前日の最終調整時、とあるやらかしで手酷い折檻を受けていた最中のこと。ボコボコになった顔を冷やしながら、ふと気になる事があってマイロードに問いかけた内容を思い出す。
『ねえねえマイロード。そういえば私って姉君のファイトスタイルとか強みを全く知らないんですけど、マイロードはご存知だったりします?』
『ああ言ってなかったっけ。アイツにそういうのは存在しないわ。強いて言えば近接戦を好んでるくらいしか特徴がない。だからうまく説明できないの』
『へー。なんというか、地味?』
『まあ派手好きなアイツっぽくはないわね』
マイロードはそんな事を嘲るように言っていた。きっとレミリア閣下の強さは、マイロードのそれと少々方向性が違うのだろう。そう解釈した。
二人の一番の違いは、自己研鑽の有無。
知っての通り、マイロードは自分を高める事に余念のないお方。日々魔導書を読み耽っているのも向上心あってこそだし、その結果として生み出された魔法は少なくない。私もそういう産物である。
いわばマイロードは求道者的な思想をお持ちなのだ。努力家とはちと違うような気がする。
その一方でレミリア閣下はこの世に生まれ落ちてから一度も自分を鍛えた事がないそうだ。自分が生まれながらに完成されているのを自覚しており、それ以上は何をしても不純物にしかならないと豪語しているらしい。
鍛えるのは女々しいというやつだ。実にグラップラーらしい思想である。私はね、そういう考えはあんまり好きじゃないけどね。
とにかく、レミリア閣下は生まれたままの、純粋な自分だけの力で戦うやべー奴なのだ。一切の不純物が存在しない、吸血鬼という種における一つの完成形。マイロードや美鈴さんに比べると些か獣寄りと言えなくもない。
何はともあれ、そんなマイロードの話を聞いて私は勝機を見出した。古今東西、智慧と技術は直情的な暴力を凌駕する定めにある。どれだけレミリア閣下が強大であっても、突撃しか能のない猪武者であるなら付け入る隙は存在する筈だと。
頭が良くて賢いハイスペック分身ちゃんなら、レミリア閣下にも十分渡り合う事ができる……そんなふうに考えていた時期が私にもありました。
まさしく縦横無尽。
いざレミリア閣下の動きを目の当たりにして、私は驚愕した。もうドン引きである。
まるでピンボールの玉のように広間を跳ね回り、無茶苦茶な軌道での高速移動を維持している。おおよそ生物に許される挙動ではない。一番近いのはバッタかな?
これが月のヤバい人ですら生身では対処不可能という、地上最強の体術の正体か!
「マイロード大変です! 動きが目で追えません!」
「邪魔だノロマッ!」
「ぐぇ」
右往左往する私をマイロードが蹴り飛ばすと同時に、先ほどまで頭があった場所をレミリア閣下の魔爪が抉る。そして加速を保ったまま続け様に放たれた二撃目は、マイロードの振るう
耳を劈く破砕音。二人の吸血鬼が生み出す力の衝突、それによって生み出される衝撃波に晒された私はなす術なく地べたを転がるしかなかった。
ちょっと次元が違いすぎるよね。頭が良いとかそういうのが役に立つような場面じゃない。
ずっとこんな調子だ。なんとか喰らいついてやろうと奮起しているもののレミリア閣下には軽く一蹴され、マイロードからは障害物扱い。肉壁になれって命令したのはそっちのくせに、酷い話である。
「アンタ、武器なんて使うようになったの? ちょっと見ない間に嗜好が変わったのね」
「別に。愚姉を屠るにしても素手じゃ味気ないから使えない従者に用意させただけ」
「ふふ、何にしても趣味が悪いんじゃない?」
「……チッ」
「なんか凄く難しい顔してるわね」
屋敷そのものが軋むほどの凄絶な鍔迫り合いが展開されているが、当のお二人はどうやら会話を楽しむ余裕があるらしい。レミリア閣下の興味の視線がマイロードの得物に注がれている。
何を隠そう、アレを制作したのは私だ。
まず大前提として追求したのはマイロードの膂力に耐えられるだけの強度と形状。次に持っているだけで相手を慄かせる視覚の威圧効果。で、最後にマイロードが持っていても不自然じゃない外観。
これらを念頭に試行錯誤を繰り返し、その果てに爆誕したのが『名状し難いバールのような物』である。一応の正式名称は試作レーヴァテインなんだけどね。
そのアウトローな見てくれに流石のマイロードも最初は使うのに抵抗感があったみたい。だけど結局使い勝手が良かったようで難しい顔をしながら振り回している。強度はマイロードの折り紙付きだし、魔力伝導率にも優れてるから強化し易いしね。これが今の私に生み出せる最強の
嫌々使われてるのがちょっと悲しいのは内緒。極道気質なマイロードにはお似合いだと思うんだけどなぁ、バールのような物。レディース『腐乱道流』って感じ。ちなみに第二候補は釘バットだった。
と、見惚れている場合ではない。鍔迫り合って動きを止めている今がチャンスである。
かの美鈴さんを仕留めた究極奥義、悪質吸血鬼タックルを仕掛けレミリア閣下の腰を粉砕せしめんと肉薄する。私だってなりふり構ってられないというか、そろそろ手柄を立てないと本気でまずい!
