手術入院で遅くなりました(n回目)
紅魔館支部の命運を賭けた決戦を終えてから数日間、私達は体力の回復に努めていた。
全員が致命傷なく生還できたのは本当に幸運な事であったが、それでも肉体の損傷と魔力の消耗は甚大で、全員がまともに動けない。そこそこ強い妖怪が襲ってきたら結構なピンチに陥る可能性は高かった。
漁夫の利に最適な状況だからね。ニッヒちゃんが大好物とするシチュエーションだけど、やられる方は堪ったものではない。勘弁してクレメンス。
という訳で暫くの間は私が寝ずの番をして、いつでもニヒリティできるよう待機していた。やはり私が全快するまでの初日が色々な意味で峠だったね。橙ちゃんの配下猫たちを総動員して警戒するほどだった。
そんな綱渡りな戦勝後ではあったものの、二代目紅魔庵が完成してからは安定感が出てきたように思う。やっぱり帰るべき場所があるっていうのは大事だよね。
みんなの怪我も完治とまではいかないけど自由に動き回れるくらいには回復して、騒がしくも楽しい毎日が戻ってきた。やっぱり元気なみんなが一番!
思わぬ収穫だったのが、四天王のみんなが結構熱心に我等が祭神を信仰してくれるようになった事である。ラルバちゃんだけちょっと渋々だけども。
あれだけの奇跡が起こった後だからね、全員が何やら神懸かりなものを感じ取ったのかもしれない。
私がマイロードを「最強の存在」と説明していた事から、勝利の女神的な捉え方をしてる節もあるね。でもってサナエンジェルは奇跡の女神。そして穣子様はなんか一緒に祀られてる神様。非常にバランスがいい。
勿論、全てが元通りという訳にはいかない。
霧の湖はナズニーマウスの形に歪んだままで、荒廃を極めている。魔法の森も滅茶苦茶だ。これらは地道に復興していくしかないだろう。
でもニッヒちゃんとその仲間達はめげない! 諦めない! 省みない!
あの恐ろしき魔王を退けた自負を胸に、今日も明日もこれからも。勇気凛々元気潑剌興味津々意気揚々、頑張っていくのである。
私達はようやく登り始めたばかりだからね。この果てしなく遠い乙女坂をよ……!
◆
「こんにちは。そろそろ全員元気になった頃でしょう? 遊びに来てあげたわよ」
「敵襲ゥーッ!!!」
そろそろ妖怪の山にでも殴り込みに行こうかなと呑気に考えていた、長閑な昼下がりの事である。
侵入者感知用の霧に反応があったので、面倒に思いつつそちらに視線を向けたのである。そこには数日前討伐した筈の魔王が佇んでいましたとさ。
場はたちまち恐慌状態に陥った。
特にトラウマを植え付けられた面々の反応は苛烈で、響子は許しを乞いながら泣き叫び、橙ちゃんは髪の毛を逆立たせて威嚇、ラルバちゃんは何処ぞへと逃走し、私は泡を吹いてぶっ倒れた。正常なのがニッヒミートに夢中なルーミアだけという地獄絵図である。
取り敢えず私の後ろが一番安全だろうという事で、みんなを背に隠しつつ応対してみる。
魔王、風見幽香は私達の姿を認めてニッコリと笑顔を作る。もしも私に排泄機能が備わっていたのなら、下半身が大変な事になっていただろう。
「ず、随分とお早い再訪ですね。なんというか……そちらも元気そうで何より」
「まだ完治とはいかないけれどね。貴女の攻撃、身体の芯まで響いて中々治らないのよ。ほら胸のところとか、あとお腹。痣になっているでしょう?」
「あーホントだ」
わざわざワイシャツのボタンを外してまで傷跡を見せてくれた。何かの当てつけだろうか。
取り敢えず私も脱ぐ準備だけはしておこうかな。何の意味もないけど対抗の意思だけでも見せとかないと。
幽香さんの一挙手一投足に怯えるみんなを宥めつつ、本題を促してみる。
「ところで今回はどういった御用件なんですかね? 再戦という事でしたら、ホントもう勘弁してクレメンスって感じなんですけど……」
「ふふ、鳥頭なのね。ついさっき言った言葉を忘れたのかしら?」
「でもぉ幽香さんの言う『遊び』って、つまるところ虐殺とか鏖殺とかそんなんでしょ?」
「まあ否定はしないわね」
否定して欲しかった。ただ彼女としては本当に戦闘の意思は無いようで、親しげな物腰で歩み寄りの姿勢を見せているように思える。
まあ直近で殺し合った相手に対する距離の縮め方じゃないし、そもそも戦闘中でも言動に馴れ馴れしさがあったので何のフォローにもなってないんだけどね。
しかしそんな彼女の言葉を嘘だと切り捨て拒絶した時、何が起こるかは想像に難く無い。よって私は引き攣った笑顔で受け入れるしかないのだ。
「それじゃあ、今回は本当に戦闘無しなの? 殴らない? やり返さない?」
「貴女達を否定する訳ではないのだけれど、私はリベンジなんてつまらない事はやらないの。それにあの勝負は文句の付けようのない綺麗な決着だったしね」
「そ、そっすか」
「久しく見ない好敵手として本当に……本当に楽しませてくれた。味わわされた屈辱よりも僅かに感謝が大きい。で、殺し合いを通じて折角仲良くなれたんだから、やり返すより仲を深めようとするのは当然のことでしょう?」
「仲……良く……?」
思い返すのも若干の抵抗がある凄絶な殺し合い。狂気渦巻くあの時間のどこに好感度アップ要素があったのか、ちょっとニッヒちゃんには分からない。というか全てが幽香さんの独りよがりすぎる……!
