幽谷響子に野望は存在しない。
チェンとラルバには何やらその小さな身には収まらない大それた望みがあるらしい。ルーミアはよく分からないが、恐らく似たようなものだろう。
ニッヒを先頭に全員が野望に向けて直走る中、響子だけが取り残されていた。
生命に危険が差し迫っていた訳ではない。妖怪の山で暮らす者の中では最下層に近い暮らしであっただろうが、それを当然と受け止めていた。
幻想郷に居る以上は、ただ緩やかな滅亡を迎えていくだけの種族である。非常にありふれた弱小妖怪の典型例と言える。
そんな彼女が紅魔館支部にやって来たのは、なんて事のない理由。野望にも満たない小さな欲望。
実のところ、幻想郷での成り上がりなんて本当にどうでもいい話で。
響子にとっては「ほんの少し生活が改善すればいいな」程度の意識。毎日のご飯におかず一品と肉料理が追加されればそれで良かったのだ。
それ以上を求める理由がなかった。自分に誘いを掛けたルーミアもそれで納得していたのを覚えている。弱小妖怪にとっての等身大の願いだった。
もしも仮に、妖怪御用達の駆け込み寺なんてものがあったなら紅魔館支部よりも先に頼っていただろう。そのくらいには素朴な妖怪なのである。
そんな響子の在り方は今日に至るまで殆ど変わっていない。昔とは比べ物にならない程の力を手に入れても、心は弱小妖怪のままだ。
他のメンバーに対する劣等感なんて全くない。むしろ向上心に溢れるみんなには、自分を踏み台にもっと駆け上がってほしいとすら思う時もあった。
それこそが野望を持たない故に取り残された自分の役目であり、また心の底から明日が楽しみだと思える毎日をくれた事への恩返しのつもりなのだろう。
でなければ伊吹萃香とタイマンを張るなんて馬鹿げた決断には至らない。
鬼と山彦、彼我の戦力差を最も現実的に受け止めているのは他でもない響子である。
何せ萃香は妖怪の山を牛耳っていたヒエラルキーの頂点。その対極にあった響子が知らない筈がないのだ。鬼という出鱈目な存在の強さも、恐ろしさも。……そして、コイツを任せられた事の意味も。
全てを知ってなお、響子は立っていた。
「物心がつくよりも遥か昔から今日に至るまで、そりゃもう沢山の奴と殺り合ってきたもんさ。百や千なんかとうの昔に追い越しちまった。顔や名前は思い出せない連中が殆どだが、強さはみんな覚えている」
古豪は悠然と語る。独り言ちるように、しかし剣呑な眼差しは明確な形で目の前に立ちはだかる響子を見据えていた。これで怯まなかった者は
上手く足止めをされて
「山彦はなぁ……流石に未知の経験だ。ただ其処に居るだけの石ころみたいな煩い山犬。そしてなにより、悲しいまでに脆弱な奴ら。外の世界じゃ絶滅寸前だろ? そんなのと戦う事になるなんて、長く生きてると何が起こるか分からんもんだな」
「私だってちょっと前までは想像すらした事なかった! 今だって信じられない気分!」
「ほーん、その割には随分と自信満々じゃないの。私に勝つ気なんだろ?」
「まさかぁ!」
ケラケラと喧しい笑い声を上げる。何をするにしても静かに出来ない種族なんだなと、萃香は一つ学びを得た。もっとも、楽しい宴が終わった後まで酒浸りの脳味噌に残っている学びかは知らないが。
「私じゃ鬼には勝てないよ。多分、チェンもラルバもそうだと思う。でもニッヒちゃんの一勝は私たちの三敗を覆して余りある!」
「ハナから紫狙いねぇ。そんじゃ私と九尾は宴を華やかに見せる為だけの添え物ってワケかい。気に入らんなぁ……実に気に入らないが、まあそういうやり方もあるのは確かだ」
萃香がどう取り繕ったところで今回の大将が紫である事に変わりはない。
