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バトンタッチ
マイロードの睡眠時間に規則性はない。半刻程度で満足する事もあれば、一日丸々爆睡している事もある。きっと部屋に篭りっぱなしで体内時計がイカれてしまっているんだろうね。引き篭もり故の悲しき習性である。
それを踏まえた上で、今回のマイロードは本当に長く眠っているように思う。
私が外出を自粛していることもあって詳しい時間経過を把握できていないのだけれど、確実に二日以上は眠ってるんじゃないかな。
まるで大復活を果たした私と入れ替わるように、マイロードは活動を停止してしまったのだ。
勿論、ニッヒちゃんは優秀な従者なので数十分おきでのマイロードの生存確認は怠っていない。仮に呼吸が止まってたらすぐに人工呼吸なりしなきゃいけないからね。まあ蘇生後に私が殺されちゃいそうだけど。
しかし本当に異常な眠りの深さだ。
思い返せばパチュリーさんに水責めされる直前も、何やら寝不足でこれまた爆睡していたようだし、最近疲れ気味なのかもしれないね。
基本的にマイロードの生態は子供と一緒なのである。甘い物と暴れる事が大好きで、気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こす。まさに子供そのもの!
疲労が蓄積しただけ眠りが深くなるのも、子供の法則に当て嵌めれば納得である。もっとも、このニッヒ的フランドール学は本人の前では間違っても言わないけど。
そんな訳でニッヒちゃん、超絶暇なのです。
私が眠ってた間に停滞していた分の家事は全部終わらせちゃったし、マイロードに動きがない以上私が地下室でできる事は殆どないのだ。私の数少ない友達である壁のシミ君を数える作業にも飽きてきた頃だし。
趣味の裁縫やら鍛冶に打ち込みたい気持ちはあるんだけど、どうせやるならマイロードの目の前で私の超絶美技を見せつけたいんだよね。使える道具アピールで。
……いやそういえば、廃棄の計画は無くなったってマイロードから言われたばかりだっけ。あと点数稼ぎとかアピールが嫌いって言ってたよね。危ない危ない。
あの決定にどういう意図があるのか、正確には分からない。ニッヒちゃんが有能で使える部下だという事を、今回の事件を通して流石のマイロードも認めざるを得なくなってしまった、というのが私の中で有力な線である。
正直アレにはあんまり期待していない。
マイロードって律儀なところはあるけど根は気分屋だから、少なくとも私に対してはその場のノリで約束を反故してくるような気がするんだよね。
……そうじゃないと、緊張感が無くてなんだかなぁって思ってるのはナイショ。
私は私でマイロードに何を求めているのか、いまいち分からなくなる時があるのが困りものだ。
取り敢えず暇なことに変わりはないので、マイロードの眠る棺桶にイタズラでもしてチキンレースで暇を潰そうかと腰を浮かした、それと殆ど同時だった。
ノックも無しに地下室へと侵入してくる命知らず、もとい当主様。マイロードが起きてたら間違いなく殴り合いになっていた案件である。
「あらもう起きてたの。てっきりまだ眠ってるものかと思ってたわ」
「はい三日ほど前に! いやぁこの度はご心配をおかけしました。おかけしました?」
「まあそれなりに心配してたよ。……生きていてくれて、本当に良かった」
きっと心の底から私の生存を喜んでくれているレミリア閣下。なるほど、これがマイロードを始めとする紅魔館の癖者集団を束ねる人たらしの片鱗か。彼女が理想の上司たる真髄を垣間見たね。好き。
と、レミリア閣下は微笑みを湛えながら私を見つめる。左目、右目、そして胸部へと移り──不意に眉間へと皺が刻まれた。
「えっと、お顔に何か付いてます?」
「いや付いてるというか、前より更に胸が大きくなってるような気が……」
「ほんとーですか!」
言われて初めて気が付いた。真相を確かめるべく、下からおっぱいを持ち上げてみる。
確かに、少しだけおっぱいが大きくなっているようだった。視線を落とすと、視界に映る地面の面積が僅かに減っている、ように見える。
吸血鬼は鏡に映らないから自分の姿形が中々分からないんだよね。そのせいで気が付かなかった。
