5月なのかー
本日は紅魔庵周辺の景観を整えるべくラルバちゃんとお留守番。
ルーミアと響子は山へ天狗をしばきに出掛け、橙ちゃんは川へ転売に出掛けた。
紅魔館支部は今日も平和です。
「ねえねえニッヒ様! ここら一帯は全部ネモフィラの花畑にしちゃおうよ! 種子は私とそこらの蝶たちが運ぶからさ!」
「それ名案! よぉし、花や野菜を始めとした植物はラルバちゃんが好きにカスタマイズしちゃっていいから、素敵なガーデンを作り上げてね!」
「いいの!?」
「うん。自然的な美しさは妖精であるラルバちゃんに委ねてこそ実現できると思うの。そして最後にセンス○の私が手を加えれば素敵な景観の完成だと思わない?」
「思います思います!」
「エタニティラルバ、貴女を紅魔館支部の園芸大臣に任命します! 幻想郷の妖怪達やマイロードが度肝を抜かれるような素敵な庭を作り上げよう!」
「わーいがんばっちゃうぞー!」
文字通り宙に舞い上がることで喜びを表現するラルバちゃんを微笑ましく見守りつつ、魔力を性質そのままに空へと打ち上げ降雨を発生させる。これで湖全体に魔力を含む十分な水が行き渡るのだ。
豪雨を起こす必要は無く、ただ優しい霧雨で私の領土を潤すだけで良い。
湖畔に咲く花は全体的に涼やかで開放感がある。ネモフィラなんかはその代表例。あと季節によっては蓮なんかも咲くのが霧の湖の良いところだね。
本家紅魔館みたく本格的なガーデニングはできないので、こうした自然的な美しさで勝負していかないと。持ち味を活かせッッッというやつだ。
幻想の風景を作り出すのはいつだって妖精の仕事。そこでラルバちゃんの美的センスが必要になる。幼稚で何の取り柄もないと思われがちな妖精だけど、実は結構センスの良い種族だと私は思っている。そもそも彼女らの服装がセンスの塊だし。
「どうしても人手に困った時はお友達の妖精を呼んでいいよ。その時はお礼に甘い菓子を用意しておくからね。……チルノはちょっとアレだけど」
「うふふ、チルノは多分向いてないよねこういうの」
「何でもかんでも凍らせちゃう子はちょっとね。──っと、水はこのくらいで十分かな」
空気中の水分が消滅した事で霧が晴れかけてしまったので、降雨を中断させる。このまま続けてたら恐らく日光が辺りを照らす事になっていただろう。
日光自体はどうでもいい。吸血鬼としてあるまじき発言だが、今の私は日光をそこまで恐ろしいものだと考えてはいないからだ。幾らでも対策できる。
私が心配したのは日光が生み出す副次的な効果。要するに『虹』を出したくなかった。
私にだって虚像の幻想を生み出す力はある。パチュリーさんに教え込まれた魔法原理を何度も反芻して、自分なりの感覚を加えて実現したのだ。
でも今はまだその時じゃない。
だって私の初めては、あの人の初めてと同じ日だって決まってるんだもん。
──『……分かった。虹くらいお前と観てやる』
約束、私は忘れていませんよマイロード。
◆
紅魔四天王の存在は私の幻想郷成り上がりプランに必要不可欠なものだった。
単純に私とルーミアの二人だけでは、どんなに頑張っても行使できる労力が限られてしまう。今のところ個として突出した力を持てていない私達にとって、数の利とは捨て去る事のできない重要なピースだ。
故に、集まったメンバーを見て私は不安に駆られた訳だ。各々の戦闘能力もそうだが、何より私の目の届かない場所でしっかりと役割を遂行できるのか、その点が非常に不安だった。陰キャのルーミアを除いてみんな遊びたい盛りの子供だ。
命令無視、独断行動、利敵行為。これらをやらかさない保証が無かった。スパイもいるし。
