フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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もしかするとグロ注意


空と湖と大地と呪われし分身

 

 

「ヒャッハー! 楽しい楽しい伐採の時間だァー!」

 

「ニッヒさんって斧とか丸太を持つといっつも元気になるよね。なんでだろ?」

「さあ? ニッヒ様が言うには未来の礼儀作法らしいけど、なんか深い意味があるんだろーね」

「未来ってそんな無法地帯みたいになってるんだ……」

 

 天気は曇天、気温良好。まさしく絶好の土木日和。

 本日は盗賊稼業を一時休業し、みんなでインフラ整備を行おうという計画になっている。

 

 こんな日のために着々と用意しておいた鉄斧を片手に私と橙ちゃんで木を切り倒し、材木となるものはルーミアと響子が湖まで運び、残った切り株はラルバちゃんが鱗粉を塗して発火させ処理していく。

 あらかじめ役割分担を決めていたとはいえ、ほれぼれするようなチームプレイの完成にニッヒちゃんは大満足である。こりゃ土木業者として生きていけそうだね。

 

 

「とっても順調だねニッヒちゃん! この調子だと今日中には終わりそう!」

「みんなの手際が良いおかげ! だけどそんな急ぐもんでもないし、取り敢えず目的地に着いたら今日は終わりにしよう。で、みんなでお弁当食べて帰ろうね!」

 

 私達が作っているのは道路──というにはちょっぴり原始的な、しかし少なくとも人が行き来出来るくらいに整備された道。

 これを霧の湖からある地点を臨める場所まで繋ぐのが今回の計画なのだ。

 

 そしてその目的地とは、私達のアジトから見て南西に存在するこの世界の最重要地点。幻想郷の心臓にして最大の急所となる『人里』である。

 

 狙いは至極単純で、人里から霧の湖までのアクセスを容易にする事で人間がこっち側に寄ってくる頻度が増えるんじゃないかと思ったんだよね。

 なのでその道すがら、もしくは湖で適度に脅かして恐怖をいただいてしまう寸法だ。名付けて『吃驚カツアゲロード作戦』ってところかな。

 

 ごく稀に湖へ魚釣りにやって来る物好きな人間もいる事にはいるので、それがさらに増えて釣りの名所になってくれると万々歳だ。その時は『置いてけ堀作戦』でお魚と人間の恐怖を同時にゲットできるかもしれない! 

 

 ただまあこんな所までやって来る人なんてのは大抵が強い力を持ったハズレ値みたいな人間ばかりだから、どうしても注意は必要だけどもね。博麗の巫女じゃなきゃ何とかなるだろの精神だ。

 私達だって偶には人間の恐怖を味わいたいのさ! 

 

 あと人里近辺は人間に飢えた妖怪達が屯する激戦区であるため、一大勢力の長(自称)として影響力という名の楔を打ち込んでおくのは有効だと思う。

 今は兎妖怪とか天狗が優勢みたいだけども、いつかは私達だってデカい顔をしてやるんだ。

 

 

 

 昼下がりには鬱蒼とした森林地帯を抜け平野部へと到達した。ここから暫く田園風景が続き、その先に人間の居住区が存在する。

 

 それにしても改めて開拓してみて気付いたのだが、紅魔館にとって裏庭とも言うべき森林は思いのほか広大だった。もしかすると魔法の森とはあの地帯を指すのかもしれない。そう考えると魔理沙さんの異常な来館頻度にも納得できるというものだ。

 

 

「あとは地面を整えて周りの妖怪に話をつければ終わりだね。みんなお疲れ様!」

「この道は定期的に配下の猫を巡回させて、他の妖怪に侵入されないように見張っておきますね。少し経てば私たちの縄張りだって定着すると思うので」

「とっても助かるけど、猫ちゃんの安全第一で大丈夫だからね。絶対に無理はさせないで」

「は、はい!」

 

 妖怪や人間、特に月人の命は結構知ったこっちゃないニッヒちゃんだが、動物に対する慈しみの心は一応存在してたりする。可愛いし、純粋で嘘を吐かないからね。

 なんだか地霊殿の某主人みたいな理由だけど、動物好きなんてのは皆そんなものである。人間関係に疲れた者が行き着きやすい末路だ。

 

 思えば四天王がアニマル系で固まってるのも、運命の導きみたいなのがあったのかもしれないね。私の右腕? 宵闇の妖怪? なんのことやら。

 

