彼の目覚めにいち早く気付いた者は誰だったであろうか?
それは自由に旅する魔女だったかもしれない。
それは彼を愛した紅の戦士だったかもしれない。
それは友の
それは兄の作った世界を見守る
それとも、御家に敬愛を示し彼に忠義を果たした
彼ら彼女らは皆、別々の場所で風が頬をすり抜けるのを感じた。
暖かい、寒い冬には嘘のような優しい風であった。
*
「はっ!? はっはっはっ」
目を開くと眩いばかりの光に照らされ熱さを感じる、それと同時に寒さも感じ体が冷えはじめた。
自分が大の字になって寝ている地面には雪が積もっており、今が冬だと確認できる。
「俺は……いったいどうして……?」
抱え込むように体を丸め、上体を起こしたルルーシュは今自分に起きている現状を把握しようとした。
俺は、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはゼロレクイエムにより全ての憎しみとともにこの世を去ったはずだ。
しかし、今こうしてこの地面に立っている。
いや、正確には座っているのだがそんなことは今はどうでもいい。
大事なことは死んだ自分がなぜ生き返っているかということだ。
しかも今は冬である。
つまりゼロレクイエムが起こってから少なくとも半年は過ぎているということになる。
「寒い……寒すぎる。まずは何処かで服を手に入れたいところだが……。迂闊には行動できんな」
ルルーシュの今の服装は学生時代に着ていたアッシュフォード学園指定の制服である。
しかし上の制服はなく、ワイシャツ一枚だ。
どうにかして上衣を入手する必要がある。
当然それには行動を起こさなければならないのだが。
「俺の素性がバレたら厄介だからな。あの一件が仕組まれたこととなれば再び戦争は起こってしまうだろう」
難儀なものだ。
ルルーシュは小さくぼやいてから思考する。
周りを見渡しても見たことがない物ばかりだ。
つまりルルーシュが生前訪れたことがない地域ということになる。
日本なのかそれとも海外なのか、それによって今後の方向性が決まってくる。
いや、そもそも俺はこの後どうする予定でいたんだ?
俺の役割は終わっていることだし、俺はこの後何をすればいいんだ?
このまま凍死するってのは……ないな、ありえない。
それに、俺は死ねるのか? 死ねない場合、最悪俺は無駄に理由もなく生きることになる。
そんなのは死んでいるのと変わらない、むしろなお悪い。
ふと様々な疑問が浮かんだルルーシュは立ち上がって辺りを見渡す。
ここら辺に人は住んでいないのか、無尽蔵にガラクタが積まれていた。
ガラスの破片を手に取り指に刺すと、赤い血が小さく流れた。
「痛みはある。後は再生スピードだな、C.C.のような体になっている可能性もある」
ガラクタを退かし、組み立てて簡易の小屋を作り中に入る。
お世辞にも寒さを凌げる立派な物とは言い難いが、それでも今はありがたかった。
確かめるためとはいえ、強く傷つけすぎた。
未だ血は流れ熱を増す。
『でも寒い時は助かるんです。ヒリヒリ熱いから、寒いと手足が動きにくくて仕事が出来づらいんです』
「確かに……暖かいな。暖かいが痛い」
思い出すのはC.C.の言葉。
きっと彼女はこれ以上に傷つき、痛めつけられながら必死に生きてきたのであろう。
「今ならあの時のお前の気持ちが分かる気がするよ。C.C.」
こんなことを言うと、鼻で笑われてしまう気がするな。
一度思い出してしまった記憶は止まらず、どんどん溢れてくる。
C.C.の事、カレンの事、スザクの事、そしてナナリーの事。
生徒会の皆、黒の騎士団の連中、ブリタニアでの部下達。
思い出す中で一つの欲があふれ出れ来ていることにルルーシュは気付いた。
――――もう一度、会いたい。
会いたいといっても、再会し会話をして楽しく暮らすという意味ではない。
ただ単にこの目で見たいだけなのだ。
笑顔で元気にやっていてくれるならそれでいい。
俺は全ての人類を裏切り、悪魔となった人間だ。
そんな俺がのうのうと姿を現して暮らすことなどおこがましい。
一目、この目で見ることが出来れば、十分過ぎる。
ルルーシュは自虐気味に笑い、天井を見つめる。
張りぼてには穴が開いていて、そこからどんよりとした空が佇んでいた。
「さて、進路は決まった。長い旅になりそうだが、平和な世界を旅するというのも中々に興味深いな」
血は収まった。
時間的に考えて、不死身という線は完全になくなった。つまりいつでも死ねるということだ。
ルルーシュはなるべく顔を見られないように下を向き、前髪で邪魔をしながら進む。
寒い雪の上をギシギシ言わせながら歩く。
そしてふと、忘れていた最大事項を思い出した。
――――ギアス。絶対遵守の異能の力。
俺はまだ使えるのか?
