フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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もうちっとだけ続くんじゃ(亀仙人)


紅より儚いメイド達

 

 

 稀神サグメの取り計らいにより軟禁から解放されると同時だった。妹の救援に赴くべく能力を行使しようとした豊姫だったが、そこに待ったが掛けられる。

 地上の妖怪を殲滅する前に、ひとつ耳に入れておかねばならない情報があるとの事だった。

 

 早期の解放に尽力してもらった手前、無碍にはできない。豊姫は若干の逸る気持ちを抑え、サグメから語られるその内容を耳に通す。

 それは普段感情を表に出さず柔和な微笑みを浮かべるだけの豊姫に、ハッキリとした不快感を露わにさせるものだった。

 

 

「八意様の研究施設、ですか。全て破棄されたと聞かされていましたが、まだ残っていたとは」

「貴女達は八意様の親族であり弟子。その結び付き故に一部の情報は意図的に伏せられていました。とは言っても、それを知るのは私を始めとした極小数」

「そしてその情報を今更私に開示するという事は、何か大きな問題が起きたのですね? タイミングから察するに、地上の賊が研究施設に入り込みましたか」

「……」

 

 沈黙は肯定。限られた情報で的確に物事を理解してくれるのは、無駄に喋る事を嫌うサグメにとって歓迎すべき事だった。これだから豊姫とのやり取りは楽で助かる。

 

 この事件が此度の月面戦争をややこしくしていた。

 研究室を荒らされ回ったのも大きな問題だったが、一番の被害は『盗難』である。

 

 

「盗まれたホムンクルスですが、恐らく時の流れを操る能力を所持しています。月の都の永遠恒久化を目指す実験の中で生まれた産物ですので」

「……その子が生み出されたのは、つい最近のことですね? 少なくとも八意様が姿を消した後のこと。差し詰め蓬莱山の姫の代わりを作ろうとしたのでしょう」

「ご名答です」

 

 月の都を永遠とすることは、月の民にとって最大の悲願。滅び、衰退、変化……それら全て不要なものと切り捨てた者達が行き着いた醜さの果てである。

 その為に月の民はこれまで様々な手段を講じてきた。地上の聖域、浅間浄穢山の地下にて現在進行形で行われているアレコレもその結果生まれたものだ。

 

 しかし浅間浄穢山は所詮急場凌ぎで仮初の永遠しか得られない。中で働かせている部品(ユイマン)が壊れてしまえばその都度修正する必要があった。この不安定さは看過できない。

 なので常々別の方法を模索してきた。

 

 磐永阿梨夜ならば都を不変に近付ける事ができただろう。しかし彼女は愚かにも都への激しい敵意を隠そうとしなかったので、万が一の際に保険として扱う以外に使い道はないと判断。やむなく封印する事にした。

 蓬莱山輝夜ならば都を限りなく永遠に近付ける事ができただろう。しかし大罪を犯し、そのまま永琳と共に何処へと消えてしまった。その失意たるや計り知れない。

 

 こうして都の永遠化を実現できるキーパーソンは往々の不運で失われた。故に代替品を作ろうとする動きが始まるのは時間の問題だった。

 

 

「あのホムンクルスの完成度は非常に高かった。実用には使えなくとも、その研究成果は有益だと予想される。そしてなにより、あの貴い遺伝子は替えがきかない。失えば研究は数百年の後退を余儀なくされる」

「確実に取り返してこい、ということですね。それも、なるべく傷を付けずに」

「理解が早くて助かります」

「では例の、穢れを持たない怪物はどうすればよろしいでしょうか? 彼女もまた捕獲対象だというなら少し方法を考えなければなりませんが」

 

 地上に生まれながら穢れを持たない事が許されるのは、浄土の人間だけである。そんな絶対の法則を無視するかの妖怪は月人にとって興味深い存在だった。研究が進めば穢れの完全な拒絶を達成できるかもしれない。

 

 しかしサグメはその必要性を切り捨てた。

 

 

「あの妖怪のカラクリは既に解き明かされました。結論を言えばアレは我々の目的には合致しない」

「そうですか。では」

「生かしておく価値はありません。今後このような面倒事を防ぐためにも確実に仕留めておくべきでしょう。予見できる災いは全て断ち切っておくべきだ」

 

 

 

 

 

 

