フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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動く似非図書館

 

 冷たい壁の中からこんにちは。今日も元気にフランドール様の従者、兼サンドバッグな分身(不良品)ちゃんと申します。

 先述の通り、私は壁の中に埋まって一体化した状態になっている。

 

 こうして生物と鉱物の中間の生命体となって自分が存在する意味を考えていると、これが中々クセになる感覚を得られるのだ。いずれ悟りを開けるかもしれない。

 

 それにしても張り手一発で壁のシミと化してしまうとは、あまりの破壊力にドン引きだ。マイロードの力が日に日に増してきているような気がする。行き着くところまで行ってしまうと何が起きるのか。キュッとしてもらえばドカーンで楽なんだけども。

 

 さて痛みが引いて身体が動くようになってきたので、そろそろ壁のシミから卒業したい頃である。しかしそれにはマイロードにお伺いを立てねばならない。

 

 

「ねえマイロード。反省したのでそろそろ壁から出てもいいですかね? ダメ?」

「動いたら殺す」

「ダメかー。そっかー」

 

 どうやら今日は色々とイケない日らしい。マイロードの機嫌は日によって乱高下するので、それに合わせた対応をしなければならない。つまり今回は私の対応ミスだ。大人しく壁のシミを継続しておく。

 

 まあ私のミスと言っても内容はやはり理不尽の極みだ。マイロードが「お前の視線がムカつく。言いたい事があるならハッキリ言え」なんて言うもんだから「カビ臭ぇ部屋で万年引き蝙蝠の介護なんか堪ったもんじゃねーな」的な事を言ってこの始末である。発言の自由が得られたと思えばこれだ。

 

 それにしてもこのままだと、数日か最悪の場合だと数年は壁に埋まり続けなきゃならなくなりそうだ。流石の私もそれは勘弁願いたい。

 

 

「許してよぉマイロードぉ。さっきのはただオブラートに包むのを忘れてただけなんですー」

「つまり本音ってことじゃないの」

「私が言いたかったのはそういう事じゃなくて、篭りっぱなしは身体に悪いって伝えたかっただけなんです! 外に出ましょうよー」

「ふん。私達吸血鬼の身体は変幻自在、そして不変。体調や体型が崩れることはないの」

「だからずっと成長しないんですねぇ」

「……私に言ってるの?」

「姉君のことです!」

「そう。ならいいんだけど」

 

 追撃の右フックを事前に察知し、慌ててまだ見ぬ当主様を生贄に捧げる事で何とか無傷で生還できた。ありがとうございますレミリア閣下、ついでに妹君を今すぐ回収しに来てくれるともっと嬉しいです。

 

 と、心なしかマイロードの機嫌も幾分良くなっているようで、異形の羽が僅かに揺れている。表情も幾分和やかだ。それほどまでにレミリア閣下の事が嫌いなんだろうか? あの華やかな『レミフラ』は今どこに……。

 

 しかしそれはそれとして、このまましばらく機嫌の良いままで居てくれるのであれば大歓迎である。変わらない貴女様が好き。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それから程なくして壁から脱出できた私は感謝と反省の言葉を改めて述べた後、職務に戻った。何に対する感謝なのかは謎だけど、取り敢えず感謝感謝。

 

 まあ頑丈な身体で生んでくれたことを感謝しているのは確かである。おかげで即死せずに生き地獄を味わう事ができている。マイロードの棺桶に向かって一日一万回感謝の正拳突きでもしようか。本人には怖くてできません。

 

 そんな細やかな反抗を考えていた時だった。マイロードから新たな指令が下った。

 

 

「図書館に本を取りに行くから着いてきて」

「いいんですか!? やったー私は自由だー!!! 辛気臭い地下室とはおさらばだぜぃ!」

「……わかってると思うけど、お前が部屋から出るのは私の許可がある時に限定するわ。それ以外で一歩でも階段を登れば殺す」

「あ、はい」

 

 ノリと勢いで出入り自由って事にならないかと思ったが、そこはしっかり釘を刺されてしまった。当然なんだけど、やっぱり私の自由が無いも同然であることを再認識してしまって悲しい気持ちになる。解放してクレメンス。

 

 しかし何はともあれ、これで初の地上デビューである。誰かに会いに行くわけでもないが、少し身なりを整えておきたいものだ。気構えの問題ね。

 

 

「マイロード。ちょっとばかりおめかしの時間をいただきたいんですけど」

「ああ、私がやってあげるわ。こっち来て」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 思わぬ申し出だった。正直凄く助かるので断る理由はなかった。吸血鬼は鏡に映らないので色々と不便。弱点も多いし、隙だらけボディなのだ。

 それにマイロードは私と同じく自分の姿が見えないのにヘアスタイルが常にバッチリきまっている。普段はあんなにガサツなのにそのあたりだけはしっかりしているのだ。年季が違うって事なのか。

 

 あとはやはりマイロードが私の為に動いてくれているって事が一番の涙ちょちょ切れ感激ポイントだ。めちゃめちゃ厳しい人が不意に見せた優しさのせいだったりするんだろうね。

 

 

「じゃ、パパッとやるから動かないでね」

「はーい。よろしくお願いしまあああああっ!?」

「えいっ」

 

