「何故、あんなくだらない事をしたの?」
半ば威圧感混じりの不可解な問い掛け。暴力が飛んでくる時の突き刺さるような負のオーラは感じないけれど、目が全く笑っていない。
しかし、いまいちピンとこない私は恐る恐る首を傾げるしかなかった。
相変わらず意味不明なことばっか仰ってんじゃねーぞ、とでも言ってやりたい気分だが「質問は既に拷問に変わっているんだぜ」みたいな流れに発展すると大変なので真面目に考えた上で受け答えしよう。
「くだらない事、ですか。ちょっと候補が多過ぎてどれの事を言ってるのか分からないんですけども」
「思い当たるものを言ってみろ」
「えっと、うんと……むむむ」
「早く」
急かされると逆にテンパるものである。
そんな中、マイロード的に余計なことに分類できそうで、私としても若干後ろめたく感じるので隠しているものを咄嗟に思い出した。
「も、もしやマイロードの部屋に無断で祭壇を作った事ですか!? あちゃーバレてましたか! 隠し通せると思ってたんですけどね」
「……?」
「いやはや、それにしてもよく見つけましたねー。マイロードが滅多に近寄らない、簡易キッチンのシンク下に設置したのに」
「……」
一本取られたとばかりに額を叩く。
何にせよバレてしまってたのなら仕方ないので、シンク下の戸棚を開放して、我が信仰の場を改めて紹介することにした。
説明しよう! 『大天使フランちゃん教』とは!
今のところ幻想でしかない『フランちゃん』誕生を教義として、日々弛まぬ信仰を捧げその実現を祭壇に向けて祈るだけ! 面倒な戒律は存在しない優しい宗教である!
これで東方心綺楼にプレイアブルキャラとしてニッヒちゃんの参戦もますます濃厚! さらに異変の合間にこいしちゃんと仲良く『こいフラ』することで幻想郷内での存在感を高めていくのだ。「イェーイ地底のお姉ちゃん見てるぅ?」みたいな感じで。
なお、そんな私の崇高なる信仰は、シンク下にぶち込まれたマイロードの前蹴りによってあっという間に廃材の山へと回帰した。
「ウワァーッ! 私の神殿が!」
「しれっと祭壇から格上げするな。……私が言ってるのはこんな阿呆みたいな事じゃないわ。いやコレも心底くだらないけどさあ」
まるで神話の怪物が如く、聖域を破壊し尽くすマイロード。渾身の出来だった神殿は念入りに踏み躙られてしまった。
神は死んだ……。否、破壊神フランドールの誕生である。天使を生み出すつもりが、真逆のモノが生まれてしまった。それはそれで神話っぽくて高得点である。
取り敢えず、壊滅してしまった神殿の片付けを命じられたので渋々従う。なんと罰当たりな事であろうか。今度から第六天魔王って呼んでやろうかな、マイロードと信長公って生まれ年もそこそこ近いし。
片付けも終わり、改めて話題が回帰する。
結局答えを出すことができずにまごまごする私を見て、マイロードが呆れ混じりに言う。
「お前、本当に心当たりがないの?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと分からないです」
「……パチュリー・ノーレッジの魔法から私を庇ったでしょ。そして無様に死んだ」
「あっ、そうだ私って死んじゃったんだ」
痺れを切らしたマイロードが不満げな顔をしながら教えてくれた。
確かに、意識が途切れる直前に見た一点集中型『ロイヤルフレア』からは、濃密な死の気配が漂っていた。当たってしまえばそれなりの確率で命は無いと思ってはいたので、見立て通りだった訳だ。
もしかして今の私って無自覚のうちに亡霊とか怨霊にクラスチェンジしている状態なのかな? だとしたら安らかに成仏してクレメンス。
というのは半分冗談で、多分マイロードが色々あれこれして生き返らせてくれたんだろうね。地獄から地獄への帰還である。
