分身ちゃんのおっぱいが大きくなった
美鈴の目論見は概ね達成されたといえよう。内容だけ見れば順風満帆。事が上手く運び過ぎて怖いくらいだ。
何の障害もなくフランドールと接触し、交流を深める事ができたのは幸運だった。
自分が申し出を断ってしまった事が尾を引いているのではないかと密かに気にしていたので、前回のギクシャクした流れを完全に払底できて一安心である。
そしてなにより瞑想と称した気を介入させる療法で、フランドールを蝕んでいた心身の歪みを僅かに修正することができたのは大きな収穫だった。気休め程度の効果を期待しての行動だったが、それは良い意味で裏切られた。
当のフランドール本人も何か手応えを感じたらしく、大きな喜びを見せていた。チグハグだった心と身体の波長が上手く噛み合った結果だろう。
これからもこの療法を続けていけばフランドールの歪みは是正され、やがて心身共に安定するだろう。そうすれば自傷行為や塞ぎ込む事は無くなり、自ずとレミリアとの関係も修復される筈。
全ては計画通り。
美鈴はフランドールが地下から気軽に出て来れるようにしてあげたいと考えていた。レミリアもそれを望んでいる。だからその為に必要なことを、会話の中で見極めようとしていた。
今のところ、フランドールが人前に出て来ない理由として、レミリアとの間に存在する確執が最有力だと予想している。なのでひとまずは姉妹間の仲を取り持つのが最適解であるように思えたのだ。
何十年とかけて向き合っていく事を覚悟していた問題だけに、解決の糸口を初手で掴めた喜びは美鈴をして隠しきれなかった。思わず唄でも歌いたい良い気分である。廊下を進む足取りも心なしか軽やかだ。
──ただ一点。
どうしても気になる事があった。喉に引っかかった小骨のような懸念。
だからこうして夕暮れを見計らい、起床直後のレミリアの下まで足を運んだのだ。
「あら、そろそろ来る頃だろうとは思ってたけど、随分早いわね。まだ日も沈み切っていないのに」
「夜のお嬢様はおっかないですからね。寝ぼけてるうちに報告を済ませてしまおうかと」
「賢明ね」
美鈴の狙い通りちょうど起床時だったようで、側仕えの従者に支度をさせている最中だった。レミリアは従者を一瞥し、部屋の外へと下がらせる。
妹絡みの話は余人を交えず美鈴と自分だけに留めるようだ。幸いにして機嫌は悪くないように見える。
「着替えが終わるまでお待ちしますよ?」
「構わない。私も貴女からの報告が少し気になるし、何より誰かさんが門に居ないせいでウチがずっと無防備なのは良くないでしょ」
「それもそうですねぇ」
「何でそんな他人事なのよ、門番」
呆れ顔でそんなことを言いつつも、持ち場を離れている美鈴に対しての圧は皆無に等しい。美鈴の守備範囲であれば紅魔館の何処に居ようと外敵に対応できる事を知っているからだ。
レミリアが気にしているのは、あくまで
一応時間が無いという事で、気持ちを切り替えた美鈴が本題であるフランドールとの経過報告を開始し、レミリアも興味深げに耳を傾ける。
「──なるほど。あの子がそんな物を」
「はい。とても暖かくて良い物ですよこれは。確かマフラーというんでしたっけ」
「ふーん」
自分の相手をしてくれたお礼として贈られたマフラーについて一応報告しておいた。プリンと違ってこちらは現物として残っているし、これから継続して使っていくつもりなのだから角が立たないように予防しておく必要がある。
と、レミリアの真紅の眼が美鈴の首周りを睥睨し、その鋭さに思わず背筋が伸びてしまう。それはおおよそマフラーに向けるものではなかった。
「お嬢様?」
「ざっと確認したけど、妙な呪術が仕組まれてる訳でもないみたいね。ごく普通の布切れか」
「まるで呪物みたいな言い方ですね。妹様がそんな物を渡すとは思えませんが」
「そうよね。アイツがそんな回りくどくて陰気臭い事をする筈ないのは分かるんだけど……」
どうにも釈然としない様子で、レミリアは首を傾げる。主人が何に頭を悩ませているのかと思いを巡らせ、美鈴は手を叩く。なるほどそういう事かと。
「お嬢様。実は妹様からいただいたものはマフラーだけではなくてですね」
「ま、まだ何かあるの?」
「はい! こちらはお嬢様にと」
「私?」
差し出したのは箱詰めのプリン。前回美鈴から「自分ばかり貰っていては叱られる」と聞いていたフランドールがレミリア用に準備していたものである。ちゃっかりマフラーと一緒に持参していたのだ。
滅多に顔を合わせない妹から突如送られてきた、見たこともない黄色の固形物。
レミリアは眉を顰めた。
「大変美味ですよ。是非お召し上がりください」
