太陽が昇り始めうっすらと雲が明るくなってきた朝の4時頃、アーニャの目は自然と覚めた。
特にこれといった目覚ましの類はかけていないが、慣れというのは恐ろしい。
階段を下りて顔を洗い、身支度を済ませて動きやすい恰好に着替えると、この館の主でありパートナーを起こすべく階段を上がって扉をノックした。
「ジェレミア、起きてる?」
もう一度ノックしてみるが返事はなかった。
いつもならすぐに扉を開けて元気よく出てくるのだが今日は目覚めが悪いらしい。
「……入るよ」
鍵はかかっていないためすんなり部屋の中に入ることが出来た。
アーニャの部屋よりも少しばかり大きい部屋には数々の絵画が壁に掛けられていて、ブリタニア皇族(正確には元であるが)への忠誠心が見てとれる。
中でも一番大きく、目立つように掛けられているのはもちろんルルーシュの絵だ。
「ジェレミア、そろそろ起きないと――――」
「オォォーール・ハイル・ルゥルゥ――シュゥゥーー!!」
「きゃ!」
機械のように姿勢よく寝ているジェレミアに声をかけると、突然スイッチが入った様に目がカッと見開きそのまま大声。全く予想していなかったアーニャは尻餅をついてしまう。
「ん? 朝か……。ということは夢だったのだな……。おぅアーニャどうした? そんなところに座り込んで」
「あんたのせいでしょうっ!! いきなり大声出さないで!」
「なんのことだ?」
本当に覚えてない様子で首を傾げるジェレミアにため息をつき、文句を飲み込んで立つ。
「……なんでもない。それよりそろそろ起きないと間に合わない」
「私としたことが寝過ごすなんて……申し訳ない」
「いや、私のためだから。それより身支度済ませて、部屋で待ってる」
要件を伝え終えたアーニャは部屋を出て目的の場所に向かう。
階段を下り、少し歩くと見えてくる重厚な扉を開けて中に入る。
中は部屋というより日本の道場に近い作りになっており、床はフローリング仕立てだ。
アーニャが準備体操をしていると扉が開きジェレミアが模造剣を持って入って来た。
「さて、始めるか」
互いに剣を構えて一礼。
緊張感が高まる中、最初に動いたのはアーニャだった。
「はあぁぁーーっ!!」
スピードを乗せて放った突きは寸での所で弾かれ後ろに大きく距離を取る。
「中々良かったが……まだ足が疎かになっているな。それではまだ及第点だ」
余裕の笑みを浮かべジェレミアは手でもっと来いと伝える。
しかし一度目を逃したアーニャは馬鹿正直に突っ込むこともできず、じりじりと距離を詰めていく。
「来ないか。では私から行くぞ!」
一気に跳躍し剣が振るわれる。素早い斬撃が嵐のように何度もアーニャに叩きつけられる。
防戦一方のアーニャは斬撃の重さに耐えながら必死に考え、小さな体を利用してあえて前に出た。
「うお!?」
この一見自殺行動にも思える行動にジェレミアは驚いて反応が遅くなった。
その隙にアーニャは渾身の一撃を剣に乗せて振るう。詰められたことで剣が戻せなくなっているジェレミアには防げるはずがなかった。
決まったとアーニャは確信したが、それは高い金属音により打ち消された。
「え?」
「今のは良かったぞ」
アーニャの剣は当たることなく地面に落ち、ジェレミアは演技かかった動作でアーニャの首に剣をそえた。
「参り、ました」
「今日はこの位にしようか。今後の予定にも影響が出る」
涼しい顔で片付けを始めるジェレミアにアーニャは疑問を問いかけずにはいられなかった。
「最後のどうやってやったの?」
「あれか? あのままでは私はやられているはずであった。剣を戻そうにも時間が足りないしな。ではどうするか、答えは簡単だ。つかで弾けばいい」
簡単に言っているが、下手をすれば自分の手が切り落とされている。
それをやすやすとしてのけるのだがらこの男は本当に剣の才能と技術があるのだろう。
「しかし、アーニャも強くなった」