天性の傲慢さ、そして並び立つ者の居ない疎外感に塗れた環境が齎した心の飢え。この二つが風見幽香という倫理ぶっ飛びモンスターを生み出したのだろう。
可愛く言い換えても自己中心的な構ってちゃんである。
でもやっぱりこういうところもマイロードに似てるんだよね、幽香さんって。
相手を威圧したり傷付ける事でしか相手と触れ合う事ができない、典型的なバイオレンス系コミュ障である。ただ幽香さんはこうして自分の気持ちを正直に伝えてくるので、そこだけが違うかな。
まあ分かりやすく例えると、マイロードはもう手遅れなインテリヤクザ感があるけど、幽香さんはまだ更生の余地が残ってる暴走族(独り)の頭領って感じ。
何にせよ、仲良くする分には全然ウェルカムである。平和が一番! ラブアンドピース!
一応幽香さん自身も先の戦いは私達の勝利として顔を立ててくれているみたいだし、危険性は初対面時よりも著しく低いと判断した。まあそれでも危険度:極高だけど。
「つまりつまり、これまでの血塗れな遺恨は互いにスッキリ洗い流して、至極健全なお付き合いをしていこうって事でオッケーね?」
「うーん、正直曖昧ね。どこまでが不健全になるの?」
「前みたいな暴力の応酬はNGで! 友達は殺し合いなんてしない! これ常識!」
「戯れ合う延長線での先っちょパンチはアリよね」
「……それってどのくらいの強さなんです?」
「このくらい」
幽香さんの実演により私の身体は直立そのままに半回転し、頭と地面が衝突。それはそれは真っ赤で綺麗な花を咲かせる事になるのであった。
だめだこりゃ。
◆
おっかなびっくりに各々の持ち場へと戻っていった仲間達を見守りつつ、幽香さんの側にぴったりマーク。私が和やかな雰囲気を作っておかないと、みんなも表面上とはいえ安心できないだろう。
廃材から机と椅子を即興でクリエイトして、天狗直送の茶を飲み交わす。
響子と橙ちゃんは幽香さんと仲良くするのに抵抗があるようだった。当然である。
しかしルーミアの「一度倒した相手に一々ビビってどうすんのさ」という鶴の一声により渋々受け入れた。逆になんでこの子は怖がってないんだろうね。身体を引き千切られてたような気がするんだけども。
だがルーミアの言う事にも一理ある。あの死闘での勝利は私達にとって紛れもない誉れだし、幽香さんもそれを後押ししてくれているんだから、もっと堂々としていてもいい筈だ。
という訳で、話作りも兼ねて幽香さんと色々踏み入った話をしていると、今回の動機における核心のようなものを語ってくれた。
「楽しませてくれた御礼、ですか」
「虐殺はただの一方的搾取だけど、互いの矜持を賭けた対等な闘いには、それ相応の『対価』が用意されなきゃならない。なにより私という困難を跳ね除けて何も無しっていうのは虚しいでしょう?」
幽香さん曰く「然るべき者、然るべき功績には相応の報いが必要である」とのこと。
勇者には賛辞を。賢者には知識を。侠客には大道を。徳には名声を。弱者には助けを。強者には夢を。平穏には停滞を。争奪には寂寥を。罪人には引導を。
功罪関係なく、事象として在るからには何らかの対価が必要なのだ。それを捻じ曲げる事は何人にも許されない摂理であると熱弁する。
いきなり現れて何を言ってるんだろうねこの人。聞き上手を自認するニッヒちゃんだが、生憎と哲学を語り合うような捻くれた教養は持ち合わせていない。マイロードに矯正されちゃったからね。
私はいつも通り楽しく愚者をやるだけだ。
まあ要するに、自分というボスモンスターを倒したんだから相応のドロップ品を渡しておかないと周りに示しがつかないって事だろう。そうであろう。
妖精でさえ倒せばPだの点だのを落としてくれる世界である。ケチなボスだと思われたくなかったんでしょう。私も何か用意しておこうね。エクステンド用のハートとか。
