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ありがてゐ……ありがてゐ……。
サマーシーズン到来!!!
暑い夏もなんのその。今日も元気いっぱいなニッヒちゃんでございます。
照りつける暴力的な太陽光線は、吸血鬼のみならず人間すらも焦がしてしまうのではないかと疑ってしまうほどの恐ろしさ。種族問わずなかなか厳しい季節だ。
しかし霧の湖はそんな酷暑とは無縁の世界である。
年中霧が覆っているから太陽光が遮られているし、何より私やチルノが居るからね。水魔法や氷魔法の使い手がこの時期に重宝されるのは恐らく世界共通だろう。
今日も納涼の一環ということで、仕事と午後訓練の合間にスイカ割り大会を開催している。
勿論、このスイカはうちの畑で育ったものである。ニッヒちゃんの緻密な水魔法と、幽香さんの無法能力が合わされば、育てられない植物など殆どない!
そして忘れてはないのが、穣子様。彼女のありがたいご加護あってこその恵みだろう。多分、恐らく。サンキュー穣子様。フォーエバー穣子様。
スイカ割り大会は大盛況。途中幽香さんの振り下ろした棒がすっぽ抜けて私の頭をカチ割るというアクシデントもあったが、それ込みで大盛り上がりだった。勘弁……勘弁してクレメンス……。
「えっ、今日は一人一玉スイカを食べていいの!?」
「うん。いっぱいあるからしっかり食べてね」
「うめ……うめ……!」
「おかわりもあるわよ。遠慮せずたんまり食べなさい」
気温の上昇とともに気分も鰻登りな幽香さんに勧められるがまま、みんな必死に果肉へと齧り付いている。日中の紅魔館支部には珍しいほのぼのワンシーン。
まあこの後の訓練で全部吐き戻す事になるんだけどね。それ込みでの優しさなのかもしれない。
「ラルバって種を飲み込んで食べるタイプなんだ」
「いいじゃん別に、食べられるんだから。逆にルーミアは食いしん坊の癖して几帳面に種取ってるんだ?」
「こういう話があるよね。種をそのまま食べるとお腹で発芽して、寄生されるってやつ」
「わっ、意外! そんな迷信を信じてるんだ? わたしもバカだけど、そんなの騙されないよ!」
「その話自体は迷信かもしれないけど……目の前にいるでしょ? 迷信を現実にできそうで、なおかつ嬉々としてやってきそうな鬼畜が」
「……」
「……」
丸ごと飲み込んでいたラルバちゃんと種を気にせずがっついていた響子は、幽香さんを一瞥した後、慎重に種を吐き出すのであった。深刻な風評被害である。
ただ幽香さんが何も言わなかったところを見るに、できるんだろうなぁって。
と、スイカを食べているみんなを眺めるだけの私を不思議に思ったのだろう。橙ちゃんがスイカを頬張りながら、こてんと首を傾げる。
「ニッヒさんも一緒に食べないんですか? 冷たくて美味しいですよ」
「私はいいかなー。お腹空いてないし」
「いっつもそればっか」
「ニッヒには何言っても無駄だよ橙。肉も野菜も全く食べやしない。食欲が削げ落ちてるの」
「食欲とかの問題なのかな、それ……」
「そーいえば何も食べないよね、ニッヒちゃんって。どういう身体の作りしてるんだろ?」
「気になるからちょっとお腹開いてみてよ。ほら」
「それルーミアが食べたいだけでしょうが」
服を裾から捲ろうとしてくるルーミアに脳天チョップを叩き込む。食べる時はみんなが見てない所でやれって言ってるのに、懲りない子である。
それにしてもだ。私の人体が謎に満ちているのは今更な話だけども、それでドン引かれるのはやっぱり心にくるものがある。身体は兎も角、心は普通の乙女なんだからね。
別にご飯を食べられない訳ではないのだ。物を口に放り込めば味を楽しむ事だってできる。
でも生まれてこのかた空腹というものを感じた事がない……というか、お腹が常にはち切れんばかりに満腹の状態と言った方が正しいのかも。
