フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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入院で遅れました(n回目
今作始まって以来のほのぼの回です。


ほのぼのすかーれっと

 

 スカーレット姉妹の不仲は紅魔館従者一同の共通認識である。

 各々への解像度が比較的高い紅美鈴、ニッヒの両名もまた異論の余地無くそのように即答するだろう。

 

 同じ屋根の下に棲んでいるのに顔を合わせる事は滅多になく、生活圏が完全に切り離されているため互いの動向すら満足に分からない。そして時たま顔を合わせたと思えば物騒な口喧嘩を始め、どちらかの虫の居所が悪ければそのまま紅魔館倒壊に一直線。

 

 この散々な有様を日頃から目の当たりにしている従者一同全員の答えに、極端な偏りが生じるのも当然の話であろう。

 

 しかし事実は大きく異なる。

 吸血鬼の価値観を凡百の劣等生物に真の意味で理解できる筈がない。

 二人の仲が決定的なまでに崩壊しているという周囲の理解は、実のところ誤りなのだ。

 

 その正体は、あくまで『暴力』というスキンシップが彼女達にとって最も手頃なコミュニケーションツールであっただけの話。気分が乗らない時はどちらかが無視を決め込むし、極稀に茶を飲みながら話に華を咲かせるなんてレアなイベントも存在する。

 

 全てはフランドールの捻くれた言動と気紛れが生み出した虚構の緊張。拗れているのは否定できないが、それでも彼女達なりに互いへ肯定的な関心があるのは間違いない。

 

 一つのきっかけさえあれば簡単に二転三転するのがスカーレット姉妹の関係性における最大の特徴と言える。

 

 故に現時点のような、姉妹の興味がある程度同じモノへ向いている状態であれば不用意な衝突が起きる可能性は著しく低下するのだ。

 

 その効き目たるやなんと、従者の旅立ちから早三日経ち、機嫌を酷く損ねているフランドールと連日の茶会が成立する程度に、二人の仲は安定期を迎えていた。

 

 

 

「……えらくご機嫌な様子ね、珍しい。なにか良い事でもあったのかしら?」

「あら珍しいのはそっちの方よお姉様。いつもはウンザリするくらい見る目のない節穴なくせして、今日はいやに慧眼ですこと」

「いやだって少し前まで不機嫌オーラ全開だったくせに、それが今日は明らかに一転してるんですもの。よほどの馬鹿でなければ誰にでも分かるわ」

「あっそう、馬鹿を卒業できて良かったね。次は間抜け卒業が目標かな?」

 

 ケラケラと嗤いながら、そんな事を愉しげに宣うフランドールを相手にするのも近頃は慣れたものだ。この愚かな妹は人を二言目には小馬鹿にしないと死んでしまう病気にでも罹っているのだろうか。

 

 そしてその度に、姉としての威厳を保つべく見え見えの挑発を優雅に受け流す自分の大人っぷりを、レミリアは心の中で大いに自画自賛するのだ。これぞあるべき姉妹の形である。多分。

 

 

「それで後学のために聞いておきたいんだけども。その上機嫌の正体はなに?」

「今日ね、戦闘訓練の最中に門番から良い一撃を喰らったの。それで久しぶりに流血しちゃった。自分の血を見たのは何十年ぶりかな」

「……あっそう」

「なにさその反応。この私が血を流したのよ?」

「いやほら、ほぼ毎日流血してる貴女のそっくりさんがいるでしょ? そのせいで大して珍しくない絵面だなぁって思っちゃった」

「それは……そうかも」

 

 さしものフランドールも、この意見には素直に同意せざるを得なかった。これがスカーレット姉妹間のやり取りにおいて、極めて珍しい事例であるのは言うまでもない。

 

 と、ここで一つ咳払い。

 

 

