マイロードは強い。そんな事は、この世に生を受けた瞬間から分かっていた。
私の生みの親にして絶対的主人であるフランドール・スカーレット。
未来知識によると、錚々たる面子に強者として認められていて、幻想郷の賢者からも暴力装置としての協力関係を提案されるほどの実力者。
性格や部下への当たり方などのガセ情報抜きにしても、この部分だけは真実なんだと思う。だって私の目から見ても明らかに強過ぎるんだもん。
普段のお仕置きパンチすら攻撃力がオーバーフローしてて私の防御力が意味をなさないから、具体的な上限が分からないんだよね。ただ漠然と「凄い! 強い! 悪い!」としか思わなかった。
でも今回、私が訓練によって見識を深めなまじ強くなった事で、漠然としていたそれが段々ハッキリと線を結ぶようになってきた。……まあその結果、更に分からなくなっちゃったんだよね。
どれだけ天を仰いでも、マイロードの位置する領域が見えてこない。要するに天井知らずだったのだ。
分かっていた。マイロードが強いのは当たり前。
でも、ここまでだなんて。
「הגוים כאין לפני ה'; הם נחשבים לכלום והבל לפניו.איזו ריקנות, הכל ריקלשים קץ למסע חסר ערךאתה חסר ערך ואין לך סיבה להתקיים, אז פשוט צריך להרוס אותך──」
「יש משמעות לכל מה שקורה.בדיוק כמו חוק כל הדברים בתנופה, החוכמה האנושית אינה אבודה אלא ממשיכה לעבור הלאה──!」
まさに神業の応酬。魔法使いとして間違いなく最高峰に近い二人が永い刻を経て習得した『成果』を惜しみなくぶつけ合う。その最中、得られた新たな知識をも戦術に組み込み、二人の魔法は更なる昇華を遂げていく。
僅かな指の揺らぎにすら幾つもの意味を持たせ、何百にも及ぶ詰みの道筋を作り上げては踏み潰し、人の身では到底不可能な高速詠唱を途切れる事なく紡ぎ続ける。
こんなの見せられちゃうと、私がこれまで魔法と言い張ってきたモノが途端に幼稚で陳腐に思えてしまう。私の価値が揺らいじゃうではないか!
事実、私と小悪魔さんはとっても肩身の狭い思いをしている最中で、図書館の端っこで身を寄せ合ってる。少しでも足を踏み出せば破壊の嵐に巻き込まれそうでビビっているのだ。助けてクレメンス。
しかし、そんな中でも徐々に優劣が見えてくる。互いが魔法の腕という一点で天井に位置しているのなら、勝敗を分けるのは闘争への適性。
マイロードが生まれながらにして破壊を宿命付けられた天才であったのに対し、パチュリーさんは違った。彼女の身体は恵まれてはいなかった。
「お前、つくづく魔法使いだね。絵に描いたように典型的で、模範的で、古臭くて、だけどそれが一周回って面白いタイプ」
「好き勝手、言ってくれるわね……!」
「本を読む、知識を得る、魔法を唱える。それを疎かにして魔法使いを名乗れないのは確かにその通りだけどさ、お前の場合は違う。脆弱な器ゆえにそれしか選べる道がなかったんでしょ?」
見る者全てを慄かせるような禍々しい笑みを湛え、言葉のナイフで敵を滅多刺しにするマイロード。ハッキリ言って邪悪そのものである。これは倒すべき巨悪に違いない。
恐らく、マイロードはパチュリーさんのスタミナ不足や持病の喘息を看破している。そして魔法の応酬が続くにつれ弱っていくパチュリーさんを眺めて愉しんでいるのだ。
それにパチュリーさんは魔法使いを本業としているけれど、マイロードはあくまで趣味の延長でしかない。そもそもの土俵や矜持の在り所が違い過ぎる。
病弱な身体に生まれてしまったばかりに自慢の『成果』を十全に扱う事ができず、あまつさえ道楽魔法使いに敗れるという屈辱。改めて状況を見返すと悪夢そのもの。
これこそマイロードの望む徹底的な勝利だ。
「わ、私が足止めして少しだけでも時間を稼ぐ事ができれば──」
「駄目だってば! このまま突っ込んでも一瞬で犬死にするだけだよぅ!」
「ええい離してください! このままじゃパチュリー様が死んでしまう!」
「でもそれで貴女が死んじゃったら……」
「いえ契約の関係でパチュリー様が亡くなると私も連鎖して死ぬようになってるんですよね。なら一か八か止めに入った方がいいかなと思いまして」
「わお悪魔的」
取り敢えず玉砕覚悟で突っ込もうとする小悪魔さんを羽交締めにしつつ、なんとか全員無事にハッピーエンドを迎える方法は無いかと考える。
パチュリーさんが死ぬ気で頑張って引き分けに持ち込んでくれるのが一番だが、残念ながらマイロードが最高にハイってやつになってるので中途半端な結果での終了は見込めないだろう。どちらかが滅びるしか道はない。
私があの戦いに割り込んで、二人をギャフンと叩きのめして「喧嘩両成敗!」って感じに落とし所を持っていくのも結末としては悪くない。それが不可能だって事に目を瞑ればの話ですけどね!