でもまあ、全部杞憂だったんだよね。四天王のみんなは私が思っている以上に優秀で、なおかつバイタリティに溢れていたのである。
「今みたいに私とルーミアが前に出て響子とラルバで撹乱するやり方は確かに手堅いと思うんだけど、それに甘え続けるのも良くないんじゃないかな? 必勝パターンは一度崩壊すると立て直しが難しくなるよ」
「チェンは賢いなぁ! わかった、それじゃあ今度は
「えー? それならわたしも……」
「ラルバは無理しなくて良いよ。か弱いんだから」
一日の疲れを癒す紅魔館支部名物のお風呂大会。裸の付き合いや洗いっこによる交流で身体と間柄が温まる事を企図して始めたものだったが、いつの間にやら反省会や作戦会議も兼ねるようになっていた。
どうも今は私抜きで強力な妖怪と相対した際の立ち回りを話し合っている最中みたいで、橙ちゃんを中心に熱心な議論が交わされている。
小学校の学級会みたいで可愛いなーって思ってるのは内緒だ。
実際、湖周辺を縄張りにする中堅以下の妖怪たちを見事なコンビネーションで撃破してどんどん名を上げていってるし、ルーミアを伴えば妖怪の山にすら短時間殴り込める程度には仕上がっている印象だ。
みんなの凄まじい成長性にニッヒちゃんは涙ちょちょ切れである。
曲がりなりにも「成り上がりたい!」「現状をどうにかしたい!」と考えて私の呼び掛けに応じてくれた子達だからね、守られるだけの弱小妖怪ではないという事か。
なおモチベーション皆無なため会話に参加せず湯船を漂っているだけのルーミアについては考慮しないものとする。筋金入りのマイペースである。
ああ見えてルーミアの単純戦闘能力は私に次ぐ序列二位で、タイマンなら中級妖怪を屠ることも容易い頼れる副リーダーなんだけどね。ただし力仕事や単純作業以外が壊滅的なのが玉に瑕。
そして、そんなルーミアのスタンスと対極に位置しているとも言えるのが、新入りの橙ちゃんであった。
「ほら私達ってそんな強い妖怪じゃないでしょ? 一つの役割に固執しても頭打ちが早いと思うの。だからできる事を広く伸ばした方が役に立てるんじゃないかなって……」
「そっちの方が賞味期限も長いだろうね」
「!?」
「こらルーミア。食べ物で例えない」
急に口を挟んできたルーミアにみんながギョッとしていたので、すかさずフォローを入れる。まるで私が戦力外になった子は容赦なく追放するような奴だと受け取られかねない。
私には橙ちゃんの気持ちが痛いほど分かるんだよね。なんとかして自分達に価値がある事を証明して主人から見捨てられないよう努めようとするのは、まさしく紅魔館における私のムーブと全く同じものだ。
しかも彼女は孤独だった私と違って守らなきゃいけない猫たちがいて、しかも八雲紫のスパイである訳だし、事情はより切実だろう。
もしもマイロードのような暴君と少しでも同一視されているのだとしたら、非常に光栄な話だ。同時に悲しくもあるけどね。
「まあできる事から地道にやっていけばいいよ。何も明日八雲紫を倒さなきゃいけないって訳じゃないんだから。焦りは禁物、一日一歩でも着実に前へと進んでいくことが何より肝要だよ」
「は、はい……」
「それにチェンは略奪品の在庫管理から取引の相場調査まで私にできない事をやってくれてるじゃない。これで役立たずなんて言う心無い奴がいるならニッヒちゃんがとっちめてやるんだから!」
「あ、ありがとうございます!」
適度に褒めそやしつつ、合間に八雲紫への牽制を入れておくのも忘れない。
言うまでもなく一番の地雷枠である橙ちゃんだけども、流石は八雲の式神というべきか、そのスキルには目を見張るものがあった。
