投稿スピードを戻していきます。
正直、紅美鈴という妖怪の強さを私は大きく見誤っていたと言わざるを得ない。
舐めていた訳ではないけれど、マイロードという絶対的な巨悪が全ての基準である私にとって、美鈴さんは戦闘技術こそ長けているがそれでも『普通』の領域を出ない印象だったのだ。
だから美鈴さんがマイロードに大怪我を負わされたと聞いても、衝撃こそあれど不思議には思わなかった。
どうやらマイロードと同じ時を過ごす中で知らず知らずのうちに、技術とは、武術とは、生物としての弱さを包み隠す為のものであると無意識に考えるようになってしまったようだ。
純然たる暴力に身を置くマイロードこそ絶対であり、一方で小手先の技術に頼る私は吸血鬼の面汚しっていうのが地下室の中に存在する確かな事実だったからね。
そんな
そんな事を、私はくるくると宙を回転しながら考えるのだった。華麗な着地をキメつつも、苦々しく美鈴さんを見遣る。現状、それしか取れるアクションがないからだ。
「何度来られようと今宵、ここから先に進む事は罷りなりません。部屋にお戻りください」
「だから! そういう訳にはいかないんだってば!」
「……であれば、夜明けまで存分にお相手いたしましょう」
「ぐぬぬ」
取りつく島もないとはこの事か。私の言葉と行動の悉くが美鈴さんに通じる事なく弾かれてしまう。美鈴さんの防御と意思の固さに感服する一方で、私の心はもうボロボロである。
かれこれ十数分、私が強行突破を試みては美鈴さんに阻まれ投げ飛ばされるという変わり映えのない図が延々と展開されている。
そう、あのマイロードを既に待ち惚けさせているのだ。
非常にまずい。これ以上の失態は冗談抜きで取り返しのつかない事になってしまう。一秒経過ごとにパンチ二発追加ってところかな? 助けて……助けてクレメンス……。
何とか打開策を考えなければならないのだが、守護の鬼と化した美鈴さんを出し抜くのは至難の業。現に私の身体能力に物を言わせた悪質吸血鬼タックルは、美鈴さんの巧みな『流し』によって勢いそのままに後方へと投げ出される結果となっている。
糠に釘というか、暖簾に腕押しというか。
完全に力を技で押さえ込まれており、私と美鈴さんの間にある絶望的なまでの戦闘経験値の差が如実に現れている。そもそもこんなに投げ飛ばされてるのに私は未だ無傷。つまり、手を抜かれている状態でこれなのだ。自信無くしちゃうよね。
ハッキリ言って、今の私がまともな方法で美鈴さんを突破するのはほぼ不可能だと思う。つまりまともじゃない手段を使うしかない。
もっとも、私もそれなりの代償を支払う事にはなるのだろうが。
「ねえ美鈴? このまま貴女と夜通し遊び続けるのも悪くないけど、ごめんね、どうしても今日お姉様の所に行かなきゃならないの。後で何だってしてあげるからさ、通してくれないかな?」
「滅多な事を言わないでください。貴女様ともあろう御方が、その言葉の本質を知らない訳がないでしょう。戯れもほどほどに」
「それだけ本気だってこと!」
美鈴さんが言っているのは多分悪魔の契約がどうのこうのって話だと思う。約束事を交わした際の強制力が人間同士の場合よりもかなり強くなるらしい。私だって相手が美鈴さんでなきゃこんな事は言わないし。
もっとも、もし万が一美鈴さんが「何でもするって言いましたよね?」なんて事を言い出しても、マイロードに押し付けちゃえば万事解決である。まあそうはならなかったんだけども。
「申し訳ございませんが、如何なる言葉を用いたところで私が退く事はありませんよ」
「むぅ……ケチ!」
「結構です」
「分かったわ。お姉様をブチ殺すのはやめにして優しく罵倒するだけに留めるからさー。ダメかな?」
「多分レミリアお嬢様の方が我慢できなくなるのでダメです」
