争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。
野望の幕開けを告げたあの一夜から今に至るまで、日数の経過はあっという間だった。光陰矢の如しとはまさにこの事である。
数えるのが面倒になる程度には、月の満ち欠けが周回したように思う。
とはいえ正直なところ、体感的な速度はマイロードと一緒に過ごしてきた時間の流れと同じだ。要するに今も昔もクッソ忙しい為に私の身体と意識が追い付いていないのである。
せっかく社畜から解放されたのに自ら修羅の道に突っ込んでしまうとは、もしや私は生まれながらの社畜なのだろうか。早く心にイマジナリー美鈴さんを宿さねば。
そんな感じでワークライフバランスに苦心する毎日ではあるが、充実していないと言えば嘘になる。日々の苦労は心に活力と安寧を齎してくれるのだ!
「ほあぁぁ……泥だらけになるまで働いた後のお風呂は格別だぁ。荒んだ心も一緒に洗い流されるようだよ! ルーミアもそう思わない?」
「そうだね。これ以上の幸福は中々ないと思う」
「美味しい物を食べるよりも?」
「それは別腹」
一仕事終えた後は二人揃ってすぐにお風呂へダイブ! これが私達の日課だった。というか、そうするように私がルーミアを巻き込んで習慣化したのだ。
いざ幻想郷を制圧してマイロード達を出迎えた時、現れたのが汚らしい妖怪集団では心証を大きく損ねてしまう事間違いなし。最悪その場で一斉処分である。
故に普段から身なりを整えて、体を清潔に保つ程度の衛生観念を備えて貰わねばならない。支配者には一定の品位が必要なのだ!
そして嬉しい誤算だったのは、ルーミアが大の風呂好きになってくれた事。帰宅した際には一番に浴場へ向かうようになったし、なんなら寝る前にもお湯はりを私にせがむほどだ。
別に綺麗好きになった訳ではないみたいなんだけど、まあ結果オーライだよね。
そんな事情もあってどうせならと、こじんまりとしていた浴場を増改築し大きな檜風呂を設置したのは我ながら名采配だと思う。
ちなみに材料は妖怪の山から頂戴した。当然ながら復讐に燃える白狼天狗が出張ってきたが、出会い頭の吸血鬼タックルで蹴散らしておいたので安心!
「風呂を大きくして何になるのかと思ってたけど、案外これも良いものだね。お湯の質は前となにも変わらない筈なのに、不思議」
「心のゆとりだよルーミア。こうやって些細な事にもクオリティアップを追求していくのが最も簡単な幸せの掴み方なの。……本当は、私がマイロードにしてあげなきゃいけなかった事なんだけどね」
「そーなのか」
本当に分かっているんだか分かっていないんだか、ルーミアはいつもの決め台詞を宣うと湯船に沈んでいってしまった。私はその度に狡いなあ、なんて事を思うのだ。
紅魔庵の藁葺き屋根に二人で並び立ち、眼下の景色を一望する。この目に映る範囲の悉くが、我が影響力の圏内。全てが掌の上である。
私の野望が始動してから今に至るまでの期間、ひたすら盗賊稼業だけに精を出していた訳ではない。その程度で社畜を名乗るほどニッヒちゃんは弱くない。
各地で妖怪、ごくたまに人間を襲撃しつつも、それと並行して色々な事業を進めていた。
そして一番形として目に見える成果こそ、霧の湖外縁部の制圧だろう。ここを私達の縄張りとしたのだ。
勿論それを周りに布告するような事はしていないが、私の魔力を霧に混ぜ込むことにより、その内部で発生する事象の殆どを把握する事ができるようになった。これを縄張りと呼ばずして何と呼ぶ!
「ご覧よルーミア。この視界を埋め尽くす広大な湖畔全てが私達の領土だ!」
「水棲だったらよかったのにね」
「それは言わないお約束だよ」
殉星の人みたいなノリで宣言してみたけどルーミアには通じなかった。かく言う私もなんか滋賀みたいな版図だなって思ったのは内緒だ。
「それに支配は完全じゃないでしょ。この辺り一帯の妖精からは鬼のようにクレームが来てるし」
「そうだね」
「挙句にニッヒは氷精なんかに負けちゃうし」
「そ、それも言わないお約束……!」
経緯はあまりにも単純である。
霧の湖制圧に乗り出した私達であったが、その道のりは決して順調なものではなかった。この辺りを根城にしている妖精達が一斉に反発したのだ。
特に私達への敵対心を明確にし、全霊を以て突貫してきたチルノへの対応は至難を極めた。
「
聞き捨てならぬ言葉であった。
チルノは元々私の子分に勧誘するつもりだったので、初対面時は穏便に交渉しようと思っていた矢先の出来事である。彼女の言い放った一つのワードが、私を修羅へと誘った。
途中まではまだ聞き入れる事ができた。この辺りのヌシを自認しているチルノにとって私の存在が受け入れられないのも分かる。理解できる。納得できる。
だが「ブサイク」は看過できない。
私の顔は瞳の色を除いて全部マイロードと同じモノ。それを貶すというのは、我が主人を侮辱されたも同義。
マイロードの外面は世界一! まさしく東方projectの顔なのである。それを否定するような言葉を吐かれちゃね、もう潰すしかなくなっちゃったよ。
こうして私とチルノによる霧の湖の覇権を賭けた仁義なき抗争が勃発したのだ!
