らが図書館に突入するにしても、ローランと藤丸の二人だけというのは、些か心もとない。叶う事ならば、もう一人くらい、特色相当のフィクサーが欲しい。オリヴィエはそう結論付けると、座っていた椅子から立ち上がった。
「さて……。」
コーヒーでも飲んでから、ローランに連絡するとしよう。ブラックは切らしていただろうか。
時は少し巻き戻り、依頼報告を終えたローランと藤丸の二人は、ハムハムパンパンでの腹ごしらえを終え、拠点に戻っている最中だった。霊脈の存在は確認でき、そこに拠点兼工房を造ったものの、やはり相も変わらず、簡易召喚は不可能だった。
そして、なによりローランの受肉は正にこの特異点解決における、今のところ最大の謎だった。
「全く謎だな。」
「うん。サーヴァントとしてのつながりが切れてないのは分かるのに、サーヴァントとしての強化ができない。令呪も効かない……でも、意識はカルデアのローランそのもの。」
令呪による強化は効かなんだのは、既に試していた。令呪は正常に消費され、魔力の消費も体感できたものの、肝心のローランに強化が行き届いていないのだ。そもそも、何故ローランが受肉したのか?
「なんで……なんで、受肉したんだろう」
「分からん。都市の禁忌として、複数人の同一人物がいる場合、7日以内に一人になるまで数が減らなければならないってのはあるが……どうも、レイシフトして、この特異点に降り立った時に何かがあったんだろうしなぁ。」
『その問いに答えて差し上げよう!!!』
ローランと藤丸の鼓膜を破らんと、爆音で流れてきたのはカルデアにいるダヴィンチの声だ。どうも先ほどから通信機の電源を入れられていたらしい。特異点とカルデアと言う、そもそもの世界線が違うはずの此処に向かって、遠隔操作の命令を送受信できるのは驚きものだが、ひとまずはその殺人的音量を何とかしてもらいたい。
「いてて……鼓膜が…。」
「いまハッキリと受肉してるって確信持ったぜ……いてぇ…。」
『てへへ、ごめんごめん』
テヘペロ! と擬音が見えるようなポーズをわざわざとるのは、如何にもダヴィンチといった様子だ。
『さて、その肝心の受肉の問題に関してだけど、恐らく、サーヴァントとしてのローランが、この世界のローランに上書きされたんだろう。』
「上書きィ?」
『そう、上書きだ。
「おいおい、ちょっと待てよ。この特異点にいる俺は死んでるんだぞ? 上書きも何も、上書き対象が居ないんじゃ……。」
『本当にそうかい? 何か、心当たりは?』
藤丸にはない。けれど、どうやらローランには有るらしい。
「……考えられるなら、アルガリアだ。あのキチガイが確保したこの特異点の俺の死体に、カルデアの俺が上書きされた…あいつは妻の死体を……仲間に作り替えさせて、俺の前に出してきた。この特異点の俺とアンジェリカの立場が、変わっているっていうなら、その可能性も無きにしも非ずってところだろうが…」
だが、何故? 動機が思い浮かばない。オリヴィエから聞く限り、この特異点でも、ローランとアルガリアは、お世辞にも仲がいいとは言えなかった。であるなら、アルガリアがローランの死体に関心を示す訳もあるまい。ともなれば、ゼホンが―人形師が、アンジェリカへの私怨で作り替えた。そのために、死体が確保されていた…?
藤丸は頭を抱え、ローランはぶつぶつと自問自答を繰り返し、ダヴィンチはそんな二人を通信機越しに眺めている。
謎が謎を呼び、それは結果的に、カオスな状況を生み出していた。ダヴィンチは、相も変わらず仲のいいコンビだと思ったそうな。