Mirror of the golden witch   作:フラット・ホームズ

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アピールとリアクションのチェス。


エピソード1の推理
死体隠しと魔法陣


「さて、そろそろ事件の推理を始めよう。

 基本的には「衆目の一致」した真実とは異なるものになるように推理する。

 その際の方針は「出題者の意図」を探るというもの。

 ……準備はいいかな。まあ、ただの思考実験だから気楽に行こうじゃないか」

「ああ。それはいいが、「衆目の一致」した真実とはヤスが犯人というものでいいんだよな?」

「そうだね。つまり私はヤス以外を犯人だと主張しなければならないわけだ」

 

 お道化たようにスイセンは言う。

 それは皆が挙ってその真実に飛びついたことを揶揄しているように見えた。

 

「逆に聞くけど、君はヤスが犯人で納得したのかい?」

「……………ボクはそれに対しては納得したよ」

「……ふーん。そういうことにしておこうか」

「ボクのことはどうでもいいだろう。君の主張を聞かせてくれ」

「まあそうだね。それじゃあ第1のゲームの第一の晩からやろうか。

 フェアに推理するために、基本的に情報はエピソード1のみとしよう。

 ……君は第一の晩にて犯人が生存者に対して打った手が何かわかるかな?」

「生存者に対して?」

 

 ボクはスイセンに言われて考えてみた。

 第一の晩の犠牲者は、蔵臼、留弗夫、霧江、楼座、郷田、紗音の6人。

 犯人がしたことはその犠牲者たちを殺したことだけど、それは犠牲者にしたことであって生存者に対してしたことではない。

 

「……生存者に対してというなら、それは魔法陣を描いて被害者がいる現場をアピールしたことだろうか?」

「正解だよ。これについては戦人の推理が参考になるだろう」

「世間では戦人は無能扱いされているのに、君は戦人の推理を推理を信用するんだね」

「ははっ。私は戦人を信用しているんじゃない。物語の執筆者を信じているんだよ」

「執筆者を?」

 

 執筆者右代宮真里亞。彼女がメッセージボトルを流さなければ、事件を推理しようとする者はあそこまで多く現れることはなかっただろう。

 

「そう。……これは後のエピソードからの先取りになるけど、エピソード1はメッセージボトルの執筆者の手によって記されていることが示されている。

 そしてその執筆者は謎を解いて欲しいと読み手に言っている。

 もしそれが嘘で謎を解いて欲しくないのであれば、起承転結の「起」となるメッセージボトルを作って海に流すはずがない」

「……まあ、そうだろうな」

 

 明らかにメッセージボトルの末尾に記されたのは読んだ者に推理を促すものだった。

 

「つまり、推理するのに十分なヒントが用意されていると信じられるわけだ。あくまでも私にとってはだけどね」

 

 同じものでも見る人によっては異なる解釈がなされる。

 十人十色。

 10人いれば10色の真実が生み出される。

 だから当然、エピソード1だけでは情報不足だとして十分推理しない者もいれば、推理できるだけの情報は揃っていると信じて本気で推理する者だって出てくるだろう。

 

「そして、推理するのはあくまで読み手であるから、物語の中の登場人物である戦人は解にまで至ることは絶対にない。

 となると戦人の役割は読み手が推理するためのガイドとなる。

 だからこそ戦人の推理は十分参考に値するというわけ」

「まあいい。君がそう信じたのなら、それを前提として話を聞こう」

「じゃあ続けるよ。戦人は犯人にとっての最善手は、起承転結の「起」を起こさないことだと考えた。

 死体を完全に隠してしまえば、それに続く「承転結」は起こらないのだと。

 そして園芸倉庫のシャッターに魔法陣を描いたのは死体を発見させるためのアピールだったと。

 ……至極真っ当な考えだよね」

「そうだな。ここまでの戦人の考えは間違っていないだろう」

「そして戦人はチェス盤を引っ繰り返してこう考えた。アピールまでして死体を見せつけたかったのであれば、もし倉庫に気付かれなかったなら犯人の目的は“達せられていなかったのではないか”と。メッセージとはコミュニケーションのひとつで、相手からのリアクションを期待するものでもあると」

 

 大げさな身振りを交えて演説していたスイセンはそこで一度区切るとボクの方を向いて切り出した。

 