「悔しいけどありがとう」
「こう毎日練習しているが、それを活かす機会があるかどうか。殿下のおかげで今の世の中平和そのものであるしな」
「いつ問題が起こるかは分からない。ルルーシュが作った世界でも時間が経てばまた争いは起こる」
「様を付けろ様を! オォォーール・ハイル・ルゥルゥ――シュゥゥーー!!」
(また始まった……)
こうなったジェレミアは面倒を通りこし、呆れるを超えて尊敬まで飛びぬけてなんの感情も抱きたくなくなる気持ちになってくる。
饒舌にルルーシュについて語るアホをほったらかし、アーニャはシャワーを浴びに行った。
*
夢を見た。
敬愛する殿下と共に帝都ペンドラゴンで話をする自分。
周りにはC.C.とナイトオブゼロである枢木スザクが殿下を囲むように座っていて、自分は一歩離れた所から話している。
場景が変わり、場所はアリエス宮になっていた。
紅茶を飲みながらこちらに微笑んでいるのはマリアンヌ様、右隣にいるのがナナリー様。そして左側に座り、自分に向かって手を差し伸べているのはルルーシュ様。
優しい光景。記憶よりもお年を召したマリアンヌ様は未だご健在、ナナリー様の目と足も無傷であり、我が主の瞳も藤色に光っている。
誰もが夢見た情景、叶わなかった優しい世界。
アリエスの悲劇、あれさえ起こらなければ訪れていたであろう未来。
全ては――――未然に防げなかった自分の罪。
決して責められても文句が言えるわけがない、それでもルルーシュ様は手を差し伸べて微笑んでいる。
許されるとは思ってはいない。
しかし、これは夢。
決して許されなくても、私は――――この手を取ってもいいのかもしれない。
ならば、ならば私は―――――
「オォォーール・ハイル・ルゥルゥ――シュゥゥーー!!」
「……またなの?」
ジェレミアが目覚めると最初に飛び込んできたのは同じ屋敷に住む同居人からの呆れた声だった。
「また……夢か……」
何度目は分からないが、ここ最近似たような夢を見る。
今は列車の中だというのに恥ずかしい。
それは同居人も同じだったらしく、こちらをジトーッと睨んでいる。
コンパート中だったのが幸いだ。
「ジェレミア最近同じこと言って目覚める」
「なぜだか同じ夢ばかり見るのだ」
「……キモ」
「酷い言われようだな」
確かに普通に考えるのならこれはおかしいのだろう。
一度見てもらった方がいいかもしれない。
まぁ、普通の医者に行く訳にはいかないのだが。
「それよりお土産はどうする?」
「ついてから買おうと思っているが……案はあるか?」
「私はそれでいいと思うけど、一応持って来た」
ポンポンと隣に置かれているリュックを叩くアーニャ。
ジェレミアはなるほどと相槌して窓の外を見る。
外は晴天で雲はほとんど見当たらない。
「どうしたの? 何か考え事?」
心配そうに聞いてくるアーニャに苦笑すると今度は少し怒った顔に変化した。
「いや、すまない。アーニャも変わったなと思って」
「あれから半年も経ったんだもの」
「それもそうだな……」
あっという間に時が過ぎた。
出来れば自分も殿下と共に散って行きたかったが、頼まれ事を承った以上やるのが自分の責務なのだ。
「ルルーシュの夢を見るんだっけ?」
「ん? ああ、そうだ」
「何回も?」
「何回もだ」
「もしかしたらあの世でルルーシュに良いことがあったのかもしれない」
「いいこと、か……」
あの世。
あるかもしれないし、ないかもしれない場所。
あるとしてもあのお方は天国には行けないだろう。
それだけの者をあの人は失いすぎた。
「殿下……ゆっくりお休みください。ジェレミアはいつでも貴方の事を思っております」
ジェレミアに出来るのは祈り、願う事だけ。
ギアスという願望実現道具など持ち合わせていないが、強い祈りはギアスと同等かそれ以上に力を生み出す。
祈り願う。
どうか――――お幸せに。
*
