シーマ艦隊の旗艦「リリー・マルレーン」の娯楽室はあわただしかった。
彼女が旗艦に客を招くなど滅多にない。しかも応接や私室ではなく娯楽室に現れたのだ。
元々荒くれなクルーたちは、取り巻きとして見物しろという意味だと解釈し、暇人は廊下まであふれていた。
「おい、あいつってガトーの小姓じゃねぇか」
「姐御も好みが変わったかな」
ビィはシーマのこめかみに血管が浮き出ているように見えたが、それでも異物とのやり取りをオープンにしておきたいのだろう。計算高く情に厚い。
シーマは中央のソファにどっかと腰を下ろし、対面の席を促すこともせずに声をかける。
「それで、まずは坊やを信じる材料を提示してほしいねぇ。さもなきゃこいつはすぐに報告する」
ビィは直立のまま、にやりと口角を上げる。腰ぎんちゃくの愛想笑いではない。
「デラーズフリートにおいて、私は身分を偽っております。本当の出身は故キシリア様の突撃機動軍。皆様と同郷でございます」
「バカな冗談はおよし。坊やの歳ならまだ成人すらしてないだろう」
周囲も笑い飛ばしていたが、これは古巣を持ち出された不快感を出さないためだ。
やはり気持ちの良い人たちだと、ビィは安堵し、急に口調を変えた。
「キシリア様はある日、小姓からタートルネックを受け取った。しかし閣下は着方がわからず、襟を返さずマスクのようにしたのさ。恐れながらと小姓が指摘すると、閣下は『この方が嫌な空気を吸わずに済むから機能的だ』とおっしゃった。それ以降ネックを折り返してる士官は行方不明になったそうだ」
野次馬たちはぽかんとした顔で沈黙した。
それが5秒ほど続くと、突然シーマが笑い出した。
珍しく、膝を叩きながらの大爆笑。
「あぁそうか!坊やは本当に!クックック、失礼。その話は久しぶりに聞いたもんでね」
副官のデトローフは二人の間に入るとシーマに尋ねた。
「シーマ様、そいつは一体」
シーマは時折笑いながら、ついでにビィに座るよう促す。
「さっきのはキシリア閣下の将校が贔屓にしてたバーで流行ったジョークだ。こんなバカ話他では言わないだろうから、この坊やは少なくともバーに入ったことがあるのさ」
「未成年でしたから、上官が飲み終わるまで隅っこにいましたよ」
シーマは扇子をいじりながら、会話の先を読み始めた。
「で、ガトーを援護した腕だ。もとからパイロットだったってわけかい。しかも少年兵で乗るほどの訳あり」
「はい、シーマ様はニュータイプという分野についてご存じでしょうか。私はその実験体でございました」
シーマは概要だけ聞いたことがあるので頷く。それを受けてビィは説明した。
ビィはNT研究の一環として、NTの早期発見や因子の発現をコントロールできないかというテーマの下、集められた孤児達の一人だった。
選抜された彼らは幼いころから空間認識や知覚を広げる実験を施された。
結果として、戦場でMSを操ることが一番可能性があると分かり。ビィたちは秘匿部隊として戦地に降ろされた。
過酷な戦場の中で、彼らは兄弟姉妹のように団結し、一部はNTに覚醒した。
ただし、激しいトラウマや障害を抱えることになった。
「私たちは力を蓄え、機を見て現地司令官を殺害して逃亡したのです」
脱走兵と嫌われ者達。シーマは納得するそぶりを見せるも、扇子でバインダーを小突いた。
「んで、大方地上にも馴染めずまた戦場に来たってわけか。まぁいいさ。そろそろ坊やの計画を聞こうか。あたしらを利用して何しようってんだい」
庇護を求めるだけならいくらでも手はあったはずだ。
それこそこのバインダーを手土産に連邦に行ってもよかった。
汚れ仕事が待っていそうな予感がシーマをわずかにいらだたせた。
「星の屑作戦を利用して安住の地を確保する。これが目的です。ついでに言うなら」
ビィはこの場の全員に向けて言う。
「偉い人のデカい顔って、癪に障りません?」