フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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挑戦 風見幽香!(後)

 

 

「橙と響子は死ぬ気で時間を稼いで。その間にニッヒを復活させる。……させてみせるから」

「分かった! 一秒でも長く時間を稼ぐ!」

「ニッヒちゃんをお願いねルーミア!」

 

 無謀だ。私も相当無茶をしてきたものだが、今回は度が過ぎている。

 獣としての側面を持つ二人だからこそ、本能に近い部分で風見幽香の脅威を深刻に感じ取っているだろう。彼我の戦力差は己が一番よく分かっている筈なのだ。

 

 現に二人は叫びのような威勢の良い声をあげてガムシャラに幽香さんへと突撃しているけれど、虚勢混じりなのは明白だった。本音は怖くて怖くて仕方ないに決まってる。

 

 でも橙ちゃんと響子は捨て石になる事を選んだ。ルーミアに十分な時間を与える為だけに。

 

 

「ルー、ミア……なにを」

「私が今まで食べてきた分を少しだけ返してあげる。人に分け与えるのは初めてで下手くそだけど、我慢してね。ラルバは糸で補助して」

「よぉし補助なら任せろー!」

 

 ルーミアの掌から強い魔力を含んだ闇が放出され、私の胸と消失した両腕に染み込んでいく。これが何故か私の身体とよく馴染んだ。魔力が復活する事で、徐々に破壊された組織が回復している。

 更にその上からラルバちゃんの吐き出した糸が纏わり付き、やや不定形なそれを補強してくれる。蛹の中で起こる変態を擬似的に再現する事で、再生力を底上げしているのか。

 

 頭空っぽだと思っていた一ボス二人の意外な頭脳プレイに感心するばかりだが、それでも危険な試みには違いない。何せ幽香さんに背を向けて、無防備な状態を晒している。前衛の二人が崩れた瞬間、連鎖的にルーミアとラルバちゃんも殺されてしまう。

 

 

「ダメ、逃げ……て」

「気が散るから静かにしてて。再生が遅くなる」

「ルーミア早く! 早く!」

「うるさいってば」

 

 

「ふふ……」

「なに笑ってんのさッ!!!」

 

 渾身の蹴りが頬を貫く。しかし絶対強者は、びくともしていなかった。

 

 幽香さんに狙いを付けさせない為だろうか。橙ちゃんは背後からの大音量に合わせてアクロバティックな動作で周囲を跳ね回り、蹴りに引っ掻き、妖術による攪乱など手段を選ばず攻撃している。

 妖力を纏う二尾を利用した回転飛行。凄まじいスピードと不規則な動きを組み合わせた戦闘法。

 

 でも幽香さんは、そんな橙ちゃんの足掻きを眺めて、嘲笑っていた。歯牙にも掛けていない。

 時間を稼げているというより、稼がせてもらっている気がした。興味深げに脆弱な存在を観察し、己の中の飽きと話し合いながら潰し時を見計らっている。

 

 

「よし、左腕は出来上がった。胸と右腕ももう少し」

「ルーミア、もう大丈夫だから。橙と響子を、助けに行かせてよ……!」

「ニッヒ様、風見幽香とマトモに戦えるのはあなただけ! お願いだから我慢して!」

 

 ラルバちゃんに言われるまでもなく、それが一番勝率の高い方法だというのは承知している。全快すればきっと今の幽香さんとマトモに戦えるようになるだろう。

 それが彼女らの望みなのも分かる。

 

 でも──。

 

 

「っ!?」

 

 飛び散った鮮血が周囲を紅く濡らす。私の顔に付着したそれは、仲間のものだ。

 幽香さんの裏拳が橙ちゃんの顔に減り込んでいた。

 

 どしゃり、と。力無く泥土に沈む。

 

 

「橙!!!」

「ニッヒ、黙って」

 

