フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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手術入院で遅くなりました(n回目)


ニヒリティ

 

 大広間で繰り広げられたレミフラ大決戦は、その苛烈さと裏腹に驚くほど拍子抜けな形で終わった。二回戦の開始宣言が行われるんじゃないかと戦々恐々としていた身としては万々歳なんだけどね。

 やっぱり平和が一番! ラブアンドピース! 

 

 結局、マイロードがぶち込んだ渾身の右ストレートを以って勝負を決着としたらしく、その後は示し合わせたように揃ってバルコニーに移動。そして暴力を用いない延長戦が始まった。舌戦っていうのかな。

 

 この円滑な運びを見るに、どうやらこれがお決まりの流れらしい。この姉妹にとって殺し合いは慣れが生じる程度には繰り返し行われている恒例行事なんだろう。

 

 そもそもあの戦い自体、両者共に本気ではなく遊戯感覚で行われた決闘のようなものだったようだ。どちらか一方でも本気になってしまえば格付けが完了するまで殺し合わなければならなくなる為、それを回避するべくあくまで『じゃれあい』に留めていると。

 

 これには私も納得した。

 本気を出さない事で格付けを曖昧にし、互いの強さに想像の余地を残すのは大切なセーフティーラインとなり得る。客観的な見られ方によって強さや存在そのものが変動してしまいがちな妖怪にとっては特に。

 

 これが俗に言う『アリス・マーガトロイド論法』というものだろう。

 本気を出さずに戦っていると公式に明言しておけば仮に負けても格が下がりにくいし、矛を収めやすい。何よりメンタルの維持に役立つのだ。本気を出して負けちゃったら後がなくなるもんね。都会派魔法使いは格が違う。

 

 

「あらお姉様ったら、しばらく見ないうちに随分と不細工になったね。でも逆に似合ってるかも? 顔がタコみたいに赤く腫れ上がってる様がスカーレットデビルって感じで」

「ぐぬぬ……」

 

 レミリア閣下は終始不機嫌な様子で、顰めっ面のまま殴られた頬を押さえていた。まああんな目に遭った挙句に、マイロードから散々煽られた後だからね。誰だってイラつく。私だって傷付く。

 

 なおその原因を作ったマイロードは、そんなものどこ吹く風とばかりに、椅子に踏ん反り返って呑気にワインを嗜んでいた。どうやら不貞腐れているレミリア閣下の顔を肴にしながらディナーを楽しんでいるらしい。

 流石はマイロード、やる事が一々陰湿だ。私のご主人様はそうでなくちゃ。

 

 と、ここでレミリア閣下が咳払い。

 

 

「──もういいわ。貴女の下品な煽りにもほとほと飽いた。そろそろ、諸々の種明かしをしてくれてもいい頃じゃなくて? その……さっきの事とか、最近の事とか」

「あら、もう答えを求めるの? せっかちで堪え性のないレディは嫌われるよ」

「やかましい。このままじゃ気になって昼も眠れん。ていうか最近眠れてないのよ。お前のせいで」

 

 隙あらば容赦なく煽ってくるマイロードを軽くいなす様からは、血縁と長年の経験が織りなす姉としての立ち振る舞いが見て取れた。なるほど、対マイロードにおいて非常に参考になるね。私が真似したら一瞬で消し炭にされそうだけど。

 

 と、ここで初めてレミリア閣下の視線が私に向けられる。よかった、完全に浮いてたから居ないものとして扱われるのかと心配していた。

 

 

「お前が頑なに答えないならそこのダミーに聞いてみるってのもアリね。こっちの方が幾分素直そうだし、受け答えする知能もあるように見える」

「あ、はい。私は賢くて素直ですよ」

「そうかそうか。それは結構」

 

 私の売り込みにレミリア閣下は満足そうに頷いている。何故か分からないけど結構な頻度で私のことを褒めてくれるんだよね、このお方。好き。

 

 このご厚意に応えるべくマイロードの有る事無い事を赤裸々に語り尽くそうと口を開く。が、それはマイロードの素っ気ない言葉に遮られた。

 

 

「……そいつに聞いてもまともな回答は返ってこないよ。イカれてるから話が通じない」

「あら、そうなの?」

「不良品だからね。色々と狂ってるの」

「むっ聞き捨てならないですね、私が気狂いだなんて。"ガチ"のマイロードと比べれば私なんて普通もいいところですよぇあああっ!!!」

「ほら通じないでしょ」

「お、おう」

 

 青竹を軽く握り潰すゴリラが如く、私の左腕は粉砕され明後日の方向を向いてしまった。レミリア閣下もこれにはドン引きである。

 

