コロニーがアナハイムのレーザーで月の軌道を外れた直後、コロニー前面のデラーズ・フリートは正面に立ちふさがる連邦艦隊を確認した。
「航路の真正面に、壁のように正対している。完全に読まれていたな」
静かな艦橋で、デラーズの冷静な声が響いた。
しかし長い付き合いのクルーは、その声がいつもより硬いことがわかっていた。
画像解析の結果、相手の戦力はこちらの1.5倍。
さらにコロニーを護衛する観点から、こちらは行動が制限される。
不利と言わざるを得ない状況で、シーマの声は一切の動揺を伺わせない。
「よりどりみどり。閣下、奇襲は海兵と決まっております。先鋒は我らにお任せください」
理にかなっている。そして今までの彼女の進言は全てそうだった。まるで予知していたかのように。
デラーズはガトーをちらりと見て頷いた。
「いや、ここはMAの突破力を勘案し、ガトー少佐に任せる。わしとシーマ艦隊が戦線を支える。その間に先行、迂回して敵の側面を叩け。敵をコロニーより引きはがし、主戦線とガトー艦隊でL字のように包囲するのだ」
「は!大儀無き者どもをことごとく葬り去ってご覧に入れましょう」
シーマは思案するように斜め下へ視線を向けたが、すぐに顔を上げた。
「了解しました。勝利の栄光を閣下に」
ガトーはデラーズに敬礼を送り、シーマを無視したまま艦橋から去っていった。
シーマは肩を竦めたあと、同じく踵を返す。そこにデラーズの底冷えするような声がかかった。
「シーマ中佐。貴官はここで指揮を執ってもらおう。ザビ家に信頼された者しか乗艦できないグワジン級戦艦での指揮だ。名誉なことだぞ」
「ケリィ大尉と私は即座にMAで出撃、艦隊は私に続け。敵の側面に回り込んで突撃をかける」
<ペール・ギュント>に戻ったガトーは、主だった将兵をブリッジに集めて作戦を伝える。
全員が傾注する中、ケリィは自身の役割を理解したように大きくうなずいた。
「ビィ、イザベラ、カリウス、以下MS部隊は戦場に接近してから全機発艦。艦隊を護衛しながら戦線を維持せよ。戦線の管理は艦長に任せる。敵の一部隊でもコロニーに張り付かせるわけにはいかない。我が隊こそコロニーと敵の間にある唯一の防衛ラインである」
ガトーと長く戦線に立ってきたカリウスや艦長が踵を鳴らして敬礼をすると、全員がそれに倣った。
そしてガトーとケリィはMAハンガーに向かって歩き出した。二人だけの通路でケリィが尋ねた。
「側面攻撃は分かる。しかし我々が離れている分正面は手薄。ただでさえ劣勢だ、敵が出合い頭に突撃して来たら粉砕されるぞ」
「大丈夫だ。デラーズ閣下は敵の狡猾さを逆手にとっている。当分突撃はできない」
「閣下、銃を突きつけられては、恐ろしくて指揮を執れませんわ」
「ぬかせ。しかしこれで貴様の艦隊は戦線を離れることもできまい。敵は敵で貴様の艦隊が反乱を起こす瞬間を待って消極的にしか動けない。その隙にガトーが側面を叩く」
「完璧な作戦だねぇ。不可能と言う点を除けば」
デラーズは司令席に座ったまま銃をシーマにピタリと合わせている。
それに対して扇子を肩にのせたシーマは、口調を戻した。
「本性を現したな。獅子身中の虫め」
「はは、アタシは何も変わっちゃいないさ。あの虐殺以来ね」
「まだ信号は来ないか」
指揮官席でワイアットはティーカップを少しゆすりながら呟いた。
参謀長は汗を拭きながら頷く。
「何かあったかもしれません。これでは長射程攻撃の時期を逸しますぞ」
湯気立つ香りを楽しみながら、ワイアットは迷いなく決断した。
画像解析で判明した連邦から見て敵右翼、デラーズ艦隊とガトー艦隊の間を照準した。
自軍左翼は正面がシーマ艦隊なので初撃には参加しない。
「初撃が全力でないのは戦艦乗りとして、紳士として失礼かもしれないが致し方ない」
強気のレディーに当てるよりはマシだろう。
ワイアットは小さく笑い、立ち上がった。
「全軍に打電、『我、決戦ノ火蓋ヲ切リ、勝利ヘノ号砲ト成ス』撃てぃ!!」