アリウスシロオオカミ 作:ふしあな
「“………シロコ?”」
その姿は、先生がよく知っている少女と同じ姿をしていた──────
エデン条約。と言うものをご存知だろうか。
キヴォトス三大校の二つ。非常に仲が悪いと有名な【ゲヘナ学園】と【トリニティ総合学園】が史上初の手を取り合おうという条約である。このそろそろいがみ合うのを止めようとした条約の中身は色々と複雑なため割愛するが、ではそんな非常に仲が悪いとまで言われた二校がそう簡単に条約を結べるだろうか?
……答えは否だ。
トリニティにてエデン条約の締結を阻止しようとする裏切り者。そして暗殺された疑いがあるティーパーティーの一角。それら全ての元凶と疑わしき者を集めた【補習授業部】の中から裏切り者を見つけ出せと言われた新気鋭のシャーレの先生。……トリニティに渦巻く陰謀と知謀はこうして1人の真犯人を誘き寄せた。
「そうだよ。私が本当のトリニティの裏切り者」
「…………」
誰も彼も沈黙する中で、自らを裏切りものだと謎のガスマスク集団を連れて現れたのは聖園ミカ。ここトリニティの生徒会ティーパーティーの1人であり、事実上のトリニティのトップでもある彼女が裏切り者だったのだ。
「というわけで、ナギちゃんをどこに隠したか早急に教えてくれる?本当に時間が無くてさ」
「ようやく“あの子”の手を掴めるようになったんだ。邪魔だけはさせないよ」
まるでここが舞台で、ミカは主役だと言わんばかりに恐ろしい微笑みで語る少女は最愛の幼馴染である桐藤ナギサでさえもここから先は端役にもなりはしないとばかりに逃した補習授業部に問う。最も、最終的にミカならどうにかしそう感はあるが
「“ミカ、どうして……”」
「んー聞きたい?……でもダメ」
ここから先は、私が頑張らないといけないからね。と笑うそのミカの顔を先生はよく知っている。何も言わずに後輩を託そうとしたアビドスの少女。1人悪になる事を覚悟して魔王になるかもしれない勇者を片付けようとしたミレニアムの少女。つまりそれは、自身さえも駒に含めた捨て身の覚悟である。
「………ひとつだけ聞かせろ。聖園ミカ」
「白洲アズサ……良いよ。他ならぬ貴女の話を聞いてあげる」
ただし一度だけね。と微笑みを崩さず告げるミカに、アズサは一瞬瞳を閉じる。アリウスの中で唯一、例外と言われた少女の事を思い出す。その顔は影で反射して見えないというのにそれでも輝くオッドアイの双眸。あのアリウスの中で唯一、己の【教義】を掲げるのを良しとされた忠実なマダムの使者。その名を────
「お前が手を掴もうとするのは………」
「ああ、ごめんね。もう時間みたい」
本当は、あの子が来ない事が一番だったのに…と心底悔しそうに呟くミカの口元は強く唇を噛んでいるのか血さえも見えた瞬間、この場にまるで砲弾が着弾したかの様な音と共に、盛大な砂埃が巻き上がる──────!!
