フランドールは暇を持て余していた。
外界への関心が薄くなってより幾星霜。非常に怠惰な時間を過ごしてきたように思う。
自室に引き篭もりっぱなしの彼女に娯楽は少なく、もっぱら当主自慢の大図書館を練り歩き、適当に本を読み漁る事だけがささやかな趣味である。それくらいしかやる事がなかったとも言う。
悪魔の館と言うだけあってか禁忌に片足突っ込んだ内容が記された物も多くあり、最初は良い暇潰しになった。上手いこと没頭できていたように思う。
しかしそれも数十年の間に読破してしまい、遂にやることがなくなった。自分の生活圏に存在する物を堪能し尽くしてしまったのだ。
吸血鬼の命は長い。人の一生に値する時間全てを浪費してもフランドールは変わらない。
常人であれば飽きに耐えかね、外に出掛けるなりして心を和ませたり、新たな趣味の獲得に勤しむであろうが、生粋の引き篭もりであるフランドールにそんなバイタリティはなかった。
草花を慈しむ心など持ち合わせていないし、館の主人である小煩い姉やその従者達と一々関わるのが面倒臭かったのだ。
ある日、あらゆる娯楽と暇潰しを自室で完結させる事を思い立った。そして幸運な事に、フランドールはそれを実現させる手段と才を持ち合わせていた。
そう、その為にこれまで本を読み漁って知識を蓄え、多種多様な魔法を獲得するための下地を整えたのである。動機の後付けのような気もしたが、それは隅に追いやった。
こうして自らの引き篭もり生活の水準を引き上げるべく自己研鑽を開始する。腐ってもお嬢様なフランドール。高級志向は存在した。
生活に役立つモノから用途不明な産廃魔法まで見境なく習得していき、果てには姉に要らぬ文句を付けられても対抗できるよう強力な破壊魔法すら身に付けていた。フランドールは魔法の天才だった。
必要な知識は都度姉に
フランドールの簡素な部屋がガラクタの積み上がった汚部屋と化すのに一年の月日すら要さなかった。
やがて惰眠を貪る片手間で当代随一の大魔法使いとなったフランドールは、一つの結論に行き着いた。「面倒臭い事は全部、私の分身にやらせればいいじゃん」と。
部屋の片付け、姉の相手、外での情報収集。そして何より暇潰しの相手。これら全てを賄う会心のアイデアであった。
その結果、禁忌魔法『フォーオブアカインド』が誕生したのだ。
「へぇ、ぶっつけ本番の割には結構上手いこと出来たわ。あとは専用の術式に私と同じ自我を組み込んで、魔力回路を繋げれば完成っと。……いやでも分身の精度が高すぎるのも考えものね。敢えて差異を作るのも検討しておいた方がいいか」
眼前に出現した三体の自分を興味深げに眺めながらそんな事を呟く。孤独を極めたフランドールにとって独り言など日常茶飯事である。
館の住民達に「気が触れている」と思われていても仕方がない有様であった。
ただフランドールが思わず自分に対して称賛の言葉を向けてしまう程に、今回の魔法は特別製だった。自分とほぼ同一の存在を複数体併せて運用するなど、既存の常識を破壊してしまう領域の魔法である。それを一回で成功させてしまったのだ。
現存する全ての魔術の祖とも称される地獄の女神は三つの身体を持つという。その領域に一歩足を踏み入れた瞬間とも言える。
と、瞬く間に残る微調整を終えたフランドールは、分身を本格的に起動させ様子を見てみる事にした。魔力が行き渡ると同時に分身達の目に光が宿る。
「全員、意識ははっきりしているかしら?」
「ええ術式は問題なく稼働している。流石は私」
「全てにおいて想定通り。流石は私」
「……ここはどこ? 私はだぁれ? わぁフランちゃんがいっぱい」
概ね悪くない挙動だ。一体だけ情報を読み込めていない不良品が混じっているが、そこはまあ誤差である。成功サンプルを確保できた時点で気にしなくてよい。
「はい、全員自己紹介」
「フランドールよ」
「フランドールよ」
「フランドールは私なのか?」
「好きな物は?」
「破壊と惨禍、そして強者」
「甘い菓子、血湧き肉躍る闘争」
「あー、えーっと……かわいい物とお姉様?」
上々である。なお不良品については存在しない物として扱った。言ってる事まで悉く意味不明なので、根本からぶっ壊れているのだろう。
取り敢えず試運転の成功は確認できたので、フランドールは満足げに頷くのであった。
ひとまず明日から部屋の片付けと、遊戯の相手でもしてもらおうとかと思いながら魔法を解除する。
解除したと思っていた。
間抜けヅラでぽけーっと突っ立っている分身の姿を認めるまでは。
「……なんでまだ居るの?」
「いやぁそんな事言われましても、私にも何が何だかさっぱり……。えへへ」
何故か不良品だけが残ってしまった。正直自分のミスを見せつけられているようで不快なのでさっさと消えて欲しいのだが、そんな気配もない。
完全に想定外の挙動だった。不良品の極みである。
軽く溜息を吐くと、おもむろに手を伸ばす。
「まあいいわ。殺せば消えるでしょ」
「きゃあっ自分殺し!」
「抵抗すんな。大人しく死ねい」
「何でも! 何でもしますから命だけはタスケテ!」
頭を鷲掴みにし粉砕せんと力を込めていく。分身は
イレギュラーな事態とはいえ、何かの拍子に自分の姿でこんな醜態を晒される危険があるのなら、分身魔法の積極的な運用も考えものか。
しかしすんでのところで、この数十年間で培われたフランドールの魔法使いとしての意識が分身の殺害を躊躇わせた。
魔法分野の最先端を走るフランドールが起こした想定外の結果とは、見方を変えればある種の得難い成果に他ならない。前例が無い以上、明確な失敗であるかは誰にも判断できないのだ。
「……」
「あれ? わたし許された?」
「ふんっ」
「あだだだだ!!!」
自分のものとは思えない自我が芽生え、一人歩きしているこの状況。理由を解明して他技術に応用すれば、いずれは『生命の創造』という錬金術の最高領域に到達できる可能性が出てくる。
別に魔法使いとしての名誉なんかに興味はないが、最高の暇潰しにはなるだろう。それにいつまでも自分の方が上だと思い込んでいる姉の鼻を明かしてやるのも面白そうだ。
フランドールの中でほんの僅かに破壊衝動よりも興味の方に天秤が傾いた。
「お前、本当に何でもするの?」
「いやそれは言葉の綾というか……」
「じゃあこれからお前はフランドール・スカーレットの分身ではなく、私の奴隷。私の言う事には絶対服従。口答えしたら殺す。それでいいわね?」
「そんなのヤダー!!!」
「ふんっ」
「いたぁい!!!」
コイツを自分の分身だと思わなければまだギリギリ許容できる。そう自分に言い聞かせ、フランドールは最大限の譲歩をした。
こうしてフランドールは、一風変わったガラクタと、労せず扱える第二の手足を手に入れたのだ。
「ふぇぇもうなにがなんだかてんやわんや! 助けてえーりん!!!」
「喧しい。殺すわよ」
なお不良品には妙な知識が備わっているものとする。
なお後に加筆修正が入る可能性があるものとする。