だからといって試すわけにはいかない。
これは人の意思を捻じ曲げる悪魔の道具だ。
今の俺はゼロでもなければ悪逆皇帝でもない、ただの旅人だ。
だから使うわけにはいかない。
暫く歩くと道の先に河を見つけ、水面に映る自分の目を見ようと早足になる。
これで両目に鳥が映っていたのたらお笑い草だな。
覚悟を決めて、覗き込んだルルーシュの目に浮かんでいたのは親譲りの藤色の瞳、ではなく真っ赤に翼を広げた鳥であった。
「はは、あっはははは!」
込み上げてくる感情を抑えられなくなり、ルルーシュはその場に尻餅をついて笑いころげる。
生き返ったとしても、別の人間として生きようとも、過去の魔王がそれを許さない。
これでは誰の顔も見ることが出来ない。
これでは迂闊に言葉も発せない。
これでは生きていても――――辛いだけだ。
「そうか、そういうことか! これは罰なのか! 生き返ったと思わせての罪なのか! あっはははは! そして死のうと思えばいつでも死ぬことが出来るようにしたのも、同じく罪だというのか!」
リフレインでもきめたような完全に我を失ったように叫ぶ。
そして笑うのを止め、河を凝視して考える。
河の深度は深い、そしてこの真冬である。
この中に飛び込めば楽になれるのではないかと。
ルルーシュは一歩、また一歩と力なく歩き、どんどん河へ近づいて行く。
「ナナリー、最後にお前の笑顔が見たかったよ……」
ぼそりと呟き河の中に入る。
足元の感覚が悲鳴をあげ、進むたびに力を奪っていく。
「そこの人! 何をやっているのですか!?」
後ろから綺麗な透き通る声がルルーシュの耳に届き、振り向く前に体は宙を舞っていた。
「がはっ!」
「す、すいません。ですがこうでもしないとあのまま凍死してしまうと思いまして」
ルルーシュは荒い呼吸を繰り返し、白い息を吐きながら上を見る。
どんよりとした曇りの空に影が差し、金髪を垂らす女性が顔を覗かせていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ、問題はない」
少し距離を取って上半身を起こし、下を向いて会話する。
ルルーシュの返答に安堵の息を零した女性はルルーシュに近づき、また話しかけた。
「どうしてあのような事を?」
「君には関係ない」
「それはそうですが……事情があるのなら窺います」
なんというお節介だ。
ルルーシュはその女性にちらりとスザクを重ねたが、直ぐに現実に戻った。
「俺は、生きていてはいけないんだ。邪魔をするな」
「いいえ、あるはずです。どんな人間にでも生きる理由はあります」
「知ったような口を聞くな」
「確かに事情は知りません、しかし自分の命を粗末に扱うことは許されないことです」
「ならば俺が数千、数万という人間を殺したとしてもか?」
「はい」
「その中にはお前の親兄弟、大事な人も含まれているとしたら?」
「それでも……あります。きちんと罰を受け、罪を背負いながら生きて欲しいと私は思います」
顔を上げるわけにはいかないルルーシュはずっと地面を見て会話していたが、不覚にもその言葉に顔を上げてしまった。
「あなた……どこかで?」
「気のせいだ」
立ち上がり背を向けて言葉を返し、質問が来ないうちにルルーシュから質問した。
「今は何年の何月だ?」
「いきなりなんですか? 今は2019年の1月ですけど……どうされました?」
「ではここはどこだ?」
「フランス、パリのセーヌ川です」
「そうか、ありがとう」
ルルーシュはそのまま歩き出す。
足が今すぐにでも凍りつきそうなほど寒く、ギスギスと痛みが増す。
「あの……その恰好では寒いと思うのですが、よかったらウチで暖まりませんか? こう見えてもそれなりに裕福な……って待ってくださいよ!」
「すまない、俺は今すぐにでもやらなければならないことが見つかった。失礼する、それと……ありがとう」
「あっ……」
ルルーシュは進む。
罪を背負いながら生き続けるために、進む。
もう、迷わない。
「行ってしまいましたね……」
一人残された女性は先ほど助けた青年を思い出す。
自殺しようとしているように見えたため思わず合気道で無理やり陸に叩きつけてしまった。