で、何故か私が負けたって訳。まさか物理的に頭を冷やす羽目になるとは。
「あの時のニッヒは酷かったね。相手の攻撃中に何故か真正面から突っ込むんだもん。それで氷漬けにされて湖に叩き落とされる完全敗北」
「ぬぐぐ……!」
「ねえ何がしたかったの?」
「私の予知によると彼女の攻撃は正面が安置になるって結果が出てたの!」
「どんな馬鹿でもそんな間抜けな事はしないと思うけど。妖精だからって舐めすぎ」
「返す言葉もないや」
チルノは幻想郷最強の妖精ではあるがとんでもない
幻想郷に入場して初めての
というか、やらかした相手がチルノで良かったまであるね。大妖怪相手にこんな大ミスかましてたら残機が幾らあっても足りないだろう。
ちなみに覇権を賭けた勝負については、私がやられた後すぐにルーミアが飛び出してチルノを倒してくれたから我々紅魔館支部の勝利! よって私の敗北は無効! ノーカウント……! ノーカウント……っ!
私が負けたとしても仲間が敵を倒してくれれば勝ちだからね。これが組織の強みだ。
「まああの氷精については暫く静観かな。放っておいてもまた挑んでくるだろうしさ」
「妖精なんか倒してもぜんぜん意味がないよ。あいつら無一文だし、食べてもお腹の中で消えちゃうから満腹にならない」
「うん。だから適度にあしらいつつ、融和的な姿勢を示して徐々に取り込んでいこう。それと私の霧があの子達に有害だっていうなら改良しなきゃね」
私は妖精の事があまり好きではないけれど、別に率先して彼女らを苦しめたいとは思っていないのである。私はマイロードみたいに弱者を嬲るのが趣味ではないのだから。まあマイロードがやれって言うならやるけど。
いずれにせよ私の戦績に泥が付いてしまった代わりに、私達は霧の湖における一定の影響力を手にしたのだった。ルーミアには頭が上がらないね。
という訳で、広大な土地が手に入ったならやる事は古来から決まっている。そうだね、農耕だね。
ルーミアは基本雑食で、謎肉から木の皮まで何でも食べる事ができるらしいのだが、少なくとも私と出会ってからは肉……というより私しか食べていないように思う。栄養の偏りは明らかだ。育ち盛りの少女にとってそれは非常によろしくない。
なのでニッヒちゃん、野菜を作ろうと思います。
霧の湖は一年を通して日射の悪い場所ではあるが、私の支配下にある今なら好きに霧を操る事ができるし、毎度お馴染みの『光の屈折を操る魔法』で陽だまりを作り出す事だってできるのだ!
なんなら水魔法の応用で湿度や気候を操って、植物に応じて最も適した環境を再現する事も可能なんだよね。パチュリーさんとの特訓の賜物だ。
まあ本格始動は苗を略奪なり人間さんとの交易なりで確保してからだけども。天狗の皆さんからドロップするなら楽なんだけどね。
ちなみに『紅魔庵』周辺の岬には花畑を作ろうと思っている。そのあたりは美鈴さんのガーデニングを倣った形だ。どんなに見窄らしくても本家紅魔館に近付ける努力を怠らないのがニッヒちゃんクオリティ。
それに私は草花を始めとした美しいもの、かわいいものに癒しを感じる乙女なのである。こういうところで女子力を示していきたいものだ。
「うーん野菜かぁ」
「もしかしてルーミアって野菜嫌い?」
「いいや、どれが付け合わせにピッタリか考えてた。ニッヒは何の野菜と一緒に食べられたい?」
「そうだねえ……クランベリーとか」
二言目にはこれである。もうツッコミするのも面倒臭くなったので適当に返しておいた。
もはや彼女の中で私イコール食材の等式は確定してしまった。如何なる言葉や道理を語ろうとそれを崩す事はできない。悲しいね。
「前から思ってたんだけどさ、なんでニッヒは何でも自分で作ろうとするの? 奪った方が早いのに」
「何でもじゃないよ。私の手が届く物だけ」
「それも全部奪えば良いのに」
「奪う事は誰にだってできるよ。でも私のご主人様が私に望んだのはそういうのじゃないの」
「……?」
天狗の皆さんから奪った鉄器で作った『掘削式レーヴァテイン』……もといシャベルを突き刺し、土をどんどん掘り返して作物を育む土壌を生み出していく。
ルーミアもそれに倣って土作りを進めながら、私の話に珍しく耳を傾けている。