「いっぱい眠ったおかげですかねぇ? 寝る子は育つと言いますし!」
「それ美鈴も言ってたわね。くだらない妄言だとばかり思っていたが、もしかしてマジにあり得る話なのかしら。どうにも胡散臭いけど」
訝しげな目で私のおっぱいを睨むレミリア閣下。
まあ『寝る子は育つ論』が妖怪にまで適用されるのかは正直分からないけど、美鈴さんが言うならそうなのだろう。美鈴さんはいつだって正しい。
事実、一般的に幻想郷の中でも特に胸がふくよかとされている人達はロングスリーパーな方が多いように思える。
同じ傘仲間だと勝手に決め付けている紫さんに幽香さんはその最たる例だし、レティさんに幽々子さん、小町さんもよく眠るイメージがある。
なお背後で爆睡している我らが主人については考慮しないものとする。
レミリア閣下も「アイツは例外か?」って言いたげな目をしてるけど、口には出さなかった。とっても賢いと思う。
その代わり、私へと矛先が向くことになった。
「だからって、たった数日でそこまで変化が出るのは明らかにおかしいと思うんだけど。腐っても貴女のボディは不変の象徴たる吸血鬼のモノなんだし」
「前回はものの数秒で大きくなりましたよ!」
「……貴女の生態がますます分からなくなったわ」
「ふっふっふ、私の成長は留まるところを知りませんからね。もしかすると百年経つ頃には二倍三倍、二百年後には十倍と加速していくかもしれませんよ! そしていずれは館を圧迫し、押し潰すほどにっ!」
「紅魔館をどうするつもりなの……?」
恐るべき未来図に慄くレミリア閣下。
まあ全部冗談だけどね。
私が幻想郷最胸の存在になったとしても、やる事は今と殆ど変わらないだろう。強いて言うならマイロードに益々強気のマウントが取れるようになって、ニッヒちゃんが満たされるくらいか。
多分、自分の顔やスタイルへの関心が低いんだろうね。私を構成するものは何から何まで世界一可愛いマイロードからの頂き物だし。
ただおっぱいに反して上背は全く成長していない関係上、このままだと酷くアンバランスな体型になってしまう可能性もあるわけで、一抹の恐ろしさを感じなくもない。
と、レミリア閣下は軽く咳払い。
「ま、まあ胸の話はこのくらいでいいわ。私が地下室にわざわざ降りて来たのはこんな事を話すためじゃないの」
「と申されますと……?」
首を傾げた途端、レミリア閣下は腕を組んだまま私の脛へと蹴りを入れる。不愉快である事のアピールとしてマイロードもよく使う手段である。
まあ、レミリア閣下のは全然痛くなかったので、戯れでの意味合いなんだろうけど。
「まず貴女へのお説教よ。起きたならさっさと挨拶に来なさい。待ちくたびれて私の方から来ちゃったわ」
「あっごめんなさい! ご挨拶に伺いたい気持ちは山々だったんですけど、何分マイロードがあの調子なものですから。放って外に出るわけにもいきませんし……」
「ああそういうこと」
私の自由を縛るものは、この世にマイロードただ一人である。
「ではレミリア閣下は私への叱咤で地下室まで来られた、という事ですか?」
「目的の一つはそれ。もう一つは、アレ」
「ああマイロードに御用があるんですね。でもあの通り、爆睡されてまして。無理やり起こしたら多分キレ散らかして暴れ回ると思いますよ」
「だろうね。でも寝起きのアイツに遅れを取るほど私も鈍っちゃいないわ」
そんなことを自信満々に言ってのけたレミリア閣下は、つかつかと危険地帯に向かって歩みを進める。そして私が制止するよりも早く、マイロードの眠る棺桶を蹴り上げるのだった。
流石に本気で蹴った訳ではなかったみたいだけど、それでも棺桶が数十センチ浮き上がるほどの衝撃。仰々しい音が地下室を反響している。
命知らず、ここに極まれり。
棺桶の蓋を押し退けて破壊神が飛び出す様を幻視した私は、簡易キッチンに常備されている大鍋を頭に被り、机の下に縮こまった。かの海王も愛用している究極の防御姿勢、俗に言うところのカリスマガードの構えである。
しかし待てども待てども衝撃は来ず。
「これでもすぐには起きないなんて、よっぽど眠たいのね。ふふ、この捻くれ者を相手に初めて吸血鬼らしいところを見せてくれたか。やるじゃないニッヒ」