身体中に栄養が行き渡っている自覚すらあるね。だからニッヒちゃんはとってもパワフルな毎日を過ごせているのだ。おっぱいも大きいし。
とまあエネルギーの正体は依然不明。
結局、私の謎を解明しようとしていたマイロードとは生き別れてしまったし、私が自分の事を全く知らないのも生まれた頃からそのまんまだし。
真相が判明するのはまだまだ先の話になりそうだ。いつになったら謎生物から脱却できるのやら。悲しいね。
と、そんな事を考えながら達観していたのだが、アンサーは思わぬ場所から生えてくるものである。
「前から思ってたんだけど、ニッヒ様って心を食べるタイプの妖怪なんじゃないの? ほら時々いるじゃん。人を驚かせて、その恐怖を糧に暮らしてる奴ら。ニッヒ様みたいに物を全く食べないのは珍しいけど」
「というか妖怪の本質は『それ』よ。今なお人間が幻想郷で暮らしている理由でもある。妖精の癖にそんなことを知ってるのね、少し見直したわ」
「なんか貶されてる気がする!!!」
「心を……食べる……? んん……?」
ラルバちゃんと幽香さんの何気ない会話は、私の心を強く揺さぶった。腑に落ちるとはこの事だ。
思い当たる節は幾つもある。なんたって、ニッヒちゃんは人を驚かせるのが大好きなのだ。
相手の意表を突けば突くだけ力が溢れてくるような気がしたし、その都度結果を残せている。それがマイロードの役に立てているという自己肯定感や達成感にも繋がり、心身ともに満たされていたのは確かだ。
アレは無意識の捕食行動だった……?
生き物の恐怖を糧とする生態は全妖怪共通だろう。私だってそれ自体は知っていた。
だけどもルーミアやレミフラ姉妹様みたく動植物も一緒に捕食しないと飢えるタイプが殆どであって、私のような固形物を抜いても支障がないのは結構稀な気がするね。
結局吸血鬼の生態からは大きく逸脱している。
それこそ元となった事象が生物に由来しない妖怪……騒霊や付喪神とかに近いのかな。
ふと、妙な引っ掛かりが脳裏を掠める。しかし幾ら考えても答えは出ないし、大して重要な事だとも思えなかったので捨て置くことにした。サヨナラ悩み!
「どうしたのニッヒちゃん。そんな固まって」
「私に関する長年の謎がひとつ解けたかもしれないから感慨に浸ってるの。そうか……私は心を食べる妖怪だったのか。ちょっと感動……!」
「そ、そっか。よかったね!」
「ニッヒは幻想郷に来てから無茶苦茶な事ばかりで悪目立ちしているもの。飢えないのも当然ね。妖怪の生き方としては邪道も良いところだけど」
幽香さんがそう締め括った。ナチュラルに罵倒してくるのはやめてクレメンス。
そういえば、この人も何かを口にしてるところを見た事がないけど、私と同じタイプなんだろうか? 恐怖成分は生きてるだけで荒稼ぎできてそうだけども。
それともやっぱり光合成なのかな。ナメック星出身みたいな色合いをしてるし、さもありなん。
あれ? そういえば幻想郷に来てからずっと満腹な理由は何となく分かったんだけど、紅魔館で半分幽閉されていた頃も満たされていたのはどうしてだろう。しかも地下室時代に至ってはマイロードと二人きり。
神をも恐れぬマイロードが私に恐怖する筈なんか無いし……結局謎は増えていくばかりである。
さて、お楽しみの後は地獄が待っている。
今日収穫しておいた分のスイカは粗方食べ終わり、さあ午後訓練を頑張ろうと総員気合いを入れ直していた、そんな矢先のことだ。
言いにくそうに橙ちゃんが手を上げる。
「じゃあ私はこれで。失礼します」
「ああ、橙は午後からお休みだったね。気にしなくて良いよ、有給は労働者の権利だし」
「でもその……後ろのみんなが凄く恨めしそうな顔をしてるから申し訳なくて」
「そこはまあ察してあげて」
「チェェェン……私を置いていかないでぇ……」
「うらぎりもの! うらぎりものぉ!」
「そうか男だ。橙は男に会いにいくんだ」
「ルーミアしつこい!」