「マイロードは破壊しか能の無いお子ちゃまみたいなところがあってね、独りじゃプリン一つ作れやしないの。故にこの世で唯一、私だけがあの方の被創造物」
「すっごく不器用なんだ」
「だからかな? 分身である私には何かとモノを作る命令が多かったの」
地下室での破茶滅茶な思い出はいつだって鮮明だ。昨日の事のように思い出す事ができる。
マイロードは私の事を忘れてしまったのだろうけど、私は忘れない。忘れる事なんてできやしない。だって私にとってはそれが全てだから。
「いつも不機嫌で仏頂面なマイロードだけど……私がモノを生み出すたびに、喜んでくれた。決して表には出さないけど、それでも私の努力を祝福してくれたんだ」
「本当に好きなんだね、そのご主人様のこと」
「うん。まあその分だけ色々な恨みも多いけどね! 矛盾してるみたいで変だけど復讐も考えてる!」
「普通だよ。愛しさと憎しみは表裏一体だもん」
「お、おお」
ニッヒちゃんは驚いた。いつも「そーなのかー」で適当な相槌を打つ事しかしない頭空っぽルーミアが核心に迫るような事を言ったのだ。
あまりの珍しさに何か変なモノでも食べたのかと問い掛けようとして、やめた。それって十中八九私が該当するやつだ。ニッヒちゃんはばっちくない。
まあ私はマイロードを憎んだりしてないけどね。恨めしくは思ってるけども。
そんな在りし日の思い出を振り返っていると急に物悲しくなってきた。油断すると泣いちゃいそうだったので、作業に没頭しつつ話題を変える。
「そもそもだけど、略奪でモノを得るのは手段であって目的じゃないからね。私達の最終目標は山賊王じゃなくて、幻想郷で一番偉い妖怪なんだから!」
「幻想郷に悪名を広めたいんだっけ。少なくとも妖怪の山には轟いてると思うけど」
「それが重要だったの。天狗に私達の存在を知らしめるのが大望への近道なんだよ」
先ほどは天狗の皆さんの事をレアドロップモンスターみたいに言ったけども、実のところ彼等彼女等の真価はそこじゃない。
「天狗は情報に関して幻想郷随一の収集網と拡散力を持ってる。その天狗を執拗に叩けば、自ずと私らの恐ろしさが幻想郷中に広まるって寸法なのさ!」
「なるべく殺さないようにしてたのも、私達の情報を敢えて持って帰らせる為だったのね」
「exactly! ついでに『紅い通り魔』なる妙な異名を付けられそうになってたからね、訂正と脅迫は早いうちにやっちゃう必要があった」
「言っちゃなんだけど『
「それレミリア閣下には絶対言わないでね……?」
通り魔云々は私ではなく妖怪キリングマシーンこと博麗霊夢さんの歴とした称号である。それを横取りするなんて恐れ多い話だ。丁重にお返しさせてもらう。
ちなみに私がレミリア閣下の異名を名乗っているのは、後々の伏線の為である。
仮に私が敗れても「ふっふっふ……私の正体は『
ニッヒがやられたようだな。奴は所詮我らの中でも最弱。紅魔館従者組の面汚しよ……。みたいなノリだね。
そんな思惑で開始された天狗フルボッコ作戦だが、経過はあまり順調ではない。
「少し天狗側の動きが鈍いんだよねぇ。こんだけ暴れてるんだからそろそろ烏天狗か、もっと上の人が出てきてもおかしくないと思ったんだけど」
「新聞では結構悪し様に書かれてなかった?」
「アレはあくまでも
伝統の幻想ブン屋こと射命丸文さんあたりが突撃インタビューでもしてくれれば話は早いのだが、残念ながらその気配はない。もしかして日和ってるのかな?
今度妖怪の山へ遊びに行く際は彼女を探して奥地にまで侵入してみるのもいいかもしれない。流石に危なそうだからルーミアはお留守番だけど。
何はともあれ、現状でもまだ足りないというなら仕方がない。天狗が無視できないほどに暴れ回って、幻想郷に吸血鬼在りって事を知らしめてやろう。
その為には人手が必要だ。ルーミアと私だけでは所詮野盗止まり。ここから更にランクアップするには……あと三人くらい必要かな?
全て問題なし。候補は既に絞ってある。
今ここに結集するのだ。
バカルテット──もとい、紅魔四天王を!
わかさぎ姫「なんか変なのが上で暴れてる……。戸締まりしとこ……」
チルノの正面安置はeasyモードのアイシクルフォールに限った話であり、ニッヒちゃんの人生はルナティックであるものとする。