美鈴さんとのバッドコミュニケーションから数日経ち、傷心中の私は何事にもやる気が起きず引き篭もり──なんてことはなく。むしろ地下室内を駆けずり回っていた。
マイロードのお世話は勿論のこと、様々な事に対して精力的に向き合った結果である。
図書館から持ち込んだ本で今後に役立ちそうな新しい知識を得る事ができたし、得意としていた家庭科スキルのクオリティアップは間近だ。私が完全で瀟洒な従者と呼ばれる日はそう遠くないかもしれない。紅魔郷五面ボスの座はいただきですわ!
とまあ冗談はさておき、こうして何かに没頭できる機会を作り出せたのは逆に良かったかもしれない。
嫌なことを延々と引き摺り続けるなんて辛いだけだしね。それなら楽しい事をしたり考えたりして嫌な気分を塗り潰しちゃった方が有意義である。
ウジウジして縮こまってても得られる物なんか有りはしないのだ。
いや訂正。マイロードの小言は貰えるか。あの人ったら自分こそ陰気なくせして、私が落ち込んでると目障りとか言ってすぐ怒るんだから。
……そういえばマイロードったら私が傷心してた時、怒りはすれど全く殴ってこなかったような気がする。珍しい事もあるもんだと思った。まあ数日で元の暴帝に戻ってしまったので、ただの気紛れだったのだろう。
そうそうマイロードはそうでなくちゃね。もうちょっと手心を加えてクレメンス。
そんな文化的な日々を送っていたある日のこと。地下室の簡易キッチン*1でプリンを作っている最中に、とある疑問が頭から湧き出した。
「ふと思ったんですけど、マイロードって勤勉ですよねー。たくさん魔法も使えますし」
「何よ急に」
「いやほら、最近になって私も本を読む事が多くなったので、これを飽きもせず毎日繰り返してるマイロードは凄いなぁって改めて認識したんですよー」
「当たり前でしょ」
私のヨイショは訝しむ視線と共に突き返された。
「でも外に出て何らかの形で活かさないと誰にも認知されないし、宝の持ち腐れじゃないですか。結局何を目的にしてるのかなーって、ちょっと不思議に思ったんですよね」
「自分の力を高める事に理由なんていらないわ」
「おお、修行僧みたいでかっこいい!」
「あんな奴らと一緒にするな」
素直に褒めただけなのにデコピンされた。修行僧というか、聖職者と同じ括りにされたのが癪に触ったのかもしれない。一応悪魔だもんねマイロード。
聖職者といえば。後の世でマイロードと超次元バトルを繰り広げる事になる怪僧ヒジーリ、もとい聖白蓮様はそこそこ邪な思惑を抱えて修行してたみたいだし、そう考えるとマイロードの方が純粋ではあるのかな。
というか東方世界の宗教家達はみんな邪悪だったり俗に塗れてたりするので、マイロード一強なまであるね。『大天使フランちゃん教』でも始めたらいい線行くんじゃないかな。そして私は教祖枠として東方心綺楼にプレイアブルキャラで参戦するのだ。
「でもやっぱり、何か目標があった方がいいような気はしますけどねー。そうじゃないと、なんか寂しいじゃないですか。終わりのないマラソンみたいで」
「とは言っても特にやりたい事もないわ」
「そうですねぇ。例えば『打倒レミリア・スカーレット!』みたいな? みんな大好き下剋上ですよ」
「……」
「気が乗らないですか? じゃあ『私より強いやつに会いに行く!』っていうのはどうでしょう?」
「なんかむせる。それに私が最強だし」
若干の顰めっ面で返された。そうやって泥臭い戦いを毛嫌いしてるから格ゲーでお呼びが掛からないのだろう。いやまあ弾幕STGでもあんまり出番はないけども。
最強の体術を披露した次の一コマでボコられても、どっこい元気にやってる姉君を見習って欲しいものだ。
「マイロードが最強かどうかなんて外に出て見識を広めないと分からないじゃないですか。多分探せばとんでもないのが世界にはゴロゴロいますよ。例えばお月様とか、東の島国とか。ぜひ行ってみましょうよ」
「……お前、さっきから私を誘導しようとしてない?」
「ちょっとだけ」
「相変わらず小賢しいわね」
残念、私の企みはあっさり看破されてしまった。あわよくばマイロードを外に引っ張り出して、ついでに強い人に灸を据えてもらおう作戦は失敗か。ちなみに候補はレミリア閣下、八雲紫さん、月の偉い人の順である。
まあ、なんだかんだでマイロードが本当に最強でも全然驚かないけどね。その時は思う存分太鼓持ちをやらせてもらおう。「誰が至強か!?」なんて叫びながら、文字通り太鼓をドンドン打ち鳴らしてればマイロードも満足してくれるに違いない。
「マイロードが外に興味を持ってくれればと思ったんですけど、ダメでしたかー。今度はもっと別の話題で誘ってみる事にしますね」
「……逆にお前はどうして外に出たがる? それこそ、何か目的があるの?」
「だって日の届かない地下暮らしなんて健全じゃないですもん。私はお天道様の光を浴びて、真っ当かつ健やかに生きていきたいんです」
「えっと、ツッコミ待ち?」
「モノの例えというやつです」
ちょっとした吸血鬼流ブラックジョークである。なおマイロードから笑いを取れなかったので、出来上がったプリン液を差し出すことで無理やり誤魔化した。冷却作業中のマイロードは凶暴性が低下する傾向にあるので、この通り重宝している。
「それに私って寂しいのが苦手なんですよね。たくさん友達とか作りたいですし。あと、マイロードに違う世界を見せてあげたいっていうのもあります」
「門番にあからさまな媚びを売って仲良くしようとしてたのも、寂しいからってこと?」
