「はぁはぁ……ど、どんなもんすかね? 結構上手いこと操れたと思うんですけど」
「稚拙。そんな腕で魔法使いを名乗ろうものなら失笑は免れないわね。これまでどんな研鑽を積んだのかは知らないけど、明らかに魔法への理解と精進が足りていない」
「えーそうですかぁ。ちぇ残念」
「……反応が軽いわね」
「普段もっと酷いこと言われてるもんで!」
私の言葉に「まあそれもそうか」と、ムッとした表情を引っ込めたパチュリーさん。簡単に納得されるのもなんだかなぁって感じだ。
現在、月面戦争開始から五日が経過している。今日も今日とて情勢に動きはなく暇なので、これ幸いに予め決められていたもう一つの目標を達成すべく、私はパチュリーさん監督のもと砂浜で奮闘していた。
交通事故のような流れでマイロードと交わしてしまった約束。虹を出現させる魔法の習得に励んでいるのである。リミットは月面戦争終了時点なので、それはもう必死に頑張っています。
というのも、近いうちになし崩し的に戦争が終わりそうな気配があるんだよね。具体的に言うとレミリア閣下のやる気的な意味で。
下手すれば明日にも戦争が終わりかねないので、ニッヒちゃん焦ってます。
「どうでしょう? 私みたいな似非魔法使いでも雨を自在に降らせる魔法は使えそうですかね?」
「知らない。貴女って過去から連綿と組み立てられてきた体系的な理論そっちのけに、フィーリングで魔法を扱っているでしょ。邪道過ぎてアドバイスのしようがないわ」
そう言われると納得するしかない。
私とパチュリーさんの魔法に対する姿勢は対極に位置している。
「そもそも貴女が水を扱えるのも先天的な才能によるものが大きいと思う。こればかりは自分なりに色々と試行錯誤して完成に近付けていくしかない」
「しかし悠長に鍛えている暇もないんですよね」
「……雨に頼る他にも幾つか方法はあるわよ。例えば、虹を出現させる存在を使役したりとかね」
「なるほどぉ。でもそれって結構高位な方々ですよね? なんだか無理そう」
「じゃあ自力で頑張ることね」
ざっと思い付く限りでも、そういうのは龍とか神様の領域。吸血鬼の私とは相性が悪過ぎる。
仮に私が人間だったら神下ろしの練習をして、市場の神様こと天弓千亦さんを召喚するんだけどねぇ。あの神様なら簡単にいけそう。アレは丸虹だったような気がするが、マイロード的にはセーフなのかな?
「そういえばパチュリーさん風のやり方ではダメなんですかね? あの属性に応じた精霊を使って水とか炎をドバーッと出しちゃう一から十まで他力本願なやつ」
「言い方」
「いやでもどのみち此処じゃダメそうですよねぇ。そういう自然の生命力みたいなのが希薄な土地ですし。あれ、という事は今回の戦争ではパチュリーさんは役立たず?」
「え、なに? 喧嘩売ってるの?」
魔導書を掲げ鈍器代わりにしてファイティングポーズを取っているパチュリーさんだが、流石に肉弾戦で負ける気はしないので曖昧に流しておく事にした。
取り敢えず『虹を出す』ことに限定すれば雨を降らせなくても大量の水を使用する事で可能っぽいので、最悪こっちを主軸に考えよう。幸運にも光の屈折を操る魔法は習得済みなので、水問題さえ解決できればあとはあっという間だろう。
ただマイロードは手抜きを許してくれないブラック上司。本来想定していた計画をすっ飛ばしての目標実現にケチを付けてくる可能性は十二分にあるので気をつけなきゃ。
さて、そんなこんなで今日の訓練に一区切り付けてパチュリーさんと共に本営に戻ったところ、紅魔館の幹部メンバー勢揃いで私たちを待っていた。普段海辺で孤立しているマイロードの姿すらあった。
これは来るべき時が来たかと、波乱を予感しつつ適当な位置に移動して我らがボスの一言を待つ。
「飽きたわ、全てに」
「あらー飽きちゃいましたか」
「お姉様の悪癖よ。いつものこと」
「では撤収ですかね」
全員あらかた予想はついていたのだろう。美鈴さんに至ってはレミリア閣下の持ち込んだ謎荷物を纏めている最中である。判断が早い。
月面着陸を果たした当初は初めて見る異星の環境や偵察から流れてくる風土の情報に興味津々だったレミリア閣下だが、五日目ともなると流石に出尽くした。
