私、セフィの朝は、所長へ書類を運ぶところから始まります。
ぱたぱたと忙しなく、捕虜収容所の所長室へ向かいます。
このところ渡す書類も増えました。しかし収容所の規模を考えれば、最初が少なすぎたのです。
すでにここ、サイド3、ジオン捕虜収容所コロニー<ジャスミン>には400万人の“捕虜や社員”がいるのですから。
シーマ様は演説の通り、捕虜たちと新たな暮らしを始めたのです。
暮らしには衣食住と職である。シーマ様はあらかじめそれを用意されていました。
今回の戦で、シーマ様は2基のコロニーをぶつけて1基を落とすように指示されていたらしいのですが。
1基を改造して落とし、もう1基はそのままちょろまかしてしまったのです。
コロニーを1つ盗んだシーマ様はそのまま連邦と交渉し、コロニー<ジャスミン>を捕虜収容所として連邦の物資を獲得しつつ、居場所としたのです。
私は所長室の扉の前にある表札を見ます。『社長室』
シーマ様は意地っ張りです。正式には所長なのに、社長呼びを諦めていません。
もちろん私は無難に切り抜けます。
「シーマ様、書類をお持ちしました」
「お、嬢ちゃんじゃねぇか、お疲れさん」
偶々居らっしゃったゲールさんが扉を開けてくれました。
顔や口調は怖い人ですが、多分優しい人です。
「あー、セフィ、それ置いたらコーヒー淹れてくれないかい」
すでに紙束と端末の前で格闘しているシーマ様は、一枚の紙を手に取っていらっしゃいました。
そのヘッダーには『GT』の文字。
捕虜収容所は連邦軍の持ち物ですが、実質的にはシーマ様、いや、GT社(ガラハウ・トランスポート社)が専有しています。
社会復帰の名のもとにシーマ様が立ち上げた、官民共同の企業です。
捕虜収容所で数年間問題が無ければそのままGT社の社員となることができます。
GT社は宇宙の配送業者で、各コロニーや地球の間で物資を運送する仕事を請け負っています。
元々捕虜の人達は船乗りやパイロットですから、輸送船の操艦や、重機操作は楽な仕事でしょう。
つまりシーマ様は連邦から社屋と資本、ジオンから人員を堂々と盗んできたのです。
そして連邦軍からの援助もあり、格安の運賃と高い信頼性から、GT社はアナハイムの部品すら輸送しています。
当然輸送物資を盗んだり、アクシズへ脱走する者も出てきますが、それは捕虜の脱走として、GT社と連邦軍が協力して追い詰めますから、脱走なんてできません。
それどころか待遇や環境が良いため、辺境のジオン残党軍などは直接ここに投降しに来たくらいです。
私は酸味を強めにコーヒーを淹れながら、お二人の会話を聞いています。
「あれは最近どうしてる」
「やっと新婚生活が安定してきたのかね、外で暴れ過ぎないように説教する毎日だ」
「……乳繰り合っている時が宇宙にとっては一番平和なんて、いや、飼い主のあんたも大変じゃないのさ」
「さらっと押し付けんな。飼い主はあんただろ、俺は飼育係だよ」
笑うのをこらえながら、お二人にコーヒーを出します。
そう言えばイザベラ様に暫くお会いしていません。シーマ様にあきれ顔で止められたので事情があるのでしょうが。寂しい気持ちはあります。
コーヒーの香りを楽しみながら、シーマ様は先ほどとは違う紙をゲールさんに渡します。
シーマ様は端末をいじりながら、指示を与えているようでした。
「じゃあ二人に仕事だよ。一方は“この艦には手を出すな”っていう事と、“これは潰せ”っていうリストだよ。潰すほうの塩梅はどうでもいいと伝えときな」
「手を出すな?……成程、赤い彗星がアナハイムにね……ハマーン摂政殿とは折が合わなかった感じか」
「だろうさ。まぁしばらくは泳がせるよ。実はその摂政殿とも連絡を取ったんだがね」
ガタリとゲールさんが腰をあげ、部屋を見渡し、ついでに私も見ていました。
シーマ様はひらひらと手を振りながら笑います。
「なんて言ったと思う?『シャアが私の事を嫌っているようなのだが、女性としてアドバイスをもらえないか』って真面目な顔して言うのさ」
「なんだぁ!?あの噂は本当だってのか。じゃあむしろくっつけちまった方が楽じゃねぇか、諸々」
二人が大笑いしているので、私もニコニコしてしまいます。
すると私の方を見て咳払いをするので、不思議です。
「まぁそうなんだよ。近々恋する乙女にプレゼントでも渡そうかと思ってるよ」
「なんだ?新型MSの設計図MSN-1122……ハマーン専用、祝式ぃ?これはまた、ブリブリだな。俺がアクシズ兵なら卒倒する」
「アタシ面倒くさくて、つい言っちまったのさ、相手が折れるまで押して押して押しまくれって」
「……火種どころじゃねぇぞ」
なんだかよくわかりませんが、イザベラ様。
「そうだ、セフィ。ゲールがこの後あいつらの新居に行くんだ。明日出発だから準備しておきな」
ここは平和です!