フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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巫女と吸血鬼、宇宙空間で見かけたらどちらの方が怖いかは明白である。


スペースヴァンパイア現る!

 

 

「地球は紅かった」

 byニヒーリン。

 

 大気圏を突破し、恐らく世界初の生身での宇宙飛行を果たしたニッヒちゃんは、母なる大地を背にそんな名言を残すのであった。

 

 いや本当は青色なんだっていうのは分かるんだけど、いま私の眼下に映る地球は間違い無く紅色に染まっており、とんでもなく毒々しい惑星と化しているのである。ヘカーティアさんの頭の上に乗ってるアレそのものだ。

 私が急に妙ちきりんな陰謀論に染まった訳じゃないから安心してね。マジだよ。

 

 というのも私を打ち上げる為にレミリア閣下には成層圏近くに待機してもらう必要があって、その際に日光を完全に遮断するため紅霧を放出しなければならなかった。それ故の産物というわけだ。

 要するに東欧では現在一足早い紅霧異変が発生しているってこと。もうここまで来てしまったら多少の原作ブレイクには目を瞑るしかあるまい。

 

 そんなゴタゴタはあったものの、マイロード考案の『月まで届け、不死のニッヒちゃん作戦』の初動は無事に成功した。私がこうしてなんとか人の形を保って飛行を続けられているのがその証拠だ。

 あとは遥か38万キロ先に見える月に向かって直進(ヴォヤージュ)あるのみである。

 

 ちなみに大気圏を突破する時にヒヤヒヤしたのは内緒。「マ、マイロード! 助けてください! げ、減速できません! マイロード! 助けてくださぁい!」みたいな事を叫びながら燃え尽きちゃう可能性もあったような気がする。でも私は生き残った! やったぜフラン! 

 

 

 そんなヒヤッとする場面こそあったものの、それさえ乗り越えてしまえばこっちのもの。この時代はまだスペースデブリなんて存在しないので、思ったよりも安全な宇宙飛行を楽しめる筈だ。

 屈折魔法を貫通してくる日光のせいで若干体力は削られるけど致命的なものじゃないし、寒さで凍り付くような事もない。私がどこぞの究極生命体と同じ失敗をする訳がなかろうなのだ。

 

 

「おや、いつの間にやら地球が青くなってる。霧が晴れた……んじゃなくて、自転で反対側になったのか。結構長いこと飛んだもんだなぁ」

 

 変わり映えのない暗黒の風景が延々と続くので時間感覚が麻痺しちゃうんだよね。人によっては発狂してしまいそうなほどに孤独な空間だ。

 でも私は慣れっこなんだよね。こんなところでマイロードとの地下室暮らしが活きるなんて、人生分からないものである。そんな訳でニッヒちゃんは元気です。

 

 ふと、地球を眺めていると大陸に隣接している見覚えある列島が見えた。

 あれこそ推定我が心の故郷である島国ジャパーン! そしてその何処かに幻想郷が存在するのだろう。こうしていざ目の当たりにすると、やはり経験に裏打ちされない奇妙で不思議な懐かしさを感じる。

 

 いますぐ急降下して幻想郷に向かいたい気持ちがあるのも否定できない。が、私の生まれはあの薄暗い地下室である。それは抗いようのない事実。

 

 マイロードの手元が私の在るべき場所だからね。なので来るべき時まで、ご機嫌よう! 

 私は未だ遠き幻想郷へと手を振るのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「うおおおフランちゃんゲート召喚っ!!!」

「──……もっとマシな技名、考えない?」

「一応ディメンションゲートとかワームホールみたいなのは考えたんですけど、なんか普通じゃないですか? もっとこう、ユーモアと可愛さをですね」

「貴女って妙な拘りがあるわよねぇ」

 

 ゲートを開くとまず一番にレミリア閣下が現れる。

 続いてパチュリーさんと小悪魔後輩。その後に紅魔館に降った配下の方々が恐る恐るといった様子で次々に月面へと召喚されていく。

 

 そして暫く経って、最後に美鈴さんとマイロードが到着。留守役すら用意しない出し惜しみ無しの陣容。これが紅魔館の全戦力である。

 