 完膚なきまでの敗北。眼下に広がる底無しのクレーターを眺め、そう独り言ちる

 地上の妖怪達が弄した策略、不撓不屈の精神、穢れに培われた暴力。その全てが豊姫、そして依姫の想定を上回った。完全にしてやられた。

 

 手心を加えたつもりはない。実験体や鈴仙を巻き込まないよう、浄化の風の範囲を極めて限定的に絞ったのは確かだが、本来対処する術など存在しないオーバーキルもいい所の攻撃である。普通脅しでしか使わない最終兵器を使用してこれなのだから、手加減などと言われるのは心外だ。

 

 上層部は認めたがらないだろうが、現場の意見としての結論はひとつである。

 恐らく如何なる手を尽くしたとしても、我々()の敗北という筋書きを変える事はできなかっただろう。少なくとも、地上の者達を所詮塵芥と軽視する現状では。それだけ綿月姉妹は死力を尽くしたのだ。

 

 

「実験体を取り戻せず、鈴仙は攫われ、敵の主要な幹部は一人を除いて全員無事。残されたのは大量の負傷兵と、大きなクレーターのみ。これを負けじゃないと言い張るのは、ますます無様よねぇ」

 

 月の敗北を決定的にしたのは、例の穢れを持たない怪物による決死の自爆だった。あれさえなければ空間転移に使っていた魔力の残滓を辿り、地上に存在するであろう奴等のアジトを突き止める事ができたのに。なにもかも諸共吹き飛んでしまった。

 

 豊姫にできたのは破壊の拡散を最小限に抑え、その場に居た全員と都の安全を確実にする事だけ。豊姫がいなければ、あの怪物の目論見通り、月の都は看過できない損害を受けていただろう。そうなれば永遠だの不変だのと宣っている場合ではなくなっていた。

 

 しかしまあ、天晴れなものだとも思った。なんの躊躇いもなく命を捧げたあの鞠躬尽瘁(きっきゅうじんすい)の行為は、月の民から見ても生半可な覚悟無しにはできない芸当だ。

 地上の賊である事に目を瞑れば「従者斯くあるべし」と賞賛したくなる気持ちすらある。

 

 あの妖怪の『秘密』を知ってしまえば、そんな献身もごく自然な事と受け止められてしまうのかもしれないが、それでも豊姫は賞賛しよう。自分の存在価値と真摯に向き合える存在は、月にだって少ないのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 月面戦争、及び紅魔館変革の時から数年。

 

 激変する環境に皆が翻弄され屋敷が慌ただしく揺れる中、その例に漏れず美鈴も非常に忙しい日々を送っていた。あまりの激務にシエスタが止まらない。

 

 何故なら、先の戦争で紅魔館の庶務を担当していた人材が全滅、もしくは逃散した為、美鈴までもがメイド紛いの事をしなければ屋敷が回らなくなってしまったからだ。それでいて門番の業務は据え置きである。

 というか、フランドールの激しい扱きと月面戦争を乗り越えた美鈴にとって紅魔館に挑み掛かる身の程知らずの雑魚など相手にならない。もはやメイドが本業と化した。

 

 ワークライフバランスを重視する美鈴には耐え難い苦痛。時には疲労が祟り、新築のウサギ小屋で中の兎と仲良く爆睡する事もあった。

 

 しかし、ここ最近は比較的のんびりとした毎日を過ごせていた。

 というのも、かねてから育ててきた後進がようやく独り立ちを始めたからだ。

 

 美鈴は仕事と並行して、ニューフェイスとなる二人の面倒を見ていた。いや正確には三人だが、うち一人は早々に戦力外と見做されたため除外している。

 

 二人ともまだまだ未熟で不安定な部分も目立つので完全に手から離れるのはもう少し先になるだろうが、任せられる仕事は確実に増えている。

 

 特にレミリアの身の回りを世話する役目に就いた彼女──十六夜咲夜は非常に優秀だ。瑕疵のない仕事ぶりは既に美鈴を超えているだろうし、正式にメイド長の立場を任せられてからの成長も著しい。

 レミリアも彼女の事を大層気に入っているようで、腹心として手元に置き、じっくり育てているようだ。もしかすると、今は亡きあの陪臣とフランドールのような主従関係に憧れがあったのかもしれない。

 何にせよ咲夜は、とある()()()()()()に目を瞑れば、遠からず完璧に近い従者へと至るに違いない。

 

 そしてもう一人……彼女には悪いが、咲夜と比較してしまうとどうしても欠点が目立ってしまう。仕事が全くできないわけではないが簡単なミスを何度も繰り返すし、度々起こす奇行も見る人によってはマイナスだろう。当初は住人全員が鬱陶しいと思っていた。