妖獣らしくスピードを活かした肉弾戦をそつなくこなせるし、配下の猫を使った情報収集で私達が踏み入る事のできない人里でのアレコレを調べる事だってできる。
今日だって人里で仕入れた相場の情報を元に中有の道で略奪品の物々交換を成功させている。牛崎潤美さんから手に入れる古代魚はみんなのお腹を満たす貴重な食糧源だ。
しかもそれのみならず算術と記憶力にも自信があるみたいだったから、最近は物資の管理まで丸投げしている。まさしく勢力を維持する上で欠かせない官僚タイプの人材……猫材? なのであった。
もっとも一介の野良猫にこんなスキルがある筈もないので、八雲のスパイ説がほぼ確定になったのは言うまでもない。本人も知識の出処に関しては言いにくそうにしてたしね。怪しさ百二十パーセント。
まあそれはそれでオッケーだ。敢えてウチの懐を晒す事で八雲紫にはもう少しの間だけ大人しくしててもらおう。私の
なんなら橙ちゃんを寝取って偽情報を流してやるのもアリかもしれない。「いぇーい藍しゃま見てるぅ?」って感じで。レミリア閣下リスペクトのチャームが迸るぜ!
そんな私の邪な考えなどつゆ知らず、四天王のみんなは歓談を重ねていく。
その最中の事である。恐らく話の流れが私に関する事になって、それに触発されたのだろう。
響子が水を跳ね飛ばしながら挙手する。
「そういえば前から気になってた事があって!」
「ふんふん、なにかな!」
「ニッヒちゃんって美味しいの?」
「ゑ」
風呂場の温度が一気に低下したような気がした。私の肝はヒエッヒエで、ラルバちゃんと橙ちゃんは「こいつマジか」みたいな微妙な表情を浮かべている。
そしてその反面、ルーミアは目を見開くと口の端を吊り上げる。同志を見付けてウキウキしている顔だ。
「響子もこっち側なのか」
「いやそうじゃないけど……毎日ルーミアだけ美味しそうに食べてるからちょっと気になって……」
「底知れぬ未知に期待を持つのは生き物の性であって、別に悪い事じゃないと思う。ほら物は試しでひと齧りしてみな、飛ぶよ。ほらほら」
「あいたたた!!! おっぱいを引っ張るな!!!」
「ニッヒさんが痛がってる。や、やめてあげなよ」
「内心では悦んでるからいいの」
「喜んでない!!!」
人の身体をお裾分けみたいなノリで気軽に差し出さないで欲しい。
というか質問を飛ばした響子までドン引きしてるし。ルーミアに対してである事を祈るばかりだ。
取り敢えずルーミアからおっぱいを取り返して拳骨をぶち込みつつ、響子を宥める。
山彦は人すら食さない温和な種族だと聞く。カニバの道に進んではならない。
「いい機会だからみんなに教えておくけど、私はフランドール・スカーレットっていう強大な吸血鬼の分身体なの。つまり身体は魔力で構成されている」
「ふらんどーる? どっかで聞いたような」
「あれでしょ。まいろーどって人」
「わたしを差し置いて神棚に祀られてる人だ!」
「なるほど、神棚のまいろーど」
「ニッヒさんが毎日祈ってる人って実在したんですね。想像上の人かと思ってました」
みんなが口々に呟く。そして何気に失礼な橙ちゃんの一言である。イマジナリーの存在を信仰するなんて、そんなのただの狂人ではないか。
しかしよくよく考えれば、四天王のみんなにとってマイロードはボスのボスに当たる人なのに、情報が殆ど皆無なのか。これは非常によろしくない。
暇な時にでもマイロードの素晴らしさと恐ろしさを存分に言って聞かせておかなければなるまい。でないと最悪の場合、吸血鬼異変の際に死人が出ることになる!
