フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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プロローグのような話。


第三章 幻想郷邂逅編
月降る幻想の郷


 

 

 今宵の月はまるで妖の身を焦がす太陽のようだと、ルーミアは思った。

 瞬きの一つ一つに何故か心が躍る。

 

 満月が放つ狂気的な煌めきは、夜の世界に生きる者達を最も活発にさせるカンフル剤である。

 古来から変わらぬ、地上の穢れに縛られた妖怪達の宴、その合図。それは『最後の楽園』として完成しつつある幻想郷全域で行われる毎月の恒例行事だった。

 

 宵闇の妖怪、ルーミアもその例外では無い。

 

 大した力を持たず目的意識皆無で宙を漂うクラゲのような生き方をしている彼女でも、その日ばかりは何か特別な遊びに興じたいという気分の高まりがあった。

 満月は獣の本能を刺激し、血に飢えさせるという。ならば本能に対し忠実に生きる妖怪に、その存在としての宿命を思い出させるのもまた満月の役目だ。

 

 たまには人喰い妖怪としての本懐を果たしてやるか、と。久々の捕食者モードに突入したルーミアであったが、そんな自堕落な妖怪に都合良く恵みが与えられるほど、幻想郷は甘い場所ではない。

 そも妖怪が活性化する満月に出歩く人間など居る筈がなく、出会うのは凶暴化した同業者だけだった。とんだ肩透かしである。

 

 しかし今宵のルーミアは一味違った。いつもなら萎えてしまって不貞寝するところだが、月の魔力により昂った気分がそれを許さない。久方ぶりに自覚した飢えを満たしたくて仕方がなかった。

 

 取り敢えず他妖怪の食い残しにでもあり付けないかと幻想郷のあちこちを巡る事にした。

 ルーミアのような弱小妖怪にとってハイエナ的行為は恥じる事ではなく、立派な栄養補給の手段なのである。

 

 いつの間にやら満月は沈み、太陽が昇っては山の裾へと消えていく。そして十六夜月が闇に浮かんだ後夜祭、ルーミアは見つけてしまったのである。

 

 鬱蒼と茂る森の下で眠る少女の死体を。その周囲には謎の機械や、景色に馴染まない岩石が散らばっている。異様な光景だった。

 

 しかしルーミアには関係のない事。彼女の視線は一点に釘付けとなっていた。

 

 

「肉だ。肉がある」

 

 

 

 

 

 

 十六夜の時。もっとも力のある満月がほんの少しだけ欠けるため、その欠けた破片が地上に降り注ぐ。

 そんな言説が妖怪、妖精、人間問わず囁かれる程度に、満月明けの幻想郷には未知の物体が現れる。ルーミアが見つけたのはそういう類いのモノだった。

 

 まさに天からの恵み。人喰い妖怪としての存在意義を全うしようとする自分への贈り物だろうと、ルーミアは勝手に解釈した。弱小妖怪たるもの、都合の良い思考回路をしていないと生き残れないのである。世知辛い! 

 

 そもそも拾った少女が人間でないのは、背中から生えている異形の翼からして明白なのだが、ルーミアにとってそのような事は些細な問題に過ぎなかった。

 食えるか、食えないか。それだけだ。

 

 

 この運命の日からルーミアの生活は激変した。食うに困らないブルジョア妖怪としての地位を確立したのだ。

 

 木に吊るした少女の死体は決して腐る事なく、常に新鮮なまま存在し続けた。そして何より特筆すべきはその永続性である。食べても食べても、一晩経てば肉が復活する。まさしく『肉のなる木』であった。

 

 正直、その味は御世辞にも美味しいと言えるようなものでは無かったけれど、何故か栄養価が異様に高く、調味料と一緒にいただけば相応の味に化けるまさに米粒のようなお肉である。

 

 

「こりゃいいや。夢の食っちゃ寝生活だ」

 

