フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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月面戦争の真意

 

 最高にロックな地獄から帰還した翌日の事である。

 黄昏時を見計らい、私とマイロードは共にレミリア閣下の下を訪れていた。

 

 デコボコに腫らした私の顔面とマイロードの不機嫌な仏頂面を見比べて、何が起きたのかを大体把握したのだろう。いつものドン引き顔で迎えてくれた。

 

 

「という訳で、件のワープ魔法はマイロードが一晩で習得してくれました。これでいつでも好きな時に月に行けまぁす。げほっごほっ」

「そ、そう。ご苦労だったわねニッヒ」

「私には労いの言葉は無いのか」

「苦労したの?」

「別に」

「だろうね」

 

 マイロードの言葉に偽りはない。本当の本当に殆ど苦労なく、一晩で習得してくれやがったのだ。これには仕事人のジェバンニさんも吃驚仰天だろう。

 

 マイロードったら、私から物を教わるのがよっぽど嫌だったんだろうね。凄まじい集中力を以って、私の拙い説明から魔法の性質や術式を細部に至るまで解読していた。

 

 むしろ逆に私の方が魔法に対する理解が低くて詰められたりもしたね。まさに「素人質問で恐縮ですが」の百倍辛口バージョン。顔の負傷はその為である。

 指導している側がスパルタで扱かれるとはこれ如何に。

 

 というかヘカーティアさん曰く、自力習得する場合はかなりの高難度となる魔法だった筈なんだけど、マイロードに掛かればこんなものなのか。

 

 聞くところによると私が美鈴さんに吹き込んだ『二重の極み』や『黒閃』に似た紛い技も又聞きから一瞬でラーニングしてしまったらしいし、ロジックさえ分かれば後は本人のやる気次第なんだろうね。やはり天才か……。

 マイロード……貴女は何を持ち得ないのだ。そうだね、器の広さだね。

 

 と、レミリア閣下が軽く咳払い。

 

 

「兎に角、これで準備は整った。あとは細かい調整と日程を決めるだけね」

「彼奴等の根城は月の裏側にございますので、上手く其処に着地できるよう月の軌道と地球の公転、自転、そしてどの程度の速度での飛行が必要になるのかを計算しないとです。ちなみに私はそんなことできません!」

「本当にできないのか?」

「できませぇん!」

 

 マイロードからの威圧混じりの問いに即答する。遠回しに私がサボろうとしているんじゃないかと釘を刺してきた形だ。でも、できないものはできないのである。

 

 

「まあそのあたりはパチェにでも計算させればいいわ。アレはそういうのが得意な人種でしょ。それよりもその『航行役』だけど、どっちが行く?」

「あっ(ニッヒ)ですねー」

 

 私とマイロードが繋ぐ異空の通路──通称フランちゃんゲートには、入口と出口にそれぞれ術者が必要になるのは前回説明したと思う。

 つまるところ、どちらか一方が先んじて月面に到達しゲートの出口役にならねばならないのだ。で、当然私が行くことになるよねって話。

 

 ニッヒ、宙へ──。

 

 

「フランの方が何倍も素早くて頑丈なんだから無事に辿り着ける可能性が高いと思うんだけど……本当にニッヒで大丈夫?」

「大丈夫ではないですね! しかし宇宙空間では何処にいても太陽光が差し込みますので、マイロードが危険に晒されてしまいます。なら私が行かないと」

「貴女も危険でしょうに」

「太陽光を屈折させて身体に直接当たりにくくなる魔法や、宇宙空間に適応できる魔法を覚えましたので、これで何とか誤魔化していこうかと!」

「……それ、一晩で覚えたの」

「付け焼き刃ではありますけどね。えへへ」

「貴女もやっぱり大概ね」

 

 レミリア閣下からお褒めの言葉をいただいたが、これに関しては私よりもマイロードの方が凄い案件だと思う。これらの魔法を私に合うようローカライズして、より簡素な技術で扱えるよう改良してくれたのだ。というか、一から作ったと言っても過言ではないだろう。

 まあそれでも習得はクッソ難しかったので、マイロードから「一度で覚えない罪」で折檻されまくったんだけどね。勘弁してクレメンス。

 