「正直話はよく分かんないんですけど、もしやボムか何か貰えるんですか? ニッヒちゃんは病気でも何でもいただく主義なのでありがたく頂戴しますけども」
「それがね、形ある物で今回の件に見合った報酬はこの日傘以外に持ち合わせていないの」
「貴重な品だとは思いますけど、私には既に愛用の傘がありますので……。それにその日傘、とても大切にされてますよね? 同様に傘も貴女を愛している。そんな子を主人から引き離すなんてとてもとても」
「傘の立場でモノを語る奴は初めてだわ」
ふざけた電波系妖怪だと思われるかと言った後で不安になったが、幽香さんは大して気にした様子もなく、鈴が鳴るような微かな笑い声を上げるだけだった。
傘を愛する者同士として仲良くなれた未来もあったと考えると、中々に惜しいものである。まあこれも全ていきなりカチコミを仕掛けてきた幽香さんが悪いんだけども。
そういえばマイロードに託した愛用の紫傘、今もまだ存在しているのかな。大事に保管しててくれたら嬉しいんだけど、マイロードだからなぁ。無理かなぁ。
「まあそういう訳で、この傘は貴女達には渡せない。だから形の無い物で代用できないかと思ったの」
「なるほど話が読めてきました。それで私達とお友達になりたい……もとい、なってあげると」
「それだけじゃないわ。貴女達、幻想郷を牛耳りたいんでしょう? ──私ですらやろうとは思わないその無謀な夢、少しだけ手助けしてあげる」
「ほえ?」
予想外の申し出に思わず訝しげに眉を寄せる。
幻想郷の支配はあくまで手段であって目的ではないのだけれど、マイロードの従者へと舞い戻る一番の近道なのには変わりない。
私は幻想郷制圧という結果を欲しているのではない。自分の価値を担保するに足る難易度を求めているのだ。周りには全く話していない事だけども。
しかし風見幽香というバランスブレイカーの介入があれば話は大いに変わってくる。
「貴女達って少し目を離した隙に志半ばで野垂れ死にそうな危うさがあるでしょ? 弱っちいし無謀だもの。ニッヒは少しだけマシだけど、戦闘力がスカーレットニヒリティだけに特化し過ぎているのは否めない」
「……」
不服はなかった。大方その通りであると認識していたからだ。しかし的確過ぎる物言いは時に人を傷付ける。
「だから私が貴女達に足りない部分を徹底的に叩き直してあげる。部下共の貧弱さ、貴女の異常に偏った能力値、その他諸々全てを。……好敵手である貴女を見捨てるのは寝覚めが悪い。簡単にはくたばらないようにね」
「ありがたい申し出ではあるんですけど、みんなの意見も聞かないといけないし……」
「それに、仮にも私を斃した連中が何処の馬の骨ともしれない有象無象に敗れるなんて許せないもの。命運尽き果てるその日まで頂点を目指し続けなさいな」
「あっはい」
有無を言わせぬ強引な同意であった。話を先延ばしにしようとした事も見透かされていた。
というかここで私がゴネたところで、何食わぬ顔で明日にでも訓練と称した襲撃を仕掛けてくるのは目に見えている。風見幽香とはそういう妖怪である。
選択権を失った私は、満足げに小唄を歌いながら何処ぞへと去っていく幽香さんを呆然と見送るのであった。
「あっ、みんな生きてるじゃん。上手いこと幽香サマ追い返せたんだー」
なお、後でノコノコと現れたラルバちゃんを他三人が袋叩きにしたのは言うまでもない。
ゆうかりんは力こそ至上とする価値観なので、限定的、瞬間的、総合的にでも自分を上回ったニッヒちゃん一味にはそこそこ優しくなっているものとする。
というか訓練云々はただの口実で、毎日遊びに来たいだけであるものとする。
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