マイロード──もといフランドール参謀は、私から齎される未来情報を元に色々と思案していた。
参謀という肩書きは名ばかりで、てっきり私に丸投げしてくるものと身構えていたので若干拍子抜けである。
良くも悪くも、マイロードがレミリア閣下考案の作戦にかなり乗り気である事の証左だと言えるだろう。
さて、数百年巻きの月面戦争を勝利へと導く上で、最も困難な障害になると予想される問題は何だろうかと。参謀代理の私もちょっと考えてみた。
正直なところ数えきれないほどの問題が山積していて、更にどれも解決が不可能に近いのだが、その中でも敢えて挙げるならば、やはり『彼我の戦力差』であろうか。
どうやらマイロードも同じ考えらしい。
だって原作では綿月依姫に単独で完封されてしまったんだもんね。
どういう形であれ月の都を攻略するのなら、まず最低限として依姫を抑え込める程度の戦力は必要だろう。こちらの全戦力が月人一人に劣るようでは話にならない。
まあ依姫をどうにかしたところで姉が来るだろうし、そもそもの文明力が違い過ぎてモブ軍団に蹂躙される可能性もあるのはご愛嬌ね。あくまで最低限の話だし。
という訳で、この由々しき問題を解決すべく、マイロードが動いた。動いてしまった。
「むぎゅおええええええええ!!!」
「……ここまでか。小悪魔、コイツが死ぬ前に治癒魔法をかけてあげなさい」
「は、はいぃ!」
「で、回復したら叩き起こすこと。今日だけでもあと三回は死に損なってもらうわ」
「鬼! 悪魔! 吸血鬼!」
血混じりの吐瀉物を床にぶちまけながら崩れ落ちたパチュリーさんを、小悪魔後輩が泣きながら担架で運んでいく。この光景も今日だけで何度目か。
そんな地獄絵図を私は美鈴さんと眺めながら、遠い目で彼女を見送るのであった。
マイロードはこう考えたのだ。
月人がそんなにも強いのなら、此方もそれに匹敵するだけの戦闘力向上に努めれば良い、と。
そして、烏合の衆を嫌うマイロードに数を揃えるという兵法概念はない。個の力だけが全てを凌駕するという究極の脳筋的思考の持ち主なのだ。それが悲劇を生み出した。
結果、急遽開催される運びとなったのが、このフランドール式ブートキャンプである。
数少ない特訓の参加者として選抜されたのは、当然のように私、なんだかんだで見込みありと判断された美鈴さん、そして先日私の提言により正式雇用が決まったパチュリーさんの三名。またの名を生贄。
その内容は単純明快。
各々の仕事が終わり次第、紅魔館の大ホールに集まってひたすらマイロードとの戦闘を限界まで繰り返す。意識を失ったら選手交代、次の自分の番まで泥のように這い蹲り体力の回復に努めるのだ。
たったそれだけの、単純でありながら膨大な効果が望める最高の特訓。
なお労働条件に続いて訓練内容までそのまま私のモノを流用しているので、他二人はグロッキーになってしまっている。まあ何事も慣れだよね。
ちなみに小悪魔後輩は「能力が低すぎる」との事で選考外となっていたが、代わりに司書としてこき使いながら自分にとって都合の良い魔法を色々覚えさせているらしい。あっちもあっちで地獄だぁ。
さて、パチュリーさんの霊圧が消えたので、次は私の番である。
壁に寄りかかったまま虚ろな目をして座り込んでいる美鈴さんを一瞥した後、私はお得意の空元気で叫ぶのだ。
「うおおおおッ次鋒ニッヒ、いきまぁすっ!」
「ぬるい」
「ぐわああああ!?」
私の全身全霊の突撃は、マイロードが放った顎への膝蹴りによって一蹴された。勢いそのままに私は天井へと激突し、ゴムボールの如く跳ね飛んで地面へと墜落した。
その衝撃でせっかく塞がっていた天井は一部崩落。修繕に携わっている美鈴さんとパチュリーさんの顔が引き攣っている。疲労の色と相まって非常に悲壮的だった。
「しっかりしろ。この中でお前が一番歯応えが無くてなまっちょろいわ」
「ひぃん……雑魚なりに頑張ってますぅ」
「お前の弱さは自身の罪だけじゃ無く、主人である私の顔に泥を塗ることも同然。情けない姿ばかり見せられるのは不快よ。もっと根性入れて気張りなさい」
マイロードの発破に突き動かされるように痛みでクラクラする身体を無理やり持ち上げて、ぶつかり稽古を再開せんと闘志を漲らせる。
まあいくら闘志があっても結果は同じなんですけどね。想いの強さだけで勝てるほど勝負の世界は甘くない。ニッヒちゃんは再度天井に突き刺さりながら、そんな世の無情へと思いを馳せるのであった。
そもそも私如きがマイロードと戦闘を成立させるという事自体が無理筋なのだ。
私の戦闘スタイルは、驕り高ぶった相手への有無を言わせぬ先制攻撃で即座に決着をつけるか、もしくは相手にとって想定外の一手で戦局を覆しそのままノリと勢いで勝つかの二択。要するに敵の油断が大前提である。
そして、マイロードは決して油断はしない。
余裕と驕りこそこれでもかと迸らせているけれど、その一方で眼差しは非常に冷徹だ。相手の出方を逐一分析している素振りすらある。つまり私の勝ち目は皆無。
マイロードみたいなタイプの巨悪が油断しないのは反則だと思う。この世の理に反している!
