パチュリーさんとその使い魔が紅魔館に殴り込んで来た事を知ったのは、彼女らが正門から堂々と侵入を果たした直後。
凄まじい轟音とともに屋敷が大きく揺れて、すわ何事かと執務室の窓を見ると美鈴さんが瓦礫ごと空の彼方へと消えていくところだった。
まさかこんな、マイロードがぐっすり眠っていて、なおかつレミリア閣下が出掛けているタイミングであの人らが来るのかと、自らの不運を呪わずにはいられないよね。あまりにも間が悪すぎる。
しかもパチュリーさんが何故だか初っ端から敵対的な行動を取っているときたものだ。私の中では比較的話の通じる理知的な人ってイメージだったけど、またまたガセ情報を掴まされたのだろうか? 久々のワザップ要素だ。
兎にも角にも、こんな状況下でパチュリーさんと事を構えるのはありえない。彼女は将来紅魔館の主要メンバーの一人となる大切な存在。ここで完全に仲違いして紅魔館と決別するような事があってはならないのだ!
パチュリーさんと仲良くする。紅魔館当主代行としての責務も全うする。両方こなさなきゃならないのがニッヒちゃんの辛いところである。
という訳で、私はパチュリーさんを迎え撃つのではなく、客人としてもてなす事にしたのだ。紅魔館に良い気分のまま滞在してもらってパチュリーさんからの点数を稼ぎつつ、レミリア閣下の帰還まで持ち堪えるのだ。
ついでに図書館ではなく応接間で待機してもらいたいよね。何かの拍子で真下に居るマイロードが目を覚ましてしまったら……これはキミ、大変な事になるぞ……。
少なくともパチュリーさん、小悪魔さん、ついでに私の首が物理的に飛ぶのは間違いない。
とにかく、私にやれる事は全部やらなくちゃね。
「フ、フランドール様。私共は如何様に……」
「そうだなぁ、危ないから屋敷内の安全なところに避難してて欲しいかな。それで、フランかレミリアお姉様が呼びに来るまで隠れてた方がいいかも」
「侵入者の迎撃はよろしいので……?」
「ここはフランに任せといて! ああそれと、外には逃げない方がいいかな。屋敷の周りに張られてる結界に触れたらタダじゃ済まなさそうだから」
まずは紅魔館に残されていた非戦闘員な従者の皆様へ避難を命じておくことで、不幸なすれ違いによる犠牲者の発生を極力回避する。紅魔館のノリなら従者の一人や二人ぶち殺しても「昔はやんちゃだったね」で済まされそうな空気があるのは確かだが、私の寝覚めが悪くなるからね。
従者の皆様は私のガワに大袈裟にビビりながらも、命令自体はちゃんと順守してくれた。最初の頃はマイロードに対する恐怖で会話すら成立しなかったんだから、これも立派な成長だよねぇ。うんうん。
全員の移動が完了したのを見送って、次はパチュリーさんをもてなす準備を始める。
「取り敢えずお茶を淹れて、菓子を運んで……敵対の意思が無いのを分かりやすく示すために白旗でも掲げておこうかな。私自身は降伏するみたいなもんだしね」
私の精神が純和製なのかは不明だが、おもてなしの心は根付いていると思う。ニッヒちゃんスペシャル癒しテクニックでパチュリーさんを骨抜きにしてやろうじゃないか。
あと白旗をただ掲げるのは味気ないと思ったので、色々と未来志向な事を書いておこう。
これで今回を契機に彼女らと仲良くなっちゃったりして、便利な魔法を教えてくれるくらいの間柄になれれば万々歳だ。ピンチをチャンスにするのがニッヒちゃんのモットーである。
ちなみにマイロードも時々教えてくれはするんだけど、戦闘用とか自分に役立つ魔法しか教えてくれないもんね。ケチンボ脳筋マイロード!
と、そんな小さな思惑を抱えながらニコニコ笑顔で図書館の扉を開いた私の前に広がっていたのは、あまりにも度し難いショッキングな光景だった。
「な、なんという愚かな事を……! 終わった……この世の終わりだ……!」
地下室に続く階段へと凄まじい勢いで流し込まれる膨大な量の水。これだけの規模であれば地下空間を丸々水没させる事も容易いだろう。
紅魔館に特設屋内プールが誕生するのはまだまだ先の話じゃなかったかと、私の知識の泉までもが大氾濫を起こしている。テンパるなという方が無理な話だ。
パチュリーさんは地獄の釜の蓋をこじ開けてしまったのだ。洒落怖で「お前! あの祠を壊したんか!」みたいな事を後出しで言ってくる謎の老人の気持ちなど知りとうなかった。
これはそう、紅魔館どころか『東方紅魔郷』の危機である。原作ブレイク秒読み。
ちなみにマイロードの心配はしていない。だってあの人は最強だもん。
「どうしよっかな……全て見なかった事にして逃げちゃおうかな……」
「来ないならそれでいいけど、そこに居られるのは気が散って邪魔ね。小悪魔、追い出して」
「もー少しは休ませて欲しいのにー」
当事者である筈のパチュリーさんは何の危機感も抱いていないようで、呑気に読書へと戻ってしまった。代わりに黒いローブに身を包んだ赤髪の悪魔が前へと進み出る。
彼女は恐らく将来において四面中ボスを務める事になる、名称不詳の小悪魔さんだろう。具体的な設定とかは存在しないらしいので、もしかすると別個体である可能性は否めないけども。
取り敢えず彼女が露払いというわけか。
「ふふふ……先程から隙だらけですけども、もしや私を下位の悪魔だと思って侮っておられます?」
「よく分かんないけど、したっぱなの?」
「元ですよ。今の私は大魔術師たるパチュリー様に召喚された事で、吸血鬼を始めとする高位の悪魔にも引けを取らない格と魔力を手に入れたのです!」
そんな事を胸を張りながら宣う小悪魔さん。何やら言葉の節々から悪魔界隈限定のコンプレックスが滲み出ているような気がする。
ただその言葉も全てが大袈裟というわけでは無さそうで、立ち昇る魔力を見るに、少なくとも紅魔館に仕えている従者の皆様よりは強いと思う。流石は中ボス!
