キヴォトス召喚〜捻れて歪んだ先の分岐点〜 作:熱核戦争先生
D.U.サンクトゥムタワー
帝国海軍欧州大陸派遣艦隊が鐘崎港に入港した時と同じくして、連邦生徒会はその報を聞き、次の仕事に取り掛かっていた。
日本の外交団と会談をするため、会場の選定、会場までのルート策定、ルート上の警備計画の策定、動員する部隊の抽出、交通規制は終わっており、会談日程は翌日からとなっている。
その最終確認と調整をするために、関係各所とのやり取りを日が跨いだ時間から始まっていた。
防衛室
キヴォトスの治安維持を司る防衛室では防衛室長のカヤが、会談当日の警備関連の調整をしていた。
「え?今度は、135~139区域の警備が手薄になるのですか?」
連絡相手はヴァルキューレ警備局局長からだ。
会談は急遽決まったみたいなもので、会場ルート上までの警備ルートには不備が出始めていた。
「では、448~451区域から引き抜いてください。はい、その区域はへーべ総合学園があります。あそこの監察委員会なら、厄災の狐が襲撃してきても持ち堪えるぐらいには強いですし、代わりに警備任務を頼みましょう。私からは朝イチに言っておきます」
それでも澄ました顔と冷静さで、引き抜いても良い部隊を選定、再配置の代替案を迅速に指示していく。
現場も、自分達の采配で対応はしていたが、ヴァルキューレでは踏み込むのが難しい学園自治区に対しては、連邦生徒会から動いてもらった方が都合がいいのだ。
それからも連絡はひっきりなしに来て、その度に微調整を繰り返していった。
財務室
キヴォトスの財政を司る財務室は、会談当日の予算編成の管理をしていた。
「商業組合から、警備ルート上にある店舗休業による損失補填給付金の要請ですって?分かったわ。財源はこっちで何とかするわ。休業する店舗の数と詳細な資料をすぐに送ってもらうように伝えて」
連絡相手は、財務室幹部の生徒で商業組合からの要請だった。
商業組合以外にも、警備ルート上のオフィスビルに入居してる企業、物流企業、各学園自治区の商業系部活も同様の要請が来ている。
「はぁ...また補正予算の修正ね...」
業務用に使っているタブレットのゴミ箱フォルダーには、修正する度に不要となった予算編成データが量産されていた。
交通室
キヴォトスの交通システムを司る交通室では、由良木モモカはおでこに冷却シートを貼られ、各種鉄道・バス・飛行機のダイヤ調整をしていた。
『うへー...当日の都市交通の運行ダイヤを急いで作ってるけど、間に合わないよ〜もうダメ、勘弁して人間死んじゃう』
『モモカちゃん、誰のせいでこうなったと思ってるのですか?サボっちゃダメですよ?』
モモカの後ろには、アユムがニコニコ顔で自分の仕事をしながらサボらないように見張っていた。
何故こんな事態になってるのか。
遡ると5時間前まで、モモカはいつものようにサボっており肝心な仕事をつけてないことを、書類や機材を持ってきたアユムに見つかり、ケツを叩かれ仕事をしているからにすぎない。
「会談までに間に合えば良いのに」
「ギリギリになって提出したら、現場に迷惑をかけるだけです。余裕を持って前日までには書類を提出すれば現場は混乱しませんよ」
アユムの正論にモモカはぐぅのねも出なかった。
『せめて、明太ポテチは食べさせて〜!』
『じゃあ、ペースト状にして食べさせますね』
『それは明太ポテチへの冒涜だよ!断固として抗議だよ!』
『じゃあ、まともなが食事がありつけるように、仕事を早く終わらせましょうね』
モモカの悲鳴は静かな廊下にまで響いていた。
首席行政官室
失踪した連邦生徒会長の代行を兼任するリンは、会談関連で提出された書類に一つ一つ目を通しながら内容を確認し、承認のハンを押していた。
中には説明が足りなく詳細な書類が無いもの、字の書体がバラバラで統一感が無いもの、記入が無いもの、誤記などの指摘事項を見つけては、直してから再提出するように差し戻していた。
ふと、部屋に備え付けられている、身だしなみを整えるための大きな全身鏡に目をやった。
そこには、目の下には普段より濃いクマができ、激務続きで肌にはニキビもできており、ハリやツヤがなく血色が悪い自分の姿が写っていた。
「はぁ...」
鏡に写った自分の酷い姿を見て思わずため息をついていた。
他の同年代の子達は、和気あいあいとSNSで話題の店に行って、オシャレをして、友達と駄弁ってるのに対し、自分はこんな夜遅くまで書類と向き合いながら黙々と承認のハンコを押していく。
可愛げもない女子高生だと感じていた。
コンコン
ドアからノックがした。
防衛室長か財務室長が来たのだろうと思い、「どうぞ」と入るように促す。
「やぁ、リンちゃん」
声の主は連邦捜査部シャーレの先生だった。
「誰がリンちゃんですか」
相も変わらず、ちゃん付けで呼ぶ先生に呆れつつもお約束の返しをした。
「何か用ですか?」
「ちょっとね。様子を見に行くついでに差し入れを持ってきたんだ」
先生はそう言い、袋から差し入れを出した。
仕事中でも食事ができるように、片手でも食べれるおにぎり、ストローで飲めれる緑茶やコーヒーの紙パック、40粒入りの一口チョコなど。
