『もうあーれーかーらー♪ んふふーふーんーんー♪』
「……そいやさー、モルフォ――じゃなかったわ、メンゴ! シアンちゃんってさ、ぶっちゃけ前とどこが変わったん?」
『ん? いきなりどうしたの、BB』
日本の中に”ガンヴォルト”と呼ばれる超特殊能力を持つ少年が現れ戻った近代。巨大複合企業”
ある日のB.B.は治龍局オフィスにて機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらふよふよ翔んでいるシアンの姿を見て、ふと思った。
あれ、これ別に前と変わってなくね? ”モルフォ”として一緒に過ごしてた前と、”シアン”って娘に成った今で、なんか違いあんの? そんな、ド直球すぎる疑問。
「
『あー。まぁ、GVと一緒にわたしの
実際の所、B.B.の疑問は正鵠を射ていた。メビウスや自分達の暴龍化を安定させる為に、ガンヴォルトは龍封鍵という形で身体から魂を分離させ、その分だけ能力は下がっている。
その上、新たに得た
今のB.B.の目からは、モルフォの雰囲気が気持ち明るくなって”シアン”と名乗る様になっただけにしか見えなかった。
「で、で? ぶっちゃけ、なんかスゲー技とか覚えたん? 教えてくれよー」
『んー。まず、
「おおー! で、で!? それマックスで使ったら、どうなるん!?」
『……鼻歌で能力者を洗脳しちゃう、とか……?』
「スンマセンした」
B.B.は即座に土下座した。勝てない。勝てる訳が無い。
前と違いがあるどころではなかった。
文字通りの鼻歌交じりで能力者を完封出来るとか、それで力落ちてるってマジ? お通し感覚で出された能力の使用例があまりに凶悪過ぎて、B.B.は初手から降伏する事で自衛を図ろうとしていた。
『そ、そんな事やらないよ!? わたしの
「そ、そうだよな、そうだよな!? ハ、ハァー……ッベーわ、思わずガチ焦りしちったよー。バビったー……」
慌ててシアンが弁明し、B.B.は
そして現在のシアンはそこに
『えーと、わかりやすい変化と言えば……GVから離れて動ける様になった事、とか?』
「ん? ……あれ、そいや今日はGV外に出てんじゃん。シアンちゃんって、GVやメビウスと一心同体なんじゃなかったん?」
そこでB.B.は、なんとなく違和感があったけど自分がスルーしてた事実に気付く。今現在、ガンヴォルトは
前までのモルフォはイマージュパルス――きりんとガンヴォルトの能力であるという性質上、二人から離れる事は出来なかった。ガンヴォルトも
が、今はそんな事は無い。ガンヴォルトはガンヴォルトで、きりんはきりんで、そしてシアンはシアンで。それぞれが完全に別行動をしており、一所に留まる必要は無くなっている。
『一心同体っていうか、”
「……
『わかんないよねー』
ねー。二人が揃って、研究者泣かせの同意で話を〆る。
可能性世界で個体として確立されたシアンは、ガンヴォルトの能力下より離れた。その後にメビウスと共に生まれ直した訳だが、”別人”という状態自体は継続されていた。
結果として、メビウス・ガンヴォルト・シアンの三人は
ちなみにきりんは研究者からそれを話半分に聞いた後、最終的に”……要は、うちの人手が増えたって事で良いんでしょ?”と雑にまとめていた。頑張って解析した研究部門の人間は泣いた。
『あ、そうだ! アレ出来るよアレ、GV達がやってた瞬間移動!』
「瞬間移動ぉ?」
『きりんとGVが攻撃する時にやるヤツ! アレ結構便利だよ!』
「……マ?」
そして生活の便利グッズぐらいのノリで、シアンは新技を習得していた。きりんが雷霆煉鎖、ガンヴォルトがライトニングアサルトと呼ぶ、自身の電子化とそれに伴う瞬間移動。
本来これは
――もっとも。
「便利って、今までどんな時に使ったん?」
『えーと、きりんが忘れ物した時にパッと持ってきたりとか……カミオムが持ってきた動物のお肉を倉庫に運んだりとか……書類にも残せない伝言を裏八雲の里に伝える時とか?』
「…………パシリじゃね? それ」
『えー!? り、立派な仕事だよ!? 仕事、だよね!?』
シアン本人に攻撃手段がある訳では無い為、きりんやガンヴォルトの様な用途は無い。
そもそも能力を普通に使うだけなら、
結果。制限無しの瞬間移動という恐ろしい技は、もっぱらきりんが仕事中不便と感じた時に使わされるのが常となりつつあった。無用の長物もいい所である。
『む、むー……! 確かに思い返したらパシリにされちゃってる気がする……! わたしの本業はアイドルなのにー!』
