寝起き一発目となるマイロードの指令。
それは基本的に自分の事しか考えていない究極の自己中としては珍しい、紅魔館全体に関わる事だった。
「この後だけど、お前は地上に行って紅魔館の復興を手伝ってきなさい。モノづくりは得意でしょ」
「えっと、建築は流石に難しいんじゃないかなーって……。ご命令とあらばやりますけど、多分ヘンテコな館が出来上がりますよ。そんでもって倒壊します」
「別に館そのものを作れとは言ってないでしょ。お前が担当するのは力仕事や簡単な事務作業って聞いてるわ。詳しくは上でお姉様から聞きなさい」
「ああ姉君からの依頼なんですね」
マイロードにとって数日ぶりとなる食事中の出来事である。飢えを満たす以外に大した感慨はないようで、むしゃむしゃと無表情のままヤバ肉を頬張りながら、そんな事をぶっきらぼうに告げられた。
こういう形でマイロードを間に挟んで指令が飛んでくるのも珍しい。というか初めてじゃないかな。普通ならレミリア閣下が直々に私へ話を通す筈だ。
この前二人でなにやら話してたみたいだし、その時に何らかの取引があったのかな?
まあどういう経緯があるにしろ、私を挟んで姉妹の仲が改善されるのは大いに目出度いことだよね。張り切って働くとしよう。
「流石にパチュリーさん一人に諸々全てやらせるのは良くないと思ったんですかね? 明らかにオーバーワークで死に掛けてましたし」
「さあ? 何にしろアイツが不甲斐ないのは確かね」
「いやアレは誰にやらせても正攻法じゃ無理だと思います。死んじゃいますってば」
「お前ならできるでしょ? 私が命令さえすれば」
「それは……! そうですけども……!」
マイロードから信頼されるのは素直に誇らしく思うけど、できれば労働面以外で評価されるのが良かったなって。嬉しいね。悲しいね。
あと私が不眠不休で働けるのは睡眠欲、食欲、休みたい欲がバグによって欠如しているが故の産物なので、これを他の人に押し付けるのは死刑宣告と同じである。十分な注意が必要だ。
多分同じことができるのは咲夜さんとか、八意永琳さんとか、八雲藍さんぐらいなんじゃないかな。ようこそブラック幻想郷。
「それでは早速、上へ赴きますね。少々身支度を整えますので、食事中のお目汚し失礼します」
「構わないわ」
「あっ! どさくさに紛れて覗いちゃダメですよ!」
「死ね」
「まあどうしてもと言うなら覗いてもいいですけどぉ、少しだけですからね!」
「死ね」
粛々とヤバ肉を口に運んでいくマイロードの横で、パパッと着替えを済ませて、髪の毛をふわふわに整えていく。サイドテールもいつもより多く回っております。
こういう所で女子力のなんたるかをマイロードに見せ付けてやらないとね!
いずれは私に引っ張られてマイロードも女子力に目覚めてもらうのが密かな目標である。
それと、私の外面がそのまま世間様からのマイロードへの評価になるからね。その点も含めて結構オシャレに関しては慎重なのだ。
「さてさてこんなものですかね。どうでしょうマイロード、変な所とかありませんか?」
「頭の中身。性根。生き様」
「ひどぉい!!!」
*◆*
「──なんて事があったんですよー。マイロードったら酷くないですか!?」
「それは災難だったわね。心配しなくても、しっかり似合ってるから大丈夫よ。やるわねニッヒ」
「うぅ……そう言っていただけると私の女子力も報われます……」
執務室にて、作業机に突っ伏しながら今朝のあれこれをレミリア閣下へと愚痴る。顔を合わせたらまずマイロードの近況を報告するのが二人の恒例行事なのである。別名フランドール被害者の会とも言う。
「ところでニッヒ。仕事の話をする前に一つ聞いておきたい事があるんだけど」
「なんでしょーか!」
「近頃、身体に妙な変化は起きてないかしら?」
マイロードをあまり待たせるのも心配なので、そろそろ仕事の話を促そうとした矢先のことだった。レミリア閣下から不可解な事を問われた。
「ああ、おっぱいが大きくなった事ですか?」
「それは前に聞いた。他よ他。本当に些細なことでもいいから、言ってみて」
「んー……何かあったっけ」
背もたれに寄りかかって暫く考えてみる。だがいくら経っても確たる答えは思い浮かばない。というか質問の意図が全く読めなかった。
あれでもない、これでもないと唸っていると、見かねたレミリア閣下が私へと指差した。
「右の瞳。色が変わってきているのがわからない?」
「えっ、初耳!!!」
「……フランからは聞いてないのね」
思わず瞼越しに瞳を撫でる。
というのも、吸血鬼という鏡に映らない種族である関係上、自分の瞳の色なんて分かる筈がないのだ。まさか知らないうちにオッドアイになってたとは。
うおっ、邪眼の気配……!