「えっと、睡眠薬は仕込んでませんよ? やってやろうかちょっとだけ悩んだ事はありますけど!」
「絶対バレるからやめておきなさい」
褒められ慣れていない私には、レミリア閣下が私の何を評価しているのかよく分からなかった。
主に六ボスの賢い人達は、知識や教養を前提とした迂遠な話し方をする事が多々あるそうなので、これもその一種だろう。ニッヒちゃんは多分一ボスか二ボスの脳味噌空っぽ気持ちいいぃぃ枠だから勘弁してクレメンス。
「まあ起きないのならしょうがない。気長に待つ事にするわ」
「左様でございますか」
「という訳で、コイツの面倒は私が見ててあげるから貴女は上で羽を伸ばしてきなさい。そろそろ動かないと気が滅入るでしょ?」
「いいんですか!?」
「いいよ」
含みのある笑みを見せながら、大変ありがたい提案をしてくれるレミリア閣下。
こうやって都度部下のメンタルケアと的確なリフレッシュを指示してくれる上司の存在は何にも変え難い。マイロードにほんの僅かでもこの意識があれば嬉しいんだけどなぁ。無理だよなぁ、マイロードだもんなぁ。
「非常にありがたい申し出ではあるんですけど、今の状況下でマイロードに無断で外に出たら後で何と言われるか分かったもんじゃなくて……」
「本当に面倒臭くて器の小さい奴ね、コイツ」
「あの、あんまり大きな声出すと聞こえるかもしれないので……!」
「聞かせてるのよ」
この当主様、いつになくノリノリである。
どうやら何が何でもマイロードを叩き起こしたいらしい。この調子だと地下室が決戦のバトルフィールドと化すのは間違いないだろうし、後々の追及込みでも上に避難してた方が生存確率は高いのかもしれない。
「フランには私から無理やり追い出された、とでも説明しておけばいいわ。私も話を合わせておいてあげるから。それなら大丈夫でしょ?」
「うーん……!」
「……あまり他言できない大事な話があるの。偶には姉妹水入らずで話をさせて頂戴な。お願いできる?」
「そ、そういうことでしたら」
突然深刻そうな表情をして話すものだから驚いてしまった。でもよくよく考えると私を外に出してくれるための方便だったのかもしれない。レミリア閣下って異様なまでに相手に気を利かせてくれるからね。体よく追い払われたとも言う。
そんな訳で、レミリア閣下の垂らした釣り針にまんまと食い付かせてもらう事にした。
確かマイロードとパチュリーさんの戦いで図書館の天井が吹っ飛んでいたと思うので、紫傘を携帯しておく。太陽に炙られるのはもうたくさんだからね。
「では失礼させていただきますけども、喧嘩はほどほどにお願いしますね。地下まで崩れたら今度こそ館が丸ごと倒壊しますよ、多分」
「今のところ真剣に殺り合う予定はないから安心していいよ。私に任せなさい」
「どうだかなぁ……」
レミリア閣下は大変信頼できる素晴らしい方であるのは間違いないのだが、ことマイロードに関連することは悉く信頼性皆無である。私が観測する限りでは殆どの場合で後手に回ってるような気がする。
まあだからこそ逆にマイロードを任せられるっていうのはあるけどね。マイロードより優位に立ちそうな人、例えば摩多羅隠岐奈から「私がフランドールを見守っててやろう!」なんて言われても断固拒否だもん。
……いやこれは例えが悪かった。身内と不審者じゃ比較にならない。
「あのぉ最後に一つお聞きしたいんですけど」
「なぁに?」
「マイロードが倒した魔女の処遇はどうなってます? その、もう処刑してたりとか……?」
「ああ、アイツらについては上に行ってみてからのお楽しみ。なんなら図書館に着いてすぐに面白いものが見られるわよ」
「わるい顔だぁ」
嗜虐的な昏い笑みを浮かべるレミリア閣下に、私は薄ら寒いものを感じるのであった。こういうところはホント姉妹そっくりである。
紅魔館の門前に二人の首が晒されてるとか、もしくは自称の御先祖様にあやかって串刺しとか、そういう類いの『面白い』じゃなきゃいいんだけど。
レミリア閣下、趣味悪いもんなぁ。大丈夫かなぁ。
なおマイロードはニッヒちゃんの胸が大きくなっている事に気付いていたが、敢えて指摘しなかったものとする。
また摩多羅隠岐奈は呼び捨てであるものとする。