理屈屋の転生主人公と時が止まった吸血鬼が出会った。そんなお話。

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 世人がすなる異世界転生というものを、三文小説家もしてみむとて、するなり。

 要するに、少し異世界転生ものを書きたくなったということです。短編ですが、好評であれば連載するかもしれません。


第1話

前略

 

 僕は異世界らしき場所に転生した。

 

「はい?」

 

 脈絡は無い。きっかけも無い。よく聞く都市伝説、街談巷説、道聴塗説のように不幸な人生を送っていた事も無い。少なくとも僕にそのような認識は無い。

 

 前世と称して良いのかは疑問だが、そのころ僕は学生であった。学生と聞いて各々想像するであろうが、特段不都合も劇的なドラマも無い。友達はいなかったが、それで苦悩した記憶はない。本が有れば暇では無かったし、必要が有れば会話を展開する事もあった。

 

 ただ、友達と呼べる存在がたまたまいないだけである。強がりでもなんでもなく、結果的に見て、僕には必要無かったのだろう。あまり結果論で物を語りたくはないが、他に言いようがない。

 

 と、ここまでである程度は察せられるであろうが、僕は一度語り出すと理屈っぽくなる人間である。どのような生き方をしていようと一定数からは嫌われるものであるが、理屈っぽい人間を嫌う層は想像以上に分厚いようだ。

 しかし、僕は共感を軸に会話を展開する学生諸兄らのライフスタイルを苦手としているのである。

 

 おっと、紹介が遅れた。僕の名前は未來(みき)久遠(くおん)。わざわざ遠いと強調されるほどの未来は、突如として無くなった。

 

 閑話休題

 

 さて、本題である異世界の方に話を戻そう。未来という名前の人間が過去ばかり語るのも何だ。まず、何故異世界と分かったかと言うと、日本の学生が持てる権限を使って閲覧できる資料の中のどれにも該当しない文明圏であろう光景が広がっているからである。さながら、少し幻想めいたSF映画のセットのような機械文明の跡地が眼前に存在していた。

 

 特段僕は機械好きでも無いし、異世界転生に憧れも無い。仮に現実ベースの映画の撮影だとすれば、甚だしいキャスティングミスと言えよう。ドッキリ企画にしては現実的でないほどに、現実的な街並みである。

 

 この廃墟に降り立った僕は、音を忍ばせて尖った金属片を拾う。無いよりはマシだ。一撃入れるくらいの事は出来るだろう。刃の下に心を寄せるくらいがちょうどいい。現代日本人の価値観からは外れているかもしれないが、突如として訪れた異常事態に、僕も密かにパニックを起こしていたのかもしれない。

 

 その後はかいつまんで話そう。というのも、暫くこの廃墟街に潜伏していただけで、これといったインシデントが少ないからである。無論、麗しき文明社会に慣れた現代人の僕には少々応える生活ではあったが、住めば都と言うように数日たったら慣れてしまった。

 

 今では以前の日本の整然とした街並みよりも今の廃墟街の方が温かみを感じるくらいである。そんなはずはない? では僕の感性が変わっているのだろう。万人に共感されようとは思わない。

 

 ああ、そうだ。この世界に来てから相棒が出来たのだった。筆談ではあるが貴重な話し相手であり、戦闘や探索、食料調達などなど、計り知れない恩恵を与えてくれた機械の梟。

 

その名もヘーゲルだ。

 

 ヘーゲルという名は僕が付けた。この文明が滅んでから、ずっと一人で飛び回っていたらしく、作った人物は名前も付けなかったらしい。元ネタは『ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ』と発言した哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルである。

 

 ヘーゲルは僕にこの世界の言葉を教えてくれた。発音までは分からなかったが、とりあえず読み書きはできるようになったのは前進だろう。

 

 そうそう、短剣も新たに調達した。とは言っても、比較的保存状態が良かったものを拾い集めただけだが。

 

「未だに人に会わないが、案外心地よいものだね、ヘーゲル」

 

 僕は孤独でいる事に向いているのだろう。この世界に来る前も一人でいる事に苦痛は感じなかったし、廃墟でヘーゲルと過ごす事に寂しさを感じてはいなかった。

 

 しかし、そんな日々はこれまた脈絡なく終わりを告げる。

 

「あら? こんな所に人がいるなんて珍しいわね」

 

 ヘーゲルが翻訳してくれなければ逃げる以外に選択肢が無かったかもしれない。僕は此方を睥睨する銀髪の女性と出会った。これからとても長い間関わる事となる、今となってはとても大切な人である。

 

 

 

 

 