「もしかして庇ったのは余計でしたか?」
「当たり前でしょ。アレをまともに受けたところで私の命を刈り取るには至らない。見縊られたものね」
「とかなんとか言っちゃって、実のところ結構ビビってたのはお見通しですよ! 私があの魔法を喰らった時、凄い威力に面食らってたのは見逃してませんからね!」
「……」
「じょ、冗談ですよぉ」
凄い目で睨まれた。
というか慎重に対応しようと決めた矢先なのに、思わず口を滑らせてしまった。正直過ぎるのも考えものというか、ニッヒちゃんの悲しき性というか。
と、マイロードは僅かに目を伏せて、しかし力強く言い放つ。
「もう二度と、私の指示無しにあんな行動は取るな。お前の肉壁という役割は、私が求めた時に限定する」
「えー私に庇われた事がそんなに嫌だったんですかぁ? これでも一生懸命だったんだけどなぁ、ニッヒちゃんちょっぴりショックです」
「……私は己こそ地上最強だと自負している」
「あ、はい。私もそう思います」
「その私を格下が保護しようだなんて、とんだ侮辱よ。私があの程度の魔法でくたばると思っていたのか?」
また範馬勇次郎とかブロリーみたいなこと言ってるよ。あくまで矜持の問題って事なのかな。取り扱い困難な最強生物らしい面倒臭さである。
でも私からも色々と言っておかなきゃならない事がある。マイロードは不機嫌になっちゃうかもしれないけど、私としては譲れない一線だから。
「それはおかしな話ですねマイロード」
「あ?」
「私は貴女様の従者であり道具ですよ。決してマイロードと並び立つような存在ではなく、言うなれば力の一部。万が一の時切り捨てる事のできる第三の手足なのです。保護しているなんて、そのようなやんごとなき扱いを受ける謂れはございません」
「お前……その奴隷根性は相変わらずか」
「それに、マイロードが何を言おうが、あの魔法にはマイロードの命に届き得ると確信できる『凄味』がありました。なら私が庇わないと」
実際は反射に近かったように思う。私にとっては当然の行動。それでも、あの時の私の無意識を拙いながらも言語化すると、多分こんな感じになる。
これにマイロードは不服げに鼻を鳴らす。
「……その考えが私に対する侮辱だと言ってるの。お前みたいな出来損ないに、私の底が計れるものか」
「それでも、怖かったんです。地下室に水責めされても、特大の月魔法を喰らっても、マイロードなら無事だという確信があった。だから助けに入りませんでした。でも──あの時だけは、イヤな予感がしたから」
「私がそれでくたばったとでも?」
「一厘に満たない可能性でもその結末が存在するなら、私が命を捨てる理由にはなりますね!」
「いい加減にしろ」
と、マイロードは突然立ち上がると、私の胸ぐらを掴んで壁へと押し付ける。苛立たしい気持ちを隠そうともしていない。
怒りの色を滲ませたまま、マイロードは笑みを浮かべる。朗らかとは程遠い、相手を威圧するための笑顔。喉元を食い千切られないかな……大丈夫かな……。
「喜べ、お前の廃棄予定は凍結よ」
「へ?」
「愚鈍ね。お前が自然にくたばるその時まで生きる事を許可するって言ってるの。お前というバグの全てを解明した後も側に置いてやる。だから、私への点数稼ぎでそういう『くだらない事』をするのはやめろ」
「違う、違うんですマイロード。私はそういうつもりで動いた訳じゃ──」
「口答えするな。お前は私の奴隷。当然、私の言う事には絶対服従。そうでしょ?」
「……はい」
覚えている。マイロードが私に下した初めての命令。私の存在が決定付けられた瞬間だ。これを持ち出されると私は何も言えなくなってしまう。
つまるところ私はマイロードに一生レスバで勝てない事が宿命付けられているのだ。悲しいね。
「お前が死んでいいのは私から赦しを得た時だけよ。だからその最期の時まで私に尽くせ」