 飛び出そうとした私を二人が咄嗟に押さえ込んだ。どちらとも歯を食いしばり、頬に汗を伝わせている。鬼気迫る表情だった。

 ルーミアは恐らく再生作業の負担、ラルバちゃんのは背後から迫る恐怖により生じたもの。全員があらゆる面でギリギリなんだろう。私もまた、非力な二人に止められてしまう程度の力しか回復できていない。

 

 そしてそれは、一人相対する事となった響子も同じだ。

 

 

「私だって……! チェンみたいに、ニッヒちゃんみたいにやれるんだっ! 風見幽香なんか怖くないもん!」

「喧しいだけの山犬が」

 

 散々繰り出した音響攻撃の手応えがてんで無かったからだろうか、響子が選んだのは肉弾戦だった。震える拳を握り締めて、何事かを喚きながら殴り掛かる。

 そんなものが、かの花妖怪に通用する訳がない。

 

 無情にも拳は空を切り、敵の姿を見失った響子は慌てて辺りを見回した。背後に佇む幽香さんに気が付いたのは、全てが手遅れになった後。

 二発目のスカーレットニヒリティで歪に折れ曲がった右腕が響子の首へと巻き付き、容赦なく締め上げる。宙ぶらりんになった脚がジタバタと激しく動く。

 

 

「……! か……!」

「さて何秒後に死ぬかしら?」

 

 首の骨をへし折る事なんて容易い筈なのに、段々と腕の力を強めていく事で迫る死の気配を濃密に感じさせようという邪悪な魂胆。響子は声にならない叫びを上げながら、腕の中で必死に踠いている。

 

 橙ちゃんと響子の高潔な意志も、勇猛な覚悟も、風見幽香にとっては手頃な遊び道具でしかないのか。弄ばれる二人を見て頭が真っ白な私は、ふとそんなことを思った。

 

 そうしている間にも腕の力はどんどん強まり、遂には響子が動かなくなった。泡を吹いて目は虚ろ、真っ青な顔からはまるで生気を感じない。

 

 

「あとは胸だけ。……ラルバ!」

「うぅ〜……! こうなったらヤケクソだぁぁ! 妖精の意地見せてやらぁ!」

 

 糸での補強をもう十分だと判断したルーミアの呼び掛けに応じて、今度はラルバちゃんが突貫を開始した。普段は他力本願で楽ばかりしようとするあの子が。

 橙ちゃんと響子の覚悟を目の当たりして感化されたのかもしれない。一線引いているように見える彼女にも、私達との仲間意識は確かに存在していた。

 

 しかしそんなラルバちゃんの想いを風見幽香は踏み躙る。真正面から向かってきた無謀な妖精を鼻で笑い、手に持っていた響子を振り回し打ちのめした。

 衝突した二人は諸共宙へと放り出され、霧の湖へと墜落。砕け散った蝶の羽が水飛沫と一緒にパラパラと辺り一面へと降り注いだ。

 

 たった一秒の時間を稼ぐ為だけに、みんなが命を投げ出していく。私なんかの為に。

 

 

「その陳腐な友情ごっこも、そろそろ辞めにしなさいな。私達の戦いにこれ以上の不純物は必要無い」

 

「ルーミア……せめて、貴女だけでも」

「……」

 

 ゆっくりと躙り寄る死の足音。折れ曲がった右腕を()()()()ながら、途中地面に突き刺さった日傘を回収し、悠々と此方へと近付いてくる。

 その圧迫感は凄まじく、これまで何度も拳を交えた私ですら抗い難い恐怖を覚えた。それに背を向けるルーミアの負担は想像を絶する。

 

 でも彼女は微動だにしなかった。私の胸を完全に完治させた直後、汗と疲労でぐちゃぐちゃになった顔で、にへらと普段通りの小馬鹿にした笑みを浮かべた。

 

 

「私をその気にさせたんだから、絶対勝ってよね」

「ルーミ──」

 

 真横に薙いだ日傘がルーミアを捉え、胴から真っ二つに引き裂いた。

 遠くの地面に叩き付けられたそれは何度かバウンドし、慣性に引きづられながら、やがて動きを止めた。

 