「おい、C.C.後何時間ぐらいで到着だ?」
「大体3、4時間って所だろうな」
ルルーシュの船旅はもうすぐ終わりを告げるようだ。
ならば脱出の準備を始めなければならない。
「どうやって船を出る?」
「私は堂々と出るぞ? 金も払っているしな」
「ええい! 裏切り者! なにが共犯者だ」
「冗談だ。長めのコートがある、顔を隠して私の後に着いてこい」
「了解した」
大分慣れたもので、ルルーシュはこの部屋から出てはいないがそれでも十分楽しめる余裕はできている。
「お前も食べるか?」
「何をだ?」
「これさ」
振り返ったC.C.の手のひらには大きなオレンジが乗っていて、返事を待たずにルルーシュめがけて投げた。
運動が苦手なルルーシュだが、驚いた後なんとかキャッチを成功させていた。
ルルーシュはC.C.に小言を言ってからオレンジを転がす。
「オレンジか……ジェレミアの事を思い出すな」
「ZEROが公に初めて姿を現したのもその時だったよな」
「そうだったな……始まりか」
「感傷的だな」
「そうか?」
皮を剥いて一口食べる。
心地よい触感と程よい酸味が口の中で解ける。
「うまいな……」
「私もそう思う。このオレンジを作っている農園にも行ってみるか?」
「行って見たくはある。観光にいいかもしれない」
「それなら決まりだな。そのオレンジ農園家の名前はランペルージというらしいぞ?」
「まさか俺の偽の名前と一緒とは……。世界は狭いな」
「ふふ。ああ全くだよ」
*
少し時は進み、ブリタニア本土。
ずらりと並ぶナイトメアが収納されている倉庫に黒の騎士団の団員は胸を躍らせてその時を待っていた。
彼等はその高陽を押さえられず、自分の機体が手入れされるのを見ていたり近くの団員と会話をしているがどこかそわそわしていた。
「なぁ今日って本当にいらっしゃるんだよな?」
「そう言われたんだし。その為にこうやって集まっているんだろ」
「だよな……。しっかし番外特務のお二人ってどういった人たちなんだろうな」
「顔をZERO仮面で隠しているしなー」
誰もが思い気になる事柄。
これからこの場に来て彼らに訓練を行う人物についての情報は一切不明とされていて、黒の騎士団の分隊長にもなっていない。
しかし操縦技術はそれを凌駕し、諸侯反乱事件と呼ばれるルルーシュ皇帝がZEROに打ち取られた後に発生した戦いにおいて彼らの活躍は群を抜いていた。
二人の活躍をその目で見た者は大いに感激し打ち震え、自分のことのように周りに自慢したのだ。それ故二人についての噂には尾ひれが付きまくり、一時は枢木スザクではとも囁かれたほどだ。
「あのお二人に訓練してもらえるなんて……私本当に運がいい!」
「それ俺も思う! 本当に何者何だろうなー」
「でも紅月隊長とヴァインベルグ隊長は知ってるっぽかったわよ?」
「マジで!?」
一人の女性団員が発した一言にざわざわと他の団員が集まり、誰もが続きを待ち望む。
「それで、なんていってたの!?」
「えっと……確か美味しいあだ名だとか何とか……」
「なんだそれ? というかよくあのお二人と話が出来たな。忙しすぎてそんな暇ないだろうし」
「うん、実を言うと偶々聞いたというか。べ、別に立ち聞きとかじゃないから!」
語るに落ちる。
誰もが思ったが口にしない。それ以上に彼女の発する情報に夢中なのだ。
その後も討論は続き、結局事態が収拾を見せたのはその件の二人が姿を現してからだった。
*
「その時! 颯爽と現れたガニメデに搭乗していたのがあのマリアンヌ様だ! 私はあのお方の強さに惚れた。ということがあり、私の学生時代の夢はアリエス宮に務めることだったのだ……。しかし! 私の夢の実現には多くの困難が待ち構えていた。辺境伯でもあり、成績優秀であった私は帝立コルチェスター学院で監督生を行っていた。順風満帆だった。そう、あのロイドが現れるまでは……あの男は、あの男は……!?」
