フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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存在しない者

 

 世界に冠たる吸血鬼の女王、レミリア・スカーレットは相変わらず寝不足だった。

 その原因は、とある悩みからくる重度のストレス。

 

 彼女の頭を悩ませる諸問題は内憂から外患まで多岐に渡り、枚挙にいとまがない。見境なく全方位に喧嘩を売りまくる新興狂犬勢力の長は激務なのだ。心労が募るのも仕方のない話であろう。

 

 

 というのが体裁の為の言い訳。

 

 実のところ紅魔館の外に関する問題は無いも同然であった。自分に挑みかかる者の悉くがレミリアに本気を出させるまでもない有象無象であり、烏合の衆。連中に割くような思考スペースなどたかが知れたもの。

 

 思えば覇を掴み取らんとする当面の目標も何らかの理念によって生じたものではなく、ただ自分が周りの凡百より遥かに強く高貴であるからそうしているだけ。上に立つ事で、本来あるべき形に整えているだけなのだ。

 

 つまり、レミリアを苦しめる問題の殆どは紅魔館の内部で発生している。

 さらに付け加えると、そのうち九割が妹に関連した事柄だった。レミリアにとって現時点での最大の難敵とはフランドールを指すのである。

 

 なにしろ奴はやる事なす事全てが桁違い。自他共に認める暴力性はさることながら、コミュニケーション能力が致命的なまでに壊滅しているため妙な言い回しを連発して従者達を不必要に怖がらせるのはしょっちゅうだ。

 

 とはいえ普段は引き篭もっているからまだ良い。いや決して良くはないが、常に地上で暴れられるよりは断然マシなのは否定できない。

 身内が引き篭もりであるという体裁面での心労に目を瞑りさえすれば、フランドールの行動が低調であればあるほどレミリアの悩みも軽減されるのだ。

 

 だがここ最近になって、フランドールとそれを取り巻く環境に大きな変化が生じた。恐らく、フランドールに欠けていた『日々の彩り』が彼女に影響を齎している。

 

 当主として諸手を挙げて喜ぶべきか、はたまた姉として危惧するべきか。レミリアをして判断に窮するその現状こそ、寝不足の主な原因であった。

 

 そして現在、レミリアはその『彩り』と歓談を重ねていた。

 

 

「それでぇ! マイロードったら酷いんですよー! まだまだ鍛錬を積める余裕があるのに満身創痍のフリをして欺こうとした、なんて言い掛かりを付けてきたんです!」

「へえ。それでどうなったの」

「嘘をついた罰として針千本飲まされました」

「それは何らかの比喩的な表現……?」

「いえそのままマジです。ほらお腹のこことか見てください、針が飛び出してるでしょ?」

「うわぁ」

「ちなみにこの針を鍛えたのは私です! えっへん!」

「うわぁ」

 

 当主代行としての役目を教え込む合間に、妹との間で起きた出来事を逐一聞いているのだが、あまりの酷さに毎度毎度驚かされてしまう。ドン引きである。

 ただ聞いていて飽きないので、レミリア自身も悲惨で間抜けな報告を楽しみにしているのは秘密だ。

 

 やはり摩訶不思議な存在だと、服を捲ってお腹を指差し何やら得意げに解説しているニッヒを眺めながら思う。興味深くて、同時に不気味でもあった。

 

 

「そもそも、その針って銀製でしょう? そんなの体内に入れてて気分悪くならないの?」

「言われてみれば吐き気が凄いです。我慢できなくなったらおトイレ借りますね」

「吐き気で済むのか……」

 

 そこそこ長く生きてきたが、こういうタイプの妖怪に会うのが初めてなのは当然として、これがフランドールの中から生まれてきたと考えると脳味噌がムズムズする。

 

 そして同時に、あのフランドールが「手放したくない」と思った理由も何となくだが分かった。ニッヒの持つ多彩な技能が有用なのは勿論のこと、その天真爛漫な在り方にフランドールが灼かれてしまうのも無理はない。

 吸血鬼は太陽に弱いのだ。

 

 

「ニッヒはフランドールのこと好き?」

「えっ何ですか藪から棒に」

「いやね、ちょっと気になったの。こんな滅茶苦茶されてるのにあの子への悪意が限りなく薄いもんだから、なら好きなのかなって思って」

「うーん……」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべたと思えば、眉間に皺を寄せて難しい顔で唸る。さも難問を投げ掛けられたような態度であった。

 

 待つこと数十秒後、ニッヒは絞り出すように、自信無さげな様子で答える。

 

 

「状況証拠から鑑みるに多分好きなんだと思います。本気で逃げ出したいとか、あるいはマイロードを害してやろうと思ったことがないので。でも何ででしょうね? あの人のことを好きになる要素なんか一切ないのに。いやあ不思議ですよねぇ。乙女の心は複雑怪奇」

「自分の事なのに何でそんな曖昧なのよ」

「私がこの世で一番分からないのは自分の事なもんで」

「なるほど、納得」

 

 ニッヒは基本的に自分に関することを聞かれると、要領を得ない答えを返してくる。フランドールのことになれば饒舌に有る事無い事を語りまくる癖に。

 しかも隠し事をしている時もあれば、本当に回答に困っている時もあって訳がわからない。単純に見えて非常に面倒臭い生き方をしている。

 

 そんな不思議生物に、レミリアは密かに頭を悩ませているのだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「意外と女々しいのね、お姉様ったら」

「何の話?」

「まだ諦めてないでしょ。アイツを殺すの」

 

 地下室へと続く階段の踊り場で睨み合う。フランドールの親指が差す先には扉があって、中ではせっせとニッヒがデザートを作っている最中だ。

 

 プリンを始めとした菓子の製造方法はフランドールからの指示により秘匿されており、レミリアがそれらを手に入れるにはまず妹に頭を下げなければならないという屈辱的な交渉が必要になる。