「げほっ……!げほっ!」
「ああ!猟犬が来た!」
「“な、何が……っ!”」
咳き込む補習授業部のメンバーとは対照的に喜びの声をあげるアリウス。
猟犬が、白の使徒が現れたとその喜び様は正しく狂乱と狂喜に満ち溢れていた。新手か、そう先生たちと補習授業部たちは砂埃の先に現れた“誰か”から視線を外さない様にとその先を睨んでいた。その時、砂埃が晴れたのは。
「ん。少し遅れた」
その姿を見た瞬間、先生はあろうことか思考を手放した。
いやそれも無理もないほどの驚愕な、それこそ有り得るはずの無い現実が目の前に立っているのを見て先生だけで無くその姿を知っているヒフミでさえ驚きに沈黙してしまう。
その顔を、その姿を覚えている。
ベリーショートに切られていても変わりない銀色の髪に頭の上の狼の耳。“先生が知る少女”よりも深い青の瞳の中は同じ様に瞳孔が左右でオッドアイになっている。立ち姿もどこか氷の様な無機質じみていて、制服もアビドスの制服を着ていないというのに非常にとある少女とダブるその姿。双子と言われても否定できる要素のないアビドス高等学校2年生【砂狼シロコ】……その子が立っていた。
「“………シロコ?”」
「私の名前は、白狼シロ。覚えなくても良い」
驚愕から抜けきれない先生が呟いたその名前に、シロと名乗ったシロコに瓜二つの少女は笑みを浮かべるのでも無く、眉を顰めるのでも無く冷静に自分の名前を口にしたあと何の感情も載っていない言葉で呟いた。自身の名前さえもどうでも良いと言いたげな口調は、この場にいる誰よりもうんざりした顔で腰の両ポーチから青く光る近未来的な銃を引き出しこう述べた。
「どうせ、誰も覚えてられないから」
『────起動。神秘形成弾の装填を開始』
青く光る銃が持ち手から銃口まで青紫色の光が走ったと思えば、機械音声と共にシロは銃を構えていつでも戦闘ができる様に構える。が、その顔はどこまでいっても無であり戦いに対する興味も、この場での勝者でさえもどうでも良いと言いたげなその姿はむしろ強者ゆえの傲慢だとも思えるほどの姿を醸し出していた。
この場にいる誰も彼もがその立ち姿に己の知る【最強】を被せたことだろう。即ちトリニティ最強と名高い“歩く戦略兵器”とまで言われた少女と同じ実力を持っていても不思議では無いシロと言われた少女と事を構えなくてはならない。
一瞬でも目を離したら最後。やられてしまう。その覚悟で補習授業部の面々が銃を構えようとしたその時、隣からミカの慌てる様な静止の声が掛かる。
「ちょっ、ちょっと待ってよシロちゃん!」
「ん?……状況を見るにそうするべき」
トリニティの武力組織である正義実現委員会をアリウスが成り替わる。というのがおおよそ聖園ミカが描いた構図だったのだろう。だが生憎とシロはアリウスのトップであるマダムからこの茶番劇の事情を知っているが故に、シロの目的は既に聖園ミカへの援護からどれほど手早くこの場を退かせるか。に変わっている。
幾らシロがたった1人の育て親にして従うべき強者であるマダムのみ服従しているとはいえ、一応アリウスの面々もシロにとっては群れの一員である。だからこそこの場での無駄な浪費を避けるために、シロは分かりやすく敵性存在であるシャーレの先生とトリニティを制圧しようと銃を向けた、というわけだ。
「うーん。まあ別に良いんだけど」
だがそんな内心なぞミカが知るわけもなく、単純に援護として来てくれたシロを使うならそうするべきが最善だとはミカも分かっている。シャーレの先生の指揮は非常に厄介なモノで戦闘経験有りが1…2人ぐらいの寄せ集めの集団(4人)が兵士として育てられたアリウスの部隊を退けている。その理由が先生の存在である事はミカもよく分かっているからこそ例え盤面をひっくり返されても無視できる強力な戦士を投入するのは非常に理に適っている。……が、ミカはどうしてもそれをしたくなかった。
