図書館で様々な書物を読み漁り多種多様な知識を取り込む中で、ジャンル問わず幾つか「これだ!」と思うものがあった。経験に裏打ちされた知識が皆無なのに、根拠のない自信が溢れ出してくる奇妙な感覚。
記憶に無くとも魂が覚えているというか、私はそうなるべくして生まれてきたのだと言うべきか。
ある意味で妖怪らしいとも思った。
妖怪は伝承から生まれ、それにちなんだ先天的な能力を持つ事があると聞く。河童は水を扱うし、天狗ならば風を操る。吸血鬼なんてその最たる例だ。
取り敢えず、自分が妖怪側のカテゴリーに属する事が担保されそうでホッとしたのは内緒である。これで私も晴れて謎生物を卒業というわけだ。なお、妖怪そのものが謎生物なのではないかという指摘については受け付けないものとする。
何はともあれ、こうして自分の才能を洗い出すことに成功したのだが、ここにも人生絶望ポイントは潜んでいた。
というのも、私の場合はその殆どが人前で観衆を喜ばせるようなパフォーマンス系というか、大道芸の特技ばかりだったのだ。私の手先が器用なのはこういう所からきているのだろう。
もしも私に前世というものがあるのなら、恐らく遊び人だったに違いない。パーティ内でお荷物になるアレ。転職して賢者になれればいいのだが、残念ながらそんなシステムはこの世界になかった。悲しいね。メガンテ。
恐らくその系統の技能ではマイロードは満足しないだろう。あの人って実利をとことん探求するタイプだからね。おまけに冗談が通じないから相性最悪である。
という訳で、選ばれたのは鍛冶スキルでした。
「みてみてマイロード! 記念すべき作品第一号が出来上がりましたよ! いぇいいぇい!」
「できたって……始めてまだ半日も経ってないのに?」
「まあ時間のかかるような代物ではありませんし。私の手にかかればちょちょいのちょいです」
鍛冶の過程で発生する火花やら作業音が邪魔とのことで哀れにも部屋から追い出され、階段前のスペースで寂しく働いていた私だが、早速ブツが完成したのでマイロードに献上する為にウッキウキで参上した。
訝しむような目で私を睨みつつ、視線を手元に置かれたそれへと移していく。
鈍い光沢が浮かぶ針の束。コンセプトとしては霊夢さん御用達の
地味に思われるかもしれないけど、案外小回りが利いて使い易いと思うんだよね。投擲してよし、刺してよし、隠してよしである。
いきなり日本刀なんかを作って「切れぬものなど〜」みたいな事をやってもらうのも面白そうだったけど、まあマイロードの剛力とは噛み合いが悪いだろう。ていうか折れ曲がる未来しか見えない。故に侘助。
「これは、針か」
「用途を対吸血鬼殺傷に絞ってますので、服を縫ったりとか本来の使い方はできませんけど、鋭さはピカイチですよ!」
「なるほど、その為に銀を取り寄せたのね」
「いぐざくとりぃ! いやぁ加工が容易なおかげで良い経験値になりました。要領は掴めましたので、次からはもっと本格的な物を作れそうです」
材料はあらかじめマイロードにお願いしておけばすぐに用意してくれるので、私はもうやりたい放題である。ただ銀を集めるのはマイロード自身ちょっと抵抗があったみたいだ。自分の弱点を近くに置いておきたくないのかな。吸血鬼とは難儀な生き物である。
それはそうと銀製らしく装飾を施す事もできたんだけど、今回は時間が無いので割愛した。それに万年引き蝙蝠で経験に乏しいマイロードに、私の美的センスが織りなす高尚な芸術を理解できるとは思えないし。
「どうでしょう。姉君相手に通用しそうですか?」
「急所に当たれば何とかなるんじゃない? 仮に通じなくても虚仮威しくらいは期待できるかもね。妙な力も宿ってるみたいだし……お前が作ったにしてはよく出来てる」