暇に耐えかねてフランちゃんゲートを通じて地上の食材を運び出し、果てには浜辺でバーベキュー大会を開催する始末。パリピ蝙蝠の名に恥じぬ陽キャムーブをかました。これはこれで約一名の陰キャを除いてみんな大いに盛り上がってたのでアリだと思う。すっごく楽しかったね。
しかしこれでも根本の解決にはならなかった。というか、レミリア閣下は月の都という存在そのものに興味を失くしつつあるみたい。
時代錯誤のディストピアな有様には表立って不快感を示したほどだ。
まああんな身体が不死なだけで感性は死んでいるような人達が住んでる都なんて『エンジョイ&エキサイティング』がモットーなレミリア閣下に合う筈がないのだ。
さて、これにて月面戦争は終結──とはならないのが、勢力の長として辛いところなのである。
「撤収にはまだ早いわ。せっかくあんなに準備して月までやってきて、何の成果も得られてないんじゃ話にならない。一つ、紅魔館の武威を見せつけてやってから悠々帰るとしよう」
「結局やるのね、一大決戦。そんな事しなくても、こっちを嗅ぎ回りに来てる兎を何匹か捕まえて、それを戦利品にして手打ちにした方が楽だと思うけど」
「分かってないわねパチェ。見たところ兎は奴らにとって消耗品に過ぎない。とっ捕まえたところで大した痛手にはならん。誰の目にも分かる明確な勝利が必要なの」
拳を握って力説しているレミリア閣下に、さっさと地上に戻って読書に励みたいパチュリーさんは白け顔だ。ついでに小悪魔後輩も同じく。
私と美鈴さんは上に従うだけだから静観。なおマイロードは「戦るの? 戦らないの?」と戦闘の有無だけ気にしている様子。いつものマイロードだね。
実際、現状の月面戦争の内容は桃の木を伐採しまくって月の環境を破壊した事だけ。あとは末端と末端の削り合いである。全く損耗が発生していない。木っ端妖怪さんと兎の皆さんとしては堪ったもんじゃないだろうけどね。
「じゃあ挑発でもして敵の主力を釣り出してみましょうか。そこでお嬢様直々に決着をつけることができれば綺麗な形になりますからね」
「まあ別に敵のど真ん中に突貫してもいいけどね。負ける気しないし」
「背水の陣は最後にしましょう? まあ海岸線を背にして陣を張ってる訳ですから、らしいと言えばらしいのでしょうが……」
流石は兵法の国出身。美鈴さんがもっともな言葉で諌めてくれた。
これに私も続く事にした。
気分はさながら、手に扇子を持ってビームを乱射しまくる古代中国の偉い人。今です!
「参謀らしいことを言っちゃいますと、相手と正面から戦い、互いに被害を出しながらも打ち破るのは下策です。奇策を用いて敵に大勝する事、これが中策。戦わずして勝つ事。これ即ち上策でございます」
「ニッヒ様、よくぞご存知で!」
「美鈴の国の格言なんだよねー!」
「そうですねー」
二人でにほにほと笑い合う。私と美鈴さんの仲良しは依然変わりなく! あとついでに私は褒められてとてもハッピー。美鈴さんのヒーリング効果もまた健在であった。
「それがどんな東洋人の言葉なのかは知らんが、理に適ってはいるわね。で、今回のケースは何を達成すれば上策になるのだと思う?」
「それに関しては西洋と何も変わりません。こちらが一方的に実利を手にし、逆に相手には屈辱を与える。それだけで十分です」
「なるほど、その落とし所は実に西洋らしいやり方ね。では私は何を得る?」
「月の連中が大切に保管してある物、これを秘密裏に強奪するのです。初戦はそんな程度でよろしいかと。月面戦争、無血の勝利です!」
まあ画面外では木っ端妖怪さんや兎の皆さんが死にまくってるけど、私達の目には映っていないので無血と言ったら無血なのである。戦争って悲しいね。
取り敢えずこの方針自体は修羅道に生きる紅魔館の皆様にとってもアリ寄りだったようで、頭ごなしに却下される事は無かった。ニッヒちゃん一安心。
なお約一名、戦闘が無いという事でつまらなそうに不貞腐れていたが、みんな気付かないフリをしている。とっても賢い。
と、自分の献策が採用されてハッピーな気分に浮かれていたところ、レミリア閣下がそっと私の耳に口元を寄せる。少しこそばゆい。
「それが未来での勝ち筋だった、という訳ね?」