 しかし流石は紅魔館の主人でありマイロードの姉君。一息付くと何事も無かったように話を進めている。

 

 

「いやね、貴女が仕掛けてくるのは何となく分かってたの。今日あたり、そろそろ来るんじゃないかって。だから備えというか、気構えだけはしていた」

「備えってまさか中国っぽい門番のこと?」

「アレはたまたま私の為に自発的に動いてくれただけ。いい部下でしょ」

「コイツ如きに負けてるんじゃ世話がないわね」

「ちょっと! 私と美鈴さんの悪口を同時に言うのはやめてくださいよー!」

 

 腕を折り戻しつつ一応の抗議を入れる。

 

 何故か一貫してマイロードからの評価が低い美鈴さん。非の打ち所がない凄い人だと思うんだけどなぁ。優しいし、強いし、大きいし。

 そういえば美鈴さんったら、マイロードに殴られて星になってたけれど大丈夫だろうか。無事ならいいんだけど。

 

 そんな私の心配をよそに話はどんどん進んでいく。お二人にとって美鈴さんの安否はさほど重要な話題ではないようだ。薄情なのか、はたまた一周回って信頼があるのか。よく分からないね。悲しいね。

 

 

「でもその内容と結果までは予見できなかった。思えば美鈴の件も含めて今回はイレギュラーの連続だったし、ここまでなりふり構わず襲い掛かってくるとはね。過程や方法に拘る貴女にしては珍しい」

「……」

「変わったわねフラン。何か心境の変化でもあったのかしら?」

「いいえ私は何も変わっていない。むしろ拘った結果があの姑息な手段だった」

 

 やはりあの勝ち方はマイロードにとって姑息という判定になるらしい。流石の私もちょっと卑劣すぎたかと反省してるけど、正直あれでもまだ自重してる方だからね。その気になれば色仕掛けから自爆まで、何だってやるのが私とマイロードだ。

 

 なんにせよ勝負はまず勝つことが大前提である。その為なら過程や方法なぞどうでも良いのだ! このゲロ以下吸血鬼マインドは大切にしていきたい。

 

 

「私がお姉様に勝ったところで何の意外性もない。極めて順当な結果よね」

「おい」

「でもこの馬鹿を起点にした戦法が上手いこと機能して、ましてやそれが決定打になってしまったならそれはもうとんでもない屈辱でしょ。こんなポンコツに一杯食わされたんだから。そこのところどうかしら、お姉様?」

「返す言葉がないわねぇ」

 

 レミリア閣下は困ったように肩を竦め、同時にとても納得しているようだった。

 

 私も非常にマイロードらしい考え方だと思った。やるからには徹底的に、結果を求める貪欲さ。勝敗とは別の視点から完膚なきまでに相手を追い込むスタンス。

 

 このあたりは裏で暗躍しがちな八雲紫さんに通じるものがあるかもしれない。まあマイロードは紅魔館とその住民を人質に取られても土下座はしないと思うけど。

 

 

「でも正直、少し見直したよフラン」

「何が?」

「破壊しか能がない奴だとばかり思ってたけど、水魔法や銀の含み針といった搦手を用いて、挙句に武器まで引っ張り出してくるなんて。程良いイカれ具合とユーモアがあって見てて飽きなかったよ」

「いや……」

「前の貴女からは想像できないわね」

 

 不機嫌だった面持ちが一転、和やかなものに変わる。なんだかんだで彼女も戦いそのものは愉しんでいたようだ。姉妹揃ってバトルジャンキーなのか。

 

 だが私は、レミリア閣下の視線が何度かマイロードと私の胸部を行ったり来たりしているのを見逃さなかった。まあ決定打になったのは水魔法でも含み針でもなく『おっぱいをすり替えておいたのさ作戦』だもんね。でも流石にそれを口にするのは憚られたようだ。

 

 私と同じく視線に気づいているのか、はたまたレミリア閣下の言葉が気に入らなかったのか。一転マイロードの顔がみるみる不機嫌に染まっていく。

 

 

「……いや私じゃなくて、そこの馬鹿が考えた作戦なんだってば」

「でもダミーを作ったのは貴女じゃないの。見たところ完全に自律して動いてるみたいだけど基となる素体と学びを吸収する環境はフランに依存するしかないんだから。見事な分身と言わざるを得ない」

「まあ私は優秀ですからね! 分身の鑑ですよ!」

「お前は一旦黙ってろ。話がややこしくなる」

 

 私と同一視されることが余程嫌なのだろう。マイロードは強い否定を口にしつつ、私が生まれた経緯……フォーオブアカインドの術式も含めて事情を説明した。

 

