畜生界の極道系面白キメラこと吉弔八千慧さんの原作台詞に「地獄は絶望的に広い」というものがある。
その言葉が示唆していた意味の本質。私はそれを今回の旅を通して、強く痛感した次第である。地獄はあまりにも広大で、実に奥深い場所だったのだ。
私たちが到達したのはオリンポスの神話に連なるギリシャの地獄であって、これは地獄という世界のほんの一地方でしかない。しかしそれでも、私にはその果てが観測できなかった。
聞くところによるとキリスト教圏の地獄や仏教圏の地獄とは地続きになっているらしいのだが、生身での移動はほぼ不可能な距離なんだって。
しかもそれに加えて殆どの地獄には何重もの階層が存在しているので、全てを観光して回ろうと思えば流石のニッヒちゃんでもヨボヨボのお婆ちゃんになって衰弱死してしまうかもしれないね。
地下室のニッヒ大海を知るとは正しくこの事である。元から道具としてパーフェクトだった私は、世界の広さと深さに触れて更に一皮剥けて帰ってきた!
これからはシン・ニッヒと呼んでもらおうか!
で、ここからが本題。
地獄の滅茶苦茶な広さは先述の通りであるが、どうやら其処の支配者達も手に余るようで管理しきれていないらしい。そのせいで各地では群雄割拠の内戦状態。
とてもじゃないが、こんな世紀末な情勢下での旅行は無謀だったと言わざるを得ない。
まあそんな中でも、小悪魔後輩と戦火から逃げ回りながらちゃっかり観光して楽しんできたんだけどね。これぞ役得というものだ。
ちなみに私お勧めの映えスポットは嘆きの川ことコキュートス。水属性の私にはとっても落ち着く場所だった。地獄良いとこ、一度はおいで。
そんな血生臭くて活気のある地獄世界なんだけど、このギリシャ地獄には他に無い稀有な特徴があった。それは、ヘカーティア・ラピスラズリという明確なセーフティゾーンが存在するという点である。
所謂
人が集まれば活気が生まれ、活気ある所には商売の種が転がり込んでくる。必然と市場が形成され、モノが溢れるのだ。そしてそれを見逃すニッヒちゃんではない!
という訳で、紅魔館のみなさんへの素敵なお土産をバッチリ確保。ヘカーティアさんとの交渉に並ぶ最重要ミッションを達成したのだ!
まあ、生まれてこのかた御給金なるものを頂いた事がない可哀想な私は当然無一文であるため、薄給の小悪魔後輩から地獄通貨を前借りする羽目になったんだけどね。
給料を……私たちに給料をクレメンス……。
そんなニッヒちゃんと小悪魔後輩の大冒険記という名の報告を紅魔館の主要メンバー皆様に嬉々として報告したところ、返ってきた反応はあまり芳しいものではなかった。まあ殆ど旅行話だもんね、さもありなん。
ではここらで虎の子であるお土産を解放して、テンションをアゲアゲにしてもらおうか!
