フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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「いらっしゃいませパチュリーさん」

 

 

「私、最近あまりにもツイてないと思うんです。やる事なす事殆どが空回りした挙句、裏目に出てる気がして。日頃の行いが良くないからでしょうか」

「良くない自覚があるなら改善しなさいよ」

「はい……昼寝は日に三度までとします……」

「もう一声ってところね」

 

 何者をも寄せ付けぬ威容を誇った紅魔館の城壁、その変わり果てた姿を背景にレミリアは眉間を押さえる。視線の先には紅魔館の留守を託したはずの美鈴がボロ雑巾のような様相で転がっていた。

 

 侵入者に対して碌な抵抗もできず一方的にやられてしまったらしいが、まあ元から手負いの状態で、不意打ち気味の横撃を繰り出されたのでは仕方ない部分もあろう。しかしそれでも美鈴を歯牙にも掛けない相手となると、相当な猛者である事には変わりない。

 

 

「でも今回は運が良かったんじゃない? ちょうど私が通りかかったんだから」

「はい。お嬢様がいなければ何処まで飛ばされていたか見当もつきません」

「そうねぇ、シベリアってところかしら」

 

 そろそろ遠征の目的地に到着しようかという道の途上、ふと空を見上げれば凄まじい勢いで彼方へと消えていく美鈴がいたので、しょうがなく追いかけて空中キャッチしてあげたのだ。

 

 その後、簡単に事の経緯を聞いて遠征よりも優先すべき一大事と判断。帯同していた部下たちを置いて一直線に紅魔館へと帰還した。

 

 

「恐らく侵入者は『西方の魔女』かと」

「ああ、そんなのもいたわね。根拠は?」

「名乗ってくれなかったので何者かの確証は待てませんが──あれほどの魔力を保持しながら私の感知を掻い潜る隠密技術、そしてお嬢様の悪名にも怯まない強さ。本人と使い魔の姿形も合致します」

 

 レミリアが根城とする地方で『西に居る魔女』と言えば彼女を指しているのが大抵だ。現地では『七曜の魔女』という妙な異名で呼ばれているらしいが、一応レミリアの耳にも断片的に情報が入ってくるほどの存在である。

 

 要するに、西の方に存在する魔女の中では彼女がぶっちぎりで最強だから方角を異名としても通用するという簡単なロジックだ。簡素な異名を持つ者ほど強いという分かりやすい例。レミリアの『スカーレットデビル』もそれに通じるものがあるだろう。

 

 そんな彼女が主人が留守の紅魔館にカチコミをかけ、現在進行形で立て籠っているのだ。

 

 

「名はなんと言ったか。確かパチェラーみたいな名前だったわよね?」

「そんなんでしたっけ?」

「まあいいよ。兎に角、そいつが立て籠もり犯ならちょっと立ち回りを考えて動く必要がありそうね」

「やはりお嬢様も警戒しますか」

 

 魔女は絶滅危惧種となって久しい種族だが決して弱い訳じゃない。むしろ吸血鬼にとっては天敵そのものと言ってもいい。これまでも敵対する魔女は悉く滅ぼしてきたが、いずれも油断できる相手ではなかった。

 

 魔法使いにとって、強さとは準備期間に直結する。吸血鬼が棲む館に殴り込んできたのだから、当然その対策は充実しているだろう。しかも地の利は魔女側にある。

 

 と、レミリアは閉ざされた門まで歩みを進め、おもむろに手を伸ばす。しかし指先が触れることは能わず、堅固な障壁に阻まれ、更に肘までが一瞬で炭化した。

 我が身から立ち上る煙を煩わしげに睥睨する。

 

 

「あの念入りに張られたバリアーを突破するのは中々骨が折れそうね。それにこの調子だと、屋敷内部も奴が仕掛けたトラップで溢れ返ってるだろうし」

「術者がその場に居ないのにこの精度と出力の魔法を遠隔で扱うなんてとんでもないですね」

「それでやる事が空き巣なんだから低俗で笑っちゃうわ。頭のネジが外れてる」

 

 久々の非常事態にくつくつと笑みが溢れる。

 

 