申し訳ないと思いながら会話し、一瞬チラリと見えた姿はアキト中尉や日本人の三人と同世代のように見えた。
そしてほんの一瞬、刹那の時間で見れた彼の顔をどこかで見たことがある様に思えてならない。
「んー?」
言葉に出して考えるが分からない。
「マルカル中佐、ここに居りましたか」
「日向中尉……」
「そろそろ戻られて頂かないと」
「分かりました……wZERO部隊の……!?」
「どうかされましたか?」
「いえ……」
アキトの後について歩き、彼の歩いて行った方向を見て考える。
先ほどの彼……ブリタニア第99代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに似ていたような気がすると。
しかし、もうほとんど彼の顔がぼやけてきている。
確かめる術はない、それに悪逆皇帝はZEROによって殺されたはずである。
それよりも今は会合の準備の方を考えなければいけない。
今日はEUで超合集国の代表会議が行われるのだ。
レイラ・マルカルはアキトに並ぶように小走りで歩き、アキトと会話を始めた。
*
「ええい、寒い! 寒すぎるぞ!」
ルルーシュは擦り切れたぼろ雑巾のような毛布を頭から被って寒さに震えていた。
現在物陰に隠れてばれない様に体を丸めているルルーシュは声を出してはいけないのだが、そうともいってられないぐらいに寒さが増してきた。
何故ひっそりとしていなければならないのか?
それは今ルルーシュがいる場所に関係した。
あらゆる機械が所狭く設置されて休まずに動いているその場所は薄暗く、人がいるような所には思えない。
それもそのはず、今ルルーシュがいるのは客船の中である。
正確に言うのならその動力部の狭いスペースに無理やり体を詰めているのだ。
「頑張れ……頑張るんだルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。お前は学生から世界の王になった男だろ、この位我慢できなくてどうする!」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟き、寒さを我慢しようと頑張る。
……効果は期待できないが。
行動しだしたルルーシュは早かった。
体力の少ない体で走り、ヒッチハイクを成功させ乗り継ぎ一日でル・アーヴルまでたどり着いたのだ。
当然俯き顔を隠すルルーシュを拾ってくれる人など早々おらず、拾ったとしても終始不思議そうに、気味悪そうにしていた。
そして夜になると24時間営業店のトイレに入りびたり、3時間おきに店を転々と変えて生き延びたのだ。
翌日になると港に行き、船の時間を調べ一番安い船なら警備も大して厳重ではないと見積もってまんまと忍び込むことに成功したのだ。
まず初めに向かうのは日本ではなく、ブリタニア本土。
復興しているであろう帝都ペンドラドン、もしくはその一部に赴きたいと思ったからだ。
ナナリーやスザクならばすぐにでも復興作業を始め、墓を作ってくれているはずだ。
ルルーシュは誰かの幸せを見る前に、これまで失ってしまった者たちに懺悔と後悔を告げ決意を胸に旅をそこから始めようと考えたのだ。
本土上陸までまだ数日もある。
この数日の間に次の計画を立てなければならない。
ここを抜け出して見つからない様に港を抜け、その後ペンドラゴンまで行き、霊園を見つけて出発の儀を執り行う必要がある。
その後の事も考えなければ……なかなかの難題だな。
ふっと笑って、またガクガクと震える。クールにできないルルーシュであった。
少し経ち大分眠たくなってきた頃、突如扉が開きカツカツと音をたてて誰かが入って来た。
ルルーシュは眠気を一気に飛び出させ、冷や汗をだらだらと垂らしながら見つからないことを祈るばかりである。
ドンドンと迫る様に近づいてきていて足音がだんだんと大きくなってきている。
そしてルルーシュの前に来て、足音が止まった。
ボロ毛布を取られもうだめかと目を閉じたルルーシュに鈴のように透き通った声が響いた。
「こんな所にいたのか、随分と探し回ったぞ」
その声は雪のように綺麗で落ちる雫のようにルルーシュの頭の中に反響した。
