手術入院により遅くなりました(n回目
あとがきに告知のようなものがあります。
「隣、いいかしら?」
「珍しいわね。お前の方から私に近付いてくるなんて、一体どういう風の吹き回し?」
「当然、貴女に好んで近付く馬鹿はいない。ただ単に嫌悪感より知識欲が上回っただけの話よ。だからこうして嫌われ者の貴女にも話しかけてやってるの」
「相変わらず生意気な小娘。お前らしい」
欧州地上軍の本営から外れた、海を臨む砂浜の一画。フランドールの専用席と化した紫パラソルの隣にパチュリーが腰掛ける。わざわざ少ない精霊リソースを駆使して風の空気椅子を作り出していた。
仮にニッヒやレミリアが宣えば即座に拳が飛び出すであろう無礼な物言いであったが、フランドールは軽く一笑に付すだけだった。パチュリーとはそういう女だからだ。暴力でわからせてやっても全く顧みない。
「で、何が聞きたいのさ」
「貴女に聞く事なんて、今はひとつしかないでしょ。分身魔法の第一人者さん」
「恥を忍んで教えを乞うか。若干興醒めね。直向きに学究の徒であろうとするお前の姿勢にはちょいとばかり尊敬の念を抱きかけていたんだけど」
「……魔女としての矜持より、心配が勝るわ。流石に」
知識の探究において一切の妥協を許さないパチュリーが、熟考を放棄して一直線に答えを欲するのには相応の理由がある。それはフランドールにも十分納得できるものだ。
つい先ほど、意気揚々と潜入任務のため敵の本拠地へと出掛けていったニッヒとレミリア。その尋常ならざる様相にパチュリーが思わず心配してしまうのも無理はない。当然である。
「レミィが使ったあの魔法。アレは貴女のを見様見真似で模倣したのよね。たしか『フォーオブアカインド』ってスペルだったかしら」
「そうね。それで?」
「私にはレミィの使ったアレがどうしても正規の魔法には見えなかった。……本当に模倣は成功していたの?」
「あんな術式も魔力の加減も滅茶苦茶な魔法が存在してたまるか。本来の『フォーオブアカインド』はもっと緻密で、相応の技量を要する秘術よ」
「よね。安心したわ」
自身と全く同じ情報を持った存在を肉体付きで複数体完全顕現させる魔法というのが巫山戯た領域に位置する神業である事は、専門外のパチュリーでも容易に想像できる。
それも種族的、先天的な要素の悉くを排し、極めさえすれば誰にでも使えるようになる『魔法』の領域にまで落とし込んだのは紛れもないフランドールの偉業。
故に、そう簡単に模倣されては困るのである。魔法使いとしての沽券に関わる。
「そもお姉様は生まれてこのかた訓練した事がない筋金入りの怠け者。いわば世界最強の赤ん坊よ。そんな奴が初めて最難関の数式に触れたんだもの。碌な結果にならないのは火を見るよりも明らかだった」
「今日は一段と辛辣ね。本人が聞いたら泣くわよ」
「まあアイツの言い分にも正しい部分はあると思うわ。不純物を完全に廃した純粋な力ってのが強力なのも認める。だが間違っても私やお前の真似事を遂行できるような技量はない。思い上がりも甚だしい」
そう吐き捨てた。概ねパチュリーの望む答えをそのまま用意してあげた形だ。
吸血鬼特有の傲慢さを更にタールで煮詰めたようなこの性格と、瞬間湯沸かし器と例えるに相応しい強烈な激情から繰り出される暴力性さえ無ければ──少なくとも魔法使いとしてはリスペクトできる部分があるというのに。
パチュリーにはそれが心底残念でならない。
しかし存在しない可能性に想いを馳せてもしょうがない。それよりも今は、実際に目の前で横たわっている問題を意識しなければ。
「じゃあつまるところ──『アレ』は失敗作で確定ってことでいいのね」
「見りゃ分かるでしょ」
「いいですよお嬢さまー。あんよがお上手ですよー」
「うっ……うー……」
「はい! いっちに、いっちに!」
「やっぱおみずむりぃ……おうちかえるぅ……」
遠くを見つめる二人の視線の先には、産まれたての子鹿のような覚束ない足取りで波打ち際を歩く我らが当主様らしきモノ、そしてその両手を掴んで保母さんのように先導してあげる美鈴の姿があった。
何がどうしてこんな珍妙な事態になってしまったのか。時は『似非フォーオブアカインド』の詠唱まで遡る。
先述のとおり持ち前の魔力と天性のセンスを振り翳し、ノリと勢いだけで人生初の高難度魔法に手を出したレミリアは、手痛いしっぺ返しを受ける事となった。
鼻につく詠唱を終えると同時にレミリアの身体は眩い紅閃光に包まれる。そしてその輝きの先に居たのは、死んだ蛙のように腹を見せてぶっ倒れている二人のレミリアであった。
この『似非フォーオブアカインド』は、無から
何故なら、本体の情報を複写する
そのリソースは極めて限定的だ。
