涙と涎と流血でぐちゃぐちゃになった見苦しい顔でこんばんは。昔々の程々昔、偉大なる空に輝く紅魔の星フランドール様の従者を務めていたニッヒちゃんと申します。
突然ですが私、根無草の無職ホームレスにジョブチェンジを果たしました。
私の数少ない誇りであった『定職持ち』というステータスは失われてしまったのだ。
至極真面目にマイロードの従者として生きてきた優秀なニッヒちゃんが、何故このような人生崖っぷちに追い込まれてしまったのか。
その説明をする前に今の私の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。
ではまず最初に、私の意識が覚醒する直前の記憶に遡ってみる事にしよう。
記憶に齟齬が無ければ、月面戦争最終盤にて、私はマイロード達を逃す為にフランちゃんゲートを開いた後、某洋画の如く独り月に残って自爆した。その時、私の命運は尽きた筈だった。
しかし私はこの通り、こうして何故か生きている。意識の空白なく景色が切り替わり、金髪人喰い妖怪の夕餉として幻想郷に爆誕していた訳だ。
夢にまで見た幻想郷デビューがこんな形になるとは。やはり私はとんでもなく可哀想な星の下に生まれてきたに違いない。幸せを……幸せをクレメンス……。
で、とんでもなく優秀な私は間髪を容れず気付いてしまった。幻想入りを果たす事の『意味』を。
毎度お馴染み、私の真偽不明な謎知識によると、幻想郷への入場資格は『全ての人に忘れ去られて、幻想の存在になる事』らしい。
これってつまり、マイロードを始めとする紅魔館の方々が私の事を忘れちゃったって事だよね。よって自動的に雇用契約は霧散。ご丁寧に私とマイロードを繋いでいた魔力も完全に途切れてしまっている。
おかしいな。私、最期のお願いとして「絶対に忘れないでクレメンス!」って伝えてた筈なのにな。
所詮は一介のガラクタが勝手に壊れる寸前に宣った世迷い言。真剣に受け止められる方が難しいのか。あの時、確かにマイロードと私の心が通じ合った気がしたんだけど、気のせいだったらしい。あはは残念無念また来世!
悪い……やっぱ辛えわ……。
そして全てを理解した現在、溜め息が出そうになるくらい綺麗な星空の下、私は咽び泣いていた。
「ひっぐ、ひっぐ……うえぇん……」
「お肉が泣いている」
「どぉして私のこと、忘れちゃったのぉ……ひどいよマイロードぉ……」
「泣かないで、お肉ちゃん」
「ぐすん……ぎゅっとして」
「うん」
取り敢えず私を長いこと貪り食っていたらしいルーミアに抱き締めてもらって、心を落ち着ける。彼女から香る御世辞にも良いとは言えない濃厚な血生臭さも、今の私には悲しみを和らげる為の良いアクセントであった。
なお金髪の幼女に抱き付いていると、マイロードを思い出して気持ちが落ち着くような気がするのは私だけの秘密である。あ、あくまで気がするだけだから。決して浮気だとか、そういうんじゃないのだ。
私の心はいつだってマイロード(時々美鈴さん)のものなのである。
こうして命と引き換えにそれ以外の全てを体感一晩で失ってしまった私は、深い悲しみと絶望感に打ちひしがれ、闇夜の幻想郷に慟哭を撒き散らすのだった。
まあ少ししたら落ち着いたんだけどね。錯乱して心が壊れそうになった時は脇目を気にせず泣き喚くに限る。柱の男さんもそう言ってた。
「ふぅ、スッとした! 悲しむ時間はこれで終わり!」
「お肉が泣き止んだ」
「メンタルリセットに付き合ってくれてありがとうねルーミア。あと私はお肉じゃなくてニッヒちゃんっていうの。好きに呼んでね」
「……ユッケちゃん?」
「一旦肉から離れよっか」
さてこれからどう動くべきかと思案する上でまず一番に考えなければならないのは、目の前の宵闇妖怪をどう扱うべきか、ということである。
幻想入りして初めて出会った第一村人かつ原作キャラの彼女だが、頼る先としてはあまりにも心許無く、情報源としても論外。というかルーミアも私と同じ根無草のホームレスだもんね。仲間だ!
しかし、そんな一見コモンキャラのように見える彼女だからこそ私の思惑と合致している部分もあって。
「ねえルーミア。私の身体はね、血の一滴に至るまでフランドール・スカーレットっていう偉大なご主人様の物なの。でも貴女はそんな私の身体を貪り、それどころか今も懲りずに虎視眈々と狙っている」
「うん。だって今日は丸齧りデーだもん。貴女が元々他の人の所有物っていうのも分かったけど、私が拾ったんだからもう私の物だよ」
「勝手だなぁ!」
ルーミアは所詮一面ボス。身体に限定すればEXな私の敵ではない。その気になれば簡単に蹴散らせてしまうだろう。私はとっても強いのだ!
そういえば頭に付いてる紅いリボンが解けたら封印がどーたらみたいな話もあるみたいだけど、その事さえ分かっていれば問題ない。
しかし彼女を武力で退けて関係を断ち切るよりも、仲良くした方が私にとって恩恵が大きいと判断した。全ては泣いてる最中に考えた私の計画の為だ。
「兎に角、そんな私の大切な身体を何年にも渡って食らい続けるなんて、私たち主従への宣戦布告に他ならない! 私が許してもマイロードが許さない! 多分!」
「ふーん。で? どうするの? 今更吐き戻しても食べた分は戻ってこないけど」
「それは勿論、私がルーミアを食べちゃうのさっ! ぎゃおー! たーべちゃうぞー!」
「……」
威嚇の為に魔力全開。牙と爪を剥き出しにして世界に冠する吸血鬼の何たるかを示してやった。生物としての格の違いを叩き付けられた弱者は失禁不可避!