多分サナエンジェルの御加護でとんでもない奇跡が起きればミクロレベルで可能性が出てくるかなってくらい。なおその場合でも私の生死は問わないものとする。
結局、この場にいる人物ではこの戦争を終わらせる事はできないと結論付けた。なので私は、この世界で唯一状況を打開してくれそうなあの方へと祈りを捧げるのだった。
助けて……レミリア閣下助けてクレメンス……!
「パチュリー、ねぇ」
不意の静寂。
苛烈な攻撃がピタリと止み、場に膠着が齎される。私を含めて、マイロードを除く全員がその静寂の意味を理解できなかった。
そして紡がれたのは不可解な問い。
「お前もしかして、家名はノーレッジっていうんじゃない? パチュリー・ノーレッジ」
「げほっ……そう、だけど」
「やっぱりか」
「……意外ね。私のことを、知っているなんて」
「知らない。興味があったのは名前だけ」
会話の最中、ちらりと私を見た気がした。もしや出番かと痛む身体を持ち上げるけど、雑魚は引っ込んでろと言わんばかりに睨み付けられた。はい、大人しくしてます。
どうやら何らかの疑問を解決するために必要なやり取りだったらしい。
でも結局自分の中で一定の答えを得られたようで、マイロードは満足したように微笑むと再び莫大な魔力を練り上げていく。やはり戦闘は終わらないのか。
「じゃあ続きを始めようか。最後に足掻けるだけの休憩時間は与えてやったんだから、悔いの無いよう全てを出し切って、楽しませてみせて?」
「……後悔するのは貴女」
「やってみろ小娘が」
嘲りの言葉が引き鉄となり、凄絶な撃ち合いが再開された。互いに弾幕の火力が徐々に高まり、明確な殺意の応酬となる。
弾幕が弾け合う事で破壊の嵐はますます規模を広げて、図書館だった場所が広大な空間へと変貌を遂げていく。上部から降り注ぐ瓦礫も、崩落する地盤も、瞬く間に粉微塵となり破壊の妨げにはならない。
と、ここが正念場と見たのかパチュリーさんの詠唱スピードが更に跳ね上がった。これ以上の戦闘に身体が保たないのだろう。休憩によって得た余力の全てを使って、一か八か賭けに出た。
無理な詠唱の代償に、舌を噛み切って流れ出た血液が透明な肌を伝う。それでもパチュリーさんは、微塵も集中を乱さない。
「ぬぅ……アレはパチュリー様十八番の月魔法!」
「知っているのか雷電!」
「ええ。自身を起点として破壊を広範囲に撒き散らす魔法です。アレを喰らって生き延びた者はいません。……っていうか勝手に変な名前をつけないでくれます?」
文句を言いつつも、きっちり魔法について解説してくれる小悪魔さんに感謝。
繰り出そうとしているのは五大元素のどれにも当て嵌まらない、掟破りな月属性の魔法。私と戦っていた時の魔法とは比べ物にならないほどの威力が秘められている。
というか、これ紅魔館もろとも私も消えちゃうのでは? でもここで逃げたらその後マイロードに殺されちゃうだろうし、どうしたものか。
対するマイロードは特に何をするでもなく、口角を持ち上げたままその時を待っている。迎撃の魔法すら使わないなんて舐めプもいいところだ。もしやわざと喰らって威力を体感してみるつもりなのかな?