「でも改めて考えると、本当に凄い快挙ね。美鈴がいつの間にやらフランとやり合える程度まで成長していたなんて。訓練の賜物かしら」

「この私がわざわざ鍛えてあげてるんだから、そりゃ嫌でも強くなるわ。もっとも、私に肉薄するにはまだまだ時間が掛かるだろうけどね。ざっと数千年くらい?」

「そんなに」

「でもねお姉様。今回私を驚かせてくれたのはそれじゃない。門番やパチュリーの成長は概ね計算通りだけど、時折ね、部分的に私の想定を凌駕してくるの」

 

 今回受けた傷はダメージと呼ぶのも烏滸がましいほど軽微なもので、まだまだ自分の求める領域には達していない。所詮は努力賞止まりであって、この程度で満足されては困るというのが本音だ。

 

 では何がフランドールの想定を超えたのか。

 

 それは、突拍子もなくある日突然生えてくる謎の戦闘技術。おおよそ、()()()()()()()()()()()()であろう未知の発想による産物である。

 

「門番の奴がね、一つのインパクトで拳圧を二回同時に叩き込んできやがったの。少しの誤差無く、全く同時にね。一撃目で敵の防御を穿ち、二撃目を以て丸腰の身体に最大の衝撃を伝える。まさに人体破壊の極みね」

「それは……この世の理に反してるんじゃないの? 時間でも止めないと不可能よ」

「うん。恐らく正確には同時じゃないの。でもその『この世の理』とやらが同時だと誤認してしまう程に、隙間の無い連続した攻撃だったのよ。フェムトとかゼプトの次元ね」

「お、おう」

 

 少し見ない間に妙な方向へと進化を遂げようとしている部下たちに薄ら寒いものを感じるレミリアであった。流石に時折訓練場の様子を覗いた方がいいのかもしれない。

 

 と、あまり理解しきれていない様子の姉を見かねて、フランドールが掌を突き出す。

 

 

「えっとね、殴る瞬間に指を上手いこと折り畳んで、さらに妖力を瞬発的に拳へと集約させて、それが中で衝突爆散するように──まあ兎に角めっちゃ早く攻撃してるの」

「フッ……全然わからん」

「やり方は教えてもらったから実演してあげようか?」

「うん、ニッヒが帰ってきてから見せてちょうだい」

 

 理不尽極まるサンドバッグ役もまたフランドールの従者として当然の習いであろう。この場に居ない哀れな陪臣を囮にする事で、紅魔館当主の平穏は今日も保たれるのだ。

 密かに心の中で詫びながら、素知らぬ顔で紅茶を啜るレミリアであった。

 

 話を戻して、美鈴の新技についてである。

 

 即興で模倣できる領域の技能にフランドールがわざわざ関心を寄せるとは思えない。つまり、まだ何か隠し玉が存在するのだろう。

 それを察知したレミリアは、それとなく話の続きを促してみることにした。

 

 

「護りの道を往く美鈴らしからぬ人体破壊の技、か。もしかしてフランが入れ知恵した結果?」

「もうお姉様ったらちゃんと話を聞いてたの?」

「聞いてるって」

「私はね、私に存在しない筈だった荒唐無稽な発想が技術にまで昇華して、遂に我が身体を破壊せしめたこの一連の流れそのものに感嘆しているの」

 

 ああ、そういう事かと。レミリアは納得した。

 これでフランドールがやけに上機嫌だった謎が解けた。考えてみれば酷く単純な理由である。

 

 

「なるほど、ニッヒが考案したって事か」

「正確には助言の域を出ていないみたいだけど、それでも無から発生したアイツのアイデアが門番を介し、巡り巡って私へと牙を剥いた事には変わりないわ。それってさぁ、とても興味深いことだと思わない?」

「まああの子は何かと多才よねぇ」

「戦闘はてんでダメな奴だとばかり思ってたけど、こういう活かし方ができるなら話は別ね。お姉様をぶっ倒した時みたく突飛な発想には一目置いてるし」

「……その話は互いの為にナシにしない?」

 

 当時の事を思い出しているのか、はたまたニッヒの活躍が嬉しいのか。頬杖をつきながら愉しげに語るフランドール。

 要するに彼女を遠回しに自慢したかったのだろう。

 