 しかし人手不足の紅魔館において、最低限の雑務がこなせる点は大きな強みだ。あと愛嬌があって目立った諍いとは無縁な存在なのもデカい。それらの凡庸とも言える希少性が彼女を副メイド長に押し上げた。

 そしてなにより、彼女には替えのきかない重要な役割がある。故にどんなミスをやらかしても解雇されないし、それはレミリアとフランドールが決して許さないだろう。

 

 そんな癖の強い二人だが、どちらも美鈴自慢の可愛い後輩である。

 

 戦争を契機に加入した二人は紅魔館に新たな風を運び込んだ。それは良い方向にも、悪い方向にも作用している。なにせどちらも一筋縄ではいかない背景がある。

 それでも彼女らは既に紅魔館の一員だと、少なくとも美鈴はそう思っている。今ある問題もきっと時間の経過が解決してくれるに違いない。

 

 紅魔館の未来は明るいのだ。明るいといいなぁ。美鈴はそんな事をシエスタの間際に願うばかりだ。

 

 

 

 

 

「おはよう美鈴。良い天気だね」

「──……フラン様」

 

 優しい言葉に揺り動かされ、瞼を開けると、木漏れ日と一緒にフランドールの姿が飛び込んでくる。身長の低さから上目遣いのような構図になっており、いつぞやの邂逅時とは何もかもが真逆だ。

 

 表情は()()()()()()()温和そのもので、美鈴のシエスタを咎める様子もない。余程気持ち良さそうに眠っていたのか、可笑しそうにくすくす笑っている。

 

 その傍らでは日除けのためにお馴染みの紫傘を携えた後輩従者が欠伸を噛み殺し、眠たそうに立っていた。恐らく日も昇らない早朝から叩き起こされたのだろう。フランドールが外に出る時はいつも一緒に居るのが彼女だ。

 

 美鈴は恥ずかしげに後頭部をガシガシ掻くと、屈んでフランドールと目線を合わせる。

 

 

「いつもよりお早いお目覚めですね。今日は……ウサギ小屋の当番ですか?」

「うふふ、違うよ。今日はお姉様の日だけど、どーせ忘れてるんだろうと思ってさ。私が代わりに来たってわけ。餌もさっきあげたよ」

「いやあ助かります。まったくレミリアお嬢様の寝坊癖にも困ったものです」

「お姉様はいつも言い出しっぺだからねぇ」

 

 顔を見合わせてケラケラ笑う。

 ウサギ小屋──別名、懲罰房。ここに兎が入っている期間に限定して、紅魔館では当番制が発生する。最低限、餌やりと水やりさえしてしまえば終わりの簡単な仕事。個人の裁量でここに散歩や会話が追加される。

 命の尊さを知ってもらいたいという取って付けた中身スカスカな建前で開始されたこの当番制だが、ローテーションが完遂された事は未だ一度としてなかった。主にレミリアと動かない大図書館のせいである。

 

 一方でフランドールは兎の世話を楽しんでいるようだった。なお兎側からしたら堪ったものではないのだが、それ含めてのペナルティなので仕方がない。

 

 

「そのついでにここを覗いたら美鈴があまりにも気持ち良さそうに寝てるから、思わず声掛けちゃった。起こしてごめんね」

「いえいえお気になさらず! むしろ起こしてくだってありがとうございます。咲夜さんに見つかったらいっぱい怒られちゃいますからね」

「……」

「ほ、本当に大丈夫ですから」

 

 しまった、と。美鈴は己の迂闊な失言を悟る。

 目覚めた直後で集中力が欠落していたのだろう。いつものノリで応対してしまった。

 

 表情が切り替わり、冷たい目で屋敷の方を睨んでいる。しかしそれは本当に一瞬のことで、再び美鈴へと向き直る頃には『元』に戻っていた。或いは異常な状態に戻った、と表現した方が正しいのかもしれない。

 見ると後輩従者の方もハラハラしていたようで、美鈴へと「セーフ!」のアイコンタクトを飛ばしている。相変わらず元気の良い子である。

 

 と、徐にフランドールは手を伸ばし美鈴の首に巻かれているマフラーを掴む。プレゼントされて以来、秋から冬にかけて毎年使っている愛用のそれは、もはや欠かす事のできない必須の防寒具である。