「……」
「気に入らないみたいね」
「いえ、無言は肯定です」
「あっそ」
ここで咲夜さんに倣って「大丈夫、生きている間は一緒にいますから」なんて瀟洒な事を言えれば格好がつくんだけど、私は彼女ほど強くないからね。
意向には従うけど心の底からは承服していない事の意思表示で、押し黙るしかなかった。
確かに、私がマイロードへ有能アピールをしていたのは、私が使える道具であると理解してもらって廃棄の日をなるべく遠ざける為だった。
でもマイロードを庇ったのはそういう打算よりも、もっと原初的な欲求によるものだったと思う。
持ち手を護るのは道具の役目だ。
いつか壊れてしまうその日まで、雨が降ろうが太陽が照ろうが主人を護り続ける。そんな願望を抱いてもいいじゃないか、道具だもの。にひを。
取り敢えず、お茶と菓子を用意してレスバの敗北を誤魔化しておこうかと行動を開始──するよりも早くマイロードの腕が伸びる。
「あともう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「いでッ!? ちょっとぉサイドテールを引っ張らないでくださいよー! 禿げたらどうするんですか!」
「お前の予知についてだけどさ」
「む、無視……」
私の抗議は完全に握り潰された。悲しいね。
禿頭の東方キャラは強烈な個性になるかもしれないけど、乙女な私には勘弁願いたい個性である。それによくよく考えれば禿枠は雲山がいるし。
何はともあれ、またもや不可解な話題である。
「アレってどのくらい正確なの?」
「えっと、そもそも私に予知能力があるって話が初耳なんですけども……」
「この期に及んで隠し立てしようなんて目出度い考えは捨てる事ね。私を舐め腐ってるのなら話は別だけど」
若干呆れたような目を向けながら、マイロードは続ける。
「パチュリー・ノーレッジのこと、最初から知ってたんでしょ? お前が生まれて初めて地下室の外に出た日、アイツの名前を出した事は覚えてるわよ」
「ぬぬぬ!?」
「そもそも私の中に存在しない、出所の怪しい知識を分身体である筈のお前が保持している時点で、疑って然るべきでしょうに。今までは敢えて泳がせてやったけど、そろそろその辺を詳しく教えてもらおうじゃない」
正直なところ、私の謎知識が未来に基づいている事にマイロードが勘付いているのは承知していた。それでも深くは突っ込んでこなかったから、ヒヤヒヤしながら毎日を過ごしていたのだ。
しかしパチュリーさんの出現や彼女への私の態度諸々を見て、遂にメスを入れてきたのだろう。
なるほど、予知ときたか。
私の中に存在する謎知識は前世の記憶とかそういう類いのものだとばかり思っていたが、確かに自我のようなものは全く観測できないので予知という線もあり得るのか。これにはニッヒちゃんも目から鱗である。
何はともあれ、前世にしろ予知にしろマイロードに黙っていた事は事実なので、その辺りを詰問されないように沢山ヨイショしておこう。
「流石でございますマイロード。いつまでも隠し通せるものだとは思っていませんでしたけど、こうもあっさり看破されるとは。やっぱりマイロードはすごいなぁ!」
「誰だって気付くわ間抜けが。……それにお姉様っていうモデルケースもいるしね」
「姉君が、ですか?」
「よくよく考えてみればお前の中にもスカーレット家の血が流れてる訳だし、アイツと同じような能力が発現してもおかしくはない。要するに、似非占い師としての素質があるってこと」
これまた目から鱗である。確かに、私はマイロードの分身体なのだから遺伝子的にはレミリア閣下とかなり近しいのだろう。ならばスキルツリーがそっちに偏ってても不自然ではないのか。
そこまで考察していたとは、やはり天才か。