 要するに私はマイロードの身体にへばり付いた全く別の心を持つ何かであること。何故生まれたかもよく分からないバグの産物であること。その謎が解明されるまでは生かしていること。胸についてはマイロードは何も関与しておらず恐らく美鈴さんが悪いこと。

 

 異論はなかった。大方その通りであると認識していたからだ。でも強いて言うなら人の事を頑固な汚れみたいに言わないでほしいよね。傷付いちゃう。

 

 

「はぁ……なるほどね。道理で美鈴と話が噛み合わないわけだわ」

「気付かなかったの?」

「肉体以外別人なんて流石に想定してないわよ。それをそのまま野放しにしてるのも吃驚だし……」

 

 取り敢えず血の繋がった身内が急に善性に目覚めたとか、見てくれを気にして豊胸の道に走ったとか、そういう話ではなかった事に安堵するレミリア閣下。

 

 確かにマイロードの実像を知っている人からすれば、私は解釈違いの塊だったかもしれない。私は私の頭にある『フランちゃん』を演じてただけなんだけどね。

 本来はこっちが正しい! 原作(マイロード)が勝手に言ってるだけ! と言い張る鉄の意志である。

 

 

「まあ何にせよ面白い拾い物をしたね」

「うるさいだけよ、こんなの」

「なら私が引き取ろうか」

「あ?」

 

「ねえコイツなんかより私に仕えない?」

 

 マイロードとの会話を中断して。私へと流し目を向けるレミリア閣下。腫れ上がった頬を押さえながら語り掛けてくる様は少々滑稽ではあるものの、それでも抗い難い魅力をその身から迸らせている。

 チャームでも仕掛けられてるのかな。

 

 

「どうかしら。フランの下にいるより待遇が良くなる自信はあるけど」

「きゅ、急っすね」

「地下室で言ったでしょ。優秀な部下というのは得難いものなんだ。機会が巡ってきたのなら逃すわけにはいかないわ。フランからは使えない道具扱いされてるみたいだけど、私は違う。貴女の能力を高く評価している」

「えー困っちゃうなぁ。えへへ」

 

「ダメ、あげない」

「ぐぇっ!!!」

 

 現在の暗澹たる生活からの解放を想像して頬を緩ませていると、後襟を掴まれて思いっきり引っ張られた挙句、まるで人形を抱えるように首に腕を回された。

 くっ付いたばかりでまだ脆いからやめて欲しい。ていうか取れる取れる。

 

 

「こいつの血の一滴に至るまで、全部私のものよ。お姉様にだってあげないんだから」

「いらないんじゃなかったの?」

「どんなゴミであろうと私の下を去ろうなんて許さない。私から逃れられるのは、コイツに飽きた時か、私の期待に応えられず死んだ時だけよ」

「相変わらず難しい奴ねお前は……。まあ何にせよこういうのは当人の意思が尊重されるべきよね。で、貴女自身はどう思っているの?」

「まず首を戻して欲しいです」

 

 願い虚しくマイロードの腕力によって90度曲がってしまった千切れかけの首を叩きつつ、そう懇願した。話はそれからである。

 

 

「イテテ……それで、えっと、マイロードか姉君のどちらに仕えたいかって話でしたっけ? ちょっと意識が飛び飛びで聞けてなかったんですけど」

「そうよ。さあ、どっちがいい?」

「むむむ」

 

 深く考える振りをしてチラリとマイロードを見遣ると、無表情で私を凝視していた。お前分かってんだろうなと言わんばかりの圧である。これもうほぼホラーだよ。

 

 まあ答えは私が生まれた時から決まっているので安心してほしい。

 

 

「すみません、マイロードで」

「へえ、私の誘いを蹴るんだ。こんな酷い目に遭っててなおこの生き方を選ぶなんて。ふふ、どうやら貴女も相当な物好きみたいね」

「そこはまあ、我に七難八苦を与え給えって感じの境地ですね。正直」

「マゾなのね」

「違います」

 

 まるで最初から私の答えが分かっていたかのように、レミリア閣下はあっさりと手を引いた。答えの理由すら聞かれず終いである。多分マイロードへの嫌がらせ目的でのスカウトだったんだろう。そうであろう。

 

 いつぞやに語ったかもしれないけど、私の存在理由がマイロードに依存している以上、マイロード以外の持ち物になろうって気は毛頭ないのだ。というか引き抜きに応じた瞬間粉々にされそうだし。

 

 もっとも、マイロードがレミリア閣下に私を譲ると明言したらその次第ではないけれど。所有権が移ってしまったのなら、道具たる私はそれに従うほかない。

 

 

「まあいいよ。フランの手下だということは、つまるところ私の陪臣って事になるしね。直臣が良かったけど仕方ない。我慢してあげる」

「ありがたきお言葉。マイロードの世話はばっちり私に任せてください!」

「うん。お願いね」

「何で揃って親ヅラしてんのよ……」

 