というか、ちょっと前までは結構油断するタイプだった筈なんだけどなぁ、おかしいなぁ。いつから変わっちゃったんだろうか。マイロードの成長にニッヒちゃんは涙ちょちょ切れである。もっと油断してクレメンス。
「今のところ、しぶとさ以外に褒めるところがないわ。もっとなりふり構わず、私を殺すつもりでかかってきなさい。純粋な殺意に裏付けされた闘気こそ──」
「ぐえっ、ぶへっ、あばぱ!!!」
「ねぇ聞いてるの?」
逆に問いたい。胸ぐらを掴まれたまま顔面タコ殴りにされている状態で何か反応する手立てがあるだろうか。というかありがたい訓導をいただいている時くらい拳を止めてくれてもいいと思うの。
ただしぶとさだけでも褒めてくれたのは一歩前進かな。嬉しい……嬉しい……。
マイロードの言葉通り、我々サンドバッグ三人衆のうち、最も継戦能力が高いのが何を隠そうニッヒちゃんなのだ。えっへん! 私は身体がバラバラになろうがミンチになろうが戦えるからね。ゾンビアタックの申し子である。
逆に耐久性と持久力が著しく低いのがパチュリーさんだが、彼女は唯一マイロードと真正面から戦える稀有な人だ。訓練は嫌々での参加だし、内容も魔王の打倒には未だ程遠いが、それでも戦闘のクオリティでは頭一つ抜けている印象がある。さすパチェ。
そして美鈴さんは全てをそつなく遂行する近接戦のプロ。なんと彼女は一度の訓練でマイロードに最低でも一撃は当てていく凄い人だ。
多分マイロードから定期的に出される戦闘中の無茶な要求に一番応えてるのも美鈴さんだろうね。ニッヒちゃん嫉妬しちゃう! パルパル!
と、そんな感じで着実に確実に成長を遂げているものと思いたい私たちだが、ここで恐ろしい事実をひとつまみ。
このブートキャンプによって私たちは勿論のこと、マイロードも着々と強化されているらしい。
というのも、戦闘を通じて美鈴さんやパチュリーさんから自分に欠けていた技術を逐一吸収しているみたいなんだよね。
引き篭もり故の弊害であった戦闘経験と技術への知見の浅さが、急速に改善されつつある現状。ますます手が付けられない化け物が誕生してしまうのではないか?