「ふっふっふ……こちら、地獄では大変貴重とされている品々でございます。この戦利品を紅魔館の皆様に丸ごと献上しちゃいまーす!」
「えっと、コレって貴女達が選んだの?」
「あ、選んだのはニッヒ先輩です。私は何も関係ありませんので罰するなら先輩だけにしてください」
何やら失礼な事を宣っている小悪魔後輩を尻目に背負っていたお土産袋をひっくり返し、形容し難い調度品の数々をテーブルの上にぶち撒けていく。
暗黒大陸で呪術に使われてそうな謎の民俗人形から最高にロックでルナティックな紋様が描かれた壺に絵画に衣服まで、私が厳選した闇鍋土産である。
特に人形なんてマイロードにピッタリだよね。フランちゃんといえば人形がセットだもん。
「あ、あのねニッヒ。これって嫌がらせとかじゃなくて、本気で選んだのよね? いや決して貴女の忠信を疑っている訳じゃないんだけど、念のため聞いておきたくて」
「そうですけど、お気に召しませんでしたか?」
「ちょっとばかりウチには前衛的過ぎるかもね。……パチェ、これいる?」
「いらない」
明らかに皆々様のウケが良くない。レミリア閣下からの配慮混じりの明確な拒絶はなかなか胸に来るものがあるね。そんなに悪くないと思うんだけどなぁ。
確かに、個人的な趣味嗜好が幾らか反映されているのは否定できない。私ってどうも真価を発揮できずに埋もれてしまっている骨董品が大好きっぽいんだよね。店からは廃棄寸前のジャンク品扱いされてたけど、この子達はまだまだやれるのだ。
だから思わず買い漁っちゃった。
まあいいや、本命はこっちである。私はマイロードの喜ぶ顔が見られたらそれで良いんだから。
「そしてマイロードには特別に、この素敵かわいいお人形と『
「殺すッ」
「な、なんで!? とってもお似合いあがぺ!!!」
「あとお前のその莫迦みたいな服装は何のつもりなの? 私の顔でそんな醜悪なモノを着るなんて、最大級の侮辱に他ならないわ。今すぐ脱げ」
「きゃあっ追い剥ぎぃ!」
殴られて地面に引き倒された挙句、馬乗りで着ていたTシャツを問答無用で剥ぎ取られてしまった。自分の分身の裸を衆目に晒すよりも耐え難い屈辱だったのだろうか。
なお大っぴらに裸を見せてたら多分追加で殴られるため大事な所を覆い隠して半泣きで動けなくなっていたところ、見かねた美鈴さんが中華風ベストを肩から掛けてくれた。優しくてイケメン! 好き!
「そもそも土産なんてどうでもいいのよ。それよりも地獄の女神との交渉の如何についてさっさと話しなさい。成功したから戻ってきたんでしょ」
「まあこれに関してはフランの言う通りね」
「ぐすん、苦労して選んだのになぁ」
大変残念ではあるが、マイロードとレミリア閣下が揃って言うのであれば私は従う他ない。おずおずと散乱したお土産を回収して美鈴さんに渡すと、さてどこから話したものかと考えを巡らせる。
「えーっと単刀直入に申しますと、交渉は三十秒で終わりました。月への敵対行為には無条件で援けをくださるそうで、ありがたい激励の言葉もいただきましたよー」
「えらく軽いわね。地獄の女神というだけあってかなり悪どい条件を提示してくるかと思ったが」
「なんというかナウでヤングな女神様でした。ね、後輩ちゃん」
「そうですね、太っ腹でチョベリグな方ですね」
ヘカーティアさんを一言で表すなら、余裕と自信に満ちた人だなって感想になる。
とんでもなく格式の高い神様なのは間違いないんだけど、砕けた態度で誰とでも仲良くなってしまうコミュ力お化けな様からは、そういった硬い印象を一切感じさせなかった。
最初こそオドオドしてた小悪魔後輩ですら、最後は完全に絆されていた。斯くいう私もああいうタイプの人は好ましく思う。同じ『最強』でも我が主人とここまで違うのかと泣きたくなるね。悲しいね。
まさしく、かの稗田阿求御大による「強い人ほど笑顔を絶やさない」という分析を体現したかの如き神様である。マイロードも毎日ニコニコしてくれればいいのにね。
と、普段は私と話したがらないパチュリーさんが珍しく身を乗り出した。
「普通、アレだけの大物と契約するなら相応の対価を払わされる筈なんだけど、本当に何も言われなかったの? 実は既に魂を抜き取られて小悪魔諸共無自覚に女神の傀儡になっているんじゃないかしら?」
「えー私は正常ですよぅ。ねえ後輩ちゃん」
「勿論! 私が敬愛するパチュリー様を裏切る筈ないじゃないですかやだなー!」
「どうだか」