 こうして我らが地上遠征軍は月面に上陸を果たしたのだった。まあ月面というか、一見するとただの綺麗な砂浜なんだけど。東方儚月抄ではお馴染みの場所だね。

 

 

「此処が月? 想像と違ってなんというか……」

「ホント、まるでリゾート地みたいですよね。頭上の風景が無ければまだ地上にいるんじゃないかと錯覚してしまいそうです」

 

 学術的にはあり得ない月面の風土にパチュリーさんは怪訝そうに辺りを見廻し、小悪魔後輩はぽけーっと真上に広がる黒々とした宙と地球を眺めている。

 しかし流石は知識の名を関する魔女である。少しすれば自身の見解がある程度固まったらしく、気付きを紙に書き留めている。月に来ても相変わらずで一周回って安心するね。

 

 

「あっ、キャンプ地は既に設営完了してますので、皆様こちらでお寛ぎ下さいね」

「流石仕事が早い。資材はどうしたの?」

「索敵ついでにそこら辺に生えてた桃の木を根こそぎ伐採しましたので、それを流用しました! 遮蔽物があっても我々流の戦闘では邪魔になるでしょうし」

「やりたい放題ね。でもまあ良いんじゃない? 貴女もようやく吸血鬼の思考というものが僅かながらでも分かってきたようね」

 

 分かりとうなかったんだけどね。

 

 月面にも太陽光は容赦なく差し込んでくる。我々吸血鬼にとって活動し難い場所であるのは真昼間の地上と変わらない。

 なので仕事が出来るニッヒちゃんはフランちゃんゲートを作る前に、あらかじめ長期滞在のため最低限の準備を進めておいたのだ。まあ軒と庇としての機能を重視した簡単な掘立て小屋なんだけどね。

 

 ちなみにここでニッヒちゃんの豆知識。

 道具は長持ちするよう大切に扱うべきだと考えている私だけど、一転して自然に対してはそこまで保全の意識を持っていない。むしろ自然とは克服すべき敵である。

 よって何の罪の意識なく月面を丸禿げにすることができるのだ! 環境破壊は気持ちいいぞい! 

 

 

「という訳で、余った木々は隅の方に積み上げてありますので各々好きに使ってくださいね。丸太を抱えて突撃するも良し、さっさと燃やしてキャンプファイヤーを楽しむのも良しです」

「丸太なんかわざわざ武器に使わないわよ。原始時代じゃあるまいし」

「えーっ、ご存知ないのですかレミリア閣下!? 丸太とは対吸血鬼においてコスパ最高にして、どんな生物相手にも無双が約束される最強の武器なんですよ! 未来では常識です!」

「何それ知らん……初耳……」

 

 本気で困惑している吸血鬼の元締め様に、私も同じく首を傾げるのであった。

 

 もしやこれこそガセ情報なんだろうか? 未来では吸血鬼に対して人間の皆様が「皆! 丸太は持ったな! 行くぞォ!!!」って叫びながら元気に突撃しているらしいんだけど。これもマジだよ。

 

 

 

 と、少しの間だけ手持ち無沙汰になったので、改めて設営に抜かりがないか陣地を巡回して確認していたところ、マイロードがいない事に気が付いた。そういえばゲートから出てくるのを見たっきりだ。

 もしや波に攫われたのかと慌てて探すと、私の心配をよそに波打ち際で呑気に海を見ていた。まったく人騒がせなご主人様である。

 

 

「あっ、いたいたマイロード。そんな所にいたらコゲちゃいますよぅ」

「この程度の脆弱な日光なら問題ないわ」

「でも体力はどうしても削られてしまいますし……。マイロードは私たちのリーサルウェポンなんですから本番まで温存してないと。ほら傘の中に入ってください」

 

 愛用の紫傘を差し出してみたものの受け取って貰えなかったので、仕方なく砂地に持ち手を突き刺してビーチパラソル代わりにしておいた。

 そんなに嫌かなぁ、この傘。茄子っぽい色合いに深みがあって趣きを感じるんだけど。やっぱり和の精神は西洋の引き篭もりお嬢様には分からないか。

 