「おお! ではこの勝負、マイロードの勝ちですね! 勝った勝った!」
「うるさい調子に乗るな」
「ぐえっ!!!」
どっかの戦国武将みたいに勝ち鬨を上げて喜んでたら、首を絞められて強制中断させられた。
「私の攻撃は全て一撃必殺なのよ。別に攻撃手段を針に絞る必要は無いし、メインで使うには心許ない。あくまで攻撃を当てるまでが大変なんだから」
「そうかな……そうかも……」
「あと針を武器として扱ってる奴って絵面がなんだかダサいし弱そうだもん。これはお前が使うとして、私のはもっと格好いいやつが相応しい」
遠回しに私の事をダサくて弱い奴と言ってる気がするよね。誠に遺憾である。
いつかこの事を霊夢さんと針妙丸ちゃんに告げ口してお灸を据えてもらおう。そうしよう。
取り敢えず針はマイロードのメイン武器にはなり得ないとの事だったので、申し付け通り私が持っておく事にした。使う機会があるかは分からないけど。
そうだ、愛用している紫傘の先端なんかに仕込んでおくと面白いかもしれない。傘を開くと同時に射出される針! 相手は死ぬ! よしこれでいこう。
傘を武器に使う妖怪は漏れなく強者という幻想郷の法則。それにあやからせてもらうのだ。どうも何かを忘れてるような気もするけど、多分気のせいだよね。
「それでは次を作ろうと思うんですけど、何かマイロードから希望とかってあります? 流石に銃火器類とかは無理ですが、実現に向けて頑張りますよ」
「そうねぇ、正直特に無いわ。……お前はどんなのが似合うと思う?」
「メリケンサックとか」
「よく分からないけどバカにされてる気がする」
まあ確かに、マイロードは自前で鉄の拳を持ってるからあんまり意味がないね。その辺りは身を以って理解している。したくなかった。
というかマイロードは大抵の場合直接殴るか、遠くから魔法をブッパしてるだけで事足りる全身凶器生物なので、武器の必要性があまり無いのは盲点だった。防具で考えても、吸血鬼ボディは不死身だし霧になれるしで、ますます意味がない。
そうなると装飾品の類いでマイロードを着飾って、武威の向上を狙ってみるのがいいかもしれない。寅丸星さんの槍みたいな感じで。
実用性に乏しい道具はあんまり私好みではないんだけどね。でもこのままだと私の価値をマイロードにアピールできなくなってしまう。贅沢は言ってられないのだ。
その旨をマイロードに伝えたところ悪くない反応が返ってきたので、作品第二号は見た目というか、インパクトを重視した物を作る事にした。
「あらマイロード。見学ですか?」
「腐っても私への献上品なんだから、変な物を仕込んでないかの確認よ。お前信用できないし」
「そんなぁ……。な、ならばこれを機にマイロードからの信頼を荒稼ぎさせてもらいますよ! 腕が鳴ります!」
「そう。励みなさい」
「……ところで、それは何の工程?」
「金属を溶かして、固まった物を圧縮してるところですね。こうしてこうやってっ、形を整えるんですよ。これを何度も繰り返します」
「へぇ。結構手間が掛かるのね」
「素手ですしねー」
「ふーん」
◆
「なるほどなぁ。マイロードの言った通りだ」
てくてくと紅魔館の廊下を我が物顔で練り歩きながら、煌々とした光の差し込む窓をそっと見遣る。我が人生初めての月明かりは、どうにも暴力的である。
今宵の月はフルムーン。草木と獣が騒ぎ出し、妖怪達のテンションがぶち上がる蠱惑の一夜。実は私も例に漏れず気分が昂っているようで、あの満月の下で歌って踊ればどれだけ楽しいだろうかと胸が高鳴ってしまう。
吸血鬼の決戦にこれほど相応しい舞台も存在しないだろう。というか、マイロードはそれを見越して作戦の期限を三日後に定めたのだ。よくよく考えたら喧嘩っ早いマイロードがわざわざ空白期間を設けるのは不自然だもんね。