(………シロちゃん、手加減できないし)
ミカの本心がどうであれ建前上は、シロの手加減の無さが上げられる。最もそれは手加減を教えなかった、知らなかった環境にあったのを想像するのは簡単だが人がシロほど割り切って或いは純粋無垢に生きていけるわけではない。だからこそ、ここから始まるのがシロによる鏖殺劇だとミカは知っているからその手を動かせない。
自分と同じようにはなって欲しくないのだから─────
だがそんなミカの逡巡を置いていくように状況は変化していく。
そう、横から盛大な爆発音と共に哨兵のアリウスがミカに告げた戦場である体育館に向かってくるトリニティの生徒の一部。だがそれはおかしい。ミカのティーパーティーによる権限で動く兵力など無力化したはずだったのに…
「……いますよ。ティーパーティーにも命令できない、独立的な軍団が」
その言葉と共に、そのトリニティ生が大聖堂から続々と姿を表しているのが見える。大聖堂となるとひとつだけだ。“シスターフッド”といったトリニティでも有数の部活動のひとつで、そしてティーパーティーでさえも無視できない一大勢力がミカを他ティーパーティーメンバーへの傷害教唆及び傷害未遂で捕えようと動き出した。
「……はぁ。やっぱりこうなっちゃうんだね……」
「どうしましたか?聖園ミカさん」
「ああ。本当に最悪……」
両手で顔を無造作に覆うその姿はあまりにも淑女とはかけ離れている。まるで取り乱すかの様に乱暴に呟くその姿は狂気に取り憑かれたようにしか見えない。だが勘のいい一部の生徒や先生にはそのミカの姿が何もかもを取っ払った本心から語っている本音の悲鳴にも聞こえた。
「本当に、ごめんねシロちゃん」
「ん、関係ない」
だが次の瞬間、まるで何かを覚悟した様な危険な光を宿したミカの瞳が補習授業部を捨て置いてシスターフッドを睨む。この場に及んでミカの危険度の割合が先生率いる補習授業部からシスターフッドへと変化する。それと同時にシスターフッド相手なら問題ないと睨んだのかミカがシロの手綱を放した、様に見えたその時だった。
「殲滅しよう」
『入力を確認、点制圧から面制圧モードへと移行。一部武装の封印を解除』
シロが何か呟いたのが聞こえた。それはまるで何かの暗号か詠唱の様に聞こえる。だがその言葉が何を意味するかこの一瞬を争う戦場では分からない。だが少なくともその言葉が普段使いしている言葉ではない事だけは確かなのが聞き取れる。
だが少なくともシロの持っている銃の機械音が告げたモード変更、そして武装の封印の解除といったこれまで以上に危険な要素を察せられる。だがその瞬間、目の前のシロが持った銃口の先から見えたマズルフラッシュが先生の警戒心をこれまで以上に煽る。
「“っ!避けて!!”」
反射的に生徒たちに回避を訴えた先生のその判断の速さは賞賛されて然るべきだろう。シロが持つ銃はあくまで区分分けしたとしてもハンドガンの範疇に入る。だが、今何気なく放った一撃は一体どういうメカニズムか分からないが散弾にも似た攻撃でシスターたちを沈めていく。
「………厄介」
するとようやくシスターたちもシロとシロの持つ銃の異常さに気がついたのだろう。いや、そもそも聖園ミカが戦いを任せ謝る姿から最早ただの敵と認識するには遅すぎたと、シスターフッドはミカの後ろにいたアリウス兵は捨て置き全勢力を持ってまずこの白狼を沈める事にした。
そんなシスターたちの思惑をシロも理解したのだろう。ただ一言呟いた直後、腰につけたポーチから何かを取り出す様な動作をする。そこから手のひら大の黒い手榴弾を取り出したのが見えた。いつ投げるのか、シスター含めて補習授業部たちも彼女の一挙手一投足から目が離せなくなる。だが、その後ろで戦況を見守っていた先生は気がつくだろう。ミカの後ろにいたアリウスの子たちが少しずつ撤退しているのが。
(“シロがここを釘付けにするつもりか…!”)