思わず目を開いたルルーシュが見たのは懐かしい少女の姿だった。
「しーつー? C.C.なのか!?」
「なんだ大声を上げてみっともないぞ」
「そんなことはどうでもいい! なんでお前がここに居るんだ!?」
C.C.は煩そうに息を吐いてからコートの上を脱いでルルーシュに投げ、その場にしゃがんだ。
「その前にその服を着ろ。折角見つけたのに凍死されてはたまらん」
ルルーシュは素直にコートを着てC.C.に見返った。
「それで、なんでお前がここに、俺の目の前にいるんだ?」
「探していたからに決まっているだろう?」
「そういうことではない! なぜ俺が生き返っていることを知っている!」
「騒ぐな、喧しい。お前、私との契約を忘れたのか?」
C.C.は問題のヒントを出すように頬をついて笑い、そしてその手の先、つまり子指を示すように動かした。
「そうか……ギアスで」
「正解だ」
「それにしてもよく俺の場所が分かったな」
「言っただろう? 私たちは共犯者だ。お前が罪を犯し、魔王が復活したなら付いて行くさ」
「黙れ魔女」
懐かしいやり取りをしてほっと場が和む。
余談であるがC.C.はルルーシュが生き返ったことを知る術が有っても、場所を特定する力までは持っていない。
本当に偶々、偶然が幾重にも重なりあった結果の再会なのだ。
それとも、これを運命と呼ぶのかもしれない。
どちらにしろC.C.は平然を保っているが、前代未聞の出来事に動揺しまくりで色々やらかしたのだが、これはまたの機会にしよう。
身を寄せ合うように座り、お互いに沈黙の時間が流れたがルルーシュが思い出したように口を開いた。
「そうだ。先ほどの言葉撤回してもらおう。俺は断じて罪など犯していない! 俺は自力で! ギアスを使わず自分だけの力でここまでやって来たのだ。どうだ凄いだろう」
「何を言い出すと思えば、馬鹿か? 疾うにお前は犯罪を犯している」
「何をだ?」
「無賃乗車」
「……しまった!? 忘れていた!?」
ガーンと頭を抱えるルルーシュをC.C.は愉快そうに見つめ、肩に手を置く。
「まぁ、安心しろ。実は部屋を取っている。勿論二人分な」
「なに!? それは本当か!?」
「ああ、温かい部屋にベッド、テレビだってある」
「良く取れたな。名前はどうしたんだ? まさかC.C.と馬鹿正直に書いたわけではないだろう?」
「当たり前だ」
C.C.は埃を払って立ち上がり、ルルーシュに手を差し伸べる。
「なんだこの手は?」
「新たなる契約だよ。それと、お前にプレゼントだ」
「さすがは悪魔。契約は大好きだな」
「ああ、大好きさ。ルルーシュ、お前とならな」
ルルーシュは差し伸べられた手を掴み、ふっと笑って立ち上がった。
「契約成立だ。お前に名前をやろう、ついでにその名前で登録してあるからくれぐれも注意しろよ?」
「どんな名前なんだ? L.L.とかは嫌だぞ」
「安心しろ、普通に名前だ。ルルーシュ・ジェンダルシナー、それが新しい名だ」
「皮肉だな。
「そうか? 私はお似合いだと思うがな」
「言ってろ」
ルルーシュはC.C.と共に、光指す扉に向かって歩き出す。
「そうだ、これを渡すのを忘れていた」
「これはまた……懐かしいな」
C.C.が渡した長方形の箱に入っていたのは懐かしい特注のコンタクトだった。
懐かしむようにルルーシュはそのまま眼に着ける。懐かしい感触が蘇ってきていた。
「では、行くとしよう。ついでにこのZEROのお面も被っていくか?」
「いや、それは遠慮しよう。 "俺のZERO" はすでに役目を終えている、俺はその仮面を被ることはできない」
「まぁ大方予想通りの答えだ」
C.C.はドアノブに手をかけ、ルルーシュをじっと見つめた。
「なぁルルーシュ、長い旅になりそうだな」
「案外早く終わってしまうことかもしれないがな」
「それでも私はお前の最期を見届けてやるよ」
「……ふん、好きにしろ」
扉を開け、体が光に包まれていく。
今まさに、ルルーシュの本当の意味での旅が始まろうとしていた。
そして最初の一歩を、ゆっくり、丁寧に、踏み出したのであった。
タイトルを、うっかり魔王と安定魔女にしようとして止めた。