 肌触りを確かめるような手つきで優しく撫でる様は、どこか懐かしんでいるように見えた。

 

 

「それ、相変わらず似合ってる」

「……ありがとうございます。流石に年数が経ってほつれが目立ってしまいましたけどね」

「直さないの?」

「完全に使えなくなるギリギリまでそのままにしようと思います。あの方が私の為に作ってくれたマフラーはこの世に一本だけですから」

「うん、いいと思う」

 

「あーその子(マフラー)ね、美鈴に大事にしてもらえて嬉しいみたいだよ。これからもいっぱい使ってあげて! それが道具にとって一番の幸せだから!」

 

 唐突に声を上げたのは傘を持つ後輩従者。ずっと黙っていると思ったら、どうやらマフラーと対話していたようだ。かつて紅魔館を騒がせた奇行その一である。

 正直話半分にしか聞いていないが、彼女の生まれを鑑みれば嘘とも言い切れないのが厄介だ。もっとも本人に悪意は一切無いので、美鈴は軽く微笑むに留めた。

 

 一方、フランドールは口を尖らせた。

 

 

「耳元でいきなり騒がないで。心臓に悪い」

「あら? フラン様、もしかして吃驚した? ねえねえ吃驚しました? ねえってばぁ」

「……それじゃあね美鈴。今日もお仕事頑張って」

 

 本当に挨拶だけのつもりだったのだろう。フランドールは奇行その二を爆発させる傘持ち従者を引き摺って屋敷へと戻っていった。相変わらずの笑顔で見送った美鈴だったが、その内心は疲労でいっぱいだ。

 

 やはりいつまで経っても慣れない。あの痛ましい姿を見るたび胸が苦しくなる。

 

 月面戦争後──ニッヒを喪ったフランドールは変わり果ててしまった。

 この世の全てを破壊しても収まらないと思えた暴力性はなりを顰め、代わりに種族や身分に関係なく物腰が柔らかくなった。地下室に篭って他者を拒絶することもなくなり、積極的に人と関わっている。

 まるでニッヒの行動を無理になぞるような変化。きっと従者の死を受け入れ切れてないのだろう。

 

 あの時の悔しさと無力感は昨日の事のように覚えている。美鈴はフランドールと共にニッヒの最期を看取っているのだ。あんな壮絶な別れ方をして平気でいられるはずがない。

 そして、彼女に掛けてあげる適当な言葉を、美鈴は未だ見つける事ができずにいる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「お部屋のお引越し? 妹様が?」

「うん。実際は模様替えみたいなものだけどね」

 

 レミリアの執務室に繋がる廊下。何も用事が無い時、大抵ここに咲夜が待機している。気紛れな主人の命令(我儘)にいち早く応えるためである。

 故に彼女と会話するのは大体この場所になる。

 

 フランドールをレミリアの下まで送り届けた後、副メイド長として簡単な報告を行い、そのついでに世間話に興じていた。

 

 

「ほらフラン様って昔は地下室に住んでいたらしいじゃない? その時の私物を幾つか上の部屋に持ってくるんだってさ。なんでか知らないけど」

「……そう。大図書館を通る事になるだろうから、予めパチュリー様にその事を伝えておくようにね。あの方にとって埃は天敵だから」

「あっ、そっかぁ! そうだね!」

 

 やっぱり咲夜は優秀だなぁ、なんて事を思う。昔から彼女は要領が良く、どんな仕事も一度で覚えてしまうパーフェクトメイドだった。

 一応の同期に当たるものの、実績や立場は大きな差を付けられてしまい、今ではこうして世話を焼かれてしまう始末。しかし劣等感や嫉妬はない。むしろ親しい間柄の同僚が周りに認められていく様が嬉しいまである。

 

 

「地下室って今は開かずの間だけど、中はどうなってるんだろうね。危険なマジックアイテムがいっぱい収められてるって話とか、中にはご主人様姉妹に逆らった不届者が収監されてるって噂だけど」

「逆らった奴はウサギ小屋行きよ。わざわざ地下室に閉じ込める必要なんてあるかしら」

「それもそっか。咲夜は入ったことある?」

「あるわけないでしょ。今回だって話すら聞かせてもらえてないのに……」

「あー……お引越し係に咲夜も加えるよう、わちきからフラン様に頼んでみよっか?」

「わざわざ無理言って妹様を困らせる必要はないわ。貴女だけで十分だと判断されたならそれでいいの。しっかり職務を遂行なさい」

「でもなぁ」

 