「私以外にも差し入れを?」
「皆、私の生徒だからね。夜遅くまで仕事してるんだから、私が寝てたら立つ瀬もないよ」
「ありがとうございます。早速いただきますね」
リンはそう言い、おにぎりに手を伸ばした。
おにぎりは、塩、鮭、梅の3種3個。
おにぎりはコンビニで見る包装フィルムではなくラップで、おにぎりも三角型ではなく丸型だった。
「このおにぎり、もしかして先生の手作りですか?」
「コンビニのおにぎりは海苔を自分で包まなくちゃいけないから、そういう無駄な事なんてしてる暇ないかなって。私にできることはこれぐらいしかないけど」
リンは少し考えた後に、先生の手作りおにぎりを口に運んだ。
程よい塩の味と熱すぎず冷たすぎない温度の米が口に広がり、疲れ切っていた脳に刺激を与えた。
「...ありがとうございます、先生。本当に十分すぎるぐらいです。気になさらないでください」
「本当?それは良かったよ。おかわりは幾らでもあるよ。それでも足りなかったら、戻って作るよ?」
先生の手に持ってる袋には手作りのおにぎりが大量に残っていた。
おそらく、私や防衛室長と財務室長以外の徹夜をしてる生徒会幹部にも渡すだろう。
「に、にしてもすごい量の書類だね...1週間分はあるんじゃないの?」
先生は、ワークデスクから溢れかえったであろう、応接用のテーブルにまで積み上がっている書類の山を見て言っていた。
「いえ、先生。これらの書類はここ“3日”で出された分です」
「み、3日!これで?」
「はい。会談関連の書類に加えて、日本政府が言うキヴォトス転移現象こ関連書類、通常業務で提出されたのもあります」
リンは死んだ目で答えていた。
「そ、それは大変だね。私も手伝うよ。他の子達への差し入れや追加で作るおにぎりで、すぐには無理だけど」
「お気遣いありがとうございます。では、そうさせていただきます。先生の気が済むまでやってください」
「ま、待っててね」
先生がそそくさと部屋を出ようとしたが、思わずリンは呼び止めた
「...先生」
「どうしたの?」
「先生は...私の事はどう写ってます?」
リンの質問に先生は面を食らってた。
「...そうだね。実直に責任持って仕事に取り組んでる、どこか心配で可愛い生徒に見えるかな?」」
「そう...ですか。他の子達は楽しく絵に書いたような青春を送ってるのに...こんな疲れ切って肌が荒れ放題の顔して、ひたすら書類と睨み合いしてる自分を客観的に見て、私の人生って一体なんだろうなって思ってしまって」
連邦生徒会長失踪による代行業務、学園間の政治的問題、カイザーコーポレーションなどの企業群の台頭、反連邦生徒会勢力の台頭、そして最近のキヴォトス転移現象と、日本帝国というキヴォトス外の勢力の接触で、リンの心は完全にすり減っていた。
普段なら先生でも容赦なしに、書類に不備があったら呼び出してしつこく指摘してる自分がここまで弱い姿を見せていたことに内心哀れだとさえ感じていた。
「そうか...今は思う存分、悩んでも良いんだよ」
まさかの予想外の答えにリンは呆気にとられた。
「思う存分、悩む...ですか?」
「そう。リンの人生はまだこれからだよ。今はこれから歩む人生の試行錯誤の段階に過ぎない。色々と試してその度に悩む。いずれは納得する答えが出てくるだろうから、それまでは思う存分悩んでも良いんだよ」
「それに、こうやって悩んでるのも、ある意味青春じゃないかな?絵に書いたように青春を送ってる子も、リンと同じように何か悩みながら今を過ごしてるろ。勉強とか、友達との関係性とか、自分という存在意義とか...悩みは人それぞれだけどね」
先生は、優しい目でリンを真っ直ぐ見て「だから...」と続けて答えた。
「今は思う存分、悩めば良い。大丈夫、私が居るから」
先生の答えに、リンは少し身が軽くなった気がしていた。
「そうだ、この山のような書類を片付けて会談も終わらせて、落ち着いたら1週間ぐらい休み取って、私と一緒に思い出を作ろう!いや、1週間とは言わず、1ヶ月でも2ヶ月でも良い。他の生徒会メンバーと思い出を作るのも良いし、リンがやりたいをするのも良い」
先生は、リンと一緒に思い出を作ることを考えテンションが高くなっていた。
先生の無邪気な姿を見たリンは少し表情が緩んでいた。
「先生は相変わらずですね」
「あっ、リンちゃん笑った!」
「誰がリンちゃんですか」
先生は最初に来た時とは違い、いつもの調子に戻ってきたリンを見てホッとしていた。
「とは言え、今のリンは精神的にも疲れてる。連邦生徒会の業務上、投げ出せれないだろうから、こう言う時は私や他のメンバーにも頼ってもいいんだよ。差し入れを持っていくついでに、手が空いてる子がいたら、手伝ってくれないか頼んで来るよ」
「では、よろしくお願いします」
「待っててね!」
先生は急いで部屋を出ていった。
「ありがとうございます、先生...」
1人になったリンは、誰もいない空間で感謝の言葉を口にしていた。
先生が言いそうなことを言うのを考えるのは難しいですね