……取り敢えず遺書を書いておこうね。紙ならそこらじゅうに落ちてるし。レミリア閣下と美鈴さんに向けてこれまでの諸々への感謝と、別離に対する悲しみの言葉を綴ろう。あとはマイロードへの恨み節をひとつまみ。
「
「それがお前の奥の手か。とことん魅せてくれるわね」
途端、眼前が白に染まると同時に凄まじい衝撃が身体中を駆け巡る。そして前後左右分からないまま流れに飲まれ、間もなく壁へと激突した。
どうやら紅魔館くんは無事だったらしい。流石は幻想郷に誇る無敵要塞だ、何ともない! 火薬でできているなんて謎情報はやはりガセだったんだ!
ちなみに私の遺書は燃え尽きていた。
「……大丈夫? 生きてる?」
「あ、危うく地獄に転勤するところでした」
同じく壁のシミの一部と化している小悪魔さんの安否を確認。なんだかんだで彼女も非常にタフである。私の悪質吸血鬼タックルを喰らっても元気だしね。
と、ダメージに悶えつつ周囲を見渡すと、やけに周りが明るい事に気付いた。はて、まだ魔法が発動しているのかと光源を見上げると、ないんだよね天井が。
二階部分が丸々吹き飛んでしまって、月明かりが図書館だった場所を照らしている。紅魔館くんは既に息を引き取っていたのだ。
そして肝心のマイロードはというと、大きく後退してはいるが殆ど無傷。自らの羽をシールドのように前面へ押し出す事で威力の悉くを遮断していた。そういう使い方もできるんだ知らなかった。
パチュリーさん渾身の魔法でもマイロードには通用しない。つくづく、私の主人は最強なのだと実感させられるね。
あと器の大きさも最強だと完璧なんだけどなぁ。でもそれだとマイロードじゃないもんなぁ。
「お前中々やるね。この数百年、お前ほど魔法に長けた奴は現れなかった。その狂気にも似た魔法への直向きさは賞賛に値する」
「ぜぇっ……ぜぇっ……」
「仮にお姉様が相手をしてたらちょっと危なかったかもね。相性的に」
とは言いつつも、相性が悪いのはマイロードだって同じだと思うんだけどね。水魔法を発動前に悉く捻り潰していただけで。ある意味、最も理想的なパチュリーさんの倒し方と言えるのかもしれない。
何にせよ、これで趨勢は決した。
顔が真っ青で息も絶え絶えなパチュリーさんから継戦能力は失われ、勝ち目は完全に無くなった。魔法技術以外の全てがマイロードに凌駕されていたのが敗因か。
むしろ身体能力、種族、そして情報……これらで後手に回ってなお張り合えたパチュリーさんの強さにもビックリだけどね。
あとは生殺与奪の権を握ったマイロードがパチュリーさんをどうするかなんだけども……どうしてだろう、嫌な予感がする。
肝心な事を忘れているような気がするのだ。酷い違和感。例えようのないモヤモヤが気持ち悪い。
「さて面白いものを見せてもらった礼に、嬲らず一撃で殺してあげる」
「ま、待ってくださいマイロード! その……殺しちゃうのは良くない気がします!」
「あ?」
取り敢えず痛む身体を引き摺りマイロードの近くに駆け寄って、ダメ元でパチュリーさんの助命嘆願を試みてみる。事態が拗れに拗れちゃったけど、それでも彼女を死なす訳にはいかない。これはマイロードの為でもあるのだ。パチュフラ的な意味で。
案の定、マイロードは冷たい視線を向けてくる。
「何故? 殺さない理由がない」
「なんと言いますか、ここでこの人を失うのは惜しいと思うんです」
「……」
「あんなにたくさんの魔法を覚えてて、それでもなお知識を求めて紅魔館にやってきた人なんです。きっと百年、二百年後にはもっと凄い魔法を──」
