「地獄の底からこんにちは」
私はいまいち自分というものが分からなかった。
私の生まれた意味とは何だろうか。そんな哲学的な事を考える時間が日に日に増えていく。
きっと人生の酸いも甘いも、全てを知ってようやく手に入れる事のできる答えなのだろう。そんな命題を、生まれて数日の赤子も同然な私が必死こいて考えなきゃいけない現状は大いに狂っているに違いない。
世界は優しくできていない。
いや、訂正。私の創造主は優しくない。
創造主の暇潰しで生まれたのが私。分身魔法を試験運用した際のバグとしてまぐれで誕生したらしい。この時点でもう謎である。望まれずに生まれてきた悲しきモンスターと同じ分類ってだけで泣きそうになる。
それからというもの、生まれてしまったからには有効活用しようという創造主の意向の元、私のルナティックスケジュールが開幕したのだ。
拝啓、神様。ここは地獄ですだ。
「ねえねえマイロード。この魔導書は何処にしまえばいいですかー?」
「そんなの自分で考えてよ。一々そんなくだらない事で私に話しかけないで」
「でも昨日それで勝手に扱うなってキレてたじゃないですか。もう嫌ですよあんなの」
「黙らないと殺すよ」
「理不尽っ!?」
片付けだけでこの有様。特に指定もなく雑に命令してるくせに何たる言い草だろうか。世が世なら即厚生労働省行きの事案である。
今も汗水垂らして夜通し働いている私を尻目に、棺桶ベッドの中に寝転んで読書に耽ている我が創造主。恨みがましく睨み付けてやりたいところだが、バレたら殴られるので我慢我慢……。
創造主の名はフランドール・スカーレット。暴君吸血鬼であり、世界に冠たる紅魔館の主人の妹君。表向きは私の知っている情報そのままだった。
私は彼女が『東方Project』のキャラクターである事を知っている。なんなら21世紀半ばくらいまでに起こる歴史の事象すら把握している。
私には生まれつき、謎の知識が頭の中にこびり付いているのだ。
もしこれが俗に言う転生だとか憑依だとか、そういう類いの現象であるなら納得できる部分もあるが、残念ながら前世の記憶と呼べるような自我は未だ発見に至っていない。ただ真偽不明の知識が存在しているだけ。
結果として更に自分の事が分からなくなるだけだった。分からない……フランドールとは……私とは……ゲッターとは……。
だがまあそんな事はどうでもいいのだ。いやどうでもいいという事は全くないのだが、いま私が抱えている大きな問題に比べれば些事である。
生まれた時からずっと思っていた。
フランドールってこんなキャラだったのか? と。
「ちょっとちょっと、全然片付いてないじゃない。丸一日かけてこの程度なの? 役に立たないならスクラップにしちゃうけど」
「ひぇっ……。だ、だからガラクタの量が多過ぎるんですってば。そんなに言うなら少しくらい手伝ってくれてもいいんですよ?」
「お前は馬鹿なの?」
頬をぶたれた。吸血鬼ボディが悲鳴を上げるほどの衝撃。人間なら即死だったろう。
鼻血を拭いながら恭しく跪いた。
「主人が従者の仕事を手伝うわけないでしょ。何のために雇ってると思ってるのよ」
「別に望んで雇われてる訳じゃ……」
「なに?」
「フランドール様万歳! いぇいいぇい!」
少しでも望まない返答があれば即鉄拳が飛んでくるので、私は全肯定botになるしかなかった。
彼女は悪魔だ。可愛い悪魔だ。
この数日殴られながらも彼女を観察した結果、私の記憶にあるフランドール・スカーレットの人物像とは似ても似つかないという事が分かった。つまり彼女のことが何も分からなくなった訳だ。ややこしや。
かつて創作で溢れていた『フランちゃん』といえば、小学生から大きなお友達まで幅広く愛されている東方の顔とも言うべきキャラの一人だ。遊び相手に飢えている無邪気な子供、というのが多かったように思える。
他にも自分の破壊の力で誰かを傷付ける事を恐れてたり、実の姉に幽閉されて日々悲しい想いを募らせていたりと、幸薄な印象があった。
ところがどっこい、実際のマイロードには『儚い』のはの字も無かったんだよねこれが。
記憶の中の大天使フランちゃんは何処へ……。
もしや長年の過酷な幽閉生活で性格がひん曲がってしまったのだろうか。そう考えれば一応納得できる。恐ろしい女だレミリア・スカーレット……!