「そいやあ! お命頂戴っ!」
「鬱陶しいわね。ダミー如きで私を止められるものか」
「うぎゃあああ!?」
私が繰り出した渾身の突進は、レミリア閣下の魔力が生み出す障壁によって容易く受け止められ、跳ね飛ばされた。広間の壁と熱いキスを交わすのももう三度目になるだろうか。生憎、壁のシミになるのは慣れっこなのだ。
一応、トップスピードで死角から飛び込んだんだけど、全く通用しなかった。やはり反応速度と感知能力が尋常じゃない。これも純粋である故の強みなのか。
「長い地下生活で鈍ったんじゃないの? フラン。あんな使えないダミーを生成して私にぶつけたところで勝負にならないというのに」
「かもね。あんなクソの役にも立たない腐れ生ゴミ以下のポンコツ廃棄物にほんの少しでも期待した私が愚かだった。事が済んだら処分するわ」
「ぐすん……」
「そ、そこまで言ってないんだけど。ほら役には立ってないけど、そこら辺をうろちょろしてて鬱陶しいし、私の邪魔にはなってるから……」
あまりの言われようにレミリア閣下にフォローされてしまった。今からでも寝返っちゃうのが賢い選択なのかもしれない。あっちの方が待遇良さそうだし。
まあそんな事したらレミリア閣下そっちのけで速攻マイロードに消される未来しか見えないので、無しかな。尊厳よりも命が大切。
何はともあれ、私の生存ランプが激しく明滅し始めたのは間違いないね
一瞬の弛緩を挟み鍔迫り合いは解除され、局面は乱打戦へと移行する。マイロードの振るう炎を纏ったバールと、レミリア閣下の魔爪が幾度となく互いのそれを弾き合う。
どうやら両者揃ってヒートアップしつつあるようで、悍ましい笑みがギアと共にどんどん深まっていく。あの破壊の嵐に巻き込まれては、私なんか即ミンチよりひでぇや状態になるのは想像に難くない。
うーん……大怪獣バトルウルトラコロシアム。広間の損壊状況を見るに紅魔館が潰れるのも時間の問題か。
そういえば女の子同士の友愛、いわゆる百合の間に挟まる異物は問答無用で排除されるという知識がある。それが未来での常識らしい。最初は意味が分からなかったけど、なるほどそういう事かと、あらゆる物質を消滅させるレミフラ空間を見て納得した。怖いね、百合。
はい、現実逃避の時間は終わり。そろそろ一発、何かぶちかましてやろう。それこそマイロードの不興を吹き飛ばすほどの、どデカいインパクトを!
このままただの置き物に甘んじるようじゃ私は道具として三流の烙印を押されてしまう。それは超一流の従者を自認する私にとって、とても堪え難い屈辱なのだ。
主人の役に立つ為なら、どんなリスクだってちょちょいのちょいで背負ってやろうじゃないか。
私の活路は美鈴さんと相対した時と全く同じである。相手の度肝を抜いて絶好の機会を作り、後はマイロードに丸投げする。これしかない!
「マイロード!!!」
「うん?」
「……」
僅かなアイコンタクトで私の意志をマイロードへと伝える。それが二人であらかじめ決めていた、奥の手を発動する合図。マイロードは眉を顰めてあからさまに嫌そうにしてたけど、行動自体は早かった。
マイロードが大振りの一撃を放ちレミリア閣下を後退させると同時に、その着地点へと照準を定める。さあ起こそうビッグウェーブ!
「פראן-צ'אן היא בחורה יפה וחמודה.!!!」
詠唱に合わせて私の掌から怒涛の勢いで水が放出される。気分はさながらマーライオンである。
本当ならレミリア閣下を倒した後にマイロードから教えてもらう約束だった水魔法を、我が儘言って準備期間中に叩き込んでもらったのだ。もちろん戦闘で活かす事を条件として、だけども。
私の身体はマイロードを素体としている。つまり魔力量もそれに近い値なのだ。なのでどれだけ効率の悪い下手くそな魔法でも、質量の再現に限れば魔力量に物を言わせて相応のものを用意できる。
広間の一室に足湯程度の水場を作るくらいなら訳ないのだ! まあ拒否反応のせいか掌が滅茶苦茶ビリビリするんだけども! そこは根性で耐える!