 

「姉君は早速各地に手勢を派遣しているみたいですよ。いつ戦闘が始まるか分かりませんし、側に控えておきましょーよ。一応名ばかりでも参謀なんですから」

「代理のお前がヘマしなければ良いだけの話よ。敵が来たら殲滅してやるから安心しなさい」

「もぉ勝手なんですから」

 

 呆れ返りながら、ふとマイロードの視線の先に目を向けてみる。何もない、ただの海。艶やかなコバルトブルー。寄せては返す白波の穂。見果てぬ広大な塩の湖。

 それを何もせず見つめていた。

 

 はてどうしたのだろうかと考えを巡らせ、一つの結論に辿り着く。

 

 

「ははぁん、さてはホームシックですね? 安住の地下室から飛び出しての外出、さぞご負担な事でしょう。お労しやマイロード、よしよししてあげますね」

「違うから黙れ、近付くな」

「はい近付きません。……いやでも、それが違うならどうして黄昏ちゃってるんです?」

「……私ともあろうものが随分遠くまで来たものだと思ったのよ。それで感慨に耽っていた。それだけ」

「ここだけの話なんですけど、それホームシックって言うんですよマイロード♡」

「しね!」

 

 しっかりと捻り潰されてしまったけれど、マイロードの心情を理解できたので良しとする。

 思えば今回の遠征は万年引き蝙蝠の人生初めての外出な訳である。多少思うところがあるのは当然に決まっている。見るもの全てが新鮮そのものだろうしね。

 

 ならばここはダル絡みするよりも、そっとしておいてあげた方が良さそうだ。

 マイロードにパラソルの影から出ないよう伝え、私は本営へと戻るのであった。

 

 

「あら、フランは?」

「マイロードは置いてきました。これから先の戦いには着いて来れそうにないので」

「……じゃ評定を始めましょうか」

 

 こうしていつも通り、マイロード抜きでの作戦会議は恙無く進んでいくのであった。

 内容としては尖兵の方々を各地に派遣して縄張りを確定させつつ、月側の動向を見守る事で纏まった。派手好きなレミリア閣下らしくない堅実な動きだよね。私の知識を念頭に置いて、慎重に動いているのだとしたら大変ありがたい話だ。

 

 

 こうしてついに始まった月面戦争。

 その熾烈な戦禍を予見した私は思わず身震いしてしまったものだが──。

 

 戦争開始から相応の時間が経過しても月側からの動きは散発的な防衛以外殆どなく、私たちは無為にあちらの出方を待ち続ける事になるのである。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 古代中国の都を模した建造物立ち並ぶ一画。中心部からは最も遠く、外敵と争いになればいの一番に被害を受けるであろうその場所は、月の都の盾として機能する区間であり、また平時は兎達の居住区になっている。

 求められている役割は明白である。

 

 そんな万が一の場合は激戦区になるであろう捨てられた地に、玉兎の一団が集結しつつあった。上層部からの通達を受けての緊急招集。

 不安をこびり付かせた顔で周囲を見回しているのが殆どだった。

 

 基本玉兎は自堕落かつ臆病な性格であり、根っから軍人気質な者は少ない。しかし戦争においてまず最初に弾除けとして犠牲となるのは彼等である。情報が全く開示されない現状であろうが、これから始まる闇への旅路に薄々と勘付きつつあった。

 

 そんな中、平気な顔をしているのは自分に脳波長の操作を施した過去従軍経験のあるベテランか、もしくは何もわかっていない間抜けな新兵だけである。

 そして、この浅葱色の二つおさげがチャームポイントな玉兎は後者だった。

 

 

「戦争は怖いけどさー、別にそんな心配する必要はないんじゃないかなー。どんな相手でも綿月様の片方が出張ればそれで終わりでしょ」

「それが無いケースが恐ろしいんだよ。前回地上の連中が侵略してきた時は出てきてくれたけど、もしこれが月の中での内輪揉めだったら政治的な駆け引きが完了する間、兎同士で延々と殺し合う羽目になるかもしれないじゃん」

「確かにそれはやだなー。まあ私は相手が誰であろうが負ける気はしないけどねっ!」

「清蘭はバカだなぁ」

 