「ん……ご飯が来たわね。取ってきて」
「イエッサー」
地下室ゆえに外の景色を見る事ができないので、当然昼夜の把握は不可能。唯一、定期的な配膳でのみ一定の時間経過を確認できる。まるで囚人みたいだ。
地上に続く扉の先に食事は置かれている。配膳係の人とは会った事がなくて、食事を運び込んだらさっさと上に戻ってしまうらしい。マイロードの事が嫌いなんだろうか? 殴られるの嫌だもんね、分かる分かる。
今日の推定ディナーは毒々しいまでに真っ赤な、血の滴るステーキ。何の肉かは深く考えない方が精神衛生的に良いと思う。
万が一のないよう慎重に食事を運び、机の上へと並べていく。マイロードはどうも食事中に不機嫌になる傾向があるので、机周りは重点的に片している。
初日なんて本当に酷かったわ。視界に映っただけでぶん殴られたもんね。
まあ触らぬ神に何とやら。食事中は背後で所在なさげに控えておくのが安全だ。
味もへったくれもないのか、ペロリと謎肉や謎スープを平らげてしまったマイロードを尻目に、いそいそと食器の片付けに勤しむ。
取り敢えずレミリア閣下への良い子アピールのため念入りに食器を拭き上げておいた。汚いまま返却するよりも幾分心証は良くなるだろう。
マイロードの幽閉が解除されれば私が自由になる可能性も出てくるって寸法だ。
「そういえば、なんで食事が来たっていつも分かるんですか? 私なんて全然気付かないのに。もしかして超能力かなんかです?」
「……私の耳はそこいらの下等種族とは出来が違うの。なんなら地上の音まで聞こえるよ」
蝙蝠は超音波で会話する事を思い出した。どうやら吸血鬼も同じ原理らしい。でも背中の羽らしき物を見る限り蝙蝠要素は皆無だと思うんだけどなぁ。
「デビルイヤーは地獄耳なんですねぇ」
「いや、お前の耳もそれで出来てる筈だけど」
「えー? 全くそんな感じはしないんですけどねぇ。もしかして、マイロードったら私のことクッソ適当に作ってたりしません?」
「死ねい」
「ぐぶぇっ!!!」
また殴られた! 仮にも同じ顔をしてるのによくも一切の躊躇なく殴れるものだ。
ていうか、そのせいで私の聴力はイかれてしまったのでは? 未来のボクサー漫画でそんな話があった気がする。恐ろしい話だ。
「本当なら廃棄する不良品を気紛れで生かしてやってるのよ。文句言うな。感謝しろ」
「ありがとうございます!!!」
「そもそもお前は常日頃から気が抜けてるのよ。だから音に気が付かない。間抜けヅラ晒してぼーっとしてる暇があったらもっと神経を張り詰めなきゃ」
「そんな常在戦場みたいな……」
「あながち間違いじゃないわ。私を殺しに上から刺客がやってくるのも珍しくないし」
「ひぇぇ」
とんでもない話を聞いてしまった。
東方ってそんな殺伐とした世界だったっけ? ……いやめっちゃ殺伐としてたわ。「大量虐殺も娯楽のうち」って花妖怪の人が言ってたわ。
そう考えるとマイロードと同じ顔をしてる私は相当危険なのではなかろうか。もしやその為に影武者として側に置いている? やるわねマイロード。
まあマイロードに敵う奴なんて今のところ想像できないけど。私からすれば神みたいな人、もとい吸血鬼だからね。どうか痛い目にあってクレメンス。
「そういえば私も聞くけどさ。お前、食事は取らなくても大丈夫なの?」
「なんか大丈夫です。お腹は空くけど致命的なところまではいかない気がします」
「何もかも適当だねお前は」
むしろ今になってそれに気付くのはヤバいと思う。私が丸々数日間、不眠不休かつ絶食状態で働いている事をさも当然のように扱ってたし。
私の謎生物っぷりを実感すると同時に、我が主人のブラックぶりに改めて戦々恐々となってしまう、そんな一幕だった。誰か助けてクレメンス。
私は泣きたい気持ちをぐっと堪えつつ、ニコニコ笑顔で取り繕いながら食器を抱え、扉の先へと持っていく。外に置いておけば配膳係の人が回収してくれるのだ。
ふと、このまま階段を駆け上がって逃走すればよいのではと、甘い誘惑が頭をよぎる。だけど私は賢いので慌てて無謀な考えを振り払った。
先ほど異常なまでの聴力を披露されたばかりではないか。当然、スピードとパワーともに規格外の化け物様から逃げられる訳がない。
いずれにしろ、私の現状の活動基盤や存在理由がフランドールに依存している以上、私には彼女の意向に従う以外の選択肢はないのである。
いつか自由になれる日は来るのだろうか? 地上へと続く真っ暗な道を眺めながら、そんな切ない願いを抱く私なのであった。
なお不良品ちゃんの東方知識は訳あってガバガバなものとする