 シンと静まり返る湖畔。私と、幽香さんのやや荒々しい呼吸音だけが耳に響く。

 誰が生きていて、誰が死んでいるのか。それすらも分からない。思考が纏まらず、胸の奥から込み上げる激情に振り回されるばかりだ。

 

 涙が止まらない。とめどなく溢れていく。

 

 

「ううぅうっうううああ」

「戦闘意欲を消失するには早いんじゃない? ほら、お友達を殺した敵は目の前に居るわよ?」

「うあうぅうううううぅ」

「……くだらない。取るに足らない雑魚共と群れた結果がこれか。せっかく好敵手になり得る存在を見付けたと思ったのに。期待するだけ損だったわね」

「うーうーうぅぅうー」

「そのうーうー言うのをやめなさい」

 

 心が追い付かないから動けない。何も言い返せない。

 その間にも非情な言葉は続いていく。

 

 

「仮にお前ひとりで戦いに臨んでいたのなら、結果は違ったかもしれないわね。部下達を影に潜ませ無理に戦いに加え、その命を背負ってしまったのが悪い」

 

 ……。

 

「お前は死んでしまうだろうけど、私を道連れに出来たかもしれない。自分一人だけなら自爆の規模を抑える必要も無い。少なくとも力は証明できた筈」

 

 ……。

 

「でもお前は部下の命を惜しみ、同時にリーダーとしての己の命をも惜しんでしまった。その結果、こうして全てを失うことになったのよ」

 

 ……。

 …………。

 

「この世界は力が全てだ。繋がりという名の拘束を『結束』と都合良く言い換え、数を揃えて強くなった気でいるような雑魚に、この私を斃す事なんてできる筈が──」

 

 

「話が長ァァァい!!!」

 

「!?」

 

 浸りすぎなおバカさんに悪質吸血鬼タックルッ! 

 油断し切った土手っ腹に渾身のタックルを叩き込み、勢いそのままに上空へとかち上げた。絵面はまんまハリーケーンミキサーである。

 

 案の定ダメージはあまり入っていないみたいだけれど、それでいい。私の目的は幽香さんを空中へと追いやって、地上のみんなから距離を取らせる事。

 泥を蹴り上げて宙へと浮かび、再び相対する。

 

 

「貴女は本当に……何度驚かせてくれたら気が済むのかしら。心を完膚なきまでにへし折ってやった筈なのに」

「うん、バッキバキにやられたね。みんなが私のせいで傷付き倒れた事が悲しくて悲しくて仕方なかった。だから思う存分泣き喚いて心を落ち着ける事にしたの。これが意外とスッとするんだよね。真似していいよ」

「……?」

 

 元はと言えば美鈴さんに胸の大きさで煽られて荒れに荒れたマイロードの為に考案した柱の男式メンタルケアだったのだが、まさか幻想入りしてから何度もニッヒちゃんの助けになってくれるとはね。

 

 とはいえ心を引き裂くほどの哀しみと、みんなの献身が齎してくれた勇気は今も私の中にある。忘却したんじゃない、自らの血肉としたんだ。

 

 みんなが私をリーダーと慕ってくれて、ここまでの血塗られた花道を作り上げてくれた。なら私がしなければいけない事はただ一つだ。

 みんなの願いを何としても叶えてみせる──幽香さんをブッ飛ばすのみである。

 

 今の私を突き動かすのはひたすらに純然な欲望と、みんなに報いようとする使命感だけだ。

 そんな感じでメラメラと身体も心も燃えている私を見て、幽香さんが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「私の事を憎まないのね」

「はい?」

「住処も、矜持も、仲間も、全てを無茶苦茶にしてやったのにお前の瞳には在るべき憎悪が殆ど無い。一体どんな精神構造をしているの?」

「憎悪……確かにそうかも」

 