「あー、実際それ助かってるぜー? やっぱ可愛い広報役が居るってだけで、
『え、ホント? いやぁ、それほどでもー……あるよね!』
「すげえ、自己肯定感バリ高ぇー」
が、シアンの治龍局での
人間よりも歌って踊れるバーチャルアイドル・モルフォ。かつては国民的バーチャルアイドルとして親しまれていた程の愛嬌と地位を持っていただけに、半年前に彼女が消失した後の
そこから半年ぶりの復帰記念として、シアンはひたすらイメージアップの為に昔の曲のリミックスやら新曲やらを続け様に発表。シアンが独立して動ける様になったのを良い事に、”モルフォ”が視聴者と交流出来るライブ配信用の
半年の空白は対外的には”高度な電子頭脳のアップデート期間”として発表しており、訝しむ声を押し流す勢いで
『いやぁ、能力も抜きに人前で自由に歌って踊れるの、すっごく楽しくって! 昔は機械に繋がれて強制されたり、解放されてからは
「……GVもそうだけど、ちょっとした話の流れでさらりとヘヴィな事実が出てくるの、こっちの方が背筋サムくなるんよな……」
うきうきという擬音が目に見えそうな程に次の配信日を楽しみにするシアンに対し、それに付随する地雷エピソードを垣間見たB.B.はちょっと引いた。
ガンヴォルトと言い、なんでちょっとした雑談から厄ネタがこんな軽々と零れ出てくるのか。絶対に深堀り出来ないエピソードが雑談に混じる程に昔が酷かったのか。っていうか、ただ単に歌う事すら許されなかったのか。
気を使うのは何故かいつもこちら側であるという状況に、B.B.はちょっと参っていた。
『――あっ、そうだ! BB、ちょっと思いついた事あるんだけど!』
「ん? なになに、急にアガってんじゃん。どしたんシアンちゃん」
『ほら、半年前に言ってた話あったでしょ。”死霊合唱団”について』
「おん? そいや、んな話もしてたっけ……してたわ。超イケてるってアガってたわあん時」
話の最中、シアンが唐突に話題を切り替える。
”死霊合唱団”。それは昔のモルフォがB.B.の能力――
B.B.の
「なっついなー。あん時は結局オレっち、
『もっかい! もう一回やってみようよ!』
「えー? もっかいっ
『いいや、出来る! その為のわたし、その為の
B.B.の操る霊魂は意思疎通が不明瞭であり、歌という高度な行動を取らせる事は出来なかった。正確には声を出させる事は出来るのだが、”死霊”の名の通り地獄の亡者の様なうめき声を上げさせるのが限界である。
一度は断念した考えなだけに、今のB.B.もそんな曲芸染みた芸当は不可能である。しかし、それがどうしたと言うのか。
『行くよ、BB! わたしの歌が、あなたの力になる!』
「お、おぉっ……!? なっ、なんかっ、スゲーバリバリ、キてる……!?」
『あなたの真の力――わたしが引き出すッ!』
「う……うぉおぉおぉッ――!!」
◆ ◆ ◆
「――ただいま。シアン、BB、戻ったよ」
治龍局のオフィスの扉を、研究部門より帰ってきたガンヴォルトが開く。
ガンヴォルトの仕事は、以前治龍局に居た時より数段増えていた。単独行動・単独封印が出来る様になった事で、きりんが担わざるを得なかった優先暴龍案件の分担。龍封鍵・及び
最後だけ何か方向性が違う仕事であったが、これも龍ではなく人として戻れた証拠である。きりんより渡される書類が気持ち多い様な気もするが、人間として仕事に励むのは良い気分だったので、ガンヴォルトとしては充実した日々を過ごせていた。
『あ、おかえりGVー』
「うん、ただいまシア――んっ?」
丁度オフィスの入口近くを通っていたシアンがガンヴォルトを出迎える。それにガンヴォルトが笑顔で応えて――とんでもない違和感を感じた。
オフィスの奥から、かなり大きな物音が聴こえる。しかしそれは決して耳障りなモノではなく、むしろ耳に優しい音色。そして、自分が何度と無く耳にしてきた調べ。
「…………シアン?」
『なにー?』
「君は、シアンだよね?」
『何言ってるのGV、わたしが別人に見えるの? ……まさか、
「いやいや、そんな事してないよ。
『それなら、良いんだけど』
嫌な汗が流れてくる。目も耳も正常だ、思わず
目の前に居るのも間違いなくシアンだ、同位体である自分がその
その上で。オフィスの奥から断続的に聴こえてくるシアンの歌声。
どういう事なの。ガンヴォルトの脳内がハテナマークで埋め尽くされた。
『あ、そうだ! 聞いてよGV、わたし新技覚えたよ! 今練習してるトコなの!』
「し、新技……?」
『うん! ふふーん、ビックリすると思うよー!?』