その瞬間、先生は気がつくだろう。ここまで満を持して真打登場と現れたシロは陽動で本命はアリウスたちを撤退させるまでの時間稼ぎであるという事を。だがそれを今更分かったところで手の出しようがない。
シロが自らにターゲットを集中させているお陰で互いの戦況には大きな動きはない。むしろシロが撤退を促しているお陰でシロも本来の実力を出せていないのではないか。そう直感的に感じた先生は補習授業部たちにアリウスが撤退を終えてシロも退くその隙を狙って捕えようと口にした。
「……間違いなく、あの子はシロコちゃんですよね」
アビドスの面々と関わりがある補習授業部部長兼ファウスト、通称阿慈谷ヒフミが震え声で告げる。確かにシロコは良い意味でも悪い意味でも純粋で破天荒な子だが、ここまで無機質で敵意を見せてくる子では無かったと衝撃を受けている様だ。
「“うん、でもあれはシロコであってシロコじゃない。”」
ヒフミの姿を知らないと言い、先生を見ても何も思わない時点でシロがアビドスの砂狼シロコではない事が見て分かる。となるならあれは誰だとなった時、直接本人から話を聞いた方が早い。アリウスとは一体どんな関係なのか、アビドスのシロコとは一体どんな繋がりがあるのか。先生は知るべき必要があると思った。
「………シロ」
「“何か知っているの?アズサ”」
元アリウスの先兵でありトリニティに潜入していた時に補習授業部に入部し寝返った経歴を持つ白洲アズサが小さくその名前を呟く。どうやらアズサのその様子からシロが出てくるのは寝耳に水と言わんばかりに名前を呼んで沈黙していた。
「シロ、白狼シロは……マダムの唯一の私兵だ」
「“マダム?”」
少しした後アズサは重い口を開く様にアリウスの内情を口にする。アリウスの支配者マダムと呼ばれる生徒会長のたった1人だけの私兵。マダムの忠実な使者である彼女の実力はアリウスの中でも抜きん出ている【アリウススクワッド】という分隊を一方的に叩きのめせるほどの実力者である。
「その実力は私が十分な準備をしても、五分も持たないだろう」
「………なっ」
トリニティの正式な治安維持部隊である正義実現委員会相手にゲリラ戦であるが奮闘したアズサが“十分な準備”をした上でシロ相手には五分も経たず潰されてしまうとまで言わせるその実力差は、正義実現委員会の1人であるコハルをもってしても文字通りトリニティ最強とタメ張れるのでは無いかと驚きを隠せない。
「“だとしたら……マズイね”」
「うん……でもシロの動きは撤退戦だ。うまく隙を作れれば……」
確かにシロの身にまとう圧力は、学校最強レベルでは無いかというところにアズサの具体的な実力の差。ここまでくるともう先生自身の勘が正しかったという事になる。今はシロが本気を出せていないからここまで均衡している様に見えるが(そもそも数十人単位vs1人が成り立っている以上、実力差は歴然だ)シロの目的が達成されればどうなるか分からない。それに危機感を抱く先生と、その一瞬の隙を突けば良いというアズサの意見の違いはあれどいつでも戦える様に準備だけはしておく。
そうしてどれほどの戦況の変化を前に機を伺っていたのだろう。
少なくとも、シロの戦い方は危なく、痛々しい。そしてそれ以上にこちらの心を抉る様な防御さえも取らずにこちらを責める姿には戦おうとする狂った狼の姿がそこにはいた。
「白狼シロさん…と言いましたね?投降、していただけないでしょうか?」
「…………ん、面白いことを言う」
まるで痛みも感じていないのでは無いかという捨て身の行動。
確かにこの少女にダメージが入っているはずなのだ。間違いなく相手は手負だというのに一瞬の隙も、怯みも見せない少女の姿に流石のシスターたちも怖気付くと同時に、もの悲しささえ感じてしまう。
ああ、人はここまで心を戦いだけにしてしまえるのか、と
修羅であるのなら、それもひとつの生き方だ。だがこの様な加速して削ぎ落とし続けて失墜するまで命を消費し続ける生き方は最早道具となんら変わりがない。
「勝つか死ぬか、あるのはそのふたつだけ」
「…………捕らえてください」
そして道具の様な生き方が素で芽生えるとは到底思えない。間違いなくこの少女をこう“教育”した誰かが背後にいるに違いない。シスターフッドの長である歌住サクラコが気が付かぬわけがない。彼女は何よりも邪悪に敏感なシスターである。