 言われて初めて気付いた。確かに、私から幽香さんへの憎しみは非常に薄い。皆無とは言わないけれど、ここまで悪感情を抱かないものなのか。

 幽香さんが巨悪過ぎて、感覚が色々とオーバーフローを起こしてるような気がしなくもない。

 

 だが少し考えると、あっさりその理由に行き着いた。

 

 

「確かにそうかもしれない。私は貴女の事をあんまり憎めないみたいだ。勿論仲間にしてくれやがった仕打ちは許せないけど、それでもやっぱり心の底からは憎み切れない」

「それはなぜ?」

「多分ね、私のご主人様に似ているからじゃないかな。人と馴れ合う事を嫌って自分の力だけを信じ抜く根暗脳筋マインドは正しくマイロードそのものだもん!」

「ふふ……そんな酷いご主人様が好きなの?」

「ホント厄介極まりない事に!」

「筋金入りのドMなのね」

「違いますけどぉ!?」

 

 幽香さんもマイロードもドSなのには違いないが、それと相対しただけで私がドMと決め付けられるのは遺憾の極みである。そういえばレミリア閣下にも似たような事を言われたっけ……。

 否定しなければならない所は否定しつつ、なんて事のない軽い話が続く。だけど三回戦の始まりを告げるゴングは既に打ち鳴らされていた。

 

 私の腕が緋色に輝き、それに合わせるようにして幽香さんの放つ妖力が桁違いに跳ね上がる。幻想郷の上空は既に力場の坩堝だ。

 もはや互いに隠し事をするようなフェーズは通過した。惜しみなく己の力を見せつけ合う。

 

 

「私のご主人様は地上最強の吸血鬼。そして風見幽香、貴女もそれに近しい領域にいると認めている。だから貴女達の言う『孤高ゆえの力』が強力なのも認めるよ」

「……」

「でも私は……遠い昔のことだけど、マイロードにそれだけじゃない事を伝えたかった」

 

 幽香さんと話して、改めてマイロードとの大切な記憶を振り返ることができた。

 

 

「心を許した人と共に生きて、手を取り合い敵に立ち向かう中で生まれる力は、貴女様の言う最強の力にも匹敵するんだって! だからいっぱい友達を作って欲しいって……そう伝えたかったんだ」

「で、なぜそれを私に?」

「うーん、軽い予行練習? 私達の力で貴女をブッ飛ばせば良い見本になるんじゃないかなって」

「……とことん舐め腐ってくれるわねぇ」

 

 不快を口にしつつも、表情はやっぱり向日葵のように晴々とした笑顔。終始一貫して戦いを楽しんでいる。マイロードだとそうはいかないだろうから、このあたりは全然違う。脳筋にも種類があるのだ。

 

 と、間隙を突くようにノーモーションの極太レーザーが放たれる。相変わらずとんでもない破壊力だ。彼女の魔力は衰えというものを知らないのか。

 対する私の方針は最初から変わらない。初っ端からアクセル全開でいくよッ! 

 

 

「『スカーレットニヒリティ』!!!」

「……なんですって?」

 

 私の拳とレーザーが正面からぶつかり合い、一瞬の硬直を経て大爆発を起こした。

 魔法を発動した瞬間の幽香さんの顔ったら傑作だったね。私は何度だって人の想像を超えていく妖怪なのだ。既存の考えに縛られた相手ほど私のイイカモである。

 

 切り札はいつだって悪手。使い時を見誤れば、その一寸先はいつだって闇になる。

 なら逆に考えるんだ。切り札が切り札足り得るその時まで、擦り続ければいいのだと。

 

 私が消費したのは右拳一個分の魔力。つまり従来の二割程度の威力に限定されている。

 しかしそれでも超火力のスカーレットニヒリティ、これを至近距離で浴びた私へのダメージがとんでもない事になっているのは言うまでもない。

 

 だけどこのくらいの覚悟がないと今の幽香さんにマトモな一撃を与えるなんて不可能だ。もはや小細工が通用するような局面ではない。

 ルーミアのおかげで体力がいくらか回復している今のうちに、勝負を決める。

 