「仕方ないなぁ。それじゃただ話すだけ! お姉様に酷い事は何も言わないし、絶対にフランからは手を出さない! これならどう?」
じりじりと距離を測りながら、純朴さと強かさを装った交渉を試みる。
「うーん……ダメです」
「どうしてよ!」
「表面上は何も問題がないように思えますけど、相手は妹様ですからね。私では気付けない抜け穴を用意していてもおかしくないので」
交渉失敗。私のどこにそこまで警戒されるような要素があるのかと一瞬不思議に思ったけど、すぐ納得した。恐らくマイロードの仕業に違いない。どうせ美鈴さんを襲撃した時に今まで稼いだ好感度をぶち壊すような事を言ったのだろう。これだからコミュ障は……。
ただまあ、美鈴さんの言う通り約束の抜け穴を作っていたのは事実である。だってレミリア閣下に危害を加えるのはマイロードだからね。私は何もしないもん。
「どうしても通してくれないのね」
「そう言う妹様こそ、諦めが悪いご様子で」
「美鈴と同じよ。フランにだってどうしても譲れないものがあるの」
こちとら自分の身の安全と命が掛かっているのだ、そう易々と諦めてたまるものか。いわばこの対決は、私の生への渇望と美鈴さんの高尚な信念のぶつけ合いなのだ。
「美鈴は優しいね。目の前の敵を叩きのめしてしまえば簡単な話なのに、あくまでも追い返そうとするだけ。今の拮抗状態は貴女の優しさで成り立っている」
「ご謙遜を。お優しいのは妹様の方ではないですか。私がこうして貴女様の前に無傷で立てている現状こそ、その何よりの証左です」
「そうなの?」
「そうじゃないんですか?」
互いに首を傾げた。それに加えて何やら美鈴さんから視線を感じる。具体的に言うと胸あたりに向かって。もしやおっぱいの大きさで機嫌を判断しているのかな?
なるほど、つまり胸が小さい時の
と、話が逸れちゃった。
「卑怯に思うかもだけど、美鈴のその優しさを最大限に利用させてもらうわ。……ちょっぴり痛いかもしれないけど我慢してね。美鈴なら耐えられると思うから」
「戦いに卑怯なんてものはありません。私を突破できる方法があるというのなら、喜んで受けて立ちましょう」
やはり、彼女は根っからの武人だ。しかもその技術や思考が護りに偏っている。
紅魔館の門を守り、レミリア閣下を守り、そして今は
この世で最も優しい『武』の形。
故に付け入る隙がある。私だって一応悪魔なんだからね、悪どい手段だって平気で使っちゃうのだ。
「……妹様?」
美鈴さんの困惑を他所に、私は目を瞑り腰を屈めると、地べたへと這い蹲った。別に首を垂れて許しを乞おうって訳じゃない。来るべき短期決戦の時に備え、近代スポーツにおける一つの完成形とも言うべきスタート方式を用意しただけだ。
ただひたすらに神経を集中させ『その時』が来るまで一心不乱に力を蓄える。
そして私を傷付ける事ができない美鈴さんにこの一種の精神統一を妨害する手立てはない為、指を咥えて『その時』まで立ち尽くす事しかできない。
美鈴さんは勘違いしている。
アクションを起こすバトンは常に私が握っていると勘違いしているのだ。それは違う。事態を急変させる要因は私以外にも潜んでいるのだ。
私と美鈴さんに動きのないまま、恐らく数分ほど経った。過度な集中状態に入っている私には正確な時間の経過は分からないけど、あの方の堪え性のなさを鑑みるに多分その程度だろうと推測してみる。
そして『その時』は唐突に訪れた。
「え? なに!?」
「そいやあぁぁあ!!!」
「うわっ!?」
前触れなく発生した地響きと強大な魔力に美鈴さんの集中が途切れる。その発生源は自分の背後、つまりレミリア閣下の居る広間からだった。
そう、私の遅れに遅れた到着を待てなくなったマイロードが単独で仕掛けたのだ。待ち侘びた『その時』である。流石はマイロード、私の期待を裏切らない!
