フランドールは彼女なのか?   作:とるびす

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スカーレット懐柔計画

 

 

「おかえりなさいませ紫様。長旅お疲れ様です。幻想郷の管理、滞り無く完遂致しました」

「藍もお疲れ様。こっちはこっちで色々と大変だったけど、貴女も──……なんというか、少しばかり苦労があったみたいね?」

「……分かりますか」

「端正なお顔が青痣で台無しなんだもの」

「大変お見苦しいものを……申し訳ございません」

 

 世界を巡る旅から帰還した八雲紫が一番に目にしたのは、小さな傷をあちこちに付けたまま自分を出迎えた藍であった。特に左目の周りが青紫に染まっているのが嫌でも目立つ。第一印象は狐ではなく狸である。

 

 見れば白と藍色を基調とした導師服や普段手入れされている九本の尻尾も土汚れやシワで見るに堪えないものになっている。直前まで何らかの戦闘を行っていたのは明白だった。

 

 藍が幻想郷最強の妖獣である事は誰の疑いようもないだろう。

 単純な身体能力は五本の指に入るだろうし、それに加えて高次元の演算能力と多彩な妖術を駆使する。

 

 そんな彼女と曲がりなりにも戦闘を成立させるには、風見幽香や伊吹萃香に準ずる程度の格と強さを併せ持たなければならない。八雲藍とはそれほどの存在なのだ。

 彼女に挑むような身の程知らずも、最近の幻想郷では絶滅危惧種だろうか。

 

 故にその藍がここまでしてやられて、八雲の名に臆せず肉弾戦を繰り広げるような相手となれば、答えを聞かなくても自ずと正体は定まってくる。

 紫は湖を根城にするあの吸血鬼を思い浮かべた。

 

 

「手を出したの? それとも出された?」

「……監視の途中、不覚を取りました。背後からの卑劣な奇襲タックルに対応できず、そのまま揉み合いに」

「どうせご執心の猫に気を取られて油断してたんでしょ。まだまだ甘いわね」

「返す言葉も御座いません……」

 

 立つ瀬がなく、縮こまってしまった。

 

 藍にとってチェンという子猫が持つ魅力と価値は、心を奪われてなお余りあるほど計り知れないものがある。要警戒中の紅魔館支部の幹部であるというステータスもそうだし、彼女が秘めているとある資質もそうだ。

 しかし今回はそれが仇となってしまった。藍にしては珍しい痛恨の極みである。

 

 

「まあ監視がバレてしまったのなら致し方ないわ。それで、結局どう決着したの?」

「どうやら奴はチェン──あの子猫が私の手の者だと勘違いしていたらしく。事情を話した途端、不幸な行き違いだとしてあっさりと和解を押し付けてきました」

「そういう自分勝手で理不尽なところは欧州の吸血鬼共とそっくりね。それで、受け入れたの?」

「紫様の許可無く事を構える訳にもいきませんので」

「藍。貴女、まだ怒ってるでしょ」

「私は効率を第一とする式神でございます。そのような不純な感情には振り回されませんよ」

「ふーんそう」

 

 嘘である。藍はブチギレていた。

 

 訳の分からない理由で突然攻撃され、散々地面を引き摺り回された挙句、何故かドスケベフォックス呼ばわりされたのだ。

 かつてその美貌を『傾国』とまで称された藍にとっては甚だ不本意な呼び名だと言わざるを得ない。久しく感じていなかった屈辱をこれでもかと味わわされた。

 しかも謝罪は「許してクレメンス!」の一言。

 

 コイツ、粉々に噛み殺してやろうかな。そんな物騒な考えすら頭を過ぎる。

 

 畜生としての自分を捨て去る誓いが吹き飛びそうになる程度には苛ついた藍だったが、そこは強靭な精神でなんとか抑え込んだ。それ故の心労でもある。

 

 兎も角、私怨はこれで終いだ。なにせ紫に伝えなければならない本題はここからなのだから。

 

 

「吸血鬼ニッヒは私、引いては紫様との接触を目論んでいたようです。一応の和解後、開口一番に『幻想郷を支配している妖怪賢者に会わせろ』と要求してきました」

「ふぅん……私を支配者と呼んだの。随分と、この八雲紫の事を買ってくれているみたいね」

「当然のことでございましょう」

「貴女はそうでもニッヒは違うのよ」

 

 紫は手遊びのように扇をゆらゆらと揺らしながら、優雅な笑みを浮かべる。

 それは自分を持ち上げてくれた事に対してではなく、ニッヒの意識が大なり小なり自分に向いてくれていた事への、ある種の安堵であった。

 

 まず大前提として、紫は幻想郷を支配しているつもりなど毛頭ない。この世界は誰の物でもなく、少なくとも表向きは宙ぶらりんに存在するべきだとすら考えている。

 支配者と管理人は似て非なるものなのだ。

 

 ただ勉強不足ではあるものの、ニッヒが幻想郷の管理構造に関心を持ち、自分達への情報収集に努めていたという事実は一つの前進と捉える事ができる。

 あの無茶苦茶な狂犬ムーブの裏で、彼女は対話の段取りを考えていた。今はその事実だけで十分だ。

 

 それに紫からではなく、ニッヒ側からアクションを起こしてくれたのも望ましい形と言える。

 八雲紫とは先手先手ではなく、遅れて最後に動くのを是とする妖怪なのだから。

 

 彼女が紫との接触に舵を切った発端が恐らく同輩のアンポンタン秘神による悪戯であるのは、自制を求めていた側として思うところがない訳ではない。「お前に言われた通り、()()()()()手を出していないぞ?」などという幼稚な詭弁を弄そうとしていたのも含めて、大いに腹が立ったものだ。