そしてもうひとつ。本来シスターフッドがここに来たのは聖園ミカが一連のティーパーティー襲撃事件の真犯人である疑いのため、確保しようとしに来たのだ。だがそんな聖園ミカは戦おうとする意思がそんなに見えない。その姿はまるで何かを悔いているかの様に立ち尽くしている。
「聖園ミカさん、そこまでです」
「………やられたね」
その隙だった。シロが盛大な陽動をしている横でミカが捕えられたのは。
だけどそれでもミカは抵抗することもせずただ立ち尽くす。この後を見守るかの様に…いや、その視線には一抹の希望と期待が宿っている事に気がついたのは後の話だった。
ミカが捕えられた瞬間、奇しくも全アリウス兵たちの撤退が終わったのと同時だ。
ではシロはどうするのか。予定通り撤退するのか…それともミカを助けるのか。選択は既にシロの手に委ねられた。だが結果は残酷なモノだ。シロはミカを一瞥した後にまるで最初からいなかったかの様に姿を消した。
そんなシロの姿を見てミカはようやく諦めたのかポツポツと呟き始めた。
最初は些細な口喧嘩だった。セイアを襲撃したのも少しだけ脅かしてやろうとしただけだったのだ。だが何の手違いか運命の悪戯か。ミカはセイアを殺してしまった。
「それからだよ。私が初めて、この手で助けたいと思った子が現れたのが」
「………それが」
哀れな子。ただひたすらに純粋無垢である子ども。戦いと服従だけを教えられた歪に作られたその人格。生まれ育ちが違えばきっと良い妹分として、良い友人として生きられたのだろうと思うと、やはりミカにはシロを救うという選択肢以外は無かった。それが例えミカの代償行為であると分かっていても。それが例えシロはその救いの手を取らないと確信していても。
「ねぇ、先生。教えてよ………私の手じゃ、汚れた手じゃあの子を助けられなかったの?」
「“それは……”」
「…………ごめん。忘れて」
正義実現委員会に拘束され歩いていく聖園ミカ。
その後ろ姿は、まるで自らが起こした事を悔いる以上に無力で押し潰された小さな【子ども】が居たのだった。
「それではアリウス対策会議を始めます」
聖園ミカの一件は、その自らの死を予言していた百合園セイアの安否を隠蔽するという事であらゆる敵から身を守っていたとの事だった。被害者が生きていた(尚、体調が優れず、今も病床の上の様だ)為、聖園ミカが自白した事を含めて今回トリニティ上層部と先生を交えた会議が始まった。
やはり何よる語るべきはアリウスの話だろうか。
アリウスからの離反者である白洲アズサより快く聞いた情報。そこにはアリウス自治区へとつながるカタコンベや、アリウスのトップであるマダムについて、そして実力者である【アリウススクワッド】と……
「……白狼シロ、ですか」
「はい。間違いなく、その実力は正義実現委員長に匹敵すると」
やはり一番話し合わなくてはならないのはアリウス側の最大戦力。キヴォトスの最上位とも殴り合える疑いがある少女。それが【白狼シロ】とトリニティでも注意とその情報が伝わる。あの戦闘の最中でも写真を、動画を撮っていた子が居る様でその情報は正確に伝わっていく。
シスターたちが痛ましいとまで思ったそのシロの戦い方を前に、この会議に参加している救護騎士団団長にしてヨハネ分派首長。そして今まで百合園セイアを守り続けた救護の鉄人が瞳を細める。
「できる限り早急に救護、そして正しい情操教育が必要でしょう」
「なるほど……この子がミカさんの……」
次にミネはシロを見つけ次第、必ず救護する事を決めた様だ。それもこれも【怪我の治療よりも元凶を取り除くべし】という彼女の思想と今まで見て実践してきた治療と看護が最早この子に必要なのは新しい居場所と、真っ当な教育であると告げている。そしてそれと同時にこれほど無垢なあり方を無垢なまま歪めているであろう元凶であるアリウス支配者のマダムへの怒りも募らせる。
そんなミネの怒りと同時にティーパーティーのホストにして聖園ミカの幼馴染である桐藤ナギサが興味深そうに白狼シロの姿を見る。今までトリニティのトップとして色々な人間と関わってきた。それも善性、悪性も様々で。そんな少なくとも人を見る目に関してはある一定の理解がある(今回の補習授業部の件は不振に陥っていたのでノーカン)ナギサがこの少女を見て思うことはやはり無垢である事だろうか。無知ではない。少なくとも善悪は年相応に付いている様に見える。だが……