「お姉様の魔法の本質は魔力と知性の等価交換ね。一方に魔力に注ぎ込むだけ、ああいう力を持つだけの木偶の坊が出来上がる。もう片方は魔力を失うだけ従来に近い情報を持つけど、代償に脆弱なハリボテとならざるを得ない」
「致命的な欠陥だけど、全てを均等に分割できれば、まだ幾らか使い方が想定できる魔法ね」
「でもお姉様に魔力操作の技術なんて皆無だし、全てが大雑把だからね。一か十しか知らないもん」
「それで極端になっちゃうと」
どうして見切り発車でそんな魔法を開発してしまうかな、と。妹とは別ベクトルで魔法をコケにする友人に対し、パチュリーは眉間の皺を押さえるのであった。
ただし、今回に限ってはその致命的な欠陥部分が重要な役割を果たしたのだ。
力の殆どを知性ゼロの自分に奪われた事でスカスカになってしまったもう片方のレミリアだったが、その副産物か、普段その身から漏れ出ていた禍々しい気配や存在感が消失していた。これによりニッヒと同じく月の都潜入の資格を手にしたのである。
自分の魔法が欠陥物である事を認めたくなかったレミリアは「予定通り!」と高らかに宣言し、簡単な指示だけ出すとニッヒを伴い逃げるように月の都へと向かってしまった。
こうして、その場には呆気に取られた妹含めた従者一同と、周りの視線が怖いのか頭を抑えてうずくまり「うーうー」唸るもう一人のレミリアが取り残される事となったのである。
「うわあああああああ!!! めぇりぃぃぃぃん!!!」
「こらっ小悪魔さん! お嬢様を虐めちゃダメ!」
「えー? 虐めてなんかないですよー? そう、偉大なる空に輝く紅魔の星にして欧州の覇者たるレミリア様たっての御命令に従い、心を鬼にして試練を与えているだけですとも。そらそらぁ苦しめぇ!」
「うわああああああ!!!」
残された分身の処遇だが、流石に自分の姿で痴態を晒されるのには抵抗があったのだろう。自称:本物のレミリアは「自分が戻るまでに軟弱な
その結果、怖がる分身を無理やり海に引き摺り込み我慢させて精神力を高めるという昭和的な荒療治がスタートしたのだ。
なお小悪魔はこれ幸いにと普段の鬱憤を塩水として分身にぶつけて楽しんでいる。彼女が低級悪魔から一向に昇格できない小者たる所以である。
そんなあれこれをパチュリーは白けた目で、フランドールは面白そうに、それぞれ見守る。
そして今に至るのだ。
「まあ当初の目的は達成できた訳だから結果オーライでしょ。見た目は間抜けそのものだけど」
「そうかな……そうかな……?」
「あとはあの自称:本物のお姉様が宝を物色して、ニッヒのバカが盗み出してくれば戦争も終わり。私達の仕事は使えない姉のお守りをするだけ。くだんないね」
「不服そうね。姉の痴態をありありと見せ付けられるのが嫌?」
「いんや。不機嫌な理由はただ単純に、物事の決着は闘争の果てにある生死によって徹底的に定められるべきであると私が考えているからよ。ぬるい勝利なんて、そんなものはマヤカシの結末だもん」
「……」
「急に黙らないでよ」
戦闘に対するフランドールの歪んだ熱意へ理解を深める気はない。よって沈黙が答えである。
「言っておくけど、私はあのお姉様のこと結構好きだよ。一生懸命だけど頭が足りていない感じが面白い」
「可愛いとは思うけど……うーん」
「あとアレを見てると乱世に染まる前の、昔のお姉様を思い出して懐かしくなるのも理由の一つね。うーうー煩いのはクッソ耳障りだけど」
「どのくらい昔の話?」
「私が地下篭りに全ての価値を見出した頃」
「遥か太古の話ね」
呆れたように言葉を返すと、パチュリーはその場を立つ。聞く事は聞けたので、もはやフランドールと話す意味は皆無である。元々好き好んで話しかけるような相手ではないのだ。
彼女の考えとレミリアの宣言が正しければ今回の戦争はそろそろ幕引きらしい。よってさっさと撤収の準備を進めるに限る。一刻も早く図書館での読書ライフに戻りたいパチュリーは少々気が急いていた。
「ふん。相変わらず面白くない奴」
一方のフランドールもそう吐き捨てて、水平線へと視線を戻す。こうしてぼんやりとくだらない思考に時間を費やすのが最近の自己流トレンドである。
少し前の自分であれば生意気な態度を取るパチュリーを生かしておくような事はしなかった筈だ。なんなら、紅魔館に殴り込んできた際に確実に殺していた。
なら何故、今もこうして生意気を許しているのか。それはニッヒが……死の間際までパチュリーの助命を懇願していたからだ。だから殺せなかった。
彼女というピースがフランドールを取り巻く不可解な現状の全てを作り出していた。
そうだ、アイツさえ居なければ生まれて初めての外出など無かっただろう。ましてや月になんて絶対やって来なかったし、姉の醜態を笑って見過ごすような余裕も持ち合わせなかっただろう。