「……後でゆっくりいただく事にするわ」
「ああ、それとあまり日持ちは良くないので早めに食べるようにと、妹様から言付けられています」
「うん」
「期限は今日中みたいなので気を付けてくださいね」
「うん」
どんどん口数の少なくなっていくレミリアに違和感を覚える。基本的にレミリアの口数は機嫌が良くなると増える傾向にあり、その逆もまた然り。しかし今回は別に機嫌を損ねているという訳でもないらしく、悪く言えば月並みな反応ばかりだった。
滅多にない事だが、まさか調子を崩しているのかと心配になった。臣下の手前、弱さを見せまいと無理しているのではないか。よって、さっさと主目的を果たして話を切り上げる事にする。
微妙な雰囲気を吹き飛ばすように明るく努めながら、流れるように自然体で提案してみる。
「そういえばお嬢様」
「な、なにかしら」
「妹様がやった修行ですけども、お嬢様も一度どんなものか試してみませんか?」
「えっと、たしか精神統一だったかしら。生物として完成されている私には必要ないと思うけど」
「まあまあそう言わずに」
「仕方ないわね」
口では疑問を呈しつつもその行為自体に興味はあるようで、美鈴が肩に手を置いても抵抗の素振りは見せなかった。このまま首に全開の気功波を叩き込めば、さしものレミリアもただでは済まないだろう。故にその無防備な態度は美鈴への信頼へと直結する。
それを利用するようで流石に気が引けるが、それでも美鈴は確かめずにはいられなかった。
「ではまずを目を閉じて」
「ええ」
「次に心を落ち着けて、大きく深呼吸──……」
「すぅー……はー……」
気を操作しつつ、さり気なく視線を下に動かす。そしてそのまま経過を観察する。
「ねえ、まだー?」
「……」
レミリアの胸は、なだらかなままだった。
「結局あれは一体何だったんだろうか」
持ち場である門前に立ち職務に戻った後も、美鈴は自身の長い妖生において、初めて目の当たりにした未知の現象に悶々としていた。
未知から目を逸らし、それらしい取ってつけた理屈で全てを解明した気になって自己完結してしまえれば、どれだけ楽だっただろうか。
しかし美鈴は当事者である。当事者になってしまった。しかもその相手は敬愛する妹君。
見て見ぬ振りなどできる訳もなく。
まず、極めて絶対的な前提として、瞑想に胸部の増強などといった効能は存在しない。
確かに気を身体中に巡らせる等の特殊なプロセスはあるが、それはあくまでフランドールの不安定かつ統一されていない心身を整えてあげる為のものだ。身体の一部分だけが肥大化、もしくは成長するような代物ではない。
つまるところ、僅かとはいえフランドールの胸の大きさに変化が生じた理由は全くの謎なのである。吸血鬼の特性かとも考えたが、レミリアの不発でその線は消えた。
「妹様は次もやってほしいって言ってたけど、大丈夫なんだろうか。でも断ってまた傷付けちゃうのも嫌だしなぁ。どうしたものか」
また近いうちに会いに行くと言い残し、フランドールは地下に戻っていった。彼女の言う『次』がいつになるのかは分からないが、それまでにある程度の答えを用意する必要があるだろう。
こんなことをレミリアに相談できる筈もなく、悩みは募るばかりだ。というか色々疲れたのでもう寝たい。よし寝よう。今後の事は明日の自分に任せよう。
欲に負けた美鈴はゆっくりと目を閉じた。
「コソコソ飛び回る羽虫はお前ね?」
「え」
何の前触れもなく背後に現れる、膨大で絶対的なオーラ。これまでに見てきた妖魔の比ではない。重厚な様にはある種の威厳すら感じる。
振り返ると、フランドールが門柱に足を組んで座っていた。
片手には薄汚れた傘を持ち、日没間際の差し込む陽光をシャットアウトしていた。逆光で表情は窺い知れなかったが、闇に浮かぶルビライトの光はあまりにも冷淡。
美鈴の一挙手一投足を値踏みしているのだろう。もしも、フランドールの中にある何らかの基準を下回っていれば自分は処分される。美鈴は本気でそう思っていた。
これまで相対した如何なる強敵達よりも、死の匂いを間近に感じた。
「こんにちは妹様。先ほど振り、ですね」
「……」
「日中外に出るのは危険です。屋敷へお戻りを」
「何故私に関わろうとする? この数百年、姉を含めて私に近付く生き物は居なかった。唯一、お前だけ。私はそれが不思議で仕方がない」
美鈴の言葉などまるで耳に入っていないと言わんばかりに切り捨て、一方的な問答を押し付ける。自分の疑問を聞き返したい気持ちでいっぱいだったが、それは命取りであると直感が告げている。
乾き切った唇を湿らせ、身体の震えを止める。気を集中させ、フランドールとの対話に全力を傾けた。偽れば死ぬ。迷っても死ぬだろう。