 他の妖怪にこの肉の存在がバレてしまえば、きっと瞬く間に奪われてしまうだろう。そんな弱小妖怪の悲哀がルーミアに堅実な身の振り方を考えさせる余地を与えた。

 

 自分という妖怪が生まれて以来、最も頭を使っただろうか。ルーミアはらしくもなく頭を捻り、捻り捻り捻り倒した。

 

 結果、導き出された結論は、肉を拾った場所から動かず吊るした木ごと闇の中に引き篭もるという、堅実でありながら『食』以外の全てを捨て去る究極の選択であった。

 普段から何も考えていない木っ端妖怪の生存戦略など所詮その程度である。

 

 こうしてルーミアは『肉のなる木』とともに闇に潜伏し、それなりの年月が経過する事になる。数えるのも億劫になる回数、月と季節が巡った。

 

 肉──もとい少女は相変わらず腐る事なく、ましてや減る事もなかった。まるで今にも目を覚ましそうな、瑞々しいままの状態を保っている。

 

 途中もしや死んでいないのでは、とも思ったが、少女が目を開く事は一向になく、身動ぎどころか呼吸のひとつすらしない。動物というよりは木や石のような意思を持たない置き物に近いようだった。

 流石のルーミアも「この肉ちょっと変だな?」なんて事を思い始めていたが、まあ食えりゃいいやの精神で大して気にも留めなかった。肉は肉である。

 

 

 そしてある日の新月。この日は魔法の闇を展開できないため、ルーミアは周りに注意を払いながら、いつものように肉へと齧り付く。

 

 本日はルーミアの定めた『頭丸齧りデー』である。新月の日は先述の通り、闇を操る能力が使えない。その為に溜まりに溜まったフラストレーションを食欲を満たす事で解消するのだ。

 

 余談だが、ルーミアは日によって食べる部位を決めている。全部食べてしまえば肉が復活しなくなるような気がしたので、飽き防止も兼ねてなるべく順繰り食べるようにしているのだ。とっても賢い! 

 なおお気に入りは新月の『頭丸齧りデー』と、満月の『羽飴舐め舐めデー』である。羽に付いている雫型の物体が飴なのかは知らないが、舐めると甘く感じるので、飴という事にした。とっても美味しい! 

 

 そんな訳でハイテンションなルーミアは少女の柔らかい頬へと齧り付く。まるで赤子の肌かと見紛うほどモチモチな感触が堪らない。

 さて今度は弾力のある長い舌か、頬よりもさらに柔らかい唇にでも食い付いてやろうかと、再び少女へと視線を向ける。

 

 

「……マイロード?」

 

 

 目が合った。

 血を思わせる真紅の左目と、空のように真っ青な右目。両方がルーミアを呆然と見つめていた。

 

 状況をさっぱり飲み込めていないようで、瞳には困惑の色が滲んでいる。

 

 対するルーミアも固まっていた。何年も共に過ごしてきた素敵なお肉が急に喋り出したのである。

 普段何も考えていないが故に何事にも冷静でいられるルーミアをもってして、あまりの急展開に思考を停止する他なかったのだ。

 

 睨み合うこと数秒、先に現状への理解を済ませたのは、肉の方だった。

 ルーミアの血濡れた口元と激しく痛む頬の惨状、屠殺済みの家畜のように吊るされた己を鑑みて、自分がまな板の上の吸血鬼である事を把握した。

 

 誰だって錯乱する。ニッヒだって錯乱する。

 

 

「な、ななななんじゃこりゃあーッ!?」

 

「お肉が喋っている……」

「乱心しましたかマイロード!? わ、私なんか食べたところでちっとも美味しくないですよ! そうだプリン! プリン作りますから許してクレメンス!」

 

 

 こうして月の都はおろか、欧州からも遠く離れた極東の閉ざされた地にて、失われた筈の火種は密やかに再燃を開始するのであった。

 





これをルミフラと言い張る勇気。
なお奇しくも1話と同じ構成になったものとする。
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