フランドールとしては己一人で敵の本拠に突貫しても良かったのだ。
月に巣食う輩を非戦闘員など関係なく殺して殺し回って、文明を破壊し尽くして、相応の強者を屠ったあたりで悠々帰還する。それが本来の逸楽の形。
でも今回は……否、今回も己を曲げた。
月面戦争のメインはニッヒでなくてはならないから。全てはあの股肱の臣を、手放し難い己の分身を、いつまでも自分の掌に残しておく為に必要な手間だからだ。
戦争自体は何の実りも無くていいし、最悪負けでもいいのだ。肝心なのはニッヒを中心として大多数の運命を巻き込み、彼女の運命を固定化させる事にある。
だから自分はこうして本営でどっしり構えているだけでいい。それ以外の役割は存在しない。
ニッヒの作戦が成功すれば大人しく紅魔館に帰る。失敗したなら、彼女にあらかじめ仕込んでいた危機を感知して発動する『召喚魔法』で己の手元に呼び寄せ、惨めな敗走を以て戦争を終わらせる。
月面戦争の実態はパチュリーに話したモノより遥かにどうしようもなくて、利己的であった。
「本当にくだらない」
吐き捨てた言葉は誰へのものか。
今に至るまでの全てを自然なものとして受け入れようとしている自分自身に対し、フランドールは白けていた。呆れ返っていた。戒めていた。
そして恐れていた。
◆
宝の在処を探る際、一番留意すべきポイントとはなにか。盗賊でも海賊でもないニッヒちゃんだが、頭を悪党のそれに切り替えて考えてみた。
まず宝とは誰の手に収まるものなのか。答えは簡単、時の権力者の元である。
次に権力者とは何処に居を構えるものなのか。そうだね、中華の都を模してるなら街の中心を貫く大路地の先だね。日本風に言うなら内裏だね。
と言う訳で、私たち地上派遣窃盗団は月の都で最も大きな宮殿に狙いを付け、郊外から一直線にモグラが如く穴を掘っていた! レッツディガップ!
「よいさ! ほいさ! そいやぁ!」
「少し方向がズレてきてるわね。気持ち左に修正しなさい」
「あいあいさぁ!」
力を失くす以前に泥臭い仕事を忌避するレミリア閣下は、超音波によるエコーロケーションでナビを担当している。これで宮殿の位置と周囲の警戒は完璧だ。
ちなみに私と同じくブレザーバニーに変装して万が一に備えてもらっているが、側から見たらただのコスプレ幼女姉妹である。絵面が非常によろしくない。
なんにせよ潜入は時間との戦い。私は汗水流しながら一心不乱に『掘削式レーヴァテイン』を振り回していた。またの名をシャベルともいう。私が直々に鍛えた魔鉄シャベルだから硬い岩盤も豆腐のようにスイスイである。
なおマイロードからは「『レーヴァテイン』って名付ければ何でもいいって訳じゃねーぞ」との苦言と金言を頂いている。
「うー……! やっぱり納得いかないわ! 高貴な私がこんな虫ケラやミミズみたいな方法で侵入しなきゃならないなんて!」
「でも正門前で警備していた門番の方々ったら凄く強そうでしたからねぇ。戦闘は極力避けた方がいいと思います。ほらレミリア閣下が全力を出せるならともかく、戦えるのは私だけなんですからー」
「ぐぬぬ」
悔しげに唸るレミリア閣下。今回の盗宝計画は私が現場監督として仕切る事になってるのでね、申し訳ないけど我慢してもらわなきゃならない。
綿月姉妹が住んでいるのであろう宮殿の前にいた二人組の門番だが、あれはかなりの使い手であるとニッヒちゃんは看破した。よって戦闘は断固として回避!
月人と殺り合う上で一番恐ろしいのが、そこら辺を歩いているモブが原作では無名なだけで、実は何らかの高名な神様であるというパターンである。
ノリノリで喧嘩を売った相手が建御雷神とか経津主神でした、なんて事になったら悪夢だ。即スクラップにされてニッヒちゃんの冒険は終わってしまう。
そんな危険性を考慮すれば土竜攻めが如何に有効な手立てか理解していただける事だろう。それを思えば自ずとシャベルを握る力も強くなるというものだ。
「うおおおお天裂き唸れぃ魔剣レーヴァテインッ!!! ほいさ! ほいさぁ!」
「剣……?」
「極限まで鍛え上げられたシャベルは剣の代わりを務めてくれる立派な武器! 武器なのですレミリア閣下! 偉い人にはそれがわからんのですよ!」
「お、おう」
『擬似フォーオブアカインド』は要するに戦闘力に比例して知能情報気品カリスマ質量の全てを奪われてしまうクソ技であるものとする。なおニッヒちゃん枠がもう一人増えると流石に大変な事になるので自重したものとする。
またマイロードが今回言及していた『召喚魔法』は、ニッヒちゃんが地獄へ出発する前に密かに仕込んでいたものであるものとする。
予告ですが、あと数話投稿された時点であらかじめ用意していたイラストを公開し、さらに章分けを作成いたします。すぐに公開・作成しない理由はネタバレになるからです(ネタバレ)