 炸裂する魔力が収まらない中、爆炎を突っ切り幽香さんの正面へと飛び掛かる。文字通り自爆覚悟の突貫に幽香さんは目を見開き、やがて凄絶な笑みを浮かべる。

 やはり彼女も望むところらしい。

 

 

「『スカーレットニヒリティ』!!!」

 

 踵落としで放つ一撃を幽香さんの魔力で構成するバリアが阻む。だがそんなもので私とマイロードの必殺技を阻めるはずもなく、容易く突き破り凄まじい爆風を叩き付けた。

 そして閃光迸る中、私は手首の断面で幽香さんの顔を殴り抜けると同時に、魔力を起爆させた。通算五度目のスカーレットニヒリティ。

 

 初めてのクリーンヒットに、これまでの比ではない量の返り血と衝撃が私の身体へと降り掛かる。超至近距離での自爆。でも幽香さんは、なおも止まらなかった。

 破壊の光を突っ切るように腕が伸び出て私の髪の毛を掴む。そして自らへと引き寄せ、鼻頭への頭突きを打ちかまされた。反射的な涙で視界が歪み、鼻血が止まらない。

 

 でもこの程度で怯んでいては彼方の思う壺。私は一瞬たりとて引けないのだ。

 みんなが味わった苦しみと痛みはこんなものではない。絶対、想いに報いてみせる。

 

 

「があああッスカーレットニヒリティイイ!!!」

 

「が……ふっ……!」

 

 懐へと叩き込むアッパー。腹の中に減り込んだ状態での魔力の急速な拡散に幽香さんの顔が苦痛に歪んだ。口からドロドロとした血の塊を何度も吐き出していた。

 私も、幽香さんも、身体の至る所が焼け爛れ満足に動けなくなっている。でも戦意が互いに萎える事は無い。屍のような様相になりながらも、なお昂るばかりだ。

 

 しなやかな脚から繰り出される鞭のような膝蹴りに血反吐をぶち撒け、お返しの肘打ちスカーレットニヒリティで脳天を震わせる。

 

 振り下ろされた剛拳が私の顔面を打ち据え、片目が破裂。代わりに異形の羽を己ごと包み込むように展開、幽香さんの背中に先端を突き刺し奥義を起爆させる。

 

 背筋のバネを活かし先程の仕返しとばかりに幽香さんの顔へ強烈な頭突きを見舞うと、がら空きになった脇腹へ右フックが突き刺さり内臓のひしゃげる感覚が広がる。

 

 頭を掴まれ地上へと急降下、そのまま地面へと叩き付けられ魔法の森全体が大きく震えるほどの衝撃が脳内を襲う。しかし私も負けじと腕に噛み付き密着した状態で左脚を起爆させ、下半身の機動力を奪う。

 

 殴っては殴り返し、蹴られては蹴り返し、相手と同じだけ血を吐き出す。ずっとこの繰り返しだった。究極の消耗戦、明日を顧みない最悪の泥試合。

 

 私は……そして恐らく幽香さんも、先に攻撃の手を緩めた方が負けると考えている。

 理屈では無い。この防御を捨てた殴り合いの果てに待ち受けるモノが何なのかは分からないけれど、それから逃げてしまったら二度と立ち上がれなくなる気がしたのだ。

 

 

「ひゅー……ひゅー……!」

「ふ、ふふ……あは! はははっ!」

 

 永遠に思えた殴り合いもいつかは終わりが来る。そしてそれは恐らく、私の魔力切れという形での決着だろう。少なくとも、私が勝者として倒れ伏す幽香さんの前に立つというシチュエーションは成立しない。

 私に残された道は完全敗北か、残る魔力全てを使っての道連れ攻撃。

 

 数多の初見殺しに加えて仲間の力を存分に借りて、しかも反則技のようなもので欠損の再生までした。それで漸くこれだというのだから、やってられないよね。

 本当に凄い妖怪だ。一周回って尊敬すらしてしまう。これほどの妖怪に敗れるのならまだ許されるんじゃないかと、そう思ってしまう自分すらいた。

 