 

 しかし、こうして無理やりにでも事態を進展させる事ができたのは結果オーライという他あるまい。まあそれはそれとして隠岐奈の野郎は後日ボコボコにしてやるが。

 

 

「彼方がお求めとあらば参上しない訳にはいかないわねぇ。果たして何を話すつもりなのか、興味深い」

「よろしいのですか? 奴は悪知恵の働く小賢しい悪魔です。罠の可能性も捨てきれません。要求を聞くだけなら私にお任せしていただければ……」

「いいえ、私が話すわ。そうしなければならない理由が出来てしまった」

「……本家の方の紅魔館ですか」

 

 これまでの話が藍の本題だとすれば、ここからは紫の本題である。

 主人のげんなりとした様子を見て藍は改めて気を引き締める。内容を聞かずとも、外の世界が幻想郷にとって良くない方向に動き始めているのは何となく分かった。

 

 

「人間達は遂に闇夜を克服した。地球上から深海を除いて未踏の地が消失し、魑魅魍魎の生きる領域は幻想郷を含めたごく僅かな領域となるでしょう」

「紫様が何百年も前に予言された通りですね」

「妖怪にとっては生きにくい世界だけども、それは逆説的に幻想郷の存在意義が確固としたものになるという事。私達にとって悪い事ばかりではない」

 

 まずは大前提となる話。

 紫はここが揺らいでいると感じていた。故に世界を渡り歩き、見聞を深めたのだ。

 

 

「唯一、紅魔館の勢力だけ。人間のモノとなった世界のど真ん中で存在感を放ち続けている。あの周辺だけが暴力という名のカーテンで遮られ、中世の微睡に浸り続けているのです。もはや歪みそのものね」

「現代の銃火器を以ってしても、紅魔館を陥すことは出来ませんでしたか。手に負えませんね」

「しかもね、未だに前回の月面戦争を引き摺っているらしいのよ。紅魔館も、月の民も。……地上を舞台にして何度も衝突してる傍迷惑な話よ」

「そ、そうなのですか!?」

「まあその度に月の遠征軍は壊滅の憂き目に遭っているらしいけどね。皆殺しよ皆殺し。小手調べのつもりなんだろうけど、まあ無様なものですわ」

 

 外の世界では「ルナリアンVSプレデター」だの「勝手に戦え!」だのと大騒ぎとなっているらしい。

 しかも月の民は兎も角、紅魔館側が全く隠す気もないのが問題だ。人間を脅威だと思っていないのだろう。もしくは両者の遺恨から考えて、月への辱めの為か。

 

 嫌な奴らが嫌な目に遭っている時ほど愉快な事はない。紫はケラケラと先程の優雅な様とは打って変わって楽しげに笑い、しかしやがては不穏の色を帯びていく。

 

 

「あんな連中がいつまでも外の世界に居るんじゃあねぇ……折角の『幻と実体の境界』も形無しですわ。遠い異国の地なのが不幸中の幸いだけど、交通網の発展による相対的な距離の喪失は間近。不都合な情報が日本に入ってくるのも時間の問題よ」

「では……やはり当初の予定通り、紅魔館を幻想郷に引き摺り込むのですね」

「それが一番難しいの」

 

 扇で畳のへりを叩きながら、紫が不満を露わにする。本音かどうか疑わしい意思表示はいつもの事である。藍は軽く流して続きを促した。

 

 恐らく先ほど言っていた「色々と大変だった」の部分は、その殆どを紅魔館が占めるのだろう。

 

 

「レミリア・スカーレットに幻想郷への移住を打診したのだけれど、にべもなく断られたわ。曰く『極東の片田舎でスローライフを送る趣味は無い』ですって。お前の住んでる所も十分田舎だろって話よ、あのクソ蝙蝠」

「随分と無礼な奴ですね。殺しますか」

「私が我慢したんだから、貴女も我慢なさい」

 

 紅魔館を他ならぬ自分の手で潰してしまうのも、丸っきり無しな案ではない。八雲紫は全ての思惑を選り好みできるだけの力があるのだから。

 その手段を取らないのもまた、紫の『好み』ではないというだけの話。

 

 それに、紫にはもっと簡単にレミリアへ条件を飲ませる為のカードがある。どうせならそちらを切ってからでないと損だろう。非効率的だ。

 

 

「ではどのようにして奴等の対処を──いや、なるほど。ここで吸血鬼ニッヒが活きてくると」

 

 紫は何も言わず、代わりに笑みを深める事で藍へと答えを示した。

 幸いにも、ニッヒが紅魔館でどういう立場の妖怪であったのかは今回の訪問で大体掴む事ができた。情報筒抜けの迂闊な玉兎(鈴仙)には感謝せねばなるまい。

 

 ニッヒの存在は間違いなく、紅魔館を幻想の側に叩き込むだけの強い材料になる。

 あとはその材料がフランドールという刺激によって劇薬とならないよう、毒を抜いておくだけだ。

 

 どのような手段を取るかは、ニッヒに委ねられた。

 

 これが幻想郷成立後において初めての仕事らしい仕事になるのだろうか。

 紫はそんな事を呑気に考えるのであった。

 





紫の『好み』にはとある基準が存在し、またそれに当て嵌めると紅魔館はセーフだがニッヒちゃんや四天王は結構ギルティ寄りであるものとする。
でもゆかりんは思慮深くて優しい可憐な少女なので寛大に見逃してあげるものとする。
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