もしかすると私たちは将来的な世界滅亡の片棒を担いでいる最中なのかもしれない。
ちなみに、お二人とマイロードの戦闘訓練を眺めている私にも素晴らしい経験値が注ぎ込まれているような気はする。元々の素地がマイロードとは雲泥の差なので、たかが知れたものだとは思うけども。
*◆*
「各員訓練ご苦労様。見たところ随分と……なんというか、実りある時間だったみたいね?」
「いやぁそれはもう、大変有意義でしたよー。マイロードの恐ろしさたるや月人すらも霞んでしまいます。それでレミリア閣下は参加しないんですか?」
「え?」
「レミリア閣下は参加しないんですか?」
「わ、私はいいのよ。なんたって生まれながらにして最強の生物だからね」
全身血だらけ青痣だらけな私と、顔面を黄土色に染めて千鳥足になっているパチュリーさんを見て、いつものようにドン引きするレミリア閣下。
日が完全に沈んで夕闇が降りてくる頃がレミリア閣下の起床時間である。そしてそれに合わせたかのように、マイロードの訓練は終わりを唐突に告げる。これがいつもの流れだ。
その後は、私とパチュリーさんは執務室、美鈴さんは門前、マイロードは地下室へと潜り、各々自分の持ち場へと戻っていくのだ。
美鈴さんは多分、今頃門前で爆睡中だろう。あんな状態で侵入者なんて現れた日には大変な事になるので、私がそれとなく気に掛けてあげようね。
あと私たちの中ではパチュリーさんが一番重症だ。紅魔館の修繕が終わると訓練、その後もまだまだ仕事が残っているからね。
今のところ私以上に多忙なので、紅魔館社畜王の座は間違いなく彼女のものである。強く生きて……。そして欲を言うと二度と私に返さないでほしい。
「それじゃあ今日も月への侵攻計画を練るとしましょう。さあ座って座って」
「はーい」
「ねえ、もうちょっと席を離してくれない?」
「あ、ごめんね」
レミリア閣下が上座にいる以上、私たち二人は並んで座る訳だけど、パチュリーさんからは毎度嫌な顔をされてしまう。悲しいね。
嫌われてるのかと思って諸々の理由を聞いたんだけど、私の顔を見ると誰かさんを思い出して嫌な気分になるんだって。それを言われてしまっては私も納得せざるを得ない。
しかしこれからは紅魔館の頭脳(自称)として二枚看板でやっていくわけだし、できれば仲良くしてほしいよね。私だってパチュリーさんには殺されかけたけど、今はそこまで気にしてないもん。
ほら、レミリア閣下も何か言いたげな様子で曖昧に笑ってることだし。
こうして月を攻略すべく三人で色々な問題を話し合う訳だが、議題の中心はここ数日動いていない。直面した大きな問題を前に立ち往生してしまっているのだ。
その問題とは、
まだその段階の話をしてるのかよって思うよね。分かる、私もそー思う。見方によっては月の都との戦力差よりも切実な問題だと言えよう。
「で、昨日の続きになるんだけど、未来の私は筒状の船に乗って月まで飛んだって話だったわね? 確かロケットって言ったかしら」
「ですです。それが空中で三回切り離されて、その度に推進力が増すのですよ」
「うーん……いまいち想像がつかないわね。パチュリーは分かる?」
「大体は。朧げながら原理も理解できる。でも再現は不可能よ、絶対に」
「私もそう思います」
私の拙い説明でも大体を理解してくれるパチュリーさんには頭が上がらないね。
彼女が紅魔館に正式雇用されるに至った経緯も、この秀才っぷりと未来での実績をレミリア閣下に説明したからだし。もっとも本人は全然喜んでないし、むしろ解放してクレメンスって感じだったけど。まあそこら辺は慣れだよね!
で、話を戻して原作における航行手段であった『住吉ロケット』なんだけども、現時点ではこれを制作することも、運用することも不可能だという結論に達している。
あんな代物をまだ中世に片足突っ込んでいるような段階で作るのはキツいものがあるし、なにより原動力となる
……なおマイロードは「お前が神降ろしとやらをすればいい」なんて言ってたけど、流石のニッヒちゃんも巫女になるのは極めて厳しい。私では所詮教祖止まりである。
「神降ろし、か。多神教は面白い考え方をするのねぇ。それならジパングまで行って航海の神とやらを拉致ってくるのはどうかしら?」
「住吉様が何処にいるのか知りませんし……。まあ他に心当たりは一柱居ますけど、関わりを持ったら最後、死ぬまで粘着されそうで。しかも洗脳の達人ですし、誘拐犯ですし。あとロリコンかもしれません」
「そんなヤバい神がいるのか……」
摩多羅隠岐奈っていうんですけどね。