「非常に、危ないですね」
「ええ……よほどこの子の“育ちが良かった”みたいです」
或いは本人の性質か。そう皮肉を含めて口にするサクラコが同意する。
間違いなく彼女を“そう”或る様に刷り込んだ邪悪で度し難い何かが背後にいる事は確実だ。まるで雛鳥に自らを親だと思わせる様な、悪辣でそれでいて自主的に親愛を抱かせるそのやり方は、まるで洗脳と言っても過言ではない。そしてそんな手段を少女たちが唾棄し、忌むという反応もまた正しい。
「“ごめん。ちょっと良いかな”」
「?はい。どうぞ」
「どうかしましたか?先生」
そんな風に義憤を膨らませ続ける少女たちの間を割り込む様に先生が口を開く。シロの正体、そしてそこに必ず繋がるであろうアビドス高等学校の生徒【砂狼シロコ】の存在。
先日、シロに関しての書類を手にした先生はその足でアビドス高等学校に向かった。それは勿論シロコにシロについて伝える事だ。砂狼シロコが誰かを探している事を知っていた。砂狼シロコがアビドスの砂漠中を自転車で駆けるのに、顔も名前も知らない片割れを探している事を知っていた。
『ん………ん!?これをどこで見たっ!教えろっっ!!!先生!!』
そうして満を持してシロコに先生はシロの写真を見せた。その瞬間、シロコが瞳を大きく見開いたと思った瞬間、文字通り血相を変えてシロコは先生に飛び込んだ。キヴォトス人の身体能力×我を忘れる激情だ。まともに受け身が取れるわけがない。これはマズいと思い瞳を閉じたが、どうやらシロコの激情を聞いて近くにいたシロコの同級生であるノノミが先生を受け止めたらしい。
それでもあのシロコの変貌ぶりに驚く先生たちと言い、もう一度先生に掴みかかろうとするシロコを抑える様に後ろから先輩であるホシノが抑えに掛かったりと落ち着くまでに時間が掛かった。
『……で、先生。それは……』
そうして少し落ち着いた後、まだシロコは喉の奥を唸らせて先生の手にあるシロについての写真や書類を奪おうと目を光らせているがとりあえずは落ち着いた。そこからまた少し場の空気がおさまった所でアビドスを代表してシロコの後輩であるアヤネがおずおずと聞き出した。
『“うん、この子についてシロコの意見を聞きたかったんだけど……”』
『ん、名前は?どこにいるの?何をしてたの?私のことは知ってる?』
と言った感じでノンブレスに先生にこのシロコと瓜二つの子の情報を聞き出そうとする姿は正しく藁にもすがるといった言葉が正しいだろう。いつもの様なクールな姿とは変わり瞳に危険な光を宿している今のシロコは先生がシロの名前と今の取り巻く環境を伝えれば方法がなくともアリウス自治区まで突っ込みそうだ。それもトリニティを巻き込んで。流石に良識あれば色々と問題があると歯噛みして尻込むところが今のシロコは何が何でも見つけ出すという強い【意思】と【覚悟】がある。
こうなってはもう誰も止められない。だが少しだけ待って欲しいと先生はいずれ来るアリウス自治区への探索の時にシャーレの権限でシロコを絶対に呼び出す事を引き換えにシロ…白狼シロの情報を渡した。
『白狼シロ……覚えた』
『シロコちゃんみたいで可愛らしいですね⭐︎』
絶対に逃さないと冷静に呟くシロコを密かに腕を掴んで飛び出さない様に警戒しているノノミがシロの写真を見る……確かに見れば見るほどシロコとシロは瓜二つだとこれは確かに初見だと見間違えるだろうなと何となく分かった。……だからこそ分かるのだろうシロコとシロの大きすぎる違いに。
『うーんおじさんからすると“ありえたかもしれないシロコちゃん”って感じがするなぁ』
『ありえたかもしれない……というとifの可能性のシロコ先輩って感じでしょうか?』
正しくその感じだろうねと頷くホシノの瞳はいつも眠たげに緩んでいるのではなく、シロの戦い方に目尻を釣り上げてまで凝視を続ける。
そうして一通りシロの情報を見渡した後でホシノがいつもの口調で、それでいて何か強い意志を隠しながら呟く。そんなホシノの様子に特に何か言うわけでもなくアヤネは補足説明をし始める。……とはいえ、一番最初にシロコを保護したであろうホシノの意見というのは非常に的を射ているかもしれない。