 とまあそんな感じで今後の予定や管理を差配していたところ、隣から強烈な視線を感じた。まるでこの世の行末を憂うような深刻さを帯びた目。

 振り返らずとも分かった。これはランチタイムを今か今かと待ち侘びているルーミアからの訴えだろう。彼女にしてみれば空腹は世界の一大事なのだ。

 

 正直強迫めいたものを感じなくもないが、自分を制止できているだけ頑張っている方なのだ。

 あの孤高のマイペース妖怪が集団の輪を意識しているというのは、大きな成長だと私は自信を持って言える。涙ちょちょ切れである。

 

 それじゃあこれ以上待たせるのも悪いし、他のみんなもお腹がペコペコになってきた頃合いだろうから昼ご飯の準備を始めようかな。

 そこらへんにレジャーシート代わりになる大判の布を敷いて、用意しておいたお弁当を配っていく。一人一人内容の違うニッヒ特製弁当だ。

 

 肉食のルーミア、雑食の響子と橙ちゃん、草食のラルバちゃん。このようにみんな食性の区分がバラバラなので献立はよーく考えなければならないのだ。全員が寝静まった後、私はいつだって頭を悩ませている。

 妖魔軍団の頭領が栄養士紛いの事をするものなのかという疑問はとうの昔に捨て去った。これがウチのスタイルなのである。ずっと昔にマイロードから「料理の腕を磨け」って言われてるしちょうどいい! 

 

 

「結局ピクニックみたいになっちゃったね! お仕事なのにこんなに楽しんでいいのかなぁ!」

「ふっふっふ、楽しいに越した事はないよ。今度はみんなで妖怪の山へハイキングにでも行こうね! 九天の滝から見る景色は最高だと思うんだ!」

「て、天狗と全面戦争するんですか!?」

「いやいや流石にそこまでは自惚れてないよぅ。それはみんながもっと強くなってからかな!」

「やる気ではあるんだ……」

「ニッヒ様の野望は果てしないなぁ」

 

 わーきゃーぎゃてぎゃてと盛り上がるみんなを眺めながら、なんて事のない平穏を噛み締める。思えば私も随分と遠い所まで来たものだ。薄暗い地下室で燻っていた日々では考えられない毎日である。

 これが私と四天王のみんなで掴み取った『日常』だ。

 

 あとは此処にマイロードと紅魔館の皆様が居てくれたならなぁ、と。ニッヒちゃんは密かに夢思うのです。

 でも強欲で傲慢なマイロードはまだ納得しないよね。四天王も頑張ってたし! 私も頑張らないと! 

 

 私は決意を新たに──。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

 不意に脳髄を不快がのたうつ。

 

 あまりの気持ち悪さに私の行動の一切が奪われた。この不快さを取り除く為に、頭の悉くが使われている感覚。それ以外は全て些事だと、そう思えた。

 

 この感覚は初めてではない。前にも二回、同じことが起きた覚えがある。

 

 一度目は、パチュリーさんの来襲時。最後の最後で放たれた切り札の『ロイヤルフレア』が油断していたマイロードを襲ったあの瞬間。

 本当に怖かった。アレが直撃したらマイロードが死んでしまうと、少なくともあの時の私はそう判断した。鮮明に最悪のヴィジョンを思い浮かべる事ができたのだ。

 

 二度目が、月の都で鈴仙さんが奇襲を仕掛けてきた時。分身魔法を発動して大きく力を落としていたレミリア閣下を狙った凶弾が放たれる寸前。

 私の身体が反射的に動いて防ぐ事には成功したのだが、とても運が良かったと今でも思う。レミリア閣下を失わずに済んだのは本当に幸運な事だった。

 

 そのいずれにも共通するのが『私の選択次第で大切な人が失われる可能性が発生した』という点。私やその周囲の人達にとっての大きな分岐点とも言えるのかもしれない。

 どういうロジックであるにしろ、気のせいで処理するには前例が強過ぎる。というか信じるに足らない理由があるのならむしろ大歓迎である。

 

 そんな悪寒がたった今。何の前触れもなく発生したのだ。行動の全てを縛り、全意識をそちらに集中させるのは当然だろう。私の可愛い仲間達を失う訳にはいかない。

 

 

「みんな、ごめん。弁当を片付けて。すぐに」

 