 自分にとって唯一の部下にして、ある意味一番弟子のような存在であるニッヒに対するフランドールの感情は万華鏡のように移ろいが激しい。

 その根幹にあるものは主従関係として真っ当な部類に当たるのだが、捻くれ者の妹はそれを絶対に認めようとしない。故にレミリアはそれとない忠告に留めるのだ。

 

 

「それだけ高く評価してるならちゃんと面と向かって褒めてあげなさい。部下を適度に褒めそやすのも上に立つ者の仕事よ、フラン」

「ヤダ。アイツすぐ調子に乗るもん」

「好きに乗らせてあげればいいじゃない。そういうところが可愛い子なんだから」

「はぁ……ちっともアイツの事を分かってないわねお姉様。放っておいたら無尽蔵に増長し続けて後々とんでもない厄ネタを作り出すに決まってるわ」

「う、うーん」

「そうそうこの前だってね。旅立つ直前に武器を新調させたんだけど、それが馬鹿らしいのなんの。性能はしっかりしてるのに相変わらず見てくれがふざけて──」

 

(コイツ可愛いな……)

 

 身振り手振りで自分の従者が如何に特異的で同時に使えないかを力説する様を眺めながら、時折適当に相槌を打ちつつそんな事を思う。でもやはり口には出さない。話が拗れるから。

 

 

「なんにせよ、ニッヒの存在感が増すのは良い事だ。貴女の目的もこれで一つ前進ね」

「……本当にこんな感じで大丈夫?」

「姉を信用しなさいな。この調子で月征服という『偉業』を終えることができればニッヒの因果は束ねられ、運命として我が手中に収まる」

「改めて言っておくけど、口先八丁でいいように乗せてるだけだったら……本気で殺すからね」

 

 先ほどまでの上機嫌はどこへやら、殺意混じりの威圧で凄むフランドール。対してレミリアは分かっていると言わんばかりに澄まし顔で掌を翻すだけだった。

 

 

 

 

 外に全く関心を示さず、ましてや姉への合力を蛇蝎が如く嫌うフランドールが今回に限りレミリアの月征服という大望へ全面的に協力している理由。

 

 それは、ニッヒを表舞台に叩き出す為である。

 

 ニッヒ(存在しない者)の知識を元に策案し、ニッヒ(存在しない者)を紅魔館の中枢として働かせた結果として月の攻略を成し遂げれば、相当数の運命を巻き込み彼女の存在は妖怪の宿命通り決定付けられる。

 その後、彼女の運命をレミリアが握ってしまえば保護が完了する。今後如何に存在が変質してしまおうと、滅びの道だけは回避する事ができるのだ。

 

 レミリアからしてみれば己が覇道のついでに、優秀な陪臣──スカーレット家の末席であるニッヒを救うことができて、更に引き篭もりの妹を地上に引き摺り出す絶好の機会を得るという、まさに一石二鳥な展開というわけだ。

 

 

「貴女も分かっていると思うけど、ニッヒの予知は恐らく本物よ。癪だけどあの子の言う通り、私一人だけの力じゃ月に棲み着く原住民の駆逐が難しい事を認めなきゃならない。そんな状況で貴女まで敵とするのは私としても本意でないのは当然の話でしょう」

「だから嘘はついてないって言いたいの? 私に媚びたいならそんな回りくどい言い方しなくても、床に頭を擦り付ける方が効果覿面だよ?」

「嫌だね。私の名誉は月より重い」

 

 月征服の作戦内容は完全にフランドールありきなものとなっている。今さら彼女の離脱など考えられないし、その事を既に見透かされているのがレミリアにとっては少々辛いところであった。

 

 自分の敗北など正直にわかには信じられないが、しかし万が一という事もありえる。ならばフランドールという切り札を手持ちに忍ばせる事で万全を期すのだ。

 

 

「そもそも、お前に媚びる必要なんかないでしょ。私の計画に乗り気なのは分かってるし」

「はぁ?」

「嫌々でもニッヒを地獄に行かせたのは私の計画が念頭にあったから。そうじゃなくて?」

「……まあ、そうね」

 