 甘味を掌握して交渉カードに使おうとする見え見えの浅い魂胆だとレミリアは呆れつつも、フランドールに膝を屈するのが最近の流れであった。

 

 しかし今、二人を取り巻く話題は菓子ではない。

 レミリアは和やかに笑いながら肩を竦める。

 

 

「それは数ある選択肢の一つであって、まだそうすると決めた訳じゃないわ」

「隙があればやってたくせに白々しい」

「その隙とやらを無理やり擦り潰したのはどちらさんかしら。施してる訓練の目的は護身でしょ?」

「しぶとさはアイツの数少ない強みだからね」

 

 仮にレミリアがニッヒに襲い掛かった場合、その生死はフランドールの到着と介入に委ねられる。

 つまるところ、フランドールが事態を察知し、地下室から執務室に最高速で移動する僅か数秒の空白の時間でニッヒを殺す事ができない限り、レミリアに勝算はないのだ。

 

 そして現在、それは非常に難しくなった。ただでさえフランドールと同等の再生能力を持っているニッヒが、激しい訓練によって日に日に強化されているからだ。

 

 

「前にも言ったけど、アイツのこと怖がり過ぎなのよ見苦しい。たかが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってだけでさ」

「そういう意味では貴女の名付けた『ニヒリティ』って名前と上手いこと噛み合っている。これって面白い偶然だと思わない?」

「別に。勝手に妄想してれば」

「まあ貴女にはこの領域の話は到底理解できないでしょうね。無知ゆえに危機を実感できない。まったく姉として苦労させられるわ」

「五月蝿いわ、この似非占い師が」

「んだとテメェ……」

 

 眼前に飛び散る火花。スカーレット戦争勃発まで秒読みに入るが、ここはレミリアが大人な対応を見せる事でなんとか収める。これこそ姉の威厳というものである。

 

 

「イレギュラーにも程度ってもんがあるの。強烈な自我を持っていたとしても大した事のない奴ならどうでも良かった。さらに百歩譲って私の手元に居るならまだやりようもあったわ。でもニッヒはそのどちらでもない」

「要するに自分の掌の上で思い通りに踊ってくれない奴が怖くて仕方ないんでしょ。器が小さいわね、あんなバカを恐れるなんて」

「そりゃ怖くもなるわよ。貴女を見てたら尚更」

「私がアイツに破滅させられるっていうの? 面白い、ならばその重大なイレギュラーとやらを私がこの手で粉砕してやるわ」

 

 禍々しい笑みを湛え、見えぬ何かを握り潰さんと沸る妹に、レミリアは呆れ返った。

 

 レミリアがニッヒを危険視するのは運命が存在しないから、ではない。

 それなりに厄介な歪みは徐々に顕在化しつつあるが、そこは自分の選択次第でどうとでもなる。面倒だし睡眠時間は削れてしまうけれど、干渉できる範囲にある以上は大丈夫。

 

 問題は彼女自身だ。

 自分の掌に収まらないという事。それは有事に『守り切る保証ができない』という事。

 

 ニッヒは劇薬である。

 フランドールに与える影響が大き過ぎるし、なによりも運命が分からない為に制御が利かない。

 

 一番恐ろしいのは、彼女が妹にとって道具では収まりきれない存在になってしまった時。

 

 

「私が言いたいのは、失いたくない物を背負うのは想像以上に大変だって事よ。特にアンタみたいな世間知らずの嬢ちゃんにとってはね。……いや理解自体は既にできてるのかな?」

「何が言いたい」

「だってアンタ、ニッヒが誕生してから一度も分身魔法を使ってないんでしょ? せっかく開発したのに、繋がりがこれ以上増えるのが怖いから」

「ふん、馬鹿馬鹿しい。憶測で物を言うのは勝手だけど、後で恥をかくのはそっちよ」

「杞憂ならいいんだけどね」

 

 事実、既に変化は始まっているように思えた。

 

 人は大なり小なり繋がりを求める。それは妖怪だろうが神様だろうが、きっと変わらない。

 そんな人間らしさがやがて(しがらみ)となり、弱さとなるのだ。その行く末は、修羅としてのフランドールが死ぬ時となりかねない。

 

 それを分かった上で今の運命を選び続けるのなら、レミリアから言う事は何もない。

 

 故に心配なのだ。この捻くれ者がそんな弱さを認める訳がないのだから。

 

 

 と、張り詰めた空気を引き裂くように扉が勢いよく開け放たれる。

 

 

「いやはやお待たせいたしましたぁデザートのお時間ですよー! ドリンクを冷やすのにちょっと手間が掛かっちゃいましてぇ! ささ召し上がれ!」

「……」

「……」

「あっ場違い感。ニッヒちゃんはクールに去ります」

 

 こうして一時休戦。

 

 そそくさと逃げようとしたニッヒの首根っこをフランドールが掴み、手元の盆ごとデザートを引ったくった事で話題は棚上げとなるのだった。

 

 まだまだ先の運命より目の前の甘味の方が大切なのは当然の話である。そこに関しては姉妹共に見解が合致していた。

 

 

 

 

「美味しいねこの飲み物。なんて名前なの?」

「フラペチーノですよー」

「へぇなるほどね。なら次新しく作るドリンクの名前は『レミペチーノ』にしなさい」

「えっと、フラペチーノのフラはフランドールから取ったわけじゃないんです。ここだけの話」

「……そっか」

「呼び捨てすんな」

 

 レミリアは寝不足だった。




幻存神籤で明らかになった設定も使っていくものとする。
また分身ちゃんは不純物であり、レミ嬢は不純物があまり好きではないものとする。

次回、ようやくあの人達の出番らしいです。
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