全ては吸血鬼のコンディションが最高潮となるこの日に、万全のレミリア閣下をぶっ倒す為に。後出しの言い訳すらも許さぬと言わんばかりの徹底された計画である。
実の姉相手にそこまでやるのかと私はドン引きだ。同時にそれほど鬱憤が溜まっていたのかと恐ろしくなるね。矛先が姉君に向いてて安堵する気持ちは否定できない。まあその後の事を考えるともっと恐ろしくなるんだけど。
で、私がこうして紅魔館を一人で闊歩しているのも、そのドン引き計画の一端なのだ。
私に課せられた命令は単純明快。目につく物全てにメンチビームを飛ばしながら当主の間を目指し、レミリア閣下に対して正面から啖呵を切る事である。
そして私に注意と攻撃が集まったところで、マイロードが閣下の背後の壁をぶち抜いて登場し全てを吹っ飛ばす、という段取りである。
要するに私は陽動、兼鉄砲玉といったところか。もともと想定していた肉壁担当から悪化しているのは明白だろう。助けて……助けてクレメンス。
これもマイロードに贈呈した『名状し難い自信作』が相当気に食わなかった事による仕返しのペナルティなんだろうか。私はマイロードに忠義を示す為に頑張ったのに……やっぱり胸が小さい人は器も小さくてダメだね。
「えーっと、ここを右に行くのかな?」
マイロードから大体の位置は知らされているものの、似たような真っ赤な通路が延々と続いていて自分の進行方向が合っているのか心配になる。ほら、万が一決戦の時に間に合わなかったらレミリア閣下の次に処分されるのは間違いなく私だろうし。
道を誰かに聞こうにも、私の姿を見ただけで使用人の皆様は恐れをなして逃げちゃうので無理だった。マイロードからは見かける奴全員に威嚇しろって言い付けられてるけど、今のところその必要は生じていない。
周りからの扱いが完全に猛獣に対するそれなんだよね。正しいと思うよ。
「次を左、そしてまた右に曲がる……ここね」
マイロードの説明が正しければ、この先の廊下の突き当たりに謁見とかで使っている大広間があるらしい。レミリア閣下は大抵の場合、夜が明けるまでそこで色々当主の仕事をやっているんだって。
なんと立派な当主様だろうか。何か仕事をしているってだけでどっかの誰かさんより格段に素晴らしい上司に見える。そんな明君の打倒に協力してもいいのかと今更になって迷いが生じてしまうね。
まあマイロードの命令は絶対だからやるんだけども。
僅かな葛藤に苦しみ唸りながら最後の角を曲がった、そんな時だった。
「お待ちしておりました、妹様」
我が行手を遮る者が一人。
仮にもフランドール・スカーレットのガワを被っている私の前に立つような命知らずは、きっと紅魔館には彼女を除いて殆どいないだろう。
ある意味、私が今一番会いたくない相手。
「げぇっ、美鈴!!!」
「事態が動くなら今日だと睨んでいました。……当たって欲しくはない予想でしたが」
美鈴さんが廊下の真ん中に直立し、レミリア閣下に歯向かう全てを跳ね返す壁と化していた。いつもの柔和な雰囲気は微塵も感じられず、近寄り難い圧が迸っている。
マイロード慣れしている私でも、足を踏み出すのにかなりの抵抗を感じるほどのオーラだった。
「お嬢様と妹様の間に並々ならぬ因縁があるのは存じています。しかし、道を違えてはなりません。お二人が争い、後戻りができなくなる事などあってはならないのです」
「いや、その」
「どうしてもお嬢様の下へ向かいたいのなら……この私を倒してからにしてもらいましょうかッ! この前のようにはいきませんよ、妹様ッ!」
あの、美鈴さん違うんです。退いていただかないと私の命ががが……!
分身ちゃんの鍛冶作業は鋳造含め全てを素手で行う邪道であるものとする。また分身ちゃんのさん付け、様付け、ちゃん付け、呼び捨てには一定の法則があるものとする。