瞬間、貯めに貯めた力を解放し床を蹴り上げ一気に美鈴さんへと接近する。
身体強化魔法が下手くそな私だが、腐っても最高級の素材を持った吸血鬼。クラウチングスタートも相まって結構なスピードが出ているように思う。
事態の急変に気を削がれ不意が生じた美鈴さんは、この一連の流れが私の計画によるものだと即座に看破し改めて迎撃に移ろうとするが、流石に間に合わない。
ただでさえ私に主導権を渡しており、常に後手に回る事を強いられているのだ。これで簡単に対応されたら私の立つ瀬がないよね。
結果として、私は美鈴さんの絶対守護圏となる間合いを突破し、彼女の腰あたりへとタックルをぶちかます事に成功した。そして腕でがっちりホールド。
「い、妹様!?」
「改めて謝るね! ごめんね!」
私は美鈴さんを俵担ぎで持ち上げると、そのまま廊下を爆走。体位からして美鈴さんは殺意マシマシな中国拳法『転蓮華』でも使えそうな状態だが、
こうなるともう彼女は詰みだ。為すがまま、私と共に地獄の門へと突撃する他選択肢はない。
勢いそのままに大広間へと繋がる扉を蹴破った。
突入と同時に美鈴さんの尻越しに状況確認。紅魔館の当主が座る筈だった煌びやかな椅子がそこらに転がっており、奥の壁は完全に崩壊している。
そしてその手前でマイロードとレミリア閣下が今まさに取っ組み合おうとしていた、そんな場面。私と美鈴さんの乱入により二人揃ってこちらを凝視していた。
どうやら事態は概ね私の思惑通りに推移しているようだ。自分の迸る才覚が恐ろしい……! ナズーリンには悪いけど、今度から賢将分身ちゃんって呼んでもらおうかな。もしくは賢者。私はとても賢いのだ。
「あの馬鹿、ようやく来たか」
「なるほどここでダミーのお出ましってワケ」
「妹様が……2人……?」
周囲の反応を見るに、状況を飲み込めていないのは美鈴さんだけ。本当に申し訳ないが、ここらで彼女にはご退場いただこう。この埋め合わせはまた次回。
「マイロード!!! パス!!!」
「は?」
立ち直る時間を与えてはならない。その一心で、私は美鈴さんをマイロードに向けて大振りで投擲。
状況が掴めないまま為す術もなく緋色の弾丸と化した美鈴さんは、塵を払うようなマイロードの横薙ぎのビンタで更に勢いを増して、壁を突き破り宵闇へと消えていった。
星になった美鈴さんを見送っていると、レミリア閣下から距離を取るようにしてマイロードが華麗な一足飛びで私の隣に降り立つ。引き篭もりのくせに所作が洗練されていて格好いいのは狡いと思う。
「いぇーい! やりましたねマイロード! これぞ主従の信頼が織りなす阿吽の連携ですよっ!」
「んな事はどうでもいいのよ。何故遅れた」
「誤魔化せないかぁ」
私のグータッチをマイロードは華麗にスルー。底冷えするような恐ろしい圧を向けてくる。遅れた理由は先ほどの一連の流れで明白だろうに、どうやらマイロードはとことん私を追い詰めたいようだ。
これは半殺しコースかな。
まあ
そのあたりは美鈴さんを出し抜く策を実行した時点で覚悟していた事だ。へーきへーきモーマンタイ! ……悪い、やっぱ辛えわ……。
「さて、役者は揃ったみたいね」
その言葉は一つの区切りだった。
頬をぺちんと叩いて気合いを入れ直し、ラスボスと向き合う。美鈴さんとの一悶着はとんだアクシデントだったけど、あくまで本番はここからだ。
レミリア閣下は興味深げに私とマイロードのやり取り、そして美鈴さんの飛んでいった先を眺めていた。全てを見透かしているような、紅の瞳。
ついこの前、地下で会った時とは何もかもが違う。圧倒的なカリスマに気圧されてしまいそうだ。これが紅魔の館を統べる悪魔の、力の一端か。
正直身体が緊張と恐怖で竦む一歩手前だけど、私の隣にはもっと恐ろしい主人がいる。そう考えれば自然と震えも収まるというものだ。
どうも勇気の出し方が邪道すぎるような気がしなくもないが、それも今更な話である。
「お前は今、失態によって私の信頼を大きく損ねている状態にある。言わんとしたい意味は分かるわね?」
「その分、たくさん貢献しろって事ですよね」
「そういう事。さあ根性見せなさい」
「はーい!」
分身ちゃんはフルムーン補正で終始最高にハイッてやつになっているものとする。
評価、感想、ここすきクレメンス
いただけると色々励みになります♡