「それで美鈴。一番大切な事を確認したいんだけど、今日フランと顔を合わせたかしら?」

「ええ。それこそ魔女がやってくる少し前まで楽しくお話しさせてもらいましたよ。それが何か」

「胸の大きさは覚えてる? 大きいか、小さいか」

「……大きい方でした」

「なら『最悪』はまだ確定してないわね」

 

 レミリアの想定する最悪。それは現在地上で活動しているのが本物のフランドールであった場合である。可能性は低いだろうが、万が一地上を出歩いている最中に魔女と邂逅してしまったなら、どれだけ運が良くても紅魔館の全壊は免れない。

 

 だが逆に偽物(ニッヒ)なら強硬的な行動に出る可能性は限りなく低い。

 上手くやり過ごすか、穏便な解決法を探るだろう。ニッヒにとって暴力とは最終手段である。吸血鬼としては物足りないが、従者としての立ち回りと見れば一級品だ。

 

 今のところ紅魔館内部で戦闘が起きている様子はないので、フランドールが瞬殺されたという状況でない限りは、まだ大事には至っていない。そう判断した。

 

 

「レミリアお嬢様」

「なぁに?」

「確かにフラン様の方が二回りほど大きいとは思いますが、威厳の有無とは胸の大小で決まるものではありませんよ! ご安心ください!」

「お前、そういうところよ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 同時刻。

 紅魔館への侵入を果たした二人組、七曜の魔女パチュリーとその使い魔である名も無き小悪魔は長大な廊下を我が物顔で練り歩き、何を物色するでもなくひたすらに目的地を目指していた。

 

 なお先導する小悪魔が軽やかな身のこなしでどんどんと進んでいくのに対し、追いかける形のパチュリーは決して軽快とは言い難い足取りであり、それがそのまま二人のフィジカル差を示している。

 

 

「どうやらお探しの部屋は屋敷の最奥に位置しているみたいですね。血の匂いに混じって多種多様な魔力の香りがプンプン漂ってきてますよぉ」

「面倒ね。ただでさえ長旅で疲れてるのに」

「苦労に見合うだけの成果は期待できると思います。私の見立てに狂いはありません!」

「うん、その能力だけは買っている。今のところ百発百中だし、今回も期待してるわ」

「ありがたきお言葉ですー」

 

 音に聞く紅い悪魔の巣窟へとわざわざ足を踏み入れたのは、吸血鬼の討伐といった野蛮な理由ではない。パチュリーにとってはそれより遥かに高尚で意味があり、小悪魔にしてみればやや低俗な目的であった。

 

 本を読みにきた。それだけの事。

 たったそれだけの為に紅魔館一派へと喧嘩を売り、屋敷を丸ごと強奪したのだ。

 

 パチュリー・ノーレッジの行動原理は、自身の知識欲を満たす事が全てだ。その為なら手間と手段は問わない。相手が如何に強大であっても、そいつが興味深い本を所持しているなら踏み躙り手に入れる。ついでにゆったりと読書できるスペースもあるなら、それも拝借する。

 

 読書の時間とは、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなのだ。独りで静かで豊かで……。故にその建物の原住民はノイズになるので追い出すに限る。それがパチュリーの流儀である。

 

 勿論建物や家財自体に興味はないので読書が終わればさっさと退去するし、本だって気に入った物以外は返還するのがいつもの流れだ。

 もっとも読書が長引けばそれだけ被害者の野宿の期間は増えるだろうし、相手がその恨みをパチュリーにぶつけようとした場合は物言わぬ死体になってもらう事になる。タチの悪い略奪者そのものであった。

 

 

「それにしても拍子抜けですよね。此処を根城にする吸血鬼は血の気が多くて危険だともっぱらの噂でしたけど、結局姿すら現さない。館にいたのも小粒の妖魔ばかり。もしかして留守だったんですかねー?」

「まあ居ないにしろ隠れているにしろ、互いに幸運だったって事よ。その吸血鬼は痛い目に遭わずに済んだし、私は手を煩わせずに済んだ」

「おお、Win-Win」

 

 と、そんな蛮族丸出しな事を宣っている間に二人は図書館へと到達する。

 ざっと見渡したところ、保存状態が少々おざなりであること以外は概ね満足な環境。鼻をつく黴と埃の臭いもまた一興か。未知の魔導書が幾つか眠っている気配も感じる。小悪魔の見立て通りであった。

 