 でも、光の屈折を操る魔法なんて吸血鬼にとっては便利の極みだ。極めれば日中でも外を歩けるようになるのではなかろうか。

 あれだ、柱の男が使うなんちゃらモードみたいだよね。いや、この世界ならサニーミルクちゃんみたいな能力って言った方が適切なのかな。

 

 何にせよ未来のイラストでたびたび散見される、真夏のビーチで日光を浴びまくる水着フランちゃんの図を再現できる可能性が浮上したのは大きな収穫だね。

 

 と、私がムフフな未来を想像して幸せに浸っている間にも、姉妹間で話は進められていたようで。

 

 

「日光のカットは完璧じゃないわ。普通の吸血鬼だと長時間の移動は厳しいけど、コイツであれば()()()()込みで月への到達までなら問題ない筈よ」

「流石ね。ならスピードはどうする?」

「私が月までブン投げれば幾らか足しにはなるでしょ。ついでに中継地点にお姉様が待機して、飛んできたコイツを蹴るなりして加速させれば更にスピードが出る」

「……貴女、こんな内容でよく納得したわね」

「断固拒否したらギタギタにされました! サイテーなんですよマイロードって!」

「黙れ!」

 

 名付けて『月まで届け、不死のニッヒちゃん作戦』といったところかな。妹紅さんに訴訟されたらギリギリ負けそうな気がしないでもない。

 

 まるで脳筋の極みのような過去一で酷い作戦ではあるものの、ロケットの発射台やブースターのような役割だと考えれば理に適っているのかもしれない。

 と、なんだか納得しかけている自分を恐ろしく感じる今日この頃。

 

 そうそうマイロード曰く、私は通常の吸血鬼に比べて日光への耐性が高いんだって。

 パチュリーさんのロイヤルフレアから生還できたのも全てが奇跡による賜物って訳でもなかったのか。まあ私に宇宙飛行させる為の方便かもしれないけども。

 

 

「取り敢えず計画の確実性を高めることも含めて、コイツの耐性強化はギリギリまで続ける事にするわ。昨日に引き続き門番を借りるわよ」

「ああ瞑想か。それは確かに最善手の一つね。──それに伴って何か目に見える変化はあったのかしら?」

「……ニッヒ。見せてやりなさい」

「あーい」

 

 口の端に指を引っ掛けて、左右に広げる。すると中から舌がまろび出てくるのだが、これが何故だか()()()()()()! まるでカエルのように伸びまくるのだ! 

 

 おっぱい、瞳の色、おっぱいに続く変化はベロだった! 

 

 いつものようにおっぱいが大きくなると高を括っていたので、この結果には私も大いに驚いたね。マイロードからは地味という判定を食らったらしく、あまり酷い事は言われなかったけども。

 

 それにしても、私としては舌よりも背丈が伸びて欲しかったかな。こんな分かりにくい部位じゃマイロードにマウントが取れないんだもの。

 

 レミリア閣下は私の舌に興味をそそられたのか、先っぽを摘んで感触を確かめながら伸ばして遊んでいる。千切らないでね。

 

 

「相変わらず面白生物やってるわねぇ。一体次はどこを大きくするの?」

「そうですねー。無難に身長か、大胆におしりとかも良いかもしれません! 夢が広がりますねっ!」

「それまでお前の寿命が保てばいいね」

「ヒェッ」

 

 身体の変化内容は自由がきかない。なのにマイロードにとって不本意な変化であれば容赦なく折檻されるこの世の不条理が憎いね。悲しいね。

 

 ただあくまで身体の変化は瞑想の結果発生するオマケのようなものである。

 マイロードと美鈴さんの見解によると、私の耐性にも瞑想の効果が及ぶらしい。

 

 実験と称した拷問で大量の水を頭から断続的にぶっ掛けられても、のたうち回るような激痛こそあれどパチュリーさんと殺り合った時のような死ぬ気配はなかったので、その見解は正しいのだろう。

 究極完全生命体への道のりはかくも厳しいものであったか。甚だ疑問である。

 

 

 

 

 

