膠着する戦線において、ガトーのMAが横合いを切り崩しつつある。
余裕の出てきたデラーズは、近衛がシーマに銃を突き付けていることを確認し、会話を始めた。
「ワシは悲しい。汚れ仕事を行ったのは確かだ。であればこそ名誉挽回の機会を与え、導こうと思ったのだ」
「アンタがある面で良心的なのは認めるよ。勝手に悲しんで自分を慰めてな。前提から相容れないのさ」
人それぞれの常識や前提があることが理解できないんだろ。
そう言って突き放すシーマだったが、さて。と呟き、ポケットに手を入れた。
ガチャリと身構える近衛を無視してシーマが取り出したのはサングラスだった。
ゆっくりと広げ、かけながら耳元の髪を払う。
「そろそろお別れだよ」
全員がシーマに注目していて、天井の通気口から落とされた閃光手りゅう弾を見逃した。
真っ白になる視界の中で、バンッバンッと破壊音が響く。
思わず立ち上がったデラーズは横合いから腕を取られ、銃を奪われながら地面に押しつけられた。
クルーが復帰するころには、艦橋は様変わりしていた。
扉が破壊され、近衛は銃殺され、司令官は兵士に組み伏せられている。
自分たちの眼前にも屈強な男たちが銃を向けていた。
シーマはサングラスを捨てながらゆっくりと司令席に座ると、優雅に足を組んだ。
「言っただろ、奇襲は海兵隊だって。まぁ最後にこの椅子に座れたんだ。クックック、感謝してやるよ」
「シーマ!貴様ぁ!」
シーマの高笑いと共に、デラーズは首筋にチクリと痛みを感じた。
他の兵士にも何かしているようで、みるみるうちに体が動かなくなる。
シーマは立ち上がり、部下に命じてデラーズを司令席に座らせた。
服を軽く払った後、シーマはマントを翻した。
「じゃあね閣下。10分間、最高のショーに痺れるといいさ」
「残らず頂いてくよ。どんどん詰めな!」
シーマは接舷した<リリー・マルレーン>で指示を飛ばした。
軍事物資、食糧、重要書類、高価な装飾品まで無駄なく運び出す手並みは、軍人と言うより海賊が似合っていた。
艦内の主要部は制圧され、外面にはまだ裏切りがバレていない。
どうせ沈む船なのだからと海兵隊は遠慮がなかった。
「積み込み完了!これ以上は逃げ足が落ちまさぁ!」
「あいよ!お前達、ずらかるよ!」
<グワデン>は今頃指示を求める無線が来ているだろう。そろそろ誰かが感づくはずだ。
シーマは信号弾の発射と、最後の細工を起動する指示を出した。
頭上に上がる信号弾と一斉に連邦の陣へ転進する艦隊を見ながら、シーマは扇子を開いた。
「消えな、忌まわしき悪夢と共に」
再び扇子が閉じられた直後、連邦側がコロニーの異変に気付いた。
ワイアットはその光景を眺めながら、艦隊に陣形変更と前進を命じる。
「終わったな。必勝の策とはこういうことだ」
その時、デラーズは動かない手足と格闘していた。
しかしコロニー側を映しているモニターの異変に気付き、見てしまった。
コロニーの前後から赤い筋が走り始めたのだ。それはガラスのひび割れのように、木の枝のように複雑に分岐し、全体を覆っていく。
そしてこれが連鎖的な爆発であることがわかると、デラーズは心の中で絶叫した。
シーマ艦隊はコロニー奪取の際に爆薬を仕込んでいた。
しかしデラーズとてその点は警戒し、合流した後に一度工兵に確認させていた。
写真を見ても柱などの構造物に爆薬が仕掛けられた様子はなかったはずだ。
ビィ中尉からの報告や映像も不審な点は無かった。
何故、と繰り返す頭にシーマの過去がよぎった。
奴らは毒ガス注入作戦を実行した海兵隊。
コロニーには縦横に通気用の空間が通っており、それは表から見えるものではない。
まて、ではなぜビィ中尉は報告しなかった。
彼はガトーから監視役を命じられていた。
いや、そもそもシーマの裏切りを判断したきっかけは何だ。
奴ならガトーの作戦書を盗めた。
『最初から、全て!』
全てがデラーズの中で繋がるとき、赤い筋もコロニーを覆いつくした。
デラーズの心と、コロニーは同時に崩壊を始めた。
「お……れ……お、の、れ」
薬が切れない中デラーズの絶叫はかぼそかった。
ガトーは絶叫すらできなかった、周囲の敵をなぎ倒しながら絶望と怒りと戦場の興奮が心をかき乱した。
正義の剣は砕け散った。後に残るのは地獄の混沌のみ。
「ぐぅうう……おのれシーマ!」
一度座席を殴り、自身を強制的に諫めると通信を開いた。
『ガトーだ、全軍撤退せよ。生きてアクシズへたどり着け。私はここで修羅とならん』
短い通信の後は仲間たちの絶叫がこだました。
ヴィリィ艦長は静かに別れを告げ、味方を収容していく。
カリウスが雄たけびを上げて敵艦に突っ込んでいく。
壮絶な怒りが、戦士たちの肉体を抜けて宙域を飛び回っている。
覚悟を決めたガトーは、最後の踏ん切りをつけるべく、僚機に無線を開いた。
「イザベラ少尉。聞いての通りだ、撤退しろ。妹を死地に残すわけにはいかん」
「……あー、言っちゃった。ついに言っちゃったよ、コイツ。妹って言っちまった」
おぞましい声だった。低く、かすれた、ひび割れた声。
ノイズに交じって背筋を掴んでくる声。
「言わなきゃ一撃で殺してやったのになぁ!」
とっさに振り返ったノイエ・ジールの両肩を、ビームサーベルが貫いた。
二人の死霊は笑っていた。