「言い方! あながち間違いではないと思いますけど。もうちょっとマイルドに包んで欲しいです」
「ふーん。じゃあ残念だったね、色々。まあ世の中門番なんて掃いて捨てるほどいるわよ」
適当に慰められた。まあ万年ぼっちのマイロードに私の気持ちを理解してもらおうなんて思ってないけどね。マイロードって「群れる奴は雑魚」とか言いそうだし。
でもこうやって自分の願いを再確認してみると、私にとって美鈴さんはぼっち卒業における唯一の突破口だったことが分かる。マイロードやレミリア閣下は完全に目上の人だし、他の従者の人達は後に名前が出てきていない事から解雇されるか、もしくは殉職濃厚だし。
友達になれるとしたらワンチャンあるのが美鈴さんしか居なかったのだ。もし彼女が駄目となれば、次はパチュリーさんと小悪魔ちゃんまで待たなければならなくなる。
……そもそも、美鈴さんと友達になれない程度のコミュ弱者に、彼女らと親交を深める事ができるとは到底思えないけどね。
「まあそんな願いも、この間の件でちょっと頓挫しちゃったんですけどねー」
「それで馬鹿みたいに落ち込んでたのか」
「そうですねぇ、美鈴さんと仲良くなれなかったら目標をサッパリ諦めて、マイロードの気が向くまで地下で大人しくするのも良いかもしれません」
「へぇ、もしかすると一生孤独なままかもしれないけどいいの?」
「孤独ではないですよ。マイロードが居ますし」
プリンに釘付けだった視線が、私の方にギョロリと向いた。プリンのデコイ能力が消滅するとは、想定外だ。今度はもう少し匂いが強くなるよう改良してみようか。
ひとまず手持ち無沙汰でマイロードと睨み合うのは気まずいので、お茶でも淹れて時間を潰す事にした。どうせプリンを食べた後に所望されるだろうし。
「なんで私?」
「なんでって、四六時中ずっと一緒にいるじゃないですかやだなー」
「いつ自分を壊しにくるかも分からない化け物で孤独を紛らわせようなんて、イカれてるわよ、お前」
「でも私が役に立つ限りはお側に置いてくれるんでしょう? 私も、自分が役に立てなくなった時が寿命だと考えてるので。ならいいんじゃないかなーって」
「……お前には根っから奴隷根性が染み付いてるのね」
「生まれは誰にも変えられませんからねぇ」
死ぬのは勿論嫌だ。でもそれが私にとっての最悪なのかと問われると、私は首を傾げるしかない。
マイロードに捻り潰されて殺される事と、一人寂しく暮らしていく事。どっちが嫌かと聞かれれば、私としては圧倒的に後者なのである。
この薄暗い地下室が正真正銘の地獄であったとしても、その最悪が訪れない限りはまだ受け入れる余地があると、冷静に見ている自分が心の中に居るのだ。
いやまあ最低限ギリギリのボーダーではあると思うんだけどね。
と、マイロードは一度視線を外して冷やし終わったプリンを机の上に置くと、今度は嘲るような目を向けてくる。私知ってる。これは養豚場の豚を見る目というやつだ。
「まあ、お前の悲しき生態はよく分かったわ。要するに、空っぽなのよ。だから自分の存在意義を他者に委ねる事しかできない。生を実感できない」
「そうかな? ……そうかも?」
「どこまでいってもお前はただの失敗作だからね。所詮、私の模造品にすらなりきれなかった変な物体が、低俗な思考のもと独り歩きしているに過ぎない」
「あの、マイロードの言う通り中身空っぽでも一応涙は出ますからね!?」
マイロードからの言葉責めで改めて私の中にある心を実感できた。いま流れている涙がその証拠である。
「面白い。私が思ってる以上に憐れで救いようのない奴だったとは恐れ入ったわ」
「お楽しみいただけたようで幸いです」
「ここで一つ、楽しませてくれた礼として、お前に課していた楔を解いてあげる」
「く、楔……? 私の身体のどこかに何かブッ刺してたんですか?」
「そういうのじゃなくて……とにかく、名前を付けてやるって言ってるの」
突然の申し出を咄嗟に飲み込めず、私はキョトンと目を瞬かせ、立ち尽くすしかなかった。
誠に恥ずかしい話だが、今になって自分に名前が付いていない事を思い出してしまった。それを気にする余裕がなかったというか、「お前」が私を指す記号として機能しすぎていたのかもしれない。マジの悲しき生物だった。
私が勝手にショックを受けている傍らで、マイロードは珍しく屈託のない笑顔を浮かべながらプリンを口に運んでいる。何を企んでいるのやら。
「取り敢えず気が向いたら良さげなのを考えてやるから、決まるまで気長に待ってなさい」
「ま、まあ名前は一生ものですから適当に名付けられるよりは全然良いんですけど……」
「何か言いたげね?」
「偉大なるマイロードのネーミングセンスを疑ってる訳じゃないんですけど、何というかその」
「何?」
「名前嬉しい!!! ありがとうございます!!! マイロード万歳いぇいいぇい!!!」
「ふふん、楽しみにしてなさい」
圧で黙らされた。
何故だか自信ありげに胸を張るマイロードに対し、私は一抹の不安を感じるのであった。
どんなカッコいい名前を付けてくれるのだろうかと楽しみに思う気持ちは当然あるのだが、ネーミングセンスの話になるとどうしてもレミリア閣下の顔がチラついてしまう。そこは姉君と似ていない事を祈るばかりだ。
怪僧ヒジーリ「おーおー好き勝手言いなさる…(ビキビキ」
分身ちゃんは原作出演のチャンスを虎視眈々と狙っているものとする。
またフランちゃんは分身ちゃんを「コイツそこそこヤバい奴なんじゃねーの?」と思い始めているものとする。