人数が少なくなればそれだけ負担の比重が大きくなる。それはスタミナ無尽蔵の私とは違い、四天王にとって死活問題だった。
有給を計画的に運用して半日休暇を多めに取っているしっかり者の橙ちゃんが少し優雅に見えてしまうのも仕方がない。有給数自体はみんな変わらないんだけどね。
そんな怨嗟の合唱が幽香さんに黙らされていく中。配下の猫達に支度をさせて外出の準備を整えた橙ちゃんは、私達へと一礼して森の奥へと消えていく。
──さて、そろそろ頃合いか。レミリアストーカーならぬ、ニッヒストーカーの時間だ。橙ちゃんの後ろ姿を見届けた後、私はみんなへと手を合わせる。
「ゴメン! 急だけど私も今日はお休みって事で、訓練は三人で頑張って! そんじゃ!」
「ニッヒ、お前もなのか……」
「神は死んだ!!!」
「ニッヒちゃんのバカーーーッ!!!」
先とは比べ物にならない罵詈雑言を背に受けながら、逃げるように飛び去った。
直前でのお休み宣言になってしまったのは本当に申し訳なく思うんだけど、橙ちゃんに察知されない必要があるから事前じゃ言えないんだもの。許してクレメンス。
タフな私と優等生の橙ちゃんが居なくなった事で、幽香さんも不服そうな顔をしていた。人数が減るとそれだけ殴れる回数が減るもんね。分かる分かる。
でもまあ三人は残っている事だし、気分が上々なのもあって許容範囲だったらしい。ウキウキな様子で日傘を素振りしながら、居残り組を連行していくのであった。
休暇のたびに何処へと姿を消す橙ちゃん。その行き先、目的は私や四天王達ですら分からない。
ただ本人が話したがらない事から、あまり公にできない事を隠れて行っているのはなんとなく分かった。
ルーミアは逢瀬がどうのと俗な事を言っていたが、実は当たらずも遠からずな答えであると私は見ている。恐らく、橙ちゃんはとある妖怪──自身の上司とも言える存在と密会を重ね、スパイ活動の成果を渡しているのだ。
そう、八雲藍である。
実のところ橙ちゃんのスパイ活動に思うところはない。むしろ立派な事だとさえ思ってるね。
スカーレットニヒリティを始めとする情報が筒抜けなのは痛手だが、それ以上にとあるメリットが上回ると判断した。だからこれまで探るような事は全くしなかったの。
しかし、そうも言ってられなくなったのが現状である。
梅雨に起きたチルノの襲撃以降、嫌なモノが私達に纏わりついている。あの一件の裏に潜む黒幕が『賢者』であろう事を前提とすれば、抱いて当然の危機感。
私の予感と分析が正しければ、紅魔館支部にとって大きな山場となるイベントが起きつつあるのだ。幻想郷制覇の野望、その今後を占うものとなるだろう。
なのでニッヒちゃん動きます。
かの偉大なるレミリア閣下は言いました。「避けられない運命ならば、此方が機先を制すべし」と。
賢者との接触はもはや避けられない。ならば望むところである。……そっちがその気なら、せめて邂逅のタイミングと相手はこちらで決めさせてもらおうじゃないか。
まずは橙ちゃんのツテを使い、八雲藍と顔を合わせる。そこまで行き着くことができれば、本命のターゲット──八雲紫はすぐそこだ。
◆
化け猫
重ねた年月はまだまだ少ない。他の妖怪と比べると、決して長いとはいえない人生。しかしそれでも酸いも甘いも知る程度には波瀾万丈な人生を送ってきたように思う。
ニッヒ達と出会ってからの毎日は本当に忙しくて、騒がしくて、楽しくて、まさしく黄金期と呼ぶに相応しい輝くような日々だった。
辛い事の連続で泣き喚くしかなかった前半生とは雲泥の差だ。配下の猫達も、幸せで長閑な毎日を謳歌している。自分だけではきっと成し得なかった。
自分がこの群れの一員なのだという自覚も芽生えた。その想いが、孤独に戦ってきたチェンの心を更に満たしてくれている。みんなには感謝してもしきれない。
しかし、だからこそ。
チェンは自らの抱える問題……否、畜生としての自分に終止符を打たねばならなかった。誰の手も借りず、他ならぬ己の手で決着をつける。