 簡潔に指示を飛ばしつつ、私が無意識に恐怖したモノの正体を突き止めるべく意識を巡らせる。

 

 周囲は問題なかった。私の魔力センサーには引っ掛かってないし、響子の索敵も反応していないっぽい。ならば別の要因、別の場所だ。

 答えにはすぐ辿り着いた。

 

 私が常に目を光らせているのは己の周囲と──霧の湖周辺の二ヶ所だ。常に魔力探知の薄い霧を展開しているので、妙なのが居ればすぐに分かる。

 そして意識を凝らせば、湖におかしな反応が一つだけある。身に覚えが無い筈なのに、大した魔力を感じないのに、心胆を寒からしめる異様な気配。

 

 コイツだ。『これ』が私の縄張りに侵入してきたから、こんなにも恐ろしいんだ。

 

 依然として脅威の正体は不明だけどすぐさま命の危険に繋がるようなものでは無かった事を把握できたおかげか、少しだけ落ち着くことができた。そうなると次に込み上げるのは怒りである。

 どこのどいつだか知らないが、ニッヒちゃんと愉快な仲間達のほのぼのランチタイムを邪魔した罪は重い。たとえお客様だとしても許せぬっ! 

 

 侵入してきた相手にもよるけど、私の予感が完全に間違ってて大した事ない奴だったら、ギッタンギッタンのボッコボコにしてやるんだから! 

 

 

 

 

 

 そんな感じで戦意マシマシニッヒちゃんは四天王を引き連れ、作ったばかりの仮道路を通って霧の湖に帰還。普段妖精たちの喧騒で賑わっている賑やかな湖畔は、痛いほどの静寂に包まれていた。

 

 この異様な雰囲気と先程までの私の態度から、みんなも何か良からぬものの存在を感じ取ったのだろう。緊張で顔を強張らせている。

 

 紅魔庵付近の畔、植えたばかりのネモフィラが満開になっていた。

 その中央に奴が居た。私が作った屋外用の木工椅子に腰掛け、呑気に湖を眺めている。

 

 

「か……か……!」

 

 この時期の幻想郷には、平穏に暮らしていく上で絶対に敵対してはならない三人の妖怪がいる。この地に生きる者の声を実際に聞き集め判断したそれは、私の中にある情報と全く差異が無かった。

 

 まず八雲紫。次に伊吹萃香。そして最後が、この中でも一番の大ハズレ。

 

 幻想郷縁起において危険度:極高、人間友好度:最悪という脅威の評価を叩き出したサディストの化身。かつて魔界神に向けて言い放った「大量虐殺も遊び」という迷言は今なお語り草となっている。

 

 そんな彼女の名前は。

 

 

「げぇっ風見幽香!?!!?」

 

 

 我が物顔で私の縄張りを踏み荒らし勝手に寛いでいる、最強最悪と名高き花妖怪である。

 

 植物を彷彿とさせる深緑の頭髪。赤いチェック柄のベストとスカート。傘なんだか花なんだかよく分からない、でもやっぱり日傘っぽいブツ。

 登場時期によってパジャマだったり長ズボンだったり長髪だったりで外見が大きく異なるらしいが、大体の特徴が合致しているので間違いない。それは紛れもなくヤツさ。

 

 何よりも身体から立ち昇る異様な魔力の本質こそ、彼女がそこんじょそこらの妖怪と一線を画した存在である事を鮮烈に証明している。

 霧を介した魔力感知で彼女だと分からなかったのは当然だ。幽香さんは植物のような微弱な魔力しか放出していない。チルノなんかよりもずっと小さい。

 

 でも面と向かえば嫌でも分かる。分かってしまう。

 あの身体に極限まで圧縮し収納された莫大な魔力は、一度解き放たれてしまえば暴力的に全ての物を消し去ってしまうだろう、と。

 

 ニッヒちゃんは大いにビビった。今すぐ回れ右して、背中の羽を千切って、人里の村娘Aとして争いとは無縁な生活を送りたいと願いすらした。

 原初的な恐怖を擽る圧倒的な暴の気配がメンタルを地下室時代へと退行させたのだ! 

 

 まあ挫けないんだけどね! こういう時は素数を数えるみたいに更なる暴への恐怖で塗り替え鼓舞してしまえばいい! そう、マイロードの方が怖いに決まってる! 

