理想でお腹は膨れないし、理想で夜露は凌げない。
しかし理想は人を動かす。
彼らに食事を用意させ、豪華な邸宅を建てさせることができる。
『この場にいる奴で、女子供を縊り殺したことのあるやつは居ないんだろうねぇ』
ご立派なもんさ。シーマは心の中で吐き捨てつつ、艦隊司令としてキリリとした表情を作った。
ホールにはデラーズフリートの将官のみが集まっており、先ほどの報告による熱気が冷めやらぬようだった。
<核兵器搭載の試作モビルスーツを奪取せり>
全員がガトーの功績を称えながら盛んに情報交換をし、互いの艦隊・部隊の連携や協力関係を確認している。
『星の屑作戦』
彼らの悲願である戦争計画。シーマは詳細が分かり次第即座に売り払い、連邦に寝返る算段であった。
しかしそのために、彼女はこれ以上異物扱いされるわけにはいかなかった。
シーマ艦隊は毒ガスによる虐殺の実行犯であり、はっきり言って信頼されていない。
とにかくどこかで功績を上げ、作戦の詳細を手に入れる必要がある。
「シーマ中佐殿」
取り入れそうな将官を探していたシーマがふと視線を落とすと、小柄な青年男性が敬礼をしていた。
彼女は記憶の中から人物を特定すると、階級の低さに内心舌打ちした。
「ビィ中尉だったかい?坊やの大将はもう帰っちまったよ」
彼はガトーの部下では最も優秀なパイロットとして、シーマも記憶していた。
ガンダム奪還作戦でも護衛として随伴し、追撃してきたMSを単騎で撃退したと聞く。
ガトーの下でニコニコしている不気味な腰ぎんちゃく。シーマの感想はこの程度だった。
「はっ、本日は私的にお話をしたく、参上した次第です。まずはこちらを」
そう言ってビィはシーマに一冊のバインダーを開いて差し出してきた。
その表紙にシーマは絶句し、常に持っている扇子を取り落としそうになった。
『星の屑作戦実行における分析結果』
シーマはバインダーを受け取り、すぐさま閉じてビィを睨みつけた。
「どういうことだい?ビィ中尉」
罠ではないのか、十分あり得る話だとシーマは考えた。
ガトーは常々こちらを疑っており、真偽を確かめるために手を打ってきた可能性。
であれば書類を即座にデラーズへ持ち込み、偽りなく報告すべきだ。
「小官の目的はデラーズフリートに属しながら、機を見てシーマ様の艦隊に匿っていただくことです」
同じことを考えていたのか、それともこちらの思惑に合わせようと見せかける嘘か。
シーマは扇子をパチリと閉じると、廊下へ踵を返した。
「ついてきな中尉。ウチの艦内で話を聞こうじゃないか」