それが全ての動機だった。
そんな凄絶な決意を持って臨んだ『復讐』は、意気込みとは裏腹に驚くほど拍子抜けに完遂された。幽香襲来から僅か数週間後の事である。
「うんしょ……うんしょ……!」
チェンが居るのは寂れた廃屋が建ち並ぶ無人の集落。魔法の森と妖怪の山に挟まれた秘境である。
そこで倒壊寸前の家屋を解体したり、散乱した謎の物品を片付けるなりして整備に努めていた。配下の猫達もあまり役には立っていないものの、チェンと共に動いている。
此処は元々、チェンと野良猫の一団が縄張りとしていた猫達のとっての楽園である。紅魔館支部に加入する以前は此処で暮らしていた。
しかしある日、山から降りてきた妖怪に棲家を追われた。勿論必死に抵抗したが、当時のチェンではまるで歯が立たず、食べ物と着る物すら失い、何匹もの猫を犠牲にして命からがら逃げ出したのだ。
その悔しさと無念を忘れた事は一度としてなかった。紅魔館支部での幸せな日々の中でも消える事なく、チェンの胸の中で燻り続けていた。
この湧き上がる獣の如き激情をどうにかしない限り、自分は真の意味でニッヒ達と打ち解ける事はできない。いま思えば独りよがりな考えだが、チェンは真剣にそう考えていた。
畜生としての己とのせめぎ合いだった。
幽香との激戦を経て踏ん切りが付いた頃には、チェンの中から恐れは消えていた。
そしてその悲願はあっという間に達成される。
集落を占拠していた妖怪を一撃で殺し、かつての居場所を取り戻した。昔の自分が完敗した相手は、恐ろしいまでに弱かった。否、チェンが強くなり過ぎていたのだ。
この程度の相手に心と人生を掻き乱されていた自分が逆に恥ずかしく、そして無念にも思った。
だがこの奇妙な心境は、きっと自分が成長した結果生まれたものなんだろう。そう考え、己を無理やり納得させる事にした。チェンはひとつ大人になったのだ。
「あともう少しでみんなを呼べる程度には綺麗になるかな……。みんな怪しんでるし、早く終わらせないとね。サプライズが失敗しちゃう」
チェンの心は、最早この場所にはない。幼少の記憶、そして辛い記憶の残る場所として大切にしたいと思う気持ちこそあれど、心は既に霧の湖にある。
だからどうせなら、みんなで使える別拠点としてニッヒに託そうと考えたのだ。
幸いにも紅魔館支部にとって最大のお得意先()となる妖怪の山がすぐそこに在る為、何かと使い勝手が良さそうな立地である。別荘のような形でもいいかもしれない。
みんなの驚く顔を想像して、チェンは汗を拭いながら、にんまりと笑顔を作るのであった。
「っ……?」
と、僅かな空気の揺らぎ。チェンの鋭敏な五感がこの場に相応しくない衝撃を感知する。
僅かに遅れて破砕音が鳴り響き、解体中だった家屋が一瞬で砕け散る。二つの飛翔体がぶつかり合った果ての破壊であり、チェンは呆然と眺めるしかなかった。
破壊は止まらない。崩れ落ちた屋根を突き破り、二人は取っ組み合いながら地面を転げ回る。
「前々から会ったら言ってやろうと思ってたんだよ! 主人の命令とはいえ幼い部下を裸にひん剥いて敵の情けを誘うなんて! 恥と道徳を知れドスケベフォックス!!!」
「突然タックルを仕掛けてきたと思えばッ! 訳の分からん事をほざくな貴様ッ!!!」
「ニ、ニッヒさん……と、誰?」
眼前では我らがリーダーニッヒと九尾の狐が取っ組み合っていた。互いに地面へ引き倒し、引き倒されの連続。見苦しいキャットファイトを繰り広げている。
チェンの困惑を含んだ声は、まだ二人に届かない。
色々と真実が明らかになる回でした。
チェンの縄張りは後の『マヨヒガ』であるものとする。
また時系列は【幽香戦】→【チェン復讐完遂】→【法被作成】→【チルノ来襲】であるものとする。
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