フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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フシアワセウサギ

 

 

 月面戦争から数年が経ち、紅魔館はようやく再始動の時を迎えようとしていた。

 

 戦争が齎した様々な歪みは非常に根深く、今もまだ完全には癒えきっていないけれど、それでも前へと進み続けなければならない。流れる時間は決して彼女達を待ってくれないから。

 新たに加わったメンバー、咲夜と小傘もまた紆余曲折ありながら、この悪魔の館に馴染もうと奮闘している今日この頃である。

 

 だがそんな紅魔館において、ただ一人。

 前に進もうとせず、周りと馴染もうとするどころか軋轢を生みまくり、暇さえあれば性懲りも無く脱走を繰り返す兎がいた。

 

 地上に堕ちた月の兎、鈴仙である。

 

 ノリと勢いで鈴仙を拉致ったレミリアは、その使い道に困っていた。反抗的だし、いちいち偉そうだし、ちっとも自分に心服しない。

 もういっそのこと、望み通りそこら辺にリリースするか、ジビエ料理にして食ってやろうかと思っていた時期すらある。

 

 しかし彼女の確保はニッヒの手柄であるため、それを此方から手放すのは心情的に少々憚られた。なによりフランドールが納得しないだろう。

 ニッヒが生きてさえいれば、きっと得意の予言で何かしらの使い道を提示してくれたのだろう。しかし今となっては無いものねだりか。

 

 という訳で、鈴仙は紅魔館の組織図に属さないある種の置き物と化した。いわゆるペット枠。レミリアとフランドールの共有物である。

 なおそれに因んで新しく名前も付けられているのだが、本人の拒絶と、紅魔館メンバーからの不評により半ば無かった事にされている。

 

 順風満帆なエリート街道からの大転落劇を体験した鈴仙は、今日も脱走未遂の罪で、懲罰房(ウサギ小屋)にて不貞腐れながら天井のシミを数えている。暇で暇で仕方がない。

 なお自分のこれからを深く考えると気が狂いそうになるため、自身に波長操作を施して正気を保っているのが彼女の現状である。心と言う器はひとたび、ひとたびヒビが入れば二度とは、二度とは──。

 

 ただそんな退廃的な毎日を過ごす彼女にもひと時の刺激が存在する。

 ランチタイムである。

 

 

「ドキドキワクワク! 今日のウサギ小屋当番はー……だかだかだかだか、だんっ! わちきだよっ!」

「待ってたわ。もうお腹ぺこぺこよ」

「むぅ、驚いてない。もっと怖がってよぉ」

「アンタにビビるほど落ちぶれてないわ」

 

 小屋の扉を勢いよく開け放ち、愉快な声とともに飛び込んできたのは小傘。彼女の来訪は鈴仙にとって『当たり』の日に該当する。

 

 飯時になると本日のウサギ小屋当番(※ローテーション不明)がやってくる訳だが、これが鈴仙の今日一日の運勢を占うギャンブルなのである。

 

 鈴仙的な格付けでは、一番の当たりが美鈴であり、それに小傘が続く。この二人は無害であるどころか、無茶な要望以外は全て叶えてくれる善意の塊。ガキンチョ吸血鬼への愚痴を気持ち良く吐くこともできる。地上を敵視する鈴仙でも彼女らには心を開いていた。

 だがそれ以外のメンバーは話にならない。実質、当たりは美鈴と小傘のみなのだ。

 

 とはいえ咲夜はまだマシか。(鈴仙)の世話はテキパキしてて滞りが無いし、なにより意思の疎通が可能というだけで高得点。ただ鈴仙の脱走を毎度阻むのも彼女な訳で、その事実が心証を著しく悪化させていた。あとご飯に変な物を仕込むのもやめて欲しい。

 

 小悪魔は大ハズレである。自分が逆らえないのをいい事に隙あらば虐めてくるし、仕事も含めた全てが雑。種族柄というかなんというか、シンプルに性格が悪いので嫌い。だが波長を読めば、背伸びしたいだけの小物だと分かるので最悪とまではいかない。自由になったら痛い目に遭わせてやろうと思っている程度である。

 

 フランドールは論外。理由は単純に命の危機を感じるから。あの化け物が目の前に現れないだけで鈴仙の一日は超ハッピー! なおウサギ小屋に訪れる頻度が一番高いのはフランドールである。理不尽。

 

 そんな訳で、鈴仙はなんて事のない普通に感謝しながら、野菜の盛り合わせと共に、生きる事の世知辛さと幸せを噛み締める。

 なんだかんだで地上に来てから価値観が色々と変わりつつある鈴仙であった。

 

 

「……アンタを見てるといっつも思うんだけど、よくあんなヤバいのと物怖じせず気軽に話すことができるよね。正直尊敬するわ」

「それってフラン様のこと? うんうん、あの人おっかないよねー。わかるよ! わちきが生まれた時なんて何度殺されそうになったか!」

「その割には随分リラックスしてるみたいだけど。さては何も考えていないわね」

「失敬な! わちきにだって悩みの一つや二つ!」

 