 

「スカー、レット……ニヒリティ……!」

「この一撃が、私達の最後の別れになりそうね。……ありがとう、本当に楽しい時間だったわ」

 

 このラストアタックの為に左腕だけ大事に温存していた。改めてルーミアを始めとした四天王のみんなには感謝しかない。全員の頑張りが無ければこの最期の試みにすら辿り着けなかったのだから。

 

 身体の全てを使ったスカーレットニヒリティでは、破壊の規模が大き過ぎる。多分、傷付けたくないものまで傷付けてしまう。故にこれが今の私に許される最強の攻撃。

 どのみち私が死ぬことに変わりはない。後はどれだけのモノをマイロードやみんなに残せるかだ。

 

 

 マイロード──私、とっても頑張ったんですよ。

 でも幽香さんは本当に強い妖怪で、私じゃどう足掻いてもこれが精一杯みたいです。

 

 あとどれくらいの年月を経て貴女様が此処(幻想郷)にやって来るのか、私には分からない。だけどいつか私の無謀な試みを知る時がくると思います。

 その時、マイロードが私の事を褒めようが貶そうが、それは実のところどうでも良くて。今までみんなに言ってきた野望は全部取って付けたもので。

 

 本当はただ私の事を思い出してくれて、心と記憶に居続ける事さえできれば、それで良かったの。

 どんな形であれ、貴女様に寄り添い続けることが、ニッヒちゃんにとって一番の幸福なのです。

 

 

 眼前を埋め尽くすエネルギーの奔流、恐らく幽香さんにとっても渾身の一撃となる最大出力レーザーへと、左ストレートを叩き込む。

 身体が千切れるほどの凄まじい衝撃とともに私を包み込んだ真紅の光。月面戦争の時に見た最期の記憶を焼き直すような悍ましい光景だった。

 

 やがて、魔力が尽きて──。

 

 

「お前達の力、証明してみせたわね」

 

 破壊が圧倒的暴威を穿ち、幽香さんの胸を撃ち抜いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あれれ?」

 

 意識の空白無く景色が切り替わる。

 

 あの心を震え上がらせる破滅の光や、孤高の花妖怪の姿はなく、雲ひとつない澄み渡った青空と仲間達の弾けるような笑顔が広がっていた。

 

 困惑する私をそっちのけに、みんなが歓喜の声を上げ、わらわらと抱き付いてくる。止めようにも手足が消し飛んだ達磨状態なので手立てがない。ニッヒちゃんはされるがままの揉みくちゃだ! 

 

 

「うわあぁぁあん生きてるぅぅ!!! ニッヒちゃん生きてるよぉぉ!!!」

「良かった……! いくら呼び掛けても目を覚さないし、私たちもうダメなんじゃないかって……!」

「橙も響子も心配性だよね。あの生き汚いニッヒがこんなので死ぬはず無いのに」

「なにスカしてんのさルーミア! お前も心配してたくせに、このこの〜!」

 

「ちょ、ちょっと待って。まず状況を整理させてクレメンス! 一体何がどうなってるの!?」

 

 何一つとして理解できない。

 殆どの魔力を使い果たした上で破壊の嵐に呑まれた私に命があるのもそうだし、四天王のみんながピンピンしてるのもそう。全員傷だらけ痣だらけではあるものの、生死が分からないほどに痛め付けられていた時に比べればあまりにも怪我が軽すぎる。

 ちなみにニッヒちゃんにとっての四肢欠損は擦り傷程度の軽症に該当する。

 

 そして何より、死闘を繰り広げていた筈の幽香さんの姿が何処にも見当たらない。橙ちゃんに介護してもらいながら周りを見渡しても壮絶な破壊痕が広がるだけだ。

 その旨を尋ねてみても、みんな首を傾げるばかり。

 

 