「嘘をつくな」
「ぐえっ!?」
花の慶次とか北斗の拳が如く「ここで殺すには惜しい女よ」みたいな展開に引っ張ろうとしたのが、マイロードは私の首を締め上げて無理やり中断させる。
瞳は相変わらず氷のように冷たいのだが、その奥には私に対する疑念が宿っている。
「そういう魂胆じゃないのは分かってる」
「ま、まいろーど……」
「お前はコイツに何を見た? コイツのことがそんなに心配か? この私に隠し立てしてまで──」
激しくも楽しい戦闘を終えて上がるだけだったマイロードの機嫌が、急激に低下していく。その理由に、私は少しして思い当たった。
もしや、私が抱える最大の地雷要素である未来知識に勘付いたのだろうか。それそのものには行き着いてなくても、恐らく知識に対して強い疑念を抱いている。パチュリーさんを擁護し過ぎてしまったかな。
どう言い訳したものかと気まずさに思わず目を逸らす。そして、その先にはパチュリーさんが居た。
相変わらず息も絶え絶えで、疲労で膝から座り込んで──勝負を諦めていない目。
その右手には確かに、魔力が宿っていたのだ。
瞬間、違和感の正体に気付いた。
もしも私がパチュリーさんなら、
「
流水に並ぶ吸血鬼最大の弱点であり、パチュリーさんの使用する魔法の中で最も高火力で、まさに奥義ともいえる属性。『日光』を扱う魔法。
先の争いで全く日属性の魔法を使わなかったのが不思議で仕方なかったのだ。マイロードを前にして、この最高級の手札を使わない道理がない。
きっと確実に攻撃が当たる瞬間を見計らっていたのだろう。虎視眈々とその時を狙って、マイロードに蹂躙されている最中も、ロイヤルフレアの為の魔力を練っていた。
当然、体力の尽き果てたパチュリーさんに原作のような大規模攻撃は不可能。故に今回放ったのは一点に集中させた低範囲、高火力の熱線だった。
気付けば手が伸びていた。
「マイロード危ない!!!」
「ッ」
発動された魔法の射線を逸らす事なんて私にはできない。技術も時間も足りていないから。
ならば、と。マイロードを突き飛ばす以外に方法はなかった。
体力を使い果たして崩れ落ちるパチュリーさん、眼前に迫る熱線、そして目を見開くマイロードの姿。そこまでが私に許された景色だった。
まあマイロードが無事だったなら何でもいいや。
顔面に熱いものを感じると同時に視界が明滅し、最後は真っ暗に。私は何が起きたのかを全て理解して、意識と共に闇へと沈んでいった。
◆
「……どうしてお前はいつも、余計な真似ばかり」
四肢を投げ出し、力無く倒れる己が従者を見下ろした。
普段なら巫山戯た調子で起き上がる筈の彼女は未だ微動だにしない。
もしや自分を謀っているのか。そうに違いない、いつものような軽い悪戯だと、そう思った。
「さっさと起きろ。眠っていいなんて許可は出してないわ。目を覚ましなさい」
返事はなかった。
右目を含む頭の一部と右半身が欠損している。そこから止めどなく紅と魔力が流れ落ちていく。
身体に刻み込まれていた術式の機能は、既に停止していた。
それの指す意味を術者であるフランドールが理解できない筈がない。それでも待った。待ち続けた。
「……ねえ起きてよ、ニッヒ」
フランドールの命令が壊れた玩具に届く事はなく、言葉と想いは宙へと溶けていく。
フランちゃんがニッヒちゃんを名前呼びしたのは名付け時と今回のみであるものとする。
ちなみにフランちゃんは前回のニッヒvsパチュリーを途中から陰で見ていたため、今回の戦闘はそこそこのアドバンテージがあったものとする。