 面白くなさそうな顔をしながらも、あっさり認める。この事について言い争っても不毛だと判断したのだろう。

 

 

「ふふ、唯一の従者が居なくなって寂しい?」

「どういう反応を見たがっているのかは知らないけど、その期待には応えられないよ。むしろアイツが居なくなったおかげで久し振りの孤独を満喫できてるまであるわ」

「あら残念。ちなみに私はあの子に早く帰ってきて欲しいけどね。未知の甘味が恋しくなってきた頃合いだし」

「……最短最速で帰ってこいって命令しているけど、どうだろうね」

「相手は地獄の女神、そう簡単に終わる交渉でもないだろう。その時は一年でも二年でも気長に待てばいい。私達にとってはほんのうたた寝程度の時間よ」

「……」

 

 長命種としての余裕を見せ付けるようにしてフランドールを諭す。

 

 口ではああ言っているが、お世話係の一時離脱は引き篭もりの箱入り娘にとって死活問題。フランドールのフラストレーションは加速する一方である。

 

 一度味わった生活レベルを意図的に一段落とすというのは中々に難しいものだ。餌付けされた野生動物が野山に馴染めなくなるようなものか。

 なおそれはレミリアとて例外ではないのだが、姉の威厳を保つため我慢。我慢だ。

 

 

「一年、かぁ」

「孤独が耐え難くなったら私の手下から新しく従者をつけてあげようか? 多分あの子のようにはいかないし、途中で逃げちゃうかもだけど」

「必要ない。さっきも言ったけど、私は久々の独りを満喫しているの。そんな私に邪魔な従者をつけるなんて、一刻も経たず壊すに決まってる」

「今更ひとりで何をするのよ」

「考え事」

「まあそれが一番有意義なのは間違いないわね」

 

 表面上では呆れつつも、内心レミリアもそれが良いだろうと納得していた。

 そう、フランドールには自分と向き合う時間が必要なのだ。

 

 紅魔館の中ではパチュリーに次ぐ知恵者であろう彼女も、心の機微には疎い面がある。それは己のモノに対しても例外ではない。

 自身を恐れ怯む者達から向けられる負に対する感情しか知らなかったからだ。

 

 孤影悄然(こえいしょうぜん)の中で育まれる暴に満ちた心こそが、フランドールの本質だった。

 

 しかしそれは過去の話。自分から生え出た謎の分身によって、彼女の心と運命は大きく捻じ曲げられつつある。今後の行く末を左右する大きな歪みだ。

 だからこそ、レミリアはフランドールに内省を促し、その果てに導き出される答えを見定める必要があった。

 

 今と過去。どちらを己とするのか、いずれ選択しなければならない時がくる。

 それに備える上で、ニッヒの出向は渡りに船。絶好の機会であったのだ。

 

 ニッヒは暫く帰って来ない。だからゆっくりと存分に惑い抜くといい。その苦しみの先に、きっとフランドールが掴むべき運命があるのだから。

 それがレミリアの細やかな姉心から出た、小さな願いである。

 

 

 

 

 

「はいはーいご機嫌麗しゅうございますマイロード! 心のオアシスこと忠臣ニッヒちゃんが地獄から爆速で舞い戻りましたよぅ! うふふ、ねえねえ私が居なくて寂しかったですか?」

「あ、(小悪魔)もいまーす。休暇ありがとうございました」

 

「……」

「……」

 

 なおその数時間後、地獄での交渉を終えたニッヒと小悪魔が意気揚々と紅魔館へ最短最速で帰還。

 

 思わず頭を抱えるレミリアを尻目に、地獄人(へるんちゅ)なる意味不明な字面がプリントされた悪趣味なTシャツを着て、ドヤ顔としたり顔を交互に繰り返しながら結果を報告するのであった。





ニッヒ「美鈴さんって武道家系だから黒閃とかフタエノキワミーがすごく似合いそうだよね笑」←のんき
美鈴「なるほど」←真剣

今回の冒頭のようにニッヒちゃんの前でなくて、かつ結構機嫌が良ければフランちゃんはそこそこ砕けた態度で接してくれたりするものとする。
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