とまあ、落とし前のつもりでちょっとだけ驚かせてやろうと思っての威嚇だったんだけど、ルーミアまさかの無反応。これにはニッヒちゃんも大層傷付いた。
ちょっと迫力が足りなかったかな。マイロードの醸し出す凄みは未だ遠いようだ。
では仕切り直し。
「こほんっ……とまあ、本来なら貴女を始末しなきゃいけないんだけど、何も知らなかった無知な妖怪を殺しちゃうのも忍びない。そこで、ニッヒちゃんから貴女に素敵な提案がある!」
「へー楽しみ」
「私の肉を食らい己の血肉とした貴女には、マイロードの眷属となる資格がある。つまるところ私の同志にならないかっていうスカウトだね」
◆
私はこれからどのように生きていくべきなのか。マイロードの手を離れた私が望む願いとはなにか。
とっても賢いニッヒちゃんは深く考えた。──否、考えるまでもなかった。
マイロードの分身として生を受け、マイロードと共に在る事だけを追求してきたのが、この私だ。私の過去も未来も、全部全部マイロードのものである。私は結局、あの方から離れる事なんてできやしないのである。
願いはただ一つ。
節穴マイロードに、私の価値を再確認させる。そしてこの使える忠臣の存在を忘れてしまった事を骨の髄までとことん後悔させて、再びあの方の従者に舞い戻る!
半ば恨み混じりの決意だった。動かなくなるその時までお側に居るって決めちゃってるんだもんね。ニッヒちゃんはしつこいのだ。
マイロード達との再会は、紅魔館が幻想郷にやって来て全方位に戦争を仕掛ける『吸血鬼異変』の時になるだろう。
みなさんに早く会いたい気持ちは山々なんだけども、実は私って紅魔館が東欧の何処に位置してるのかすら分からないからね。引き篭もり故の弊害である。よってあちらから来てもらうのを待つしかない。
その間、何もせずに待っているばかりでは無能の烙印を押されてしまう可能性がある。しかも今の紅魔館には完璧で瀟洒なメイドこと咲夜さんがいるので、そこそこ有能でもその他大勢に埋もれてしまう恐ろしい環境と化しているだろう。
つまりその限られた期間で私が超絶有能であることを証明する『土産』を用意しなければならない。
なのでニッヒちゃんは決めました。
マイロード達が来るまでの間に紅魔館に棲まう吸血鬼姉妹の恐ろしさを幻想郷に喧伝し、さらに確固とした勢力を幻想郷に築き上げ、それを地盤として献上してしまうのだ! いわば先遣隊としての役割だね。
なんなら幻想郷を征服してしまって、何も知らずにやって来たマイロードとレミリア閣下の度肝を抜くのもいいね。私の夢と野望は膨れ上がるばかりである。
マイロードの為なら八雲紫だって倒しちゃう!
「という訳でルーミアは今日から私の子分! 幻想郷支部長ニッヒの右腕!」
「うん分かった。ミートちゃんと一緒に居れば肉を食べさせてくれるんだよね? ならいいよ」
「……本当に分かってる? あとニッヒちゃんね」
「友達になりたいんでしょ。食べても無くならないお友達なら私も大歓迎だから」
「友達じゃなくて子分っ!」
「そーなのかー」
「あっ名言!!!」
私の独力で他の誰にも無視されない勢力を築き上げるのは至難だろう。幻想郷がそんな甘々な土地でない事はワザップ抜きの私にだって分かる。
故に人材が必要なのである。
原作だってそう。紅魔館を始めとして永遠亭に守矢神社、地霊殿、命蓮寺と、複数の原作キャラを抱え込む事で拮抗した勢力を形成している。
単独で勢力として数えられるケースも無くは無いが、霊夢さんやら萃香さんやらと、あまり参考にならない人達ばかりなので頭から除外していいと思う。
よってルーミアのような何処の勢力にも属さない、ついでに確固とした意思を持たない妖怪は初めての人材登用にうってつけなのである! というか独りぼっちは寂しいので誰か一緒に居てほしい!
なんなら同じ東方紅魔郷のキャラだし、紅魔館の皆さんとシナジーがありそうなのも高得点! そうなると次の勧誘対象はチルノちゃんになるのかな?
なお唯一の問題にして致命的な欠点だが、そもそもルーミアが勢力運営の役に立つのか疑わしい点については私からもなんとも言えない。
こう……私の原作知識を持ってしてもイマイチ長所とかが見えてこない子だから。
まあ私としては金髪の幼女が側に居てくれるってだけで心の安定に繋がるから高得点なんだけどね。そうだ、私の羽をもぎってルーミアに付けてもいいね。
素晴らしい提案をしよう。お前もフランちゃんにならないか?
「それじゃあこれからよろしくねルーミア! 私と一緒に超絶BIGでVIPな妖怪になって、憧れのブロードウェーを目指そうね!」
「なんでも良いけど、毎日の友達料は忘れちゃダメだよ? ──ちなみに今日は『頭の日』だから」
「……しょうがないなぁ」
私は渋々頭を差し出すのであった。
コモンキャラ(SSR地雷)であるものとする。また幻想入りの条件は忘れ去られる事以外にも色々とあるものとする。
そーなのかー使用例
・話が理解できない事を誤魔化したい時
・さっさと話を切り上げて襲いたい時
・何も考えていないので適当に返答したい時
・『█████』を持つ相手に取り入りたい時