「では犯人が作成した第一の晩に対して生存者たちが返したリアクションはなんだったかな?」

「生存者の、リアクション……?」

「メッセージを送った犯人には、生存者に期待したリアクションがあったはず。

 チェスとは一手先二手先を読み合うゲームだよ。

 相手が期待した通りのリアクションをしたら、そのリアクションを期待して用意していた次の手を打てるんだ。

 もし、犯人の期待したリアクションでなかったら、犯人の計画は瓦解していたかもしれないんだ。

 ……逆を言えば、第十の晩まで事件が完遂できたなら、犯人が期待していたリアクションを返していたということになる」

「……………。……そう……なるな」

 

 反論はできなかった。

 なぜなら犯人は成功させているのだから。

 いや、そもそも成功したパターンが物語として執筆されているのだ。

 犯人のアクションも、生存者たちのリアクションも、その全てが執筆者が思考したものなのだ。

 つまり、盤上の全ての駒の思考は、執筆者の掌の上なのである。

 よって、犯人という歯車と、生存者たちという歯車を噛み合わせて、1つの時計となるように執筆者は棋譜を作ることができるのだ。

 それを思えば、期待したリアクションを予定通りに返すのは当然のことだと言えるだろう。

 

「話を戻そう。園芸倉庫の魔法陣に対する期待した生存者のリアクションを検討しよう。まずは魔法陣を描かなかった場合を考えてみよう」

「魔法陣によるアピールがなければ、園芸倉庫内の死体を発見するのはずっと後になるだろうな。最悪一日では発見できなかったかもしれない」

 

 「起」がないのだから「承」に続くこともなく、ましてや「結」などには絶対に辿り着くことはない。

 

「食堂の血痕は熊沢に発見されるだろうけど、死体が発見されなければ殺人事件とはならず、行方不明になった者たちをずっと探すことになるだろうね」

「血痕から何か事件があったことはわかるだろうが、場合によってはイタズラだと思われる可能性すらある」

「金蔵の書斎に報告に行ったのは殺人事件だからで、殺人事件にならなかったら金蔵に報告しに行かなかった可能性は高いよね。

 その場合、夏妃と絵羽の言い争いが起こらず、第二の晩に繋がらなくなる」

「それにもし金蔵に報告するにしても時刻がかなりズレることになるだろう。

 金蔵に報告する前に行方不明者を見付けておきたいだろうからな。

 その場合、第二の晩以降が起こる時間がズレ込み、時間切れである24時までに碑文の見立てが終わらなくなるだろう」

 

 第1のゲームの棋譜を実現するのであれば、園芸倉庫に魔法陣を描く必要がある。

 それは確かなことだろう。

 

「次に死体を食堂から移動させなかった場合を考えてみよう。

 郷田や蔵臼たちを捜索した時、食堂の血痕を発見できなかったのは食堂の中まで踏み込まなかっただめだろう。

 だが死体があればその時に発見されていたはず。となるとその時点で金蔵に報告することになる」

「つまり、金蔵に報告しに行くまでに起こった出来事が全て起こらなかったことになる」

「そう。夏妃は絵羽に煽られて金蔵の書斎には行くことはなく。

 よって絵羽も書斎の扉にレシートを挟むこともなく。

 結果としてその後の夏妃と絵羽の言い争いも起こらない」

「犯人が第二の晩で絵羽夫妻を客室で殺害するためには、夏妃と絵羽が言い争うイベントが必須ということだな」

「その通り。そのイベントがあったからこそ、絵羽夫妻がいつも泊まる客室へと移動させることができたんだよ」

 

 死体を隠して発見するまでの時間を稼ぐことで、絵羽が夏妃に嫌味を言うことになりそれが夏妃が書斎に入る契機となり、それに危機感を抱いた絵羽が書斎の扉にレシートを挟ませた。

 そしてそこまで時間を稼いだら次は死体を発見させるために、死体のある園芸倉庫に魔法陣を描いておいた。

 死体を発見させたら金蔵に報告する義務が発生し、夏妃だけに金蔵に会わせないために絵羽も共に書斎に向かうことになり、書斎の密室から夏妃と絵羽の言い争いに発展させ、結果として絵羽夫妻はいつも屋敷で用意される場合のいつもの客室で孤立することになった。

 

「それが犯人が期待したリアクションなら、それを踏まえて打ったであろう犯人の手が浮かび上がる」

「……それは?」

「例えば、絵羽が書斎の扉にレシートの類を挟むというリアクションを期待していたのであれば、金蔵はレシートによる書斎の密室を崩さないために扉から脱出しないことを選べる。