「へえ? 異世界。それはまた遠い所からご苦労様」

「疑わないのか?」

「たまにいるらしいわよ。そういう人。言葉が分からないっていうのも本当みたいだし」

 

 今、僕は女性―――ヘーゲルによると〝ルナ〟と名乗った人物の住処にいる。念の為彼女の特徴を書き記しておくと、一本に纏めた銀髪に同じく銀の瞳、身長はかなり高い。160cm程度の僕と比較すると、170は超えているだろう。パンツスタイルにタンクトップという服装で、煙草を吸っている。

 

 敬語でないのはヘーゲルの翻訳のせいだ。当のヘーゲルは何故日本語を知っているのかと思ったが、推し量るに僕と似た境遇の人物がいたのだろう。そして、自分の作った作品に故郷の言語を組み込んだというわけだ。

 

「まあ、そうね。とりあえず言葉は教えてあげる」

「助かるが、いいのか?」

「それと、此処に住みなさい」

「何故そこまで?」

「何にでも理由が無いと気が済まないタイプかしら。まあでも、それで納得できるなら教えてあげるわ。対価は貴方の血液よ。私、吸血鬼なの」

 

 そう言って、ルナは人間よりも鋭さを放つ歯を見せた。

 

 

 

 

 ルナと暮らしていて分かった事がいくつかある。まず、この世界における吸血鬼という存在だが、

 

 まず、日光に弱いというわけではない。

 

「好きではないけど、苦手って程じゃないわ」

 

 銀もニンニクも流水も弱点ではない。

 

「変な事聞くわね……別に何とも思わないわ」

 

 鏡に映るし他人の家に入れる。

 

「何の迷信よ、それ。あんまり虚構と現実を混同しない方が良いわよ」

 

 と、吸血鬼の弱点とされるものはあまりあてにならない。地球の伝承に登場する吸血鬼とは全く違う存在だと思った方が良いだろう。共通しているのは特有の歯と、血を吸うことくらいか。

 

「というか、いきなりここに放り出されたにしては色々持ってるわね。安心して。カツアゲじゃないから」

 

 ルナがそう言って僕の拾い物を精査する。一部使い道が分からないが拾っていたものもあり、それらについては彼女が教えてくれた。

 

「このヤスリは魔法が付与されてるわね。磨くと武器が燃えるわ。こっちのは帯電する」

「親切にどうも……」

「アンタの五倍以上の枚数持ってるんだから取らないわよ。せっかくだし、次の外出の時に使ってみたら? 短剣も変形斧も持っているんだし」

 

 変形斧とはここに来てから拾った柄の長さを変える事の出来る斧である。

 

「いや、僕が疑問視したのはこのヤスリの仕組みなんだが……発火はまだ百歩譲って分かるとして、帯電はどういうことなんだ」

「魔法具ってそう言うものよ」

 

 また、この場所についても教えてくれた。曰く、大昔に滅んだ機械文明の残骸がそのまま迷宮区になった場所との事。〝迷宮区〟とはその名の通り迷宮と化した場所の事。敵性の存在が跋扈し、様々な資源が手に入る場所。

 

 思えば敵性存在と思われる者達に何度か襲われた。僕は大半に対しては逃げに徹していたが、何体かは短剣や斧で討ち取った。

 

「なんで迷宮区ができるのか、とか聞かないでね。私も知らないから」

 

 その翌日、ルナと僕は迷宮区の探索に乗り出した。食料となる缶詰などの調達や、更に良い住処を見つければ引っ越す事もある。幸いというか、生憎というか、未探索の部分は非常に多いらしい。迷宮区自体が拾い上にルナ自身があまり頻繁に動き回らないのだ。

 

 迷宮区には魔物やなんかが跋扈している。今の暮らしで満足している以上、わざわざ藪をつつく意味も無いという事だろう。それにしても、ディザイア……欲望という意味の英単語だが、僕以前に転移者がいたというのはほぼ確定ではなかろうか。まあ、世界五分前仮説や水槽脳のように、この世界が僕のいた世界の思念が結集して作られたものではないという根拠も無いし、もっと言えば偶然の一致かもしれないが。

 

「一応言っておくけど、出来る限り自分の身は自分で守ってね。私にだってどうしようもない時はあるわ」

「勿論。言われた通り、危機に陥れば逃げる」

「言ったの私だけど、女性を置いて逃げる事に罪悪感とか無いのかしら」

「むしろ足枷になったら悪い。ルナの腕なら遁走くらいはできるだろう」

「友達いないでしょ、あなた」

「よく分かったな。それで困った事は無いが」

「ふーん……」

 