意識したらなんだか魔力が高まってきたような気がする! この目は闇がよく見える……!
ああ、そういえばマイロードが私の右目をチラチラ見ていたのを思い出した。私の変化に気付いていたのに敢えて黙っていたのか。ぬぅマイロードめ、さては私の邪眼が羨ましかったんだな。可愛いね。
そして肝心な我が瞳の詳細だが、レミリア閣下曰く、色素がまるで早朝の空みたく薄くなっているとの事。つまるところ水色である。
左眼が紅で、右眼が水。随分と派手派手な配色だよね。ただでさえマイロードの姿形をしているから背中の羽も相まってカラフルなのに。もはや紅白の巫女どころか、七色の魔法使いさんすら相手にならないではないか。
と、レミリア閣下が軽く咳払い。おかげで私も少し頭が冷えた。鎮まれ私の邪眼。
「それだけの変化が生じるんだもの。視力に影響が出ていてもおかしくないと思ったんだけど、そうでもないのか」
「ああ右の視力なら復活した後から今にかけて大分落ちちゃいましたよ。左瞼を閉じたらもう殆ど見えないんですよねぇ、いやぁまいったまいった」
「それを言いなさいおバカ」
呆れ顔で脳天にチョップされた。そこそこ痛いけど、マイロードの剛拳に比べたらなんのその。
正直、視界そのものへの違和感は目覚めた当時から生じていたものの、何故か邪魔だとは思わなかったんだよね。寧ろ、その状態の方がこれまでよりしっくりくるまであった。ほぼ失明に至った今でもそれは変わらない、不思議な感覚である。
そんな自然体であったが故に報告の必要性を感じなかった。否、感じ取れなかったというべきか。
「あんまり秘密を抱えてると碌な目に遭わないわよ? 特にフラン相手はね」
「で、でも生活に何か支障が出てる訳でもありませんし、こんなどうでもいい事を一々マイロードに報告してたら折檻されちゃいますよぅ。それにほら、不良品だって思われたら命取りになる可能性だってありますもん」
「貴女たち主従ときたらホント……なんでもっとこう、心を開いて話せないのかしら」
「私の心はいつでも誰にでもオープンですよ!」
「黙らっしゃい」
心なしか普段よりもレミリア閣下からの当たりが強いような気がする。なんでだろうね。
彼女の言うことは一から十まで正しいと思うのだけれど、私はそれにおいそれと従う事ができないのだ。
だって、私はマイロードにとっての最高の従者でなくちゃいけないんだもの。あんまり不完全な所を見せたくないだもん。
「さて、瞳の話はこれくらいにして、ここからは仕事の話ね」
「あっマイロードから少しだけお話を聞いてますよ。確か館の修繕を手伝うんですよね。ふっふっふ、お任せくださいませ!」
「いいえ。ニッヒに頼みたいのは、その後のことよ」
「後……ですか?」
力仕事する気満々だったので出鼻を挫かれてしまった。
マイロードから聞いていた話と齟齬が生じている。コミュ障マイロードに報連相は厳しかったか。
「真・紅魔館の完成後、大規模な落成式を行おうと思うの。私の配下から影響下にある者まで、手当たり次第に呼び寄せて大々的にね」
「ほほぉ。ついでにパーティーでもやるんですか?」
「あらよく分かったね。盛大にやろうと思うから、貴女にはその準備と手配を任せたいの。修繕等の肉体労働はパチュリーと小悪魔、あと美鈴に任せるわ」
「ふむふむ、委細承知です」
なるほど饗応役って事か。遂にこういう重要そうな役割も任せられるようになってきたかと、ニッヒちゃんはしみじみ思うのです。社畜への道一直線。
それとパチュリーさんの立場は以前と全く変わっていないようだった。どっかのタイミングで彼女について話しておかないといけないね。
「それでね、その落成式の時にアルティメットなサプライズの発表も同時にやろうと思っている。貴女にはそれにも関わってもらうわ」
「サプライズですか!」
「ふふ、気になる?」
「すっごく気になります!」
ワクワクしながら答えを待ちつつも、心の中で大体の予想を立ててみる。
こういうサプライズな発表って現代の感覚でいうと大体が婚姻発表な印象がある。もしやレミリア閣下、結婚するのかな? いや、その親族って可能性もあるから……まさかマイロードが!?