 これまで数多の図書館を貸し切ってきたが、ここまでの規模とクオリティは初めてだ。果たしてどれだけの時間をかければ読破できるのか。それを考えただけでパチュリーの口角はみるみる吊り上がるのである。

 

 

「どうやら今回は長期戦になりそうね。もしかしたら数年は楽しめるかも」

「お気に召していただいたようでなによりです。では私も休息を……」

「その前に足腰の疲労に効く按摩法が載った本と、あれば目録も持ってきて」

「もぉしょうがないですねぇ」

 

 疲れているのはこっちも同じだと言わんばかりの態度を取る小悪魔だが、命令には常に忠実だ。主従関係が強固な証であるのもそうだし、運動を終えた後のパチュリーは椅子から梃子でも動かないのを知っているから。

 古今東西、従者とは世知辛い立場なのだ。

 

 こうしてパチュリーは面倒事を小悪魔に押し付け、思う存分読書を堪能するのだった。

 

 

 

「パチュリー様、二つほどご報告が」

「手短に」

「まず、按摩の本は確保しましたが目録はありませんでした。無秩序な図書館です」

「そう。なら後で作っておいて」

「はいはい。次に、地下へと続く階段を発見いたしました。またその奥から不気味な魔力も感じます。どうやら何者かが潜んでいるようですね」

「逃げも隠れもせず其処に居るだけって事?」

「そうなんですよ。もしかすると何かが閉じ込められているのかもしれません。悪魔の館なんですから怪物の一匹や二匹いてもおかしくないですし」

「邪魔ね。לשקוע במים בוציים(ノエキアンデリュージュ)

 

 顔を顰めたパチュリーは気怠げに本を閉じる。

 

 小悪魔の指し示す扉の先へと目線を向けると、軽く念じて無から大量の水を生成し扉の先へと叩き込んだ。勢いよく流れ落ちるそれは瀑布となり、地下を水没させるだろう。

 

 後は扉に封印を施して終了である。

 

 

「水責めですかー。エゲツないですねぇ」

「下に居るのが吸血鬼だろうが何だろうが、これで終わらせるのが手っ取り早くて一番楽よ。……ちょっと気になる事はあったけど」

「あらパチュリー様にしては珍しい」

「吸血鬼の根城にしてはやけに水の精霊が多かったのよね、此処って。だから魔力も大して使わずにあれだけの水を扱うことができた」

「ああ。だから水の無い所であのレベルの水魔法が」

 

 自分の弱点となる要素は遠ざけるのが常だろうに。此処の家主の吸血鬼は余程の物好きだと見える。恐らくマゾなのだろう。

 それに水気の少ない紅魔館に好き好んで居着く精霊達も普通では無い。不思議な場所だ。

 

 だが何はともあれ面倒の種は潰した。それでこの話は終いである。

 パチュリーの関心はすぐに読書へと戻った。

 

 

 と、閑静な図書館には似つかわしくない、けたたましい音が鳴り響く。

 

 音の発生源、入口の前に立っていたのは、月のように明るい金髪、宝石よりも明るい紅色の瞳、背中には異形の羽を携えた少女。

 

 さらに『ウェルカム♡紅魔館』『ノーレッジ一行熱烈大歓迎』『レミパチュ万歳』と珍妙な文字が書かれた白旗を小脇に抱えている。足元にはトレーと飲み物が散乱していた。

 

 伝聞にある特徴とは幾分異なるが、恐らく吸血鬼だろう。そう当たりを付けたパチュリーは小悪魔を前面に配置しつつ、やはり気怠げに応戦準備を始める。

 

 しかし対する吸血鬼は血の気が引いたように顔を真っ青にさせ、ガタガタと震えていた。

 迫り来る恐怖に怯えている、そんな様子。そしてその対象はパチュリー達ではない。

 

 

「な、なんという愚かな事を……! 終わった……この世の終わりだ……!」

 

「なに? やらないの?」

「動きが変ですよ。私達を誘っているのかも」

 

 

 破壊神の目覚めまで、あと数分。

 





なおパチュリーの略奪旅は小悪魔のナビゲートのもと行われており、小悪魔は目的の本を瞬時に見つける程度の能力でパチュリーの求める本を探知し導く役割を持つものとする。
また「」で囲まれたサブタイには()()()()法則性があるものとする。
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