「へー、じゃあすっごく強いんだ? ……うん、なるほど。確かに強そう」
「そういう事です。しかし私はご主人様と違って寛大ですし、無用な争いも好みません。このまま回れ右をして消えてくださるなら──」
「隙ありッッ喰らえぇ悪質吸血鬼タックル!!!」
「うぎゃあああっ!?」
瞬時に身体を魔力で強化し、自慢のスピードで対象へと接近。魔術を使わせる間もなく勢いそのままに猛牛が如く真上へ跳ね飛ばす。そして天井に頭から突き刺さった小悪魔さんは、数秒して重力に従い落下した。
まずは会話で相手を煽てて油断を誘い、身体能力に物を言わせた初撃で継戦能力を奪う初見殺し。
誇り高き吸血鬼にあるまじき戦法だけど、マイロード曰く、私には戦闘のセンスが無いらしいのでこういう小細工で勝率を上げていかなくちゃね。
「む、無理でしたぁパチュリーさまぁ。私では吸血鬼に勝てませぇん……」
「まったく、時間稼ぎにもならないなんて。もっと強い奴と契約すればよかったわ。──もういいから下がって休んでなさい」
「ふぇぇ」
「あ、優しい」
地べたを這い蹲りながら助けを乞う小悪魔さんに対し、意外にもあっさりと退くことを許可するパチュリーさん。元からそんなに期待してなかったのかな?
彼女からはマイロードに近しい若干の鬼畜臭がしたので、てっきり玉砕覚悟で満身創痍のまま突っ込ませてくるものかと思っていた。しかし賢い彼女は、小悪魔を主体としたこれ以上の戦闘は無益と判断したらしい。
優しくて賢くて、引き際を弁えているご主人様か。羨ましい! パルパル!
マイロードだったら多分「動けない奴隷など必要ない」の一言で放り投げられて、そのまま爆殺されるのがオチだもん。優しさを……優しさをクレメンス……。
「さて、こうしている時間も惜しい。さっさと始めてしまいましょう」
「殴りかかっておいてなんだけど、このまま私たちが殺り合っても何も生まないと思うんだよね。ここは一つ場所を移して、和解のための話し合いなんてどう? ダメ?」
「嫌よ、私は疲れてるの。貴女と話すことさえ億劫だというのに、移動なんてとてもとても」
「私と戦う方が疲れるよ」
「そうは思えないから動かないって言ってるの。私と戦いたくないなら貴女が此処から消えればいい」
なるほど、動かない大図書館という二つ名は伊達じゃないってことか。
これでも最大限の魔力を放出して威嚇してるんだけども、パチュリーさんからすれば大した脅威ではないらしい。困った、非常に困った。
ニッヒちゃんとしては、今すぐパチュこあの二人が紅魔館から退散してくれるのが一番穏便だと思うんだよね。そしてほとぼりが冷めた頃に再度紅魔館に来てもらえばいい。
侵入者を逃した罰として私が二、三回半殺しにされればそれで終いである。世界は私の犠牲の上に成り立っているのだ、悲しいね。
しかしパチュリーさんは梃子でも動かないと言う。説得も不可能だった。
ならばマイロードが本格的に動き出す前に、パチュこあを紅魔館から丁重に叩き出して「ふざけた狼藉者はマイロードの代わりに私がぶっ飛ばしてやりましたよ!」と報告するしかないよね。
パチュリーさんと原作は私が守る!
私独り──つまり、マイロード無しで本格的に戦うのは何気に初めてだ。しかも相手はあのパチュリーさんで、オマケに時間制限付き。うーんルナティック。
だけど、泣き言は言ってられない。足りない部分は根性で誤魔化す!
「じゃあ後悔しないでよ。待ったは無しだからね」
「不要よ。所詮、貴女は弱点だらけの吸血鬼。その抜きん出た暴力も七曜の魔女たる私には通用しない。貴女たちの天下はとうの昔に終わったの」
「なんと! わちきが時代遅れと申すか!」
「……?」
「あっ今のは言ってみたかっただけ」
時間も無いし、啖呵はこのくらいで十分だろう。あと必要なのは──覚悟だけ。
互いに一呼吸置いて、詠唱が始まる。
「
「
今回は真面目っぽいヘブライ語でお届けするものとする。
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