 その後、話は戦争の内容そのものから少しずつ形を変えて、果てには真・紅魔館の落成式パーティーへと回帰した。そもそも、私の元々の役目はそれの饗応役だしね。

 何故か巡り巡って参謀補佐から地獄出向役まで手広くやる羽目になってるんだけども。

 

 レミリア閣下は私とマイロードの進捗を聞いた上で、もはや月面戦争の始動は成ったと考えたのだろう。あとは大好きなパーティーで気分を高めて、そのまま意気揚々と飛び立つだけである。

 

 

「──で、E席には私に心服し切っていない連中を集めておきなさい。接遇もほどほどで良いわ」

「ふむふむ。腹に一物抱えている信を置けない人達を、敢えてレミリア閣下の正面に配置するってことですか。多分生きた心地がしないでしょうね。くわばらくわばら」

「ふふ、説明する手間が省けて助かるわ。次にD席だけど、コイツらは──」

「気性が荒い方は粗相する前に退室してもらわないとなので、なるべく私や美鈴さんの近くに配置しておきましょう。出入口に近いこの辺りとか──」

 

 既に出来上がっている草案に目を通してもらい、詳細な部分にダメ出しをしてもらう作業。

 こういう細かい確認作業はレミリア閣下の不興を買いやすいんだけど、パーティーの下準備に関しては話が別だ。よっぽどパーティーが大好きなんだろうね。生粋のパリピである。

 

 ちなみにマイロードは魔導書をアイマスク代わりにして、机に足を投げ出したまま夢の世界に旅立っている。なんというお行儀の悪さ! 

 まあ大雑把なマイロードにこういう細かい事務はストレスが溜まるだけだろうし、こうして眠っていてもらった方が私たちとしても大変助かるのは言うまでもない。

 

 

「それにしても面白い偶然ですね。このタイミングでパーティーだなんて」

「あら、どういうこと?」

「レミリア閣下って未来でも月との戦争前に同じようなパーティーを開いてるみたいなんですよ。やっぱり時期が違ってもやる事は結構一緒なんだなーって」

「たかが数百年後の話でしょう? その程度の年月じゃ私は変わらんさ」

 

 とは言うものの、私の知識にあるレミリア・スカーレットその人と、目の前のレミリア閣下はそれなりに異なる部分があるような気がする。

 

 例えば性格の部分とか。原作は結構我儘で子供っぽいって言われてたような気がするけど、レミリア閣下はあまりそういう顔を見せてくれない。

 多分「タンポポにがーい」なんて事をお子ちゃま感全開でベロ出しながら言ってくれないだろうしね。カリスマガードなど以ての外である。

 

 やはり、全てが同じという訳にはいかない。

 

 ほんの少し、黙りこくった私を見てレミリア閣下は目を細める。その瞳は私の心を覗き込むように、妖しい光を湛えていた。私はあの目がちょっぴり苦手だ。

 

 

「まだ不安か。──思えば貴女は、月へ行くことに一貫して反対の立場だったわね」

「ありゃ……見透かされちゃいましたか」

「先の事を知るからこそ不安に思う気持ちは分からんでもない。私達の能力(チカラ)はよく似ている」

「そんな上等なものじゃないですよぅ」

 

 にへらと笑いつつ、掘り起こされた不安を心の奥へと追いやる。

 

 原作と同じ結末であれば、それで良いのだ。

 綿月依姫に一同ボコボコにされて、綿月豊姫に土下座して終わり。そんな笑い話で確定しているなら私だって快くマイロードを月に送り出そうじゃないか。

 

 でも現実はそんな単純な話ではない。

 ボタンを一つ掛け違えてしまえばマイロード達が幻想郷に辿り着くことなく、この物語は終わってしまう。そんな危険性を孕んでいる気がしてならないのだ。

 

 チラリと、眠りこけるマイロードを見遣る。

 

 

「私の知識はレミリア閣下の見ている世界のような()()()ではありませんからね。有り得た未来の残骸に過ぎないと思うのです」

「ふむ」

 

 ほんの僅かな沈黙。その静寂には様々な思惑が宿っているような、そんな気がした。

 

 