 

 

「あれ……は、花妖怪だよね……?」

「うぁぁぁ! か、風見幽香が花畑を練り歩いてる!」

「こっち! こっち見てるよ!」

「う、狼狽えるんじゃあないッ! 誇り高き吸血鬼の眷属は狼狽えないッ!」

 

 世情に疎い四天王の面々でも風見幽香という最強クラスのネームバリューは把握していたのだろう。それと合わせて実際に目の当たりにしてしまった格上オーラに慄いている。

 

 仕方ないよね。誰だってビビる。私だってビビる。

 

 

「ニッヒ、どうする? 逃げる? 今ならまだ何人か、運が良ければ全員生き残れるかもよ」

「いや……戦わずして負けを認めるのは妖怪にとっての死を意味する。私たちが風見幽香の名に屈服してしまえば、これから先の未来はない」

「らしくない台詞だね」

「ふっふっふ、リーダーらしい事を一度くらい言ってみたかったんだ!」

 

 にへらと笑って余裕をアピール。実際は結構逼迫してるんだけど、それを表に出したところで良いことなんて何もないからね。みんなを不安にさせるだけだ。

 

 命あっての物種。逃げるは恥だがなんとやら。人間であればこの場は潔く退散して再起を図るのも有効な手だと思う。古来から連綿と続く成り上がりの法則である。

 しかし妖怪となると話が違う。形式がどうであれ敵に屈服するという事は、存在としての格付けが完了してしまうという事を意味する。客観的な見られ方によって強さや存在そのものが変動してしまいがちな妖怪にとって、一戦の重みは段違いだ。

 

 彼女に屈すれぱ、二度と今以上が望めなくなる。

 

 こういう時こそ本気を出さないプロレス仕草によって勝負の結末そのものを曖昧にしてしまう『アリス・マーガトロイド論法』が非常に有効的なのだが、それを許してくれるほど彼女が寛容だとは思えない。

 事実、本家本元のアリスさんはかつて幽香さん相手に究極の魔導書を引っ張り出してきて本気を出した結果、ガタガタのギタギタにされているらしい。

 

 結論、引く事はできない。どういう形であっても幽香さんに私達の縄張りから出て行って貰わねば。

 

 

「よォし私が花妖怪と話を付けてくる! みんなは此処で待機して、もし交渉が決裂したようだったら振り返らずに逃げる事。いいね?」

「だ、大丈夫? ニッヒちゃん殺されない?」

「はっはっは私を誰だと思っているのさ! 無敵で不死身の吸血鬼ニッヒ様だよ!」

「そっか……ニッヒちゃん不死身だもんね!」

「よっニッヒ様! しぶとさ幻想郷一!」

「まあ死なないならなんでもいいよ。行ってらっしゃい」

「す、助太刀が必要になったらいつでも呼んでください。だから……死なないで!」

 

 何故か『不死身』ばかりがフォーカスされて『無敵』の部分に触れてくれないのは気になるが、安心してくれたならそれでいいや。私は不死身のニッヒだ! 

 

 みんなの声援擬きを背中に受けながら、私は死地へと進んでいく。

 幽香さんは最初から私たちの存在に気付いていた。湖畔越しに私達を見据え、不気味に静観している。

 

 絶対零度を思わせる冷たい相貌からは、一切の感情を読み取れない。私を値踏みをするような意思すらなく、そこにただ在るだけだと認識している、そんな感じ。

 今まで出会ってきた妖怪達のどれとも合致しない未知のタイプだ。それが彼女の恐ろしさを更に引き立てている。でも私は挫けない。大丈夫だ、マイロードの方が強くて恐ろしい。そうに決まっているんだ。

 

 睨み合うこと数秒、まず私が口を開く。

 

 

「ようこそ紅魔館支部へ。随分と急な来訪ですね」

「あら、アポイントが必要?」

「そりゃあ幻想郷に勇名轟く四季のフラワーマスター様がいらっしゃるんですもの。迎えるにあたって相応の準備は必要ですよ。例えば……心構えとか?」

「時間を置いたところで、後ろの震えている奴らが何かできるとは思わないけど」

「ああ見えてやる時はやる頑張り屋さんばかりなんですよ。それに、そこにいるだけで可愛いじゃないですか。やる気もモリモリ!」

「思考の薄い生き物は苦労が少ないから愛でやすいのは、確かにそうね。花と一緒」

 

 頗る高圧的ではあるけれど話がまるっきり通じない訳ではない。少なくとも表向きは、談笑を楽しむ素振りを見せ微笑みすら浮かべている。

 