多分パチュリーさんは自らの思い描く地獄の女神像と私たちの話した実像があまりにも掛け離れているから訝しんでいるんだろうね。あと小悪魔後輩は割とノリで裏切ってくるから普通に信用できないみたい。残当。
ただその心配に関しては、マイロードの「こいつらみたいな雑魚が洗脳されていたところで獅子身中の虫にはなり得ない」という鶴の一声で捨て置かれる事になった。
悪魔の証明をせずに済んだのは助かるけど、もう少しこう何というか、手心というか……。
「まあヘカーティアさんは多分そういうチャチな事をする方ではないので大丈夫だと思いますよ。今回無条件で力を貸してくれたのも月に住まう連中がただ嫌いだから、その当てつけってだけみたいですし」
「そんなに嫌われてるのね」
「まあ利害がぶつからなければとことん地上には無関心というか、皆からほんのり嫌われる程度にイヤな人達なので。月人って」
なので正直、あの場に純狐さんが居たら交渉は大いに拗れていたような気がする。
月の都を片手間で楽に潰そうと考えているヘカーティアさんだからこそ、言ってしまえば鉄砲玉のような私たち紅魔勢に二つ返事で協力してくれた訳であって。純狐さんは間違いなく殺るなら自分の手でやろうとする人だからね。
下手したら「勘違いするな! 嫦娥を殺すのは私の役目なんだからね!」みたいなベジータムーブをかまして紅魔館に突撃してこないとも限らない。流石のニッヒちゃんでもあの人の行動パターンは読めないのだ。
「で?」
と、いい加減飽き飽きしていたのだろうマイロードが机を蹴り上げる。宙を舞うそれは真向かいの小悪魔後輩に直撃。レミリア閣下が眉を顰め、私達フランドール被害者の会三人は破壊神の癇癪に震え上がるのだった。
そうだった、お子ちゃまなマイロードに興味の無い長話はNGなのだ。
しかも地下室の外で、それも大人数に囲まれているという引き篭もりには到底耐えられない過酷な環境……! 募る心労にストレスもマッハだろう。私としたことがしくじっちゃったね。
「ああ月への移動手段ですよね。申し訳ございません今から説明します」
「ふん、最初から結論だけ話してればいいのよ」
「実はヘカーティアさんからとっておきの魔法を伝授してもらいまして! これを使ってマイロードと私が繋がる事で、新たなる道を創造するのですよ!」
「……やっぱり一から説明しなさい」
「お求めになるのでしたらば」
ちょっとした意趣返しが成功してせいせいしたね! いつまでもただ殴られるだけの私ではないという事だ。まあこの後百倍にして返されそうだけど。
今回私が頂いた魔法は次元に穴を開けて遠方と繋げるっていう謂わば八雲紫さんの『スキマ』みたいなモノなんだけども、これがまた大変クセの強い魔法なのだ。
何故なら、この魔法の使用には入口と出口を維持する殆ど同一個体の術者が必要になるからだ。まさに三位一体のヘカーティアさんにしか使えない専用魔法と言える。
しかーし! マイロードとその分身体である私ならば、その困難な前提条件も楽々クリアできるという訳だ。私を取り巻く事情を一瞬で把握して的確な魔法を勧めてくれたヘカーティアさんの慧眼には驚かされるばかりである。
以上を説明したところ、マイロードは一瞬きょとんとした後、みるみる不機嫌になっていく。
「まさか、この私に魔法の教えを乞えって言いたいの? お前なんかに?」
「手取り足取り丁寧に教えて差し上げますよ! 万事私にお任せくださいな! あっ、そうだ。修行の間は私のことをニッヒ大先生と呼んでもらいますからね! いっぱい敬ってください!」
「お前マジで殺すッ」
「ぐぼぁ!!! そ、そんなにイヤなんですか!? どうしてもと言うなら師匠呼びでもはがっ!!!」
「ちょ、落ち着きなさいフラン!」
結局その後、嫌だ嫌だと駄々を捏ねて暴れるマイロードを私とレミリア閣下と美鈴さんで羽交締めにして延々と宥めることとなった。正直この一幕が地獄でのあれこれよりも大変だったね。
あとこれは余談だけど、ヘカーティアさんから貰ったTシャツは中々希少な素材で出来ているとのことで、残骸をパチュリーさんに渡したらとても喜んでくれた。ちょっと仲良くなれてニッヒちゃん嬉しい。
何はともあれ、こうして月面戦争の開始は秒読みとなったのである。
ニッヒちゃんの美的センスはかなりゲテモノ寄りであるものとする。なお
またヘカちゃんによる魔法の伝授はフリーレンのゼーリエみたいな譲渡方法であるものとする。