『うん。もしもシロコちゃんが、あの日初めて会ったままだったら…っていうのがシロちゃんだと思うよ』
『!……確かに、そうかも……』
詳細は省くが最初にシロコがホシノたちに保護された時は酷く荒れ荒んでいたらしい。だがその後は少しずつ先輩であるホシノ、同級生であるノノミや後輩などができて今のシロコになった。それを踏まえてホシノはシロを痛ましいものを見る目で話す。
誰にも頼ること無く、誰も信じることも知らない全てを諦めた幼児。
愛も好意も言葉の様なものだ。誰かから教えられなくては知り得ることはない。
であるのなら、いるのだろう。あの子から、シロから愛も好意も知る手段を術を奪った度し難い某がいるのだ。人としてのあり方を歪めてひとつの人形に作り変えた悪魔の様な何かが。
『気をつけた方がいいよ。……これはどう考えても』
────────悪い、大人のやり方だ
ホシノの経験則を交えた最悪の予感。それは密かに先生の頭の中にもある集団が思い浮かんだ。その名前は【ゲマトリア】という集団。先生と同じ大人だが異形へと姿を変えた己を探究者とした外道。もしかしなくともシロがその外道の毒牙に捕まっているのだとしたら、助けないわけにはいかない。
だが勿論、そんな事を話せるはずもなく先生はトリニティの少女たちにシロの血縁と見られる砂狼シロコの存在と撮らせてもらった写真を見せる。その写真は確かに瓜二つで着ている服に差異が無ければ確かに見分けが付かない。
「……なるほど、アビドスの」
「血縁関係、ですか……」
アビドスに関してはちょっと前【散歩】をした関係上、記憶の中にあるナギサとは対照的にミネが難しい顔をする。確かに救護対象である彼女に明確な寄る辺があるのは良いことだ。だが、現状を聞く限り砂狼シロコさんの方が執着している様に見える。双子間に囁かれるテレパシーか共感覚か分からないが、その執着がどう向くのか。それによっては【救護】の方法も変えなくてはならない。
「アリウス解放戦…来る時まで【ティーパーティー】は全力を注ぎましょう」
「ここに【シスターフッド】も同じく」
「【救護騎士団】も同じく」
「………【正義実現委員会】、同じく」
最低限自分の足元が見える程度の光が輝く廊下を歩くシロの姿があった。誰もいない静寂な空気に包まれたその場所にはシロだけが歩いていた。先ほどまで戦闘していたせいかその表情は無機質な中から疲労感が漏れているかの様に狼耳が少しだけヘニョリと力を失っていた。
「お帰りなさい。シロ」
「ん。回収して来た」
その中心に座るまるで鮮血を被ったかの様な真っ赤な女性は部屋の中に姿を見せたシロを見て微笑む。その女性は髪の場所に赤い瞳が無数に覗いており、冒涜的にも見える異形にシロはまるで慕っている様だ。
「ええ。ですが捨て置いてもよかったのですよ」
「でも無駄な浪費は避けるべき」
近付いたシロの頭を撫でながら、その女性は先ほどまでシロがどこにいてなにをしていたのかお見通しと言わんばかりに少しだけ苦言を口にする。その女性…いや、アリウスの支配者であるマダムにとってシロとは決して何者にも変え難い将にして絶対に自身を裏切らないであろう従者。
他はどれほど使い潰そうとも気にはしないが、シロの消耗だけは気にしている。
それはまるで、自身がお気に入りのキャラクターに対するかのような歪んだ愛だとしても、それにシロは従い続けるだろう。だがそこには……
(ん………お肉食べたくなってきた。今度ゲヘナの焼肉屋行こう)
あまりにもシロと周囲の温度差があった。
キャラクター解説
種族名:アリウスシロオオカミ
出現地域:アリウスシティ
性格:不明
所持武器:不明
解説:
アリウスシティにて 最近みつかった新種である
そのため 分かっていることが非常に少なく その容姿から
アビドススナオオカミの近種 または その幼体の派生ではないかと 考えられている。
アリウススナオオカミ「……………(焼肉食べたいなぁ……どうせマダムの金だし)」
トリニティマジョジャンネ「私じゃ、この汚れた手じゃ……たった1人救うことも叶わないっ!!」
アビドススナオオカミ「み つ け た」
先生「殺してやる……殺してやるぞ
ゲマトリア」
やはり短編は良い文明
感想も貰えるとさらに良い文明