 想像力の足りていない兵士は幸せである。

 話で伝え聞く悲劇には自分は含まれないと無意識に考えてしまう。そして万が一運悪く英霊に加わる羽目になったとしても、自分には特別な最期が用意されていると勘違いしてしまうのだ。

 

 人とは内心では死に方に憧れを持つものである。果たして、ヒロイックでドラマティックな最期を遂げて死んだ者など、この世に何人存在できただろうか。

 

 情報管理部出身でその手の残酷な現実に理解が深い鈴瑚は呑気に、それでいて可哀想な物を見る目で清蘭を眺めるのであった。

 と、続いてもう一方の、同じく余裕綽々な様子である不謹慎な玉兎へと目線を移す。

 

 

「ウチの主席様はどう思う? 自信ある?」

「まあ程々って感じね。どんな奴が今回の相手かは知らないけど、普段通りのパフォーマンスさえ発揮できればこの私に勝てない者はいないわ」

「おー! 流石は同期一の出世頭!」

「実際どんくらい強いの?」

「ふっ、正直私の力は既に主人である依姫様さえも超えてしまっている気がするけどね。でもそれを本人に教えるのはまだ忍びない……かな」

「そんなに!?」

 

 薄桃色の長髪を掻き上げながら物知り顔で自信満々に大言を言い放つ様は、まさしく歴戦の戦士そのものであった。あまりにも大きな態度に同期二人、清蘭と鈴瑚も感心したような声を上げる。

 

 が、実のところ、この玉兎もまだ戦争を知らない新兵である。しかも無知ではあるけれど自身への危害には酷く敏感な臆病者。そして、それでありながら態度は途轍もなくデカい。

 

 実力はある。弛まぬ努力もする。しかしそれ以上に表面上の態度と精神性の剥離が凄まじい、玉兎の良い部分と悪い部分を煮詰めたような存在。

 それが鈴仙という兎の全貌なのである。

 

 

「へぇそれじゃあ今回は鈴仙と同じ隊になれるよう天に祈っておこうかな。アンタと一緒ならどんな激戦区でも生き残れそうだ」

「私もー!」

「嬉しいお言葉だけど、残念。ついさっき依姫様と豊姫様直々に後方任務を承ったから、多分前線には出てこないよ。二人だけで頑張んなさい」

「はぁ!? なにそれズルッ!」

「いやー前線で力を振るえなくて残念だわー」

 

 前線行きを回避するだけでなく、安全かつ上からの覚えも目出度くなる後方任務に従く事は、正しく選ばれし玉兎にしか掴めない特等席。先ほどから鈴仙がバカに調子に乗っているのはその為である。

 周囲の玉兎達からの羨望の眼差しを受けて鈴仙の鼻は高くなるばかりだった。

 

 緩む頬を抑えながら、これまでの歩みを回顧する。

 思えば自分は幸福な兎だった。最後の最後で全てを失いかけたが、何とかそれも回避できた。

 

 類稀なる才覚を発揮して士官学校を主席卒業し、流れるように綿月一族お抱えの上級軍官に就任。人生勝ち組エリートコースを爆進中、そんな矢先の戦争。

 召集の伝達を受けた当初は、内心勘弁してくれという気持ちでいっぱいだったのを思い出す。

 

 仮に自分の命を脅かすような状況──例えば、周りの玉兎達と同じく前線に駆り出されるようなことがあれば、全てを投げ出して逃散していただろう。

 戦友、故郷、地位。大切で失い難いものには違いないが、自らの保身には及ばない。鈴仙とはそういう兎だ。

 

 だが何はともあれ、そうはならなかったのが全てである。自分の薔薇色人生は今後も続いていく。それだけで十分なのだ。

 

 

 しかし、この幸運の特等席が思わぬ形で鈴仙の運命を大きく歪める結果になろうとは、この時は誰にも予測し得なかったのである。

 





これが後々に成長を遂げて月の英雄になるらしいものとする(紺珠伝)
なお玉兎の上級軍官とは、いわゆる綿月姉妹のペットとしての地位を指すものとする。

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