シーマが士官に案内され司令官室に入った時、彼はカップをソーサに戻し、テーブルに置いたところだった。
「失礼、紅茶は熱いうちが良いのでね」
「いえ、お会いできて光栄です大将閣下。シーマ・ガラハウ中佐です」
敬礼をすれば、初老の男はゆらりと立ち上がり、背筋を正した敬礼を返す。
「グリーン・ワイアット大将です。さぁ、中佐。ここでは士官もみていない。ざっくばらんにいこう」
大将という位にふさわしい年期と狡猾さを併せ持った眼光。上品な立ち振る舞いに隠されない軍人らしい剛毅さ。
なるほどとシーマは納得しながら、促されるまま対面に座り、取引材料をテーブルに置いた。
「こちらがデラーズの戦争計画書です」
「拝見しよう。ではその間に飲み物はいかがかな。良い酒もある」
「では僭越ながら、こちらを開けませんか。地球の災禍を生き残った一品です」
そういってシーマは保温ケースから小ぶりなワインボトルとグラスを取り出した。
まだ協力関係が確定していない相手の出すもの、毒を警戒することもある。
相手を見定めるワイアットの策を、シーマは逆転し見定める側になった。
資料から目を上げ、ワイアットはシーマに笑いかけた。
「なるほど、いただこう。あなたが中佐扱いとは、連邦もジオンも本当に見る目がない」
「閣下にそう言っていただけて、光栄ですわ。それにそちらの計画書を読むにはアルコールの助けがいるでしょうから」
ワイアットとシーマは互いの目線にグラスを上げ、無言で飲み干した。
芳醇な香りと、合成アルコールではありえないまったりとした舌ざわり。
空気を含ませ、転がし、味わうにふさわしい酒。
二人は短くも同じ感覚を共有した。
そこからは紙をめくる音と、グラスがテーブルにつく音だけが響いた。
ワイアットは時折質問をするが、シーマは的確に捕捉を入れた。
全ての資料を確認するころには、ボトルは空になっており、ワイアットが持ってきたブランデーを開けていた。
「これは重要な情報だな。中佐、まず言っておきたいが、この時点で私はあなたと関係者の赦免と支援を確約する」
そう言ってワイアットは一枚の紙をシーマに渡した。
そこには交信記録と、尋問の報告書があり、名前を見たシーマは眉間にしわが寄った。
アサクラなる戦犯の尋問と、裏付け証拠。
シーマ艦隊を目の敵にしたアサクラの陰謀と、毒ガスに関する顛末。
「これを公にすればあなたは無罪放免だ。少なくない犠牲は払ったが、それはワインとこの情報で相殺だろう」
「……閣下はこの情報を受けてどう動かれますか」
「ふむ。この際連邦・ジオン両方の膿を出し切ってしまおうと考えている」
「つまり作戦を一部実現させる、と?」
シーマの中では想定し得る答えだった。すべて防いでは、デラーズの艦隊は再び雲隠れするだろう。
「デラーズの核でジーン・コリニーらの連邦タカ派を一掃し、アナハイムにはコロニー落としの共犯という首輪をかける。その上でデラーズ艦隊をおびき出して殲滅。コロニー落下は阻止する。これが理想だな」
シーマはジーン・コリニー排除の構想に驚いた。
調査上ではワイアットもコリニーも軍部のタカ派だったはずだ。
表情に出ていたのか、ワイアットはクツクツと笑った。
「その様子だと私は大分過激派に思われているらしい」
「いえ、そのような」
「あなただから言うが、私はこの戦争程馬鹿げているものはないと思っている」
ワイアットは一冊の本を本棚からとってきて、表紙を見せた。
『月世界旅行』古い本を丁寧にコーティングしたものらしい。
「この本は宇宙世紀の前。まだ人類は大砲を作ったばかりで、月などは眺めるものでしかなかった時代に書かれたものだ。我々に置き換えれば、銀河団の外へ旅行に行くような発想だろうか」
「しかしこの60年後、人類は月へ到達する。翻って今はどうだ。ミノフスキー粒子は新しい発見だったが、だれか銀河団の外をのぞいたり、冒険を求めたか。いや、安全圏に縮こまってばかりだ」
シーマは話の流れが見えてきたので、相槌を返す。
「つまり戦争より外への開拓に力を入れるべきということでしょうか」
「そうだとも。ギレンの思想は今の生存権で収まる人口に管理しようという。なぜ生存権を拡大しようと思わないのか。地球の管理が悪だからというなら、地球と関係の無い生存権を開拓し、依存しなければよい。これは推測だが、ジオンの思想はザビ家によって歪められた。ジオン・ズム・ダイクンがいれば、デラーズより私に頷くと思っているよ」
失礼、熱くなりすぎたな。そういってワイアットは水を飲み干す。
「まぁそういうわけでな、私はこの馬鹿げたエネルギーが外へ向かうように仕向けたいだけだ。私の娘は結婚して孫もいる。もし孫が宇宙へ出るなら、軍人ではなく、冒険者になっていて欲しいものだ」
年甲斐もなく照れて頭をかくワイアットに、シーマは少し笑いが出てしまった。
「そんなロマンのある男、個人的には好みですわ」
「よしてくれ、如何に連邦軍大将でも、妻の鉄拳には逆らえん」
大虐殺の計画書を挟み、二人はしばし笑っていた。