なんだか知らないが、物凄く嫌な予感がする。ガンヴォルトの心が、紫電やパンテーラを相手にした時よりも緊張し始めていた。
生まれ直した事でシアンはあらゆる
が、それはそれとして解き放たれ過ぎている。今まで抑圧されてきた影響からか、シアンは天真爛漫に自由を謳歌し、今では立派に曲者揃いの治龍局メンバーのノリに溶け込んでしまっている。
別に大っぴらな問題行動は起こさないと信じているのだが、何をビックリさせる気なのか。ガンヴォルトは糸目になりながら、シアンに連れられオフィスの奥へと向かっていくと――
『――ほらBB! 指揮が乱れてる! ちゃんと拍子を意識して!』
『あー! アルトパート今ズレたでしょー! 引っ張られないでよー!』
『うーん、ハモリって難しいなぁ……ライブで合わせる事を考えるなら、これかなりみっちり練習しないとダメかも……』
「うおおおお! ムリ! オレっち音楽の成績そんな良くなかったから! シアンちゃんの要求レベルまでなってねーから! 聴き専なのオレっち!」
――
「……シアン。えーと……これは、何?」
『よくぞ聞いてくれました! これはBBの
「うん」
そっかぁ。あまりにあんまりな光景に、ガンヴォルトの思考が完全に
『いやぁ、昔してたでしょ、BBの
「うん」
そっかぁ。説明されてもあんまりな光景に、ガンヴォルトの思考は麻痺したままだった。
『もーBB、ちゃんと指揮してよー! 分身したわたし達だって、こう見えてもあなたの能力の一部なんだから! わたし達の声の安定感は、あなたの実力次第なんだよ?』
『うーん、自分の歌声に合わせるのって難しいね。どうしても引っ張られちゃうなぁ』
『一旦パート勉強とかする? 声の音量とか見直さないと、これじゃ折角の歌がメチャクチャになっちゃうよー』
「……うん……」
滅茶苦茶なのはこっちの気分の方だよ。ようやく
とにかく、一から事態を脳内で整理する。シアンがB.B.と合体技――つまり、B.B.の能力を
なんでそうなるの? やっぱりガンヴォルトの脳は混乱した。
『どう? これが上手くコントロール出来る様になれば、実質わたしがいっぱい増える事になるよ!』
「それは……確かに、凄いね」
自分の大切な人がそっくりそのまま目の前で分身しているというトンチキな光景には一旦目を瞑り、ガンヴォルトはこの
何せ暴龍の完全制御が出来る能力は、今は
「分身を遠くにまで配置出来る様になれば、能力者鎮圧の為に
『へ、能力者の鎮圧? ……なんでそんな話になるの?』
「え? だって、あの分身達は皆同じ
『
「――えっ」
えっ? シアンの返答にガンヴォルトは、思わず口と頭で全く同じ単語を輪唱した。
『あの
「……BBが出来る事と、同じ事しか出来ないの?」
『うん』
「……じゃあ何の為に分身するの?」
『そんなの、歌う為以外にあるの?』
「…………」
そっかぁ。ガンヴォルトの三度目の感想は、言葉すら失われた。
能力者二人がかり、しかも
「じ、GV、ヘルプミーッ! シアンちゃん達が厳しーんよー! オレっちが頑張って能力を制御しないと、声がブレちゃうとかさー! 無言で動いてくれるいつもの
『ちょっとBB、そんな言い方は無いでしょー!? 前はわたしの事、”ぷりちー”って言ってたのにー!』
「ギャー! 過去のオレっちの
「……う、うーん……」
増幅された影響なのか、
毒にも薬にもならないとはこういう事なのだろうか。強力な能力を操り切れずに持て余すというケースは能力者にはままある事だが、その中身が”歌の指揮が上手く取れない”という事案は恐らくこれが世界初だろう。そして二件目も間違いなく起こり得ない。
「……とりあえず、静かにしよっか皆。他のオフィスにまで声が響いたら迷惑だから」
『『『はーい』』』
ひとまずガンヴォルトは、”うるさい”というこの技最大の問題を攻略した。
◆ ◆ ◆
『ねーGV、聴いて聴いて! BBのおかげで、昔の曲のデュエット版が歌える様になったの! これ、次の新曲発表や復刻アルバムに出しても良いよねっ! ねっ!』
『よーしBB! 最後の仕上げだよ! このままスタジオで収録しちゃおー!』
「お、おぉぅ……ちょ、メンゴ、ちょい休ませて……歌の指揮ってこんな神経使うのな……世のアーティストにガチリスペクトだわ……」
「……頑張りすぎないようにね、シアン」
その後、二体までなら分身の
独り寂しくハミングでも――なんか増えてる……
トライアングルエディション発売決定記念として、ちょっとだけ小話を投稿する事にしました。