「……さ、流石はレミリア閣下。イグザクトリーでございます。もっとも、レミリア閣下が考えた作戦ではないんですけども」
「だろうね」
やはりこの方には全てバレバレ。
何を隠そうこの作戦、八雲紫さんの丸パクリである。ロケットで攻め込むレミリア閣下とスキマで直接乗り込む紫さんがスケープゴートになってボコされている間に、幽々子さんが月の秘宝を盗み出すという例のアレ。
これを踏襲すれば原作同様、判定勝ちに持ち込めるんじゃ無いかと思った訳だ。綿月姉妹と矛を交えることなく帰還できれば万々歳だしね。
しかし、ここで小悪魔後輩が待ったをかける。
「そのー、方針自体は悪く無いと思うんですけど、肝心の秘宝を強奪する役目は誰が務めるんですかね? 月の人達とはあまりにも風体が違い過ぎるので隠密も難しいような気がするんですけど」
「参謀。反論しなさい」
「それに関しては、はっきり言って想定してませんでした。反論の余地がありません!」
「能無しが。やっぱりお前は使えないわね」
ここぞとばかりにノリノリで会話に割り込んでくるマイロード。私をコテンパンに貶すだけかと思いきや、彼女自身もなにやら考えがあった様子。
「月の連中は何を以て自分達と『それ以外』を識別している? 私達と奴等の一番の違いは?」
「うーん、やはり『穢れ』ですかねぇ」
これに関しては月人の最大の特徴として予め皆さんと共有している情報の一つだ。
月人は地上の穢れを忌み嫌っている。
そして穢れとは何かと聞かれれば、私ではちょっと答えに窮してしまう。妖精への反応を見る限り、生命の存在自体が穢れであり、自然こそが穢れそのものって説明が一番簡潔かつ分かり易いのかな? 地上の生き物が犯した罪と罰だとか、生命情報だとか、そんな話もあるよね。ニッヒちゃんはちんぷんかんぷん!
原作でも月の都潜入役に幽々子さんが抜擢されたのは、既に生命体ではなく亡霊だったから、穢れがなく月人に地上の存在だと気付かれない。そんな考えがあった筈。
でもマイロードがなぜそれを持ち出してきたのか。これが分からない。
「初めから気になってたのよ。月の連中の動きがあまりにも鈍い」
「やつらが愚鈍なだけじゃない?」
「でも現状を見る限り、奴等の防衛自体はしっかりしてるでしょ。組織的な動きは明らかに完成されている。ただし、初動を除いて」
「初動?」
「このバカが月に降り立った瞬間よ。奴等がそれを察知できていたのなら、コイツが悠長に建築やら伐採やらしているのを許す筈がない。私達が月面に降り立って、初めて作戦行動を開始しているの」
マイロードの指摘に一同頷くしかなかった。確かにそう言われてみると、かなり不自然な点が多々あるような気がしてきた。
やはりマイロードは天才だ。ボケーッと海を眺めてばかりいるのかと思っていたが、密かにそこまで考えを巡らせていたとは。
やっぱり貴女様が参謀でいいと思うんです、私。
「お前にはその穢れとやらが無いんじゃない? だから月の奴等は気付けなかった」
「むぅ……」
「よくよく考えてみればお前って生き物かどうかも分からない動く人形だし。ここにきて漸くその答えが半ば実証された形になるのかもね」
「つ、つまりどういう事ですか?」
「お前は生き物じゃない」
「Nooooooooo!!!」
いま明かされる衝撃の真実に私は膝から崩れ落ちた。周りの皆様の「やっぱりそうなのか……」みたいな反応も相まって余計に傷付いた。
……でもまあ、否定のしようがないので受け入れるしか無いよね。正直、私が生きていようが死んでいようが、そんなのただの誤差ですし。
という訳で自分の生き方でクヨクヨ悩むのはあまり好きじゃないのでさっさと立ち直る事にした。
「確かに言われてみれば、生物としての三大欲求が無いのもそういう事なのかもしれませんね。私って全然眠くならないし、ご飯も今まで一度も食べた事ないし」
「いや性欲はあるでしょ。お前いっつも門番に発情してるじゃないの」
「はぁ!? し、してませんけどぉ!?」
皆様の前で妙な事を口走るのは本当にやめてほしい。事実無根である。
ちなみに、これは違うんですよの意を込めて美鈴さんにアイコンタクトを飛ばしたところ、困ったような優しい笑顔で返された。逆にキズつくやつだコレ!