 気丈な咲夜が一瞬だけ見せた寂しげな顔を、付き合いの長い副メイド長は見逃さなかった。

 いつもそうだ。誰にだって分け隔てなく優しく接するフランドールは、唯一咲夜にだけ冷たい。徹底的に無視されるのが日常で、腹の虫の居所が悪ければ理不尽な憎悪をぶつけられる事もあった。先ほどの執務室に入る際も、咲夜を居ないものとして扱っていた。

 

 何故咲夜に対してのみ当たりが強いのか、少なくとも従者達の中でその理由を知る者はいない。

 そして、その二人に挟まれている副メイド長は酷くお腹の痛い思いをしている。中間管理職の悲哀とは少々異なる気苦労である。

 

 この問題で一番厄介なのは、どんなに酷い対応をされても咲夜がフランドールを慕い続けている事にある。それも幼少期からずっとだ。何とか構ってもらおうと涙ぐましい努力を続けていた。

 

 そんな咲夜を熱烈応援している副メイド長は、したり顔でアドバイスを捲し立てる。

 

 

「わちきが思うに、フラン様はグイグイ来るタイプに弱い! 奥ゆかしく待ってるだけじゃダメだよ! 咲夜ももっと積極的にいかなきゃ!」

「それは貴女が特例なだけじゃないかしら」

「ううん、そんな事ないよ! わちきはフラン様が嫌だって言った部分を矯正して合わせてるだけだもん。フラン様が何を望んでいるかなんて、積極的に関わっていかないと分かるはずないわ」

「……ありがとう。参考にしてみるわ」

 

 手に傘を携えたまま詰め寄ってくる圧に、咲夜は若干引きつつも頷くしかなかった。確かに彼女ほどの経験者が言うならば説得力が違う。

 

 当初は咲夜と同様に避けられていた。話し掛けても嫌なものを見たように顔を顰め、居ないものとして扱われる日々。しかし、それが彼女に火を点けた! ある種の生存本能が彼女を駆り立てたのだ! 

 

 意地でも振り向かせてやろうと如何なる手段をも駆使した。相手に絶え間ないドッキリを仕掛けるという奇行その二によってフランドールとの距離を強制的に縮めたりもした。それを経て、今では名誉ある『フランドール係』に就任しているのだ。

 

 当然、それに至るまでの道のりは並大抵ではなかった。フランドールから関心を得るため、彼女は無理難題に応え、様々なものを差し出した。

 代表的な例を挙げるなら、一人称を改変している。元は『私』呼びだったのだが、フランドールから気に入らないと難癖を付けられたので『わちき』と名乗るようになったのだ。なおチョイスの理由は適当である。

 

 そして、中でも一番酷かったのがオッドアイへの拒否感。彼女の持つ空色の右目を見るたびに、フランドールの機嫌は頗る悪くなった。

 受け入れられないんじゃ仕方ないので目玉をほじくり出そうとしたところ、レミリアが慌てて待ったを入れて、二人の仲を取り持ったという経緯がある。

 

 何にせよ以上を踏まえて分かったのは、フランドールが押しに弱い事。そして第三者には分からない奇妙な拘りを持っているという事だ。

 

 

「乙女は度胸! 度胸だよ咲夜! さあ当たって砕け、うらめしやー!」

「砕いても砕けてもダメでしょ。恨んでもないし」

 

 気分が高まると制御不能の暴走機関車と化す同僚を宥めるのは、いつだって咲夜の役割である。というか誰かが手綱を握っておかないと、この小動物はすぐ死んでしまうだろう。見ていて危なっかしいのだ。

 

 ただ、そんな楽観的で、無鉄砲で、みんなに愛される生き方も悪くないと密かに思う。

 絶対に当人やレミリアには言えないけれど、咲夜はそんな彼女を──多々良小傘のことを、少しだけ羨ましく感じていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ただあの時のように。

 

 最も古い記憶の中に残っている、あの優しい微笑み。

 目覚めたばかりの自分を安心させる為に、レミリアと一緒に笑いかけてくれた、あの優しい声。

 

 たった一度でいい。もう一度だけ、あれを自分に向けてくれたなら。

 

 咲夜は決して叶わないその時を、ずっと夢見ている。

 





卵から孵った雛が一番最初に見たものを母親と思い込むアレであるものとする。また小傘ちゃんは小傘ちゃんであるものとする。
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