「予知なのかは分かりませんが、マイロードの仰る通り私はかなり先の未来を知っていますし、これまでの行動がそれに基づいているのは確かです」
「そう。ならば問う。何故パチュリー・ノーレッジを生かそうとした?」
「あの方は将来紅魔館にとってかけがえのない存在になるからです。姉君と仲良くなりますし、とても頼りになるみたいですよ」
「ふーん。そうは思えないけどね」
訝しげな様子でマイロードは唸った。
確かにパチュリーさんは紅魔郷の主要人物ではあるのだが、どのような役割を担っているのかと言うと上手く説明ができないんだよね。立場的にはただの居候の穀潰しだし。まあそこはマイロードも一緒だけども。
「じゃあ最初の質問ね。お前の予知はどのくらい正確なの?」
「正直に申しますと、私の頭の中に存在する、もしくは浮かんでくるモノの正体は分かりません。そしてその真偽と精度もそこまで正しくないと思うんですよね、多分」
「予知を外した経験があるの?」
「その、肝心のマイロードに関するそれがガバガバを通り越して全く機能していないといいますか、的外れ全開なんですよね」
「ああそういうこと。つまり、お前が時折見せていた私に似ても似つかない『フランドール』の演技は、その未来図に基づいてるって訳ね。納得したわ」
流石はマイロード、一を知って十の答えを導き出す聡明なお方である。東方界の聖徳太子を名乗られてはいかがだろうか。
「そうなると、お前の言う通り予知の信頼性はかなり下がるわね。少なくとも鵜呑みにはできない。……結局お前は役立たずなままか。まあ、ポンコツなお前らしいといえばらしいけど」
「な、無いよりはマシ程度に思っていただければ」
「まるでお前の存在そのものね」
今日もチクチク言葉が冴え渡っているマイロードなのであった。
ただ、今後は必要に応じて私に情報提供させるみたいで、完全に私の特殊能力を否定している訳でもないらしい。狂人扱いされなくてホッと一安心である。
と、ここで私にとって積年の疑問をひとつまみ。
「やっぱりマイロードから見ても、私の知る未来のマイロード像はあり得ないんでしょうか?」
「ない。絶対にない。それは断言できる」
「そ、即答……!」
「逆に聞くけど、今の私に共通する要素があるか?」
「皆無ですね」
改めて本人から否定されると『大天使フランちゃん教』の教祖としては辛いものがある。悲しいね。
だけど「夢は追いかけ続けていないと現実にならない」ってサナエンジェルが言ってたような気がするし、私も諦めず奇跡を願い続けよう。
そんな悲壮な決意を固めていた最中のことだった。
「ただね」
「はい?」
「お前を見ていると、私にも──……」
「?」
「……なんでもない。寝る」
マイロードは何かを言いかけて、突然苦虫を噛み潰したような表情を作ると棺桶の中に潜ってしまった。眠気が我慢できなくなったのだろうか? 赤ちゃんマイロード可愛いね。
結局質問責めばかりで私の疑問はちっとも解消されていないのだけど、眠気マックスだと思われるマイロードから無理に聞き出そうとしても碌なことにならないだろうし、時間を置いて少しずつ情報を収集する事にしよう。
私としてはパチュリーさんの生死が最も気になるところだが、あの惨状だもんね。十中八九殺されてるような気がする。ついでに小悪魔さんも。
でも私が結果を観測するまでは彼女たちの生死は確定しない。よって、まだ大逆転が可能である事を信じて、私は天に向かって祈りを捧げるのだった。
ついでにマイロードが眠ってる今のうちに祭壇をもう一つ作っちゃえと、死の淵からの大復活早々に私は精力的に活動を再開するのだった。
右目に何やら奇妙な違和感を抱えたまま。
ニッヒちゃんが想定する『フランちゃん』とマイロードの想像する『フランちゃん』は実のところかなり異なるものとする。またサナエンジェルの格言は殆どが捏造であるものとする。