と、見かねたレミリア閣下が間に入り、話を前に進めてくれた。
「話を戻すけど、つまりニッヒなら月人に気付かれる事なく奴等の本拠地で活動できるって訳ね?」
「可能性の話だけどね。まあダメでも鉄砲玉として扱えば損はないでしょ」
「ひぃん」
「どちらにせよ試してみる価値はありそうね。美鈴、確かひっ捕えた兎から剥ぎ取った軍服があったでしょ。アレをニッヒに渡してあげなさい」
「了解しました」
「頭にくっ付いてる耳も引っこ抜いて付け耳にできるようにしなよ。あと尻尾も」
「それは名案ねフラン」
「あまりにも猟奇的なのはちょっと引きます!」
基本中世脳というか、頭バーバリアンなんだよねレミフラ様って。こういう行為を後世の人達がどう見るのかを全く考慮してない気がする。未来のファンをドン引きさせるのは……やめようね……!
とまあ一応捕虜の兎さんを庇ってはみたものの、耳は代用できるものがなかったので仕方なく頂戴する事になった。その代わりとは言ってはなんだけど、尻尾は死守してあげたから許してクレメンス。
玉兎への変装はほとんど完璧。ここに、とっても可愛いブレザーバニーのニッヒちゃんが誕生したのでございます。なお外見的には実質バニーマイロードな訳だが、私はその姿を拝めないので大変残念である。
こうしていつの間にやら私の月の都潜入が既定路線となり、それに向けた最終調整をしていた、そんな時である。パチュリーさんが最後の待ったをかける。
「ちょっと待ちなさいレミィ。まさかとは思うけど、コイツ独りに月の秘宝とやらを盗ってこさせるつもりじゃないでしょうね」
「そのつもりだったけど、何か問題があるかしら?」
「大アリよ。コイツが地獄から持って帰ってきたガラクタ群の事を忘れたの?」
「……あー」
レミリア閣下だけじゃない。その場一同、眉間に皺を寄せて唸りながら私を横目で覗き見る。
要するに私の審美眼というか、センスを疑っているのだろう。非常に失礼な事この上ない! 地獄のお土産だって皆様からは不評だったけど、私的には最高のお買い物だったんだもん。私のセンスが未来的過ぎたのがいけなかったのだろう。そうであろう。
なんというか、この調子だと幽々子さんリスペクトで超古酒を略奪してきても文句言われそうだね。悪い意味でハードルが高く設定されてしまっている。
「そんなに私に選ばせるのが嫌なら、どなたか着いてきますか? マイロード以外なら正直誰でもいいですよー。バレないよう隠密行動できるならの話ですけどー」
「ちょっと! なんで私はダメなのよ」
「だってマイロードってこの世の厄という厄をありったけ詰め込んだような穢れの権化じゃないですか。隠密も下手くそそうだし、絶対一発でバレへぶぁっ!!!」
「隠密、ねぇ。美鈴できそう?」
「流石に専門外です。相手の気を逸らしたりなどは有効だと思いますけど、中枢は厳しいかと。それに私は陣地を守っている方が性に合ってますので」
「そうか。パチェはどうだ?」
「ハッキリ言ってそんな危険な役目はゴメンだわ。そもそも月面じゃ私の得意な系統の魔法はほとんど使えないし。悪いけど」
「んー、ならだめかぁ」
「あっ私には聞かないんですね!」
ブン殴られている私と半ば戦力外通告を受けている小悪魔後輩そっちのけで話が進んでいく。慣れっていうのは恐ろしいものである。
決定に大した時間は掛からなかった。全てはレミリア閣下の一声によって決まるからだ。
「なら私がニッヒに着いていく。カリスマの中のカリスマである私が直々に選ぶんだから、それなら誰も文句はあるまいよ」
「レ、レミリア閣下が来るんですか?」
「不服か」
「そうじゃないんですけど……お言葉ですが、隠密とかできるんです?」
「いや、できん」
自信があるのかないんだか、そんな事を即答する。しかし言葉とは裏腹に口元には不敵な笑み。何やらよからぬ事を企んでいるのは明白だった。
「だからねニッヒ。貴女と同じ状態になる事ができれば、自ずと条件は達成される、そう考えたのさ」
「!?」
私達は忘れていた。
一大勢力の首領として在るべき姿ばかり見ていたのでつい失念してしまうが、レミリア閣下はマイロードに負けず劣らずの我が儘で、ついでに負けず嫌いなのである。
「クックック……見てなさいフランドール! 分身を作り出せるのはお前だけの特権ではないッ! 闇よりいでよ、我がスペアッ『フォーオブアカインド』!!!」
ニッヒちゃんとパッチェさんは初対面の時の事もあって、そこそこ毒のあるやりとりを互いにしているものとする。なお美鈴か小悪魔を間に挟むと二人とも大人しくなるものとする。