「姉に何か入れ知恵でもされたか?」
「それは違います。確かにお嬢様から許可をいただいた上での接触にはなりますが、全て私の意思によるものです」
「そう。で? お前は自分の意思で私に近付いて、何を得ようとしている。もしかして叛逆の誘い?」
現行の支配体制に不満を持った佞臣が当主の親族に甘言を囁き、最後には担ぎ上げ反旗を翻す。乱世に幾度となく繰り広げられた争いの発端。フランドールは自分が神輿にされる可能性を疑っているのだろうか。
美鈴はフランドールから叛意を疑われている今の状況が、非常に危険であると判断した。彼女がレミリアに対して如何なる感情を抱き、自分に対しどのような利用価値を見出していても、碌な結果にはならない。
どう答えるのが正解なのか。彼女の望む答えを出せば、あの優しいフランドールに戻ってくれるのか。
いずれにしろ腹を割って話すしかない。
「最初は成り行きでした。だけど妹様からご厚意を受けてばかりだったから、何かお役に立つ事で、お返しできないかと思って」
「私に報いたかったと?」
「そうです」
「……」
ほんの少しの静寂の後、フランドールは再び美鈴を問いただす。
「その結果があの巫山戯た瞑想か」
「は、はい」
「私の身体に何か細工しようとしたんでしょう? 理由と詳細を事細かく話せ」
「それは……っ」
言い淀むと同時に首根っこを掴まれ、地面へと叩きつけられた。咄嗟の受け身は間に合ったが、衝撃全てを殺し切る事は能わなかった。
動きを目で追うことすら容易ではなく、抵抗する余地もない。強過ぎる。あまりにも。
美鈴は確信した。フランドールはレミリアとは別種の、吸血鬼としての完成形。気は研ぎ澄まされ暴力的に迸り、真紅の瞳は俊烈な意志を湛えている。明らかに今朝までと様子が何もかも違っていた。
武術とは多少畑が違えど、自分より上の領域に居る事は明白だ。
「何故言い淀む必要があるの? 頭にある事をありのまま話すのに時間は要らない筈だけど」
「申し訳、ございません。今の妹様を見ていると、少々、自分の考えに自信が持てなくなってしまいまして……それで」
「構わない。お前があの時の私を見て感じた全てを一切合切話しなさい」
苦しげに呻く美鈴を見据える眼はやはり冷たい。自分に選択肢はない事を改めて自覚し、生殺与奪を未だ握られたまま美鈴は全てを話した。
自分でも何を言っているのかと混乱しそうだった。フランドールの事を話しているはずなのに、目の前の少女には何一つとして該当しない。それに、他人事のように淡々と話を聞いているフランドールも酷く不気味だ。
一瞬の静寂の後、不意に首への圧力が緩む。
それは美鈴の答えが正解である何よりの証左であった。
「身体と精神のズレ、か」
「今の妹様にそんな様子は見られないので、私の勘違いかも知れませんが」
「あの瞑想を続ければ、治るのね?」
「それは続けてみなければ分かりません。ただ私が見る限りで、歪みに改善の兆候があったのは確かです。もっとも妹様にはもう必要ないかと……」
「つべこべ言うな。私がやれと言ったらお前は黙ってやればいいの」
凄まじく横暴な物言いだが、要するに美鈴流の瞑想を継続したいらしい。
今のフランドールには必要ないと散々説明したのに何故こだわるのか。その真意は一つしかないだろう。
言うべき事はハッキリ言って主人を諌めるのが臣下の務め。美鈴は覚悟を決めて、口を開いた。
「もしや妹様は胸を大きくしたいから、あの瞑想にこだわるのですか?」
「は?」
「その……お気持ちは分かりますが、外部から強引に手を加えるよりも自然な成長を待つ方が健全だと思います。胸なんてどうせ寝ていれば勝手に大きくなるんですから心配いりませんよ」
「あ゛?」
手探りとなる未知の療法を頼るのは極力控えてほしいという美鈴の気遣いであった。他意はない。
そして話の流れで無意識にフランドールの外見相応な慎ましいそれを見つめ、ふと違和感に気付く。
「あれ? よく見たら朝より胸が縮んで──」
「くたばれッ!」
「ごえッ!?」
顎を的確に捉えた蹴りが美鈴の意識を刈り取った。
その後、ズタボロになった美鈴が発見され、無敗の門番が何者かに敗れたとして紅魔館は一時騒然となった。
なおそれと同時刻、紅魔館一帯で何度か地響きが発生しているのだが、上記との関連性は不明である。
???「あのバカが悪い奴に引っ掛かってないか見極めないと……そもそも私に優しくする奴とか意味不明でなんか気持ち悪いし……」
なおフランちゃんとおぜう様の胸のサイズに関する感想が何故か溢れていたため今回しっかり描写したものとする。