「目を覚ましたら全て終わった後だったんだよねぇ。駆け付けたら辺り一面この有様で、ニッヒがただ一人ぶっ倒れてたの。てっきり風見幽香を倒したもんだと思ってたんだけど、もしかして違う?」

「わ、分からない……なんにも覚えてない……! ていうか所々記憶が曖昧っ!」

「最後の最後で締まらないなぁ」

「でもみんな生きてて、最低でも風見幽香を追い払ったんでしょ!? なら私たちの勝ちだよ!」

 

 幽香さんが何処かに潜んで機を窺っているなら話は変わってくるけど、そんな間怠い手段を取るような妖怪ではないだろう。まああの魔王が死んだとも思えないけど。

 

 ただどういう形であるにしろ、彼女を私達の縄張りである霧の湖から追い出した事に変わりはない。それは即ち、紅魔館支部の勝利を意味する。

 まあ湖はとっくの昔に壊滅して元の原型を留めてないんだけれども! 

 

 

「"幻想(ユメ)"じゃないよね……!? 私、まだ現実味が湧かないんだけど!?」

「よーしみんなでニッヒちゃんを胴上げだー!」

「ニッヒ様ばんざーい!」

「「わっしょい! わっしょい!」」

「おわあああああ!!!」

 

 狐に摘まれたように硬直する中、私そっちのけでみんなが胴上げをしてくれた。祝福されるのは嬉しいけど、四肢が無い状態でやられるとこれはこれでクッソ怖い! 

 でもこの一体感に水を差したくないので何も言わない。

 

 何かの拍子で夢から覚めそうな怖さは依然付き纏っているけれど、この私にとって最高の結果を、今だけはみんなの意地が手繰り寄せた奇跡として浸っていたい。

 

 全員で明日を迎える事の喜びを、仲間達と共有していたいのだから。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 なんて事のない気紛れである。

 

 掌から発していた魔力を断ち切り、月に背を向ける。自分の顔を見て恭しく頭を下げる姉の従者達にいつものように微笑みを振り撒き、なんとなしに館内を回る。

 

 満月の日は夜風の心地良さに浸るもまた一興。あの忌々しい球体への憎しみも再確認できる。

 でも今日は浸りきれなかった。

 

 いつ頃からだろうか。遥か遥か遠き地の果て、次元すらも隔てた場所。其処から自分に向けて妙な力を送り続ける何処の誰だか分からない何某がいる。

 

 最初はとんだ酔狂な奴がいるとだけ思っていた。これは俗に言う悪魔信仰というものだ。

 何の恵みも齎さない破壊神を好き好んで信仰するなど狂人以外の何者でもあるまい。さては世界の破滅でも願っているのだろうか。

 気味は悪いが、別に害は無いので捨て置いた。意識にも留めていなかった。

 

 でも今日、ソイツが死に掛けているのを偶々知った。自身の魔力を燃やし尽くす寸前だった。

 だからほんの一握り、生き残れるだけの魔力をわざわざ分けてやったのだ。

 

 何故助けたのかと問われても、答える事はできない。本当に気紛れだから。

 自分の判断を説明できるだけの理屈を持ち合わせていなかった。

 

 僅かな不快が脳裏を掠る。

 

 遠い昔、月面で掛け替えのない大切な従者を失った時。

 分け与えるだけの力が己に存在しなかったせいで、せめて苦しまないよう介錯してあげる事しかできなかったあの屈辱を、あの苦しみを、満月を前にしてつい思い出してしまったとかそんな理由では無いのだ。決して。

 

 

「あほらしい」

 

 そう吐き捨てたフランドールの足取りは、そんな言葉に反していつもよりほんの少しだけ軽快だった。

 

 




ルーミアがニッヒちゃんの胸を最後に治したのは、最初に治してしまうと全快前に制止を振り切って橙と響子を助けに行ってしまうためであるものとする。
またニッヒちゃん自身はスカーレットニヒリティと同魔力である事での耐性を持つものとする。(初めての自爆です理論)


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