 悩む鈴仙とは反対に、小傘は常に恬淡としている。その頭空っぽにも見える生き方に憧れを感じる者も少なくないと聞く。鈴仙にも何となくその気持ちが分かる。

 

 というか、何か考えがあって今の生き方を選んでいるのというなら、小傘はただの狂人である。狂気を操る鈴仙にすら計り知れぬ無色の狂気だ。

 少しでも考える脳があれば、絶対にフランドールには近付かない。何が楽しくてあんな地雷の塊と付き合わなくてはならないのか。

 

 

「前から聞きたかったんだけど、アンタはなんだってあの化け物に付き纏うワケ?」

「あー! また化け物って言った!」

「……フラン、様が抱えている歪みは、波長を感じ取れないアンタにだって分かる筈よ。あんなのが近くに居たらこっちまで頭がおかしくなるわ」

 

 思い出すだけで悪寒が走る。

 フランドールの放出する波長は些細な事で変動し、両極端に行ったり来たりを繰り返す。しかも日によっては一つの身体から二つの異なる波長が発せられ、歩く不協和音と化している。

 

 表面上は和やかに見えても、その内では世界を破壊し尽くしても収まりきれないほどの、煮えたぎるような怒りが渦巻いているのが常である。そんな化け物とマトモに付き合えるとは到底思えない。

 

 

「みんなに分け隔てなく接しているように見えるけど、あれも全部見せかけの幻よ。あの人は誰かと仲良くなろうなんてハナから微塵も考えちゃいない」

「それ何となく分かる気がする。フラン様って積極的に人と話そうとするんだけど、そのくせ一線引いてる感じがするんだよねー」

「なによ分かってんじゃん」

「でも放っとけないんだ」

「だからなんでよ」

「そりゃもう、私の持ち主だからだよっ!」

 

 紅魔館メンバーの内情にあまり詳しくない鈴仙だが、小傘の正体は知っている。古びた道具が自我を持って動き出し、妖怪化した付喪神なる存在らしい。

 

 つまり小傘の元となった傘の所有者がフランドールだった、という事か。なんというか、鈴仙にとっては少々意外な話だ。

 小傘の頭からつま先、そして携えた傘を見て一言。

 

 

「センス無いわー。姉の方は綺麗な日傘を使ってるのに、なんで妹はこんなボロボロで誰も使いたがらないような茄子傘なんだろ?」

「へ、ヘイトスピーチ……!」

「別にアンタのことは貶してないよ。ダサい傘を選んだフランサマのセンスを笑ってるだけだから」

「同じだよう!!!」

 

 半泣きになりがらも、小傘は言葉を続ける。

 

 

「ぐすん……前に聞いたんだけど、フラン様は前の持ち主からわちきを譲り受けたんだって。だから正確にはフラン様がわちきを選んだ訳じゃないの」

「へえ、誰に聞いたの?」

「小悪魔だよ」

「話の信憑性が一気に無くなったわね……。それで、前の所有者ってどんな奴なのかしら」

「昔フラン様に仕えてた従者の人、って話だね。でも戦争で死んじゃったらしいよ」

 

「…………あいつかッ!!!」

「うわっ吃驚した!」

 

 鈴仙の脳裏に蘇る人生最大の屈辱。

 卑怯な手を駆使して月の都を掻き乱し、自分の運命を大きく捻じ曲げた諸悪の根源。

 しかも聞くところによると、尊敬する主人である依姫と豊姫が敗れた理由もあの妖怪にあるらしい。俄かには信じられないが、自分が今ここに居るのが何よりの証拠だろう。

 そうだ。あいつに負けさえしなければ、鈴仙は今も月で悠々自適に暮らせていた筈なのだ。

 

 思い出しただけでむしゃくしゃする。目を閉じればあの時の光景が鮮明に蘇る。自分を騙したあの忌々しいオッドアイを何度悪夢で見たことか。

 

 そう、吸血鬼特有の血を思わせる緋色と、空のように鮮やかな水色のオッドアイ。夢虹霓睨(アブソリュートブルーアイズ)と騙った偽魔眼に騙されてしまうのも正直仕方ないと思えるほど、特徴のある瞳だった。

 そして目の前の妖怪を見る。

 

 

「……どうしたの?」

「似てる。そういえば似てるわ。自信満々な間抜け面もそっくり。いや、でも付喪神と吸血鬼なんてちっとも共通点無いし、偶然かしら」

「人の顔を見て急に気持ち悪がらないでよー」

「化け傘としては本望じゃないの?」

「っ!? 言われてみれば!」

 

 目から鱗という言葉が似合うほど驚いたかと思えば、調子に乗って「さあ驚け!」と言わんばかりにドヤ顔で詰め寄ってくる。

 この鬱陶しいノリさえ改善してくれればなあ、と。鈴仙は呆れながらそんな事を思うのだった。

 

 改めて、このすっとこ妖怪が悪魔跋扈する紅魔館の副メイド長だなんて、未だに信じられない。明らかな人選ミスである。紅魔館の人事はガバガバだ。

 