「……貴女には、今回の戦争が持つ『意味』をまだ教えていなかったわね。我が覇道の為だなんて謳い文句だけど、アレって実は全部嘘なの。本当の目的は別にある」

「……?」

「その『意味』を知れば、私が何故現在(いま)の戦争に拘ったのか。その理由が見えてくる筈よ」

 

 私の理解が及ぶより早く言葉は続く。

 

 

「貴女は今の紅魔館が完成形だと思う?」

「むむむ、これはまた難しい質問ですね。そも何を完成とするかで答えは変わると思いますけど」

「私は貴女に問い掛けてるの。つまり、貴女の思う完成であるか否か。その一点を問うている」

 

 レミリア閣下の問答はいつだって抽象的である。この辺はキッチリとした答えを強制してくるマイロードとは正反対だよね。

 だからといって適当に答える訳にもいかないので、ちゃんと考えよう。

 

 私の考える完成形。それはやはり東方紅魔郷の状態になるんだと思う。

 ならば答えは未完、って事になる。

 

 

「……まだまだ道半ばではないかと」

「それが月面戦争の『意味』よ。貴女の知る紅魔館の完成は、この運命でしか成し得ない。否、この道以外は全て断たれてしまったの。運命ってのは不可逆的で、融通が利かないからね」

「ちょ、ちょっと話のレベルが高いかなー、なんて」

「まあ私だって気付いたのは最近だからねぇ。それこそパチェが殴り込んできた時さ」

 

 レミリア閣下は少し言い淀んだ後、まるで自分に言い聞かせるように言葉を吐き出していく。

 

 

「あの時、何か一つ間違えば、全てが瓦解していた。フランが死んだのか、はたまたパチェが死んだのか。どちらにしろ貴女の思い描く紅魔館は露と消える事となっただろうね。その引き金となったのは貴女。同時にそれを防いだのも貴女だけどね」

「あ……」

「それと今回の戦争は同じって事よ。理解できた?」

 

 ようやく気付いた。レミリア閣下が敢えて迂遠な語りをしていたのは、私に責任の所在を突き付けるのを避けるためだったのだと。

 

 頭の中で最悪の図式が構築されていく。

 脳裏に過るのは、まだ見ぬ一人。

 

 

「私は一体何をやらかしてしまったんです!?」

「さあね。貴女がいま思い描いているものの正体すら私には分からない。ただ本来歩むべき運命を踏み外してしまっているのは間違いないわ」

「なんてこったい……!」

「ふふ安心なさいニッヒ。貴女の存在がどれほどの歪みになろうが、深刻なイレギュラーとして我が運命に立ち塞がろうが、切り捨てるような事はしないわ。永劫フランドールに仕える事を許す」

「……たかが陪臣には勿体無きお言葉です」

「フランドールから貴女が生まれてきてくれたことへの細やかな礼よ」

 

 深いため息を吐きながら、レミリア閣下は改めて私を、そして眠りこけるマイロードを見据える。その目には憐憫に満ちていた。

 

 

「この戦争を乗り越え、貴女の思い描く紅魔館が完全となった時。やっと貴女を真の意味で、この館に迎え入れる事ができるようになるのかもしれないわね」

 

 

 

 

「ほらマイロード。お部屋に帰りますよぅ」

「んー」

「ではレミリア閣下、おやすみなさい」

「うんおやすみ」

 

 寝惚け眼を擦るマイロードをおぶって静かに退室する。言葉ではマイロードをあやしつつも、その一方で私の頭を埋め尽くしているのは先程のレミリア閣下との問答で判明した過ちについてだった。

 

 まだ取り返しが利くというのなら、やはり私は力を尽くさねばならない。

 

 しかしその活路が月面戦争にあるというのは、運命が指し示しているのだとしても不可解な話だ。レミリア閣下もそのあたりは把握できてなさそうだったし。

 

 ぜんぜんわからない、私たちは雰囲気で戦争をやっている……!





美鈴の瞑想にはニッヒちゃんの心身の歪み是正に伴い、身体変化と耐性強化の恩恵があるものとする。また、あと一話挟んでようやく月面戦争が開始されるものとする。

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