ここでニッヒちゃんの豆知識。摩多羅神と同一視されている秦河勝がさらに神格化された大荒神社明神は、坂越の船乗り達の神なのだ。つまり摩多羅隠岐奈は航海安全豊漁の神でもある可能性がある。
まあ無しなんだけどね。そんなリスキーな事をするくらいなら紫さんに頼んだ方がまだいい。
「まあニッヒがそこまで言うなら仕方がないわ。それで、他の手段だけど」
「特別な力でテレポートするか、それとも特別な通路を使うかの二択でしょうか。前者はそういう能力を持った存在に依頼するか、自分達で考案するしかないかと」
「そうね」
「で、後者が……安全性を担保できない部分が多いですし、そこを根城にする人が協力的か判断できないので、正直お勧めはできません」
「果たして、月まで直接移動する魔法なんて現時点で存在するのかしらね。下手したらそれの開発に数十年費やす事になるかも」
前者しかないと思わせておいて、すかさずパチュリーさんからの補足が入る。
これに関しても私は同意見である。魔法に対しての知識を深めたからこそ、38万キロを一瞬で移動するという事がどれだけとんでもないことなのか理解できた。
構築する術式の複雑さ難解さは勿論として、消費する魔力がどれだけ莫大になるのか、想像すらつかない。しかもその魔法を拡大するなり多用するなりで、軍勢を運ばないとならないのだ。まあ無理だよね。
ならば移動だけでも他の妖怪──それこそ紫さんにでも頼んでみるかって話になるけど、なんかこう、あんまり早い段階であの人と知り合いになるのも怖いよね。
それに第一次月面戦争に負けたばかりで気が立ってるかもしれないし。
そもそもレミリア閣下は素性を知らない妖怪に自分達の輸送なんて任せたくないだろう。
「ちょっと八方塞がりじゃないの! このままじゃ直接飛んでいくしかなくなるわよ!」
「なら貴女と妹以外は全員物理的にリタイアね」
「ぐぬぬ……」
ぴしゃりと、結論を叩き付けるパチュリーさん。私では言いにくい事をズバズバ言ってくれるので非常に助かる。これで月侵攻なんて諦めてくれたら万々歳なんだけども。
そんな私の視線に気付いたのか、レミリア閣下が目を細める。
「計画が中止になったらフランの奴、黙ってないわよ。怒りの矛先がどこに向かうかは明白よね」
「なるほど八方塞がりなのは私の方でしたか。おみそれいたしました」
「……私には関係ないから、もう図書館に戻っていいかしら?」
パチュリーさんの言葉は無視された。
恐らくレミリア閣下自身も進展が無くてイラついているからこそ、保身大好きな私にやる気を出させようと釘を刺したのであろう。そうであろう。
やめてくれレミリア閣下。その苦肉の策は私に効く……やめてクレメンス。
このまま放っておいたらレミフラ二人っきりの最終決戦が始まる可能性もあるみたいなので、やはり賢将である私が何とかしないといけないのか。まったく、聡明過ぎるのも罪だよね。
「第四槐安通路も聖域も、支配者がネックなんだよなぁ。そもそも月の都が想定できる侵入経路はリスキーだと思うし……やっぱり行き来の手段自体は自前で用意しておきたいですよね」
「そうね。私とフランはともかく、貴女たちには退路が必要になるでしょう。一応『地上十字軍』って名目で雑魚共も引っ張って行くし」
「縁起が悪いわね」
的確なツッコミである。
さて、私はここで一つ、とある妙案を披露することにした。考えとしては初めから存在していたけど、危険性故に見て見ぬふりをしてきた最後の手段というやつだ。
しかしこれ以外に確実な移動方法がなさそうだし、この手段なら最悪犠牲になるのは私だけだろう。私の尊い犠牲で戦争が止まるなら万々歳だ。嘘、助けてクレメンス。
私は一呼吸置いた上で、レミパチュの二人に作戦の概要を説明した。
その反応は様々。レミリア閣下はいまいちピンとこない様子。そしてパチュリーさんはとんでもない奇人を見るような目で、私に対しドン引きするのであった。
「貴女……頭のネジが外れてるの?」
「えへへ。多分、マイロードの中に置き忘れてきちゃったんじゃないかなーって」
これも嘘。後退のネジが外れているのはマイロードであって私ではない。私はただ、狂人ファッションが得意なだけの哀れな吸血鬼である。生まれと境遇が私に普通の人生を歩ませてくれないのだ。悲しいね。
みんなでニッヒちゃんの作戦を予想してみよう!
そして原作では「火傷したくない」なんて言ってたのに、本作では鉄火場に投げ込まれそうになっているパチュリーの明日はどっちだ。
なおニッヒちゃんのがやけに摩多羅隠岐奈に関して詳しいのは、警戒心の現れであるものとする。アレをマイロードに近付けたくないものとする。