しかしまあ、今はニッヒちゃんの話だ。
「つまりね、私を食べたところで仕方がないの。胃の中に入っても霧になって消えちゃうだけ。食べる意味皆無、腹の膨れないこんにゃくみたいなもの! ついでに私の代謝はゼロだから無味無臭で嗜好品にもならない!」
「じゃあ毎日美味しそうに食べてるルーミアは?」
「まあヤバい奴だね」
ただでさえ妖怪は肉体に依存しないタイプが多いもんね。妖怪が共喰いではなく人喰いに偏重しているのには相応の理由があるのだ。
つまりルーミアみたいにカニバる事を躊躇しない個体は……つまりそういう事である。
種族の関係上肉食を行わないラルバちゃんはイマイチな反応だったが、大元が恐らく犬と猫である他二人は「これ如何に」と言いたげな視線を投げかけていた。
一方でルーミアは悪びれた様子もなく、あっけらかんと言い放つ。
「食材を味だけで語るのは三流がすること。私はニッヒの肉っていう情報を食べているの」
「ラーメンの漫画に出てくるハゲの人みたいなこと言ってる……!? それは邪道だよ!」
「好きに言えばいい。私はニッヒの肉に魅せられたから此処にいる。この胸踊る素敵な感動を友だちと共有できれば、毎日がもっと楽しくなると思ったの。……それに響子と橙の目的にも合致するしね」
「目的……?」
「強くなりたくば喰らえ。それが私の答え」
後日、ルーミアに改めて言葉の真意を問いただしたところ、驚きの事実が判明する。
私の血肉は非常に吸収効率が良く、魔力を余す事なく取り込み自らの力とする事ができる、とんでもなくありがたいモノなんだそうだ。
いわば邪悪な不思議な飴である。
吸血鬼の血肉にそんな効果があるなんて聞いた事がないが、よくよく考えれば私の肉体は世界最強であるマイロードの肉体である訳で。
RPGならラスボスからのみ採れる最高級のレア素材である事には間違いない。取り込めば相応の恩恵があるという事なのか。ロマンがあるね!
もっともルーミアにとってはそれすらも副次的、つまり棚からぼたもち的な効果であったらしく、やはり一番素晴らしいのは情報から得られる味であるとのこと。
ここで私は彼女から話を聞くのをやめた。不毛だと感じたからだ。ルーミアはやはりルーミアである。
ただこれで一面ボス相当の底辺妖怪であった筈のルーミアがここまで強くなった謎が解けたね。
つまり私の血肉を他四天王のみんなに分け与えれば、もしかすると全員が吸血鬼並みの力を持つ最強の妖魔軍団が出来上がる事になるのか……。
でもまあ、結論から言えばナシだ。
だって絶対身体に悪いもん! 生まれた頃から拾い食いばかりしてるルーミアだからこそお腹を壊さずにいられるって可能性は十二分にある! いや、ニッヒちゃんは断じてばっちぃ妖怪じゃないけども!
そも私の知識を参照したところ、吸血鬼から血を貰って強化された人は大抵ロクでもない末路を辿っている。ゲロ以下の臭いがプンプンする人とか、クソ強ェ癖して丸太とワクチンが弱点な人とか!
私の可愛い仲間たちをそんな目に遭わせてなるもんか。というか下手したら将来的に八雲藍や聖白蓮様に報復で『滅』される可能性が出てくるし。
まずドーピングに頼らねばならないほど逼迫した状況ではない。みんなは着実に強くなってると思うし、紅魔館支部も形になってきた。
すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、私たちのほうに!
こんな綺麗な流れにドーピングが介在する余地など無いのである!
大丈夫。きっとこれからもなんとかなる。
私はそう疑わなかった。
あの妖怪──否、魔王がやってくるまでは。
ラルバの羽と触角は撥水魔法で保護済みであるものとする。また橙はお風呂が大っ嫌いだけど新参なので一生懸命周りに合わせているものとする。