ないね。
取り敢えず、気になるものは気になるので勿体ぶっているレミリア閣下に答えを促した。
「どうか答えをお願いします!」
「ふふ、聞いて驚きなさい。──月への遠征計画よ」
「ゑ゛」
「もはや地上に敵は居ないからね。あの星を夜の支配者たる我が物とし、レミリア・スカーレットの名を全世界──いや、全宇宙に知らしめてやるの」
「ダメです。大反対です」
「あ?」
食い気味に反対を表明したところ、レミリア閣下の上機嫌な様が一変した。自分の会心の考えを頭ごなしに否定されたからか、若干拗ねたように、それでいて高圧的な雰囲気が漂い始める。
レミリア閣下には悪いけど、この計画は何としても頓挫させなければ。私の知識が喧しいくらいに警鐘を鳴らしている。
というか展開が数百年早すぎる。これも私が存在するが故の歪みなのだろうか。もしや私って疫病神なのでは? ニッヒちゃんは訝しんだ。
「えっと、理由を申しても?」
「構わん。許す」
「……月には原住民が居るんです。まさに我々が神と呼んでいる存在のような、やんごとなき人達が。当然組織としての力も別格で、あの場所を陥落せしめた者は未来含めて誰も居ません」
「なるほど、それがフランの言っていた予知か」
「マイロードから聞いてたんですね」
ならば話は早い。未来を知る者としての立場を大いに利用させてもらおう。
東方世界において月の都とは、いつの時代も触れれば大火傷を負うこと間違いなしのアンタッチャブルゾーンである。正直、積極的に関わりを持ちたい場所とは言えない。
なにせ、あのディストピアに関わって幸せになった人を私は知らないのだ。
「あそこに手を出してはなりません。少なくとも時期尚早かと思います」
「なんだ、私が負ける未来でも見えたか?」
「いやぁそれはもう完膚なきまでに」
「ほう」
「しかもその事を沢山の人に面白おかしく擦られ続けますね。それもずっと」
「マジで?」
基本的に、月と敵対した人はみんな株を落とす結果になっている。というか、月関連の話は永琳さんの株だけが無限に上がり続ける異質な物語なのだ。助けてえーりん。
そして、そんな中でも特に酷い目に遭ったのがレミリア閣下と八雲紫さんなのである。東方儚月抄は……嫌な事件でしたね……。
ここまで言い切られて流石に危険な香りを感じ取ったのか、稀代の自信家であるレミリア閣下も少し難しい顔をしていた。
「確かに容易な話ではないと覚悟はしていたけど、そこまでか」
「はい! なのでやめましょう!」
「それってフランも負けたの?」
「え、マイロードですか。マイロードは……未来では不参戦でしたので」
予想もしなかった切り口に思わずたじろぐ。
レミリア閣下は「やっぱりか」と呟くと、一呼吸置いて衝撃的な発言をぶちかました。
「今回の計画、フランも賛同してるわよ。月を攻める折にはあの子も動く事になってるわ。あなたの知る運命の歯車は既に破壊されている」
「えぇ……?」
「その上で改めて聞きたいんだけど、フランが居てもその戦いには勝てないの?」
「うっ」
そう問われて、思わず言葉に詰まってしまう。
原作の知識だけで回答するなら、フランドールが居ても多分勝てないっていう結論になるのだと思う。やはり月の都とは魔境なのだ。
しかし、私がニッヒとして感じてきたマイロードの凄みを前提にして考えると、正直分からなくなってしまう。それだけ私の中でのマイロードは戦闘において絶対的な存在であり、象徴的な最強なのだ。
マイロードが負けると言いたくない自分がいる。
レミリア閣下は、そんな私の心境を知った上でこの問いを投げ掛けてきたのだろう。やはり腹芸では彼女に勝てないようだ。
「ほ、本当にマイロードは月に行くと?」
「ええ。あの子ったら結構ノリノリよ。当然、貴女も連れて行く気でいる」
「やめてクレメンス……」
にわかには信じられない話である。
まず前提として、マイロードには名誉への欲というものが存在しない。最強の称号だけが己の掌の上にあればいいと考えている生粋の戦闘狂なのだ。レミリア閣下の覇道に付き合うのはやはり違和感がある。一体どんな手を使ってマイロードを引き摺り込んだのだろう?
そもそも、あの稀代の引き篭もりが38万キロの旅路を耐えられると思えないんだけども。
何はともあれ、マイロードがやると言っているなら私に選択肢はなく、喜んで地獄への片道切符を片手に月へと突貫するしかない。本っ当に嫌だけどね。
「どうやら覚悟は決まったようね」
「マイロードを引き込むのは反則ですよぅ」
「あの子がいるなら尚更負けられなくなったでしょ? ──貴女が見た敗北の未来は、他ならぬ貴女が書き換えなさい。それが『知る者』としての責務よ」
「ニッヒ。貴女を月面遠征軍の参謀代理に任じる」
「ということはマイロードが参謀ってことですか。あはは、似合わないや」
「ね。自分から言っておいてなんだけど私もそう思うわ」
レミリア閣下と和やかに笑い合う。これが現実逃避の為の笑顔なのは言うまでもない。
ニッヒちゃんが月を怖がってる理由については、最新作のあれこれも含まれるものとする。
またニッヒちゃんは疫病神だけど依神女苑とはクッソ相性が悪いものとする。