 ……そうすれば戦人の説である『金蔵がベッドの下に隠れて夏妃たちをやり過ごした後に書斎の扉から脱出する』が通るようになる。

 あの説の欠陥は、金蔵がレシートの挟まった書斎の扉から脱出しなかった理由が説明できないだけだからね」

「ちょっと待ってくれ。金蔵は死んでいるのではないのか?」

 

 金蔵生存説。

 従来の金蔵死亡説に真っ向から対立するものじゃないか。

 

「それは後のエピソードで判明した情報だ。

 言ったじゃないか? エピソード1の情報だけで推理するって。

 ……なぜ金蔵という大駒をこんな序盤で捨てなきゃならないんだい?」

「いや、だけど……」

 

 ゲームの順番を遵守するなら後出しされた情報で推理するのはフェアじゃないのは確かだ。

 けれど効率を重視するなら情報が出揃った状態で推理するべきだろう。世間一般の考え方からすれば。

 

「思うに世間一般においてはこう考えられていただろうね。

 金蔵が密室を脱出する理由がわからない。

 だから夏妃が窓から突き落としたか、最初から金蔵がいなかったかのどちらかだと。

 でもチェス盤を引っ繰り返すと、誰でも安易に辿り着ける推理だからこそ、それはありえないということになる」

「……それが犯人、出題者の意図だと?」

「そう。出題者が解答者の思考を誘導した時、解答者は出題者の意図に沿うか反するかを選択することになる。

 正解へ誘導するものならそれに沿えばよく、誤答へ誘導するものならそれに反すればいい。

 ……要は、出題者が負けるつもりなのか勝つつもりなのかということ。

 そして私は出題者が勝つつもりでゲームをしていると信じているだけ」

 

 揺るぎのない瞳でスイセンはそう宣言した。

 彼女のその瞳に映る世界は他人とは違うものなのだろう。

 ファンタジーの見地からすると、誤答だろうと人間説に辿り着かれることは負けに等しい。

 それはつまり、ベアトリーチェの目的は魔法説を認めさせることではないと言っているのだ。

 ……いや、正確には、魔法説を認めさせることはベアトリーチェの目的の1つでしかないと言っているのだ。

 目的が複数あれば、打つ手はブレて見える。

 それを目的が1つしかないとして見れば、理解不能な手が混じるように見えるだろう。

 

「……出題者は勝つために誤答へと誘導していると信じている。だから迷いなくその反対の道を行くということか」

「ふふっ。その通りだよ。大多数の逆を行くのは私が天邪鬼だからじゃなく、出題者をただ信じているからなんだ」

「となると、多数派の真実の観点から何を言っても意見は翻さないってことだな」

「そういうこと。まあ金蔵については後のゲームで論点になるからそこまで待っていてくれたまえ」

 

 苦笑しながら彼女は言った。

 

「話を戻そう。絵羽のレシートが期待したリアクションであれば、金蔵はそれを踏まえて書斎の密室を脱出できる。

 それはつまり、金蔵は犯人側ということ。

 それを前提に考えれば腑に落ちることがいくつもある」

「それは?」

「例えば、夏妃が書斎に入るには源次から鍵を渡されなければならないが、源次が主である金蔵の了承を得ずに書斎の鍵を他人に預けることは普通はありえないことだよね。

 だけど夏妃が書斎に入るのを金蔵が期待していたなら話は別だよ」

「金蔵が予め源次にそう命令しておけばいいというわけか」

「その通り。そしてこのタイミングで金蔵が夏妃に対して“心に片翼の鷲が刻まれている”と認めたのは、金蔵と書斎で会って自信を付けた夏妃に対して、絵羽が危機感を抱いてレシートを書斎の扉に挟むことを期待したからだろうことはもはや明白」

「金蔵が犯人なら一連の流れが全て説明できるというわけだな」




TIPS:コミュニケーションのゲーム

 何かをアピールするということは、それに対するリアクションを期待しているということ。

 発信と返信。
 アクションとリアクション。
 即ち、コミュニケーション。

 死体をアピールするのも、メッセージボトルを流すのも、リアクションを期待してのことだろう。

 何もリアクションが返ってこない場合、魔女は孤独と退屈で死ぬことになる。

 魔女とは魔法を信じさせる者である。
 魔女に対して返したリアクションは、実のところ魔女が期待した通りのリアクションである可能性を常に孕んでいる。
 よって魔女と相対する者は、常に眉に唾を付けるつもりで相対すべきだろう。
 もう騙されるわけがないと思っている者ほど騙されやすいのだから。
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