 ぶちぶち、と。嫌な音と激痛が背中に走る。マイロードが私の羽を引きちぎったのだと理解するのに時間はかからなかった。さらに追い討ちを掛けるようにナイトキャップ、ベスト、ヘアゴムを剥ぎ取られてしまった。

 

 痛みに悶え半泣きになりながら唖然とする私に対し、マイロードは満足したように頷くのだった。

 

「これでよし、と。この見てくれなら使用人でも通じそうね。あとは、布で口元を隠しておけば良いわね」

「追い剥ぎの次は誘拐ですか!?」

「仕方ないでしょ誰かに見られたら面倒臭いもの。お前のお披露目はまだ先よ。それに羽はまた生えてくるから我慢して」

 

 なんでこの人は事前の説明なくこんな事をやってしまうのだろうか。答えは簡単、マイロードは世間知らずのお嬢ちゃんだからだ。饕餮さんも同じ事を言ってたような気がする。

 

 まあサイドテールを千切られなくて良かったと不幸中の幸いを喜ぶしかない。マイロードの暴虐は自然災害のようなものなのである。泣き寝入りするしかない。ぐすん。

 

 おめかしどころか色々と大切な物を失い、最後に私の唯一の所有物であるイカした傘を万が一の日光対策に携帯して準備完了。周りから今の私がどんな目で見られているのか、非常に気になる装備である。

 

 夢にまで見た真っ暗な階段、その先をマイロードと共に踏み締めていく。ex道中曲というか、中華系のメロディが聞こえてきそうな雰囲気だ。

 

 

「いやぁ生まれて初めての地上なので不安です。マイロードは大丈夫ですか?」

「別に大したものはないから警戒しなくていいの。お前はただ黙って私が選んだ本を持って側に待機するのが仕事なんだから」

「へー、部屋から出たのにあんまり動じてないんですねぇ。慣れない外界に結構テンパるものかと思ってましたわば!!!」

 

 普段通りの威力の鉄拳が私の頬を撃ち抜いた。コンディションは少しも衰えていないようだ。やはりこの拳は世界を獲るに値すると再確認できた。

 

 それにしても外出を促していた身で言うのもなんだけど、マイロードはこんな気軽に地下室から出てもいいんだろうか。姉君から幽閉されてたりって話はガセ? 

 

 まあ絶対的な指針である筈の『フランちゃん』がこんな感じなので、もしかすると私の知識はあまりアテにならないのか。

 ガセ情報で構成された謎生命体な私。歩くワザップと呼ばれても文句を言えない現状に涙が止まらない。

 

 

 こうして図書館に到着し、本の物色を開始するマイロードを眺めながら所在なさげに佇む。時折投げ付けられる本をキャッチし、脇に保持するのが私の仕事だ。決闘者ばりの投擲スピードで飛来する分厚い本から感じる殺意は気のせいだと思いたい。

 

 

「図書館だから当たり前なんですけど、なんだか静かですねぇ。こう、もっと賑わってるものかと。あと思ったよりこぢんまりとしてます」

「日中だと利用者はほぼいないよ。居ても清掃中の従者ぐらいだから気にしなくて良いわ」

「へー……司書さんとか居ないんです?」

「居ると思うけど興味ない」

 

 図書館の司書といえば言わずもがなパチュリー・ノーレッジ女史だと思うけど、マイロードとの接点はあまりないらしい。そんな訳無いと思う。

 周りを見渡してもそれらしき人や小悪魔さんの姿すらない。……もしかして紅魔館には図書館が二つあるのか?

 

 なんだか嫌な予感。

 

 

「こんなものか。帰るよ」

「イエッサー!」

「……いやちょっと待って」

 

 私へと顔を近付けるマイロード。マジマジと見つめたと思いきや、さっきまでの辛気臭い様子はどこへやら、私の愛想笑いに対しそれはもう獰猛な笑みを返してくれた。

 

 笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点であると、お侍さん漫画に書かれてたのを思い出した。もしくは私の苦しむ顔が面白くて仕方がないからか。どのみち悪魔的である。

 

 

「お前、手先が器用だったわね」

「ええまあ、はい」

「じゃあ何か美味しい物を作ってちょうだい。最近似たようなメニューばかりで飽きてたのよね」

「ああ、謎肉と謎スープの」

 

 私もね、マイロードは毎日同じ物ばかり食べてて飽きないんだろうかと思っていたところだ。偏食を咎めても聞き入れる訳ないし。だがやはりマイロード自身も思うところがあったようだった。

 

 それで私に作らせる気満々なのも迷惑な話だ。そもそも私は料理未体験だし、ましてや一度も食事という物をした事がない可哀想な子なんだけども。

 

 

「マイロードがお望みとあらばやってみますけど……味は保証できませんよ? 不味くても文句を言わない、お残しをしない。それができるなら作ります」

「不味かったらお前が全部食べるのよ。さあ行きましょ」

「あ、はい」

 

 料理人のプライド的なものを見せれば少しは引いてくれるかと思ったが、マイロードの横暴はさらに上をいく。私はゴミ箱扱いだ。まさしく天上天下唯我独尊。

 

 我が立場の儚さに涙を流しながら、私はずるずると厨房へと引き摺られていくのだった。





マイロード…閣下、旦那様の意(古英語。皮肉を込めて、またはからかって使われる事が多かった)

なお不良品ちゃんに名前が付くのはもう少し先であるものとする。
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