 言葉はなんとか日常会話程度はできるようになった。ヘーゲルの筆談を介さなくて済むようになったのは、端的に言って楽である。なお、言葉が分かったから敬語にしようとしたらルナに止められてしまった。

 

『今更他人行儀になられても釈然としないわ』

 

 とのことらしい。僕を同居人にした時も思ったが、随分と寛大だな。それとも光源氏計画でも遂行しているのか? と、冗談交じりに聞いてみた事がある。尤も、光源氏計画の意味が通じず、説明する事になったが。

 

『なによそれ。別にそんな意図は無いわ。今でじゅうぶん話していて心地が良いわよ』

 

 シャワー室跡で水浴びをした後だったからか、笑顔のルナには色気というか破壊力があった。

 

 閑話休題

 

しかし、言葉が分かるとはいえ、ヘーゲルがお役御免になったというわけではなく、探索、運搬、戦闘などまだまだ彼には活躍の場がある。良い梟だ。

 

「おかえり、ヘーゲル。うん、インプとスケルトンが何体かいるってさ」

「まあ、問題にはならないわね」

 

 おそらくルナ一人でも片が付くレベルの敵である。なんなら僕が足手纏いになる可能性すらある。すると、僕が考えている事がなんとなく分かったのか、ルナは呆れたような顔で僕を見た。

 

「大丈夫よ。むしろ、あなたの実力を見せて欲しいわね」

 

 そういえば、ルナの前で戦った事は無かったか。戦力把握は重要だ。ヘーゲルがホログラムで映した映像を見る限り、何度かかち合った魔物達である。

 

しかし、インプとスケルトンか……耳馴染みが無いと言えば嘘になる名前である。尤も、少なくともインプの方は調べた特性とはかなり異なる挙動をするが。

 

「いたわ」

 

 ルナが向かってきた小悪魔のような魔物であるインプの頭を切り飛ばしながら言う。勿論魔物を視界に捉えている僕は、ヘーゲルに羽根の弾丸を飛ばすように指示した。飛ばされた羽根は魔物達を撃ち抜いて数を減らしてゆく。

 

 すると、僕を無防備と取ったか骸骨の魔物であるスケルトンが僕に剣を振り下ろしてきた。僕はそれを両手に持った二本の短剣で受け止める。それを弾いて袈裟斬りし、逆手に持ったまま斬りつけてゆく。

 

 無論、現代日本育ちの僕に短剣を使った経験など有るはずも無い。もしかしたら、巷の小説のように身体能力か技量が強化されているのかもしれない。なんにせよ、ありがたいので使わせてもらおう。

 

 目の前のスケルトンを倒した僕は、別のスケルトンを斧で叩き潰す。ここ数日で分かった事だが、急に武器や戦術を変えられると魔物は対応できない事が多い。

 

「へえ。我流だけど、堅実に強いって感じね」

「そりゃどうも。インプの蔓と魔法を剣一本で止めながら言われても反応に困るけど」

 

 どうなっているんだ。あの剣は。まるで写真で切り取られたように……時間が止まっている? 仮にそうだとしたら規格外の力だが。と思っていたら、ルナの姿が消えて一瞬後には魔物達が切り刻まれていた。うん、時間を操るで確定かもしれない。吸血鬼の身体能力が人間より高いというのは定番だが、それでもこれは規格外だろう。

 

「レディーには秘密が付きものよ」

 

 秘密も何もルナの過去は殆ど知らない。尤も、それはルナの方も同じだろうが。僕はこの世界において過去を持たない。観測できない過去など、存在しないのと同義だろう。そして程度の差はあれ、それはルナにも言える事なのだ。

 

 一度、色々話さなければならないかもしれない。

 

 とまあ、そんなこんなで共同生活を続けていた。冷えた缶詰に廃墟同然の住居。以前の世界の麗しき文明的清潔に満たされた生活と比べれば雲泥の差で酷いだろうが、それでも以前よりも余裕をもって暮らしていると確信できた。

 

 だが、この期に及んで僕はルナを信用できないでいた。

 

「……まだ信用してはくれないかしら」

 

 そう問うルナの顔には苛立ちや呆れよりも、悲しみと諦念が浮かんでいるように見えた。笑顔を装ったその表情はどこか、痛々しい。やめろ。男は美人のそう言う表情には弱いのだ。

 

だが、そもそもが異常な事態だ。悪いが疑いつくしても足りる事は無いだろう。

 