「その話、まだ続くの?」
「ん? まだまだ続くぞ」
「……そう」
アーニャはため息をついて頬杖をついた。
確かに純血派になんでなったの? と聞いたのは自分だ。しかし、脱線しているのではないか? なぜか今はあのロイド伯爵の昔の悪口を言い出す始末。これには流石にツッコミをいれたが止まる気配は毛頭なさそうだった。
「――――でだ。あれは私が監督生として後輩に指示を出していた時に起こった事だ。あいつは私の付添として同行していた。あれで成績が良かったからな、不本意だがそうなったのだ。話を戻す。私はナイトメアフレームに搭乗し、簡単な動作をしてみせた。悲劇が起こったのはその時だ。当初の計画ではそのままモジュール式脱出装置を起動して終わりだったんだが……どう動かしても動かないのだ。さすがに不審に思った生徒が調整していたロイドに声をかけたがあいつは『いいのいいの彼いい実験材料だから』と言い切ったのだ。私はそのまま閉じ込められ無理に動かしたことで機体は動作不良を起こして中破、私はこっぴどく叱られたのだ……」
「ねぇ、終わった?」
「まだまだあるぞ。あれは夏休みの事だった――――」
アーニャの体力はすでに限界に来ていて、この疲労感はかつて味わったことのないほどにアーニャの神経を蝕んでいた。
それでもアーニャに逃げる道はない。
下手にコンパートから出るわけにはいかないし、寝ようと思ってもこれでは夢にまで出てきそうな程だ。
どうしようか必死に考えたアーニャが最後に導き出した答えは話題の転換であった。
「ジェレミア喉乾かない? お水あるけど」
「――――ん? それはありがたいな。頂く」
紙コップに注ぎ、ジェレミアに渡す。
そしてしっかりと新たな話題も一緒に振った。
「帰りに帝都ペンドラゴンに顔出したりする?」
「む? 当然に決まっているだろう。殿下の墓参りを忘れてはこのジェレミア・ゴットバルトの名を汚すことになる!」
「名前、また間違えた」
「おっと、どうも咄嗟には間違えてしまうのだ。気を付けなければな」
一気に飲み干したジェレミアはそのまま疲れたと言い眠る体勢を取った。
これでアーニャの作戦勝ち。
小さくガッツポーズを作って同じように横になった。
横になりながら端末を操作し、過去に撮った写真を眺める。
色々な写真が残っていて、たくさんの人が映っている。
ラウンズの時の写真。周りには同じような服装をした最強の騎士たちが自分の機体を背にして写っている。
そしてアーニャの気に入っている写真の一つが映し出された。
写っているのは自分とジノ、それとスザクがアッシュフォードの制服に身を包んで寝ているアーサーを眺める姿。
もし違う道を歩んでいたのだとしたらこういう未来も訪れていたのかもしれない。
しかし、現実はそういかなかった。
ジノは黒の騎士団の分隊長を任されていてそんなに会うことは出来ない。
それに、枢木スザクという人物はもうこの世に存在していない。
誰よりも優しく自分に厳しかったあの人は死んでしまった。
出来ればもう一度会いたい。あってたくさん話したいことがある。
アーニャの目は自然に重力のままに閉じていき、眠気も一気に襲ってきた。
小さな体を丸め、狭い椅子の上で寝る少女の瞳から一筋の涙が零れていた。
その涙を拭うジェレミアは小さく頭を撫で、優しく微笑んでから隣に座る。
代わりにはならない。しかし、幼く妹のようなパートナーを助けたいと思うのは当然の事だ。
ジェレミアは心の中で謝罪をし窓の外を見つめる。
太陽はすでに夕日に差し掛かっており、橙色の光が差し込み顔を照らす。
あまりにも眩しいオレンジ色。自分と同じその光は眩しずぎて直視できない。
それでも手を翳さずに見つめる。
いつかあの色と同じオレンジになるために。
ジェレミアは壁に頭を預けて眠る。
同じ幸せの夢を見ながら。
今回は農園家の二人にスポットを当ててみました。