「水の無い所でこのレベルの水魔法を……!?」
この広間にいる三人全員に共通する弱点。それを密室に流し込むなどレミリア閣下にしてみれば正気の沙汰ではないだろう。僅かな動揺が見えた。
これで勝負が決まるのなら万々歳だが、やはりレミリア閣下は一筋縄ではいかない。自らに超高密度の魔力を纏い熱を生み出す事で、水が到達する前に片っ端から蒸発させていた。
それに伴い濃い水蒸気が発生。紅魔館の換気の悪さも相まって視界は不明瞭となる。
瞬間、私とマイロードが同時に動く。再度目配せして共に水蒸気の中へと突っ込んだ。
「なるほど、水はあくまで起点。本命は視界を塞いで接近し、ダミーとの同時攻撃か。確かに、私が判断を誤ってダミーの方に気を取られれば、フランドールを防ぐのは容易ではない。考えたわね」
お褒めの言葉をいただいちゃったが、裏を返せばこの作戦を瓦解させるのも容易であると暗に言われているようなものだ。
なにせ、レミリア閣下に私の攻撃は通用しない。つまり私を無視してマイロードにさえ注意を向けていればそれで終いだ。マイロードが近くにいる状態だと水魔法も使えないし。
早い話が、この視界不明瞭な空間で姿形が瓜二つな私とマイロードを識別できればレミリア閣下の勝ちだ。
初めから結果の分かりきった無謀な勝負だった。
最強の吸血鬼、レミリア・スカーレットにとってその程度は造作もないだろう。吸血鬼の能力が極限まで達している以上、視覚が働かずとも超音波を駆使すれば二人の位置、そして、その識別も恐らくは可能だ。だって私とマイロードには大きな違いがあるから。
「捕まえた」
「っ……!?」
それは、
レミリア閣下は胸の小さなフランドールを狙えばいい。たったそれだけの話。胸の大きい方はダミーだ。
振り向きざまに放たれた手刀が首を断ち切った。
崩れ落ちる瞬間、レミリア閣下と目が合った。妹に向ける勝ち誇ったような純粋無垢な幼い瞳。
それが驚愕と警戒の色に彩られた時、私とマイロードの策は成就したのだ。私が初めてマイロードの影としての役割を全うした瞬間だった。
胸をすり替えておいたのさ!
「しまっ──!」
「さらにもう一発っ!」
首だけになっても私の仕事は終わらない。口の中にあらかじめ仕込んでおいた含み針を射出し、慌ててマイロードへの迎撃に移ろうとしたレミリア閣下の右腕へと突き刺した。
マイロードの見立て通り、私特製の銀針が最強の吸血鬼相手にも通じたようで一安心である。これでズタズタになった私の口内環境も報われるというものだ。
それにしても生首になってもまだ働かされるとは、蛮奇ちゃんもビックリな労働環境である。でもこんくらい頑張らないとマイロードは満足してくれないからね。仕方ないね。そろそろ休ませてクレメンス。
「ちょ、ま、フラン、タンマ──」
「ふんッ!」
「へげぇっ!!!」
蒸気を突っ切り眼前に現れた
左頬をぶたれ錐揉み回転しながら吹っ飛んだレミリア閣下は、床に深い溝を刻み込んで、勢いそのままに壁へと激突。半壊した館の崩落に飲み込まれてしまった。あのパンチ痛いよね、分かる分かる。
と、
「あいたたた!!? ちょっと、髪は乙女の命ですよ! 大切に扱ってください!」
「
「ボールは友達!」
これが生首になってまで主人に尽くした従者への仕打ちだろうか。久々にマイロードの暗君要素が迸っている。暗い……あまりにも……。
まあなんで怒ってるのかは大体予想がつくけども。
マイロードは首元から服に手を突っ込むと胸を鷲掴み。そしてブツを引き抜いた。握られているのは私が作った肌に優しい詰め物──俗に言う胸パッドである。
試作レーヴァテインが思いの外早く完成したから、胸の大きさを気にしているであろうマイロードの為におまけで作っておいたんだよね。それが巡り巡って今回の『おっぱいをすり替えておいたのさ作戦』に繋がったのだ。
ちなみに私の方は胸を霧状にする事でかつてのなだらかさを再現している。
当然、この作戦の実行にあたってはマイロードから激しい拒絶と折檻をいただいている。でも土壇場で姉の鼻を明かしてやりたい気持ちが勝ったみたいだ。負けず嫌いなマイロード可愛いね。パンチは可愛くないけど。
「お前の献策に乗った私が馬鹿だった……」
「でも上手くいったでしょう?」
「成功してなかったら処分してたわ」
「では今後も続投という事ですね! 私これからもいっぱいお役に立ちますから! よろしくお願いします!」
「くたばれ」
こうしてマイロードの癇癪により突如勃発した最強の姉妹喧嘩は、無事私たちの勝利で終結したのだった。
勝負を制したマイロードは完膚なきまでの勝利宣言を行うため、レミリア閣下の埋まっている瓦礫の山へ悠々と歩みを進める。その前に私の身体を何とかしてくれると助かるんだけどなぁ。
なおサンドバック効果でフランちゃんのパンチ力は大いに増強されているものとする。
また水魔法の詠唱にヘブライ語を使用していますが、実際は何か変な言語を発しているものとする。そしてその翻訳はこの世の真理であるものとする。
次回、ついに分身ちゃんのアレが判明するらしいです。