 だってレミリア閣下はともかく、私から見たらマイロードは極限まで手の掛かる赤ん坊みたいなものだもん。もっとも、実年齢からしたら赤ん坊は私の方なんだけどね。

 ベビーシッターも楽じゃない。

 

 

「そうそう、あと名前を教えなさい」

「名前?」

「これからはフランドールと区別して呼ばなきゃいけないでしょ。ただでさえ顔が同じでややこしいんだから。普通はそこらの有象無象の名前なんて覚えないんだけど、今回は特別よ。光栄に思いなさい」

「それが……私ってジェーン・ドウ(名無しの権兵衛)でして」

「何もかもが適当すぎない?」

 

 まるで「本当にこっちに来なくていいの?」とでも言いたげな様子で心配されてしまった。生まれて半年間ずっと不眠不休の絶食状態で働いてるって言ったらもっと驚くかな? 同情してクレメンス。

 

 

「あのねえフラン。従者の適切な管理は主人として最低限の務めよ。それを完全に放棄しているのは頂けないわね」

「名前が無くてもすぐに不都合は起きないでしょ」

「まったくもって遺憾ですけど、それで色々と回ってるのは事実ですねぇ」

「やっぱり貴女たち二人ともイカれてるわ」

 

 マイロードと一緒くたにされるのも誠に遺憾である。

 

 

「もう……それなら私が考えてあげようか? 紅魔に属する者として相応しい気品ある名前をね」

「えっ、それはちょっと」

「遠慮しなくていいわ。うんとカッコイイやつを付けてあげるよ。そうねえ、例えば──」

「だから私の所有物に唾を付けようとするのはやめてってば。殺されたいの?」

 

 見かねたマイロードが間に入ってくれたおかげで何とか助かった。シャレにならないそこそこ危険なイタズラだった。

 

 東方の世界において、名付けとは特別な意味合いを持つケースがあるらしい。香霖堂の蘊蓄店主さんがそんな事を言っていたような知識がある。

 

 身近な人で言えばそれこそ未来においてレミリア閣下に名付けされるであろう十六夜咲夜さんはその最たる例である可能性が高い。元来のものとは違った本質や在り方、今後の道筋まで定められかねないのだ。

 

 マイロードが難色を示したのも、もしかするとそういう面を鑑みての判断なのかもしれない。悪魔って名前を大切にしてるイメージがあるし。まあ私はそれよりも変な名前を付けられそうで怖かったんだけども。

 

 

「さて困ったわねぇ。名前のない奴を何と呼べばいいものか」

「今まで通りダミーでいいですよー。私が偽物なのは紛れもない事実ですし」

「当面の間はそうしましょうか」

 

 

「ニッヒ」

 

「へ?」

「あら」

 

 聞き慣れない単語にレミリア閣下と顔を見合わせる。

 

 

「そいつの名前よ。いま決めた」

「お、おお」

「なに? 文句あるの?」

「いやマイロードが考えたにしては可愛らしい名前だなあって。てっきり被験体Xとか、サンドバッ君みたいな名前を付けられるものかとヒヤヒヤしてました」

「……」

「あれ、マイロード?」

 

 いつものように顔面にパンチが飛んでくるかと思いきや、グラスもそのままに仏頂面でバルコニーを後にしてしまった。何というか、マイロードらしくない。

 まあ今日は既にいっぱい折檻を受けた後だからマイロードも面倒臭かったのかもしれない。多分。

 

 取り敢えずレミリア閣下にお辞儀して、急いでマイロードの背中を追いかける。幸いにもレミリア閣下は私たちを咎める事なく、笑顔で送り出してくれた。今日一番の良い顔だったように思う。腫れてるけど。

 

 

 

「ねえねえマイロード! 結局ニッヒって何が由来の名前なんですか?」

「一々説明するのも面倒だ。お前で勝手に想像してろ」

「えー分かりませんよぉ。でも可愛い語感ですよね、笑い声みたいで。ニッヒちゃん気に入りましたよ! 改めてニッヒちゃんをよろしくお願いしますねマイロード!」

「これまでと何も変わらないよ」

「分かってますとも! でもひとつまみの優しさだけでもいただけたら嬉しい!」

 

 マイロードは何も答えなかった。





ニヒリティ(迫真)

ニッヒちゃん的名付け親になって欲しくない人ランキング
1 鈴仙・優曇華院・イナバ
2 八意永琳
3 東風谷早苗、レミリア・スカーレット

なお仮にレミリアが名前を決めていた場合は、漢字五文字の聞き覚えのある名前になっていたものとする。

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