「まずもってそちらにメリットが殆ど無い。単純に考えて物資の消費スピードは二倍だ。サバイバル生活においては痛手だろう。たとえ、吸血鬼の食事が血液で済むとしても」

「…………」

「加えて、戦力的にもそこまであてにはならない。十分わかっているだろう。僕よりルナの方が強い。むしろ僕が足手纏いだって」

 

 僕がそう言うと、ルナはおもむろに煙草を取り出して吸い始めた。美人が窓際で煙草を吸うと絵になる。日本人がやっても痛いだけだろうが。

 

「知ってた? こういう迷宮区では、こういう嗜好品じみたものも沢山手に入るの」

「何を……」

「アンタを拾ったのも同じ。煙草だって吸ってたら健康に被害が出る。でも吸う時は吸うわ。口寂しいから? 自棄になって? いずれにせよ、理屈じゃない」

「…………」

「でも、煙草で私の灰が黒くなる事も無いの。気付いているんでしょう? 私の武器の特性。触れた物の時間を操れる。そしてそれは、使用者の時間も含まれる。端的に言って、死ねないのよ。私」

 

 不死。その事実を突きつけたルナは、微塵も嬉しそうではなかった。それどころか、それよりもいっそう虚無の表情を浮かべている。

 

「寂しかった……のかもしれないわ。武器に生かされ続ける日々が、憂鬱だった。手放せば良いって? お生憎様。勝手に手元に戻って来るわ」

 

 とはいえ、ルナは対外的には死んでしまっている身らしい。なので、表社会に戻るわけにもいかず迷宮区に引きこもっているとのこと。何があったのかは省かれてしまった。話すには心の準備が必要だとか。

 

「そして、私の事を知らない貴方に出会った。まさか言葉すら知らないとは思わなかったけれど、正直大した問題じゃない。やっと話せる人が現れた。それは私にとって衝撃だったのよ。きっと、私や貴方が思う以上に。もう、独りで良いと割り切ったはずなんだけどね」

「…………」

「せめて、煙草か珈琲の代わりにしてくれても良いから、一緒にいてほしい……というのは、贅沢かしら」

 

 ルナは涙を流した。それが演技か本気か、見分ける術を僕は持たない。女はしばしば涙を武器として使う。それは現実、創作物問わず囁かれてきた事だ。だが、僕は一緒に迷宮区を探索している時の彼女の楽しそうな顔を忘れられずにいた。それ以前にどんな顔で歩き回っていたのかは知らないが。

 

 数日寝食を共にして、ルナの性格は大体わかったつもりだ。基本的にクールというか、怜悧な印象である。元々そう言う性格だったのか、迷宮区での日々がそうさせたのかは分からないが、とにかく涙を武器として使う事に慣れているようには見えなかった。無論それが全て演技であるという事も否定できないが……しかし、そんな回りくどい事をする理由も無いだろう。物資の強奪や僕を毀傷(きしょう)することが目的ならば直接やればいい。それができるだけの実力がルナには有る。

 

 一人を憂う気持ちというのは、僕には理解できない。僕は基本的に孤独でいる事を苦痛と思わない人間で、これまでの会話からルナも同じだと思っていた。しかし、長い時を過ごせば変わってくるのだろうか。少なくとも、僕を拾った理由は『寂しいから』でファイナルアンサーらしい。

 

 そこに好意があるかは分からないが、少なくとも悪意はない。害意もない。

 

 だとしたら、もう答えは出ている。やや粋がった答えだが、この言葉が最適だろう。

 

「時よ止まれ、あなたは美しい」

「……?」

「僕の故郷に存在する戯曲の一節だ。こんな伎倆(ぎりょう)も才覚も無い愚陋(ぐろう)で良ければ、一緒にいるよ」

 

 ならばたとえルナが悪魔か魍魎の類だったとして、それと相乗りするのも(やぶさ)かではない。僕は知識欲の権化のような博士が悪魔と契約する時の言葉を投げかける。信用していないと言えば嘘になるが、ルナに依存するのは危険だろう。選択肢は多い方が良い。

 

 しかし、もしそれが論理に(もと)る選択だったとしても、きっと直感とやらで何度でも同じ選択をするだろう。珍しく。それは、僕の個人的な感情によるものだ。

 

 僕は、静かに涙を流す彼女の煙草に火をつけた。まるで雛鳥に餌をやっているようである。第一印象ではかなり大人っぽかった彼女だが、こうして見ると少し子供っぽくも見える。

 

 せめて、いましばらくの未来には僕と彼女と共に在らんことを。

 




 もし久遠とルナの行く末が読みたいという方がいらっしゃれば高評価と感想をお願いします。

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