 一呼吸置いた後に言葉を続ける。

 

 

「私、あんまり腹の探り合いとかが好きじゃないので単刀直入に聞いちゃいますね。どういったご用件で?」

「要件なんてないわ。久しぶりにこの辺りまで足を伸ばしたら随分居心地が良くなっていた。たったそれだけよ。梅雨時になって魔法の森で紫陽花が咲き始めるまでの時間潰しにはちょうどいい」

「なるほど、そういう感じ……」

 

 私の未来知識を総動員して風見幽香という妖怪の情報をかき集めたところ、今回の来襲理由に合致する情報を幾つか見つける事ができた。

 

 なんでも彼女は季節の花が大好きで、一年中幻想郷のあちこちを巡りながら花があるところを放浪しているんだとか。理不尽なランダムエンカウント……! 

 てっきり太陽の畑か夢幻館なる場所に定住しているものなのかと思っていたんだけど、この辺りの情報は全てガセだったようだ。恨むぜワザップ! 

 

 という事は暫くの期間だけ幽香さんがここ周辺に居着く、という事になるのか。

 

 正直勘弁してクレメンスって感じだけど、断った時の方が頗る面倒臭そうだから仕方がない。

 まあ期間限定とはいえ私の勢力下に入ってくれるなら、全てが悪い話ばかりというわけでもないだろう。腹を括るしかないか。

 

 ニッヒちゃんは全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ。

 私は了承の意を伝えるべく口を開く。

 

 

「つまるところウチに住みたいって事で──」

「蟲のさざめきに一々腹を立てるほど狭量ではないわ。岩場の隅に縮こまって隠れ住み、地を這い蹲り息を潜め静かに暮らすというなら、此処で生きる事を許す」

「……はい?」

「それと、この霧で太陽を遮っているのは貴女でしょ? 鬱陶しいから回収しておきなさい」

 

 あまりの物言いに私は固まるしかなかった。

 何かの冗談かと思ったけれど、幽香さんの目は"ガチ"である。至極真面目に滅茶苦茶な要求を突き出している。

 

 

「ちょっと何言ってるのかよくワカンナイ……」

「何も難しい事は言っていないでしょう。そこらの屑蟲のように私の邪魔をしなければ、この地で命を繋ぐ事ができる。それが嫌なら此処から出て新天地を探せばいい。たったそれだけの、至極簡単な選択について話よ」

 

「な、なんというか……それで納得できる人はあんまり居ないんじゃないかなーってニッヒちゃんは考えるんですけど。そのへんどう思いますか?」

「何故納得しない? 生き物は皆身の丈にあった幸せを噛み潰して生きていけばいい。植物も羽蟲もそうしているわ。なのに何故、貴女達だけがそんな自然の摂理を踏み越えて許されると考えるの。出過ぎた欲望は死を招──」

 

「隙ありッッ喰らえぇ悪質吸血鬼タックル!!!」

 

 これ以上の会話は無用であると断じ、即仕掛ける! 数回言葉を交わしただけで理解ってしまった。この人とは決して分かり合えないと。否、この人は他者と分かり合うなんていうまどろっこしい手段は取らないと。

 

 私達を見る時の、そこに在るだけと認識しているような冷たい視線の意味が漸く分かった。

 風見幽香にとって世界は『自分』と『それ以外』なのである。人も妖怪も吸血鬼も神も、等しく雑草と同じ。簡単に踏み躙るものだと思っている。

 こんな化け物と互いに利のある対話なんて不可能、不毛。それ故の出し惜しみ無し先制攻撃である。

 

 数多の強敵を屠ってきたニッヒちゃんの必殺技。会話の途中をはじめとした意識の隙間に付け込み、全力の打ちかましを叩き込む! 

 自分の力に絶対の自信を持っていて、なおかつ驕り高ぶる人は私の絶好のカモ! 幽香さんなんてその最たる例だろう。現に迎撃態勢は整っていない。

 

 

「勝ったァ! 喰らってくたばれぃッ!」

「……」

 

 私の全力タックルは幽香さんの胸元へと叩き込まれ、その身体を空へと弾き飛……──。

 

 

 壁? 