 仮に鈴仙が吸血鬼の支配下に収まって真面目に働いていたのなら、恐らくその役職は鈴仙のものになっていたであろう。小傘はスケープゴートになってくれたと見ることもできる。そう思うと悪いことをしたものだ。

 

 

「わちきからも聞きたいんだけどさぁ、鈴仙ってもしかして、私の元々の持ち主のことを知ってるの? もし知ってたらどんな人か教えてくれないかな」

「ヤダ、思い出したくない。館の住人……それこそフランサマにでも聞いてみたら?」

「それがね、どうもNGワードみたいなの。それを知らずに聞いちゃった時は、ぶん殴られて二週間は寝込んだかなー。アレは流石のわちきも死ぬかと思ったね!」

「……」

 

 ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。

 鈴仙は親切心半分、仲良くなったよしみ半分で小傘に忠告だけしておくことにした。

 

 

「あ、あのね小傘。悪い事言わないから、ここから逃げな? ここ(紅魔館)は本来アンタみたいな弱っちい妖怪が住む場所じゃないのよ。いつか死んじゃうよ」

「むっ逃避行のお誘い!? 魅力的な提案だけど、持ち主がいるのに逃げ出すのは道具としての矜持に反するんだよねぇ。鈴仙との旅も楽しそうだけど」

「いや連れてかないわよ、私はひたすら東の方に逃げる予定なんだから。足手纏いは勘弁」

「月じゃなくて東に行くの?」

 

 しまった、喋りすぎた。心を許し過ぎたせいで逃亡計画の一部を漏らしてしまった事に内心舌打ちする。ただまあ、相手が小傘なら口止めしておけばセーフだろう。

 

 

「そっ。私も地上に長く居過ぎたからね、多分穢れ者と扱われて、受け入れてもらえないと思うの。だから東の島国にあるっていう地上の楽園を目指すのよ」

「へー! そんなところがあるんだ」

「それに私の推測が正しければそこには……」

 

 

「この世界に楽園なんてありはしないのよ」

 

「のわっ!?」

「うひゃあ!?」

 

 何の前触れもない、唐突な出来事だった。

 二人の間に現れたのは十六夜咲夜。このままでは話の内容が逃走援助に発展しかねないと判断し、間に割り込むことで会話を無理やり中断させたのだ。

 そんなつまらない罪で同僚を失うのは咲夜とて本意ではない。兎の方はどうでもいいけども。

 

 咲夜の出現に鈴仙は食べていた野菜を喉に詰まらせ、大いに咽せた。時を止めての登場はいつだって心臓に悪い。これこそ彼女の『ハズレ』たる所以である。

 

 そして同様に小傘も驚きのあまりひっくり返っていた。吃驚の専門家を自称する小傘だが、実のところ『受け』にはめっぽう弱いという弱点があるのだ。なお『攻め』も大して強い訳ではないのはご愛嬌。

 

 

「むぅ……また驚いちゃった。なかなかやるね咲夜! でもわちき、負けないよ!」

「別に競ってないんだけど……」

 

「な、何の用? 人様の部屋にノックも無しに入ってくるなんて」

「貴女に用はないわ、今日の当番は私じゃないもの。用があるのは小傘の方」

「あら。わちきまた何かやっちゃったかな?」

「そうじゃなくて、お嬢様と妹様の話し合いが終わったから呼びに来たのよ。ほら例の引越しの件。すぐに始めるんだって」

「なるほど。それじゃあ準備しないとね」

 

 小傘は頷き、ふと思い出す。

 

 

「そういえばフラン様とは話せた?」

「……いいえ。私にも出来る事はないかお聞きしてみたけど、無視された。やっぱりダメみたい」

「そっか……。で、でも諦めちゃダメだよ! チャンスはこれからも沢山あるから、地道に頑張っていこう! わちきもそれとなく協力するからさっ!」

「ええ、ありがとう」

「よしよし!」

 

 消沈する咲夜を元気に慰める。紅魔館の住人の前では弱みを見せたがらないために、こういう場所でないと励ましの言葉もおちおち言えない。

 

 そしてそんな二人を鈴仙は白けた目で眺めていた。というか毎度ウサギ小屋を反省会の会場にするなと思う。ただでさえ自分の身の上を儚んで落ち込んでいるのに、更に辛気臭い空気を持ち込まれては堪らない。

 

 というか、咲夜や小傘のフランドールに対する依存にも似た執着は、彼女にとってあまりにも理解の外にあった。波長を読むことによって大体の心の機微が分かる彼女だからこその困惑。

 基本的に、鈴仙は理解の範疇にない相手が苦手なのだ。

 

 

(コイツらどっちも狂ってるわ……)

 

 狂気の月の兎、鈴仙。

 苦節数年目にして地上の狂気を知る。

 





フランちゃんの波長は原作でいうところの博麗霊夢と同タイプであり、それが極端に振り切っているものとする。
またフランちゃんには現時点で従者が存在しておらず、小傘ちゃんは勝手に従者ヅラしているだけであるものとする。(レミリア直属)

次回ようやくフランちゃん視点の話となり第二章が終わるらしいです。
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