 

 

 衝撃が完全に堰き止められた。まるで大地そのものに身体を打ちつけたような手応えの無さ。間違いなく全身全霊の一撃だったのに、椅子を粉砕し数メートル後方に引き摺るほどの威力だった筈なのに。幽香さんの体幹は全くぶれていない。

 お日様とお花の香りは迫り来る死の気配。密着状態で恐る恐る上目遣いに様子を伺う私を、しっかりと見据えていた。無機質だった瞳には僅かな感情が入り混じる。これは……歓喜、なのだろうか。

 

 

「いつ以来かしら。私に先制攻撃なんて愚行をかましてくれた馬鹿が現れるのは」

「なんで? そんな、平然と」

「賢者を名乗る連中が大結界を張ってからというもの、妖怪達は牙を抜かれフヌケとなり、僅かにでも骨のある奴は滅び去ったとばかり思っていた。だからこそ、その蛮勇には大きな価値がある。よく決意してくれたわ」

 

「──でも一発は一発ね」

 

 にっこりと。晴れ晴れとした向日葵のような可憐な笑みを浮かべると、右の拳を握り締め、大きくテイクバックを取る。予備動作の進行に合わせ、その身から漏れ出る魔力が加速度的に増大していく。

 

 そして放たれる右アッパー。私は咄嗟に全魔力を両腕に集中させた防御姿勢を選択した。でもそれが大きな間違いであった事を数瞬後に悟る。

 これじゃ足りない。

 

 強……速……避……。

 無理! 受け止める? 無事で? 出来る? 

 否、死。

 

 振り抜かれた剛拳が容易く私の両腕を引き千切り、顎を的確に撃ち抜いた。

 弾き飛ばされる事は無かった。下顎部分が消し飛んでしまったからだ。さらには空圧を受けたお腹部分が抉れ、夥しい量の血液と内臓物が零れ落ちていく。

 

 だった一撃で私の主要な人体部分が破壊されてしまった。全く相手にならなかった。

 

 

「あ゛う゛……あ゛」

「あら、なんて長い舌。蝙蝠は長い舌を持っていると聞くけど、吸血鬼もみんなそうなの? 不思議ねぇ、血を吸う時に邪魔にならないのかしら?」

 

 下顎が無くなったことで収納しきれず垂れ下がった舌を興味深そうに弄ぶ。心を折る為の煽りだというなら大したものだ。やっぱりプロは違うんだなぁと。

 

 実際、ニッヒちゃんは理解らされてしまった。妖怪としての格が違いすぎる。

 というかフィジカルだけなら多分マイロードよりも強い気がする。なんと恐ろしい、こんな化け物が地上に存在するなんて。しかもランダムエンカウント。この世界は紛う事なきクソゲーだ。

 

 

「でも流石の耐久力ね。これだけ身体を滅茶苦茶にされても生きているなんて。潰し甲斐がある」

「おひぇやわらかにひて……くれめんひゅ」

「何言ってるか全然分かんない」

 

 清々しい笑顔でボキボキ指を鳴らす。

 恐らく幽香さんは私を虐め殺すつもりなんだろう。取り敢えず隙を見て身体を再生させた後、すたこら逃げ出したいところなんだけども。彼女の破壊力を上回れる気がしないのがネックだ。どうしたもんだろうか。

 

 と、暗惨たるサンドバッグ人生を覚悟していた、その瞬間だった。周囲が突然漆黒に包まれ昼夜を逆転させる。状況の急変に流石の幽香さんも足を止めた。

 すかさず脳に響くような大音量の叫び声が鼓膜を震わせ、耳による位置の特定を不可能に。

 

 

「今だ! ラルバは足を持って!」

「う、うん!」

 

「みんなぁ……ひぃぃん」

 

 最後に残る二人が私の両腕と両足を持ち上げてその場から即座に離脱させる。その正体と流れるようなコンビネーションに、私は号泣を禁じ得なかった。見捨てずにいてくれた事への感謝と嬉しさを抑えきれない。

 

 こうして私は仲間達とともに死地を脱出。なんとかゲームオーバーを避ける事に成功したのだった。

 

 

 

 

 この日、紅魔館支部は初めての敗北を喫する。

 そしてそれは私達の戦いが新たなフェーズへと移行する幕開けの合図でもあった。

 

 





ゆうかりんが霧の湖に腰を落ち着けたのは環境が『夢幻館』と似通っていた為に無意識に引き寄せられたのが理由であるものとする。あと単純にニッヒちゃん達が環境を整え過ぎてしまっていたのも一因であるものとする。


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