アレの顔を立ててやると決めた以上、自分の首に掛かる価値が本来より大きく落ちている事は事実である。ニッヒの見立ては正しい。実現可能かどうかはさておき。
それに、響子達の試みは萃香と藍の足止めを完遂して初めて成立する綱渡りの活路であるが、これまた上手くギリギリを攻めている。かの伊吹萃香が山彦一匹に押し留められている現状がその証左だ。
この奇妙な硬直を齎した要因は、それこそ『相性』に尽きるだろう。
「ニッヒちゃんが言ってた! 私が此処に居る限り、貴女は好き勝手できないって!」
「まあ多少面倒ではあるかな。お前が霧の湖全域に拡げている不可視の領域。空間内を音が反響し、微量の振動と衝撃で満たし続けている」
「今はまだ抑えてるよ! 最大出力を披露するタイミングは……もう分かってるでしょ?」
「分かっていなけりゃ、山彦如きなんざとうの昔に無視しているさ」
八雲紫擁する陣営を相手取る集団戦。それを想定する上での、最たる懸念点は萃香の持つ『疎』を操る能力である。実体の無い霧への変化や無数の分身体を生み出すそれを野放しにしては、そもそもの戦闘すら成立しないだろう。
だから響子の能力が必要だった。
音の反響・振動を極限まで高める事で分子そのものへとダメージを与え結合を阻害する。
霧状になってしまえば実体へと戻れなくなり、一時の撤退を余儀なくされる。そして低級妖怪に背を向ける事は、鬼としての敗北を意味するのだ。
実体を維持してのタイマン強制。それがニッヒと響子が共同で考えた罠である。
能力ゼロ、拳のみ、勝者あり。萃香の能力をメタにメタッた特殊フィールド──『アビリティ吸収アリーナ』と言ったところか。
知恵を絞り、力を合わせ、最後は己の拳のみで立ち向かう。これぞまさしく、遥か古代から紡がれてきた鬼退治の様式美そのもの。
鬼畜ロリの称号を欲しいがままにする萃香でさえ、この流れには感じ入るものがあった。
「
故に称賛しようじゃないか。
幽谷響子には、鬼の天地砕く剛力を骨の髄まで味わう資格と権利がある。
「だが惜しい。私はアイツほど勝負の形には拘らないんだよねぇ。むしろそんな涙ぐましい友情と心意気を破壊してやるのも鬼の務めだろうて!」
「きなよ! 首だけになったとしても、喰らい付いて止めてやるっ!!!」
◆
己が生と同じく存在した獣の顔を捨て去り、八雲紫の式神として相応しい『完全無欠の理性』を獲得する事。
それが藍にとっての、遥か昔から続く最大の悲願であり試練だった。
藍には紫の胸中なんて殆ど分からない。いつも訳の分からない指示に振り回され、理解に努めてもそれは所詮別解に過ぎず、至らぬ自分に打ちのめされるばかりである。
しかし唯一、かの大妖怪に隣立つ資格を確固たるものにする為の条件は掴んでいた。
幻想郷の管理に九尾の狐としての己は不要。いまこの世界に必要なのは、敵対者を暴力で薙ぎ払う獣ではない。最強の妖怪を隣で支える王佐の式神なのだ。
弱肉強食に身を焦がし、種別問わず命と血を飲み干し喰らっていく生き様。畜生界での理。それは八雲藍の心にへばり付いた咎であり、罪であり、次のステージに進む為の分かりやすい楔でもあった。
藍は試行錯誤の中で、ひとつの計画を考案する。
それは、自分の妖力を宿した形代とも言うべき極小版の
獣であれば種族は何でもいい。犬に猿、鳥、猪、そして猫。見込みがあれば手当たり次第に力を与えた。そこらの同族には負けない程度で、ただし幻想郷を脅かすにはあまりにも心許ない加護。
秩序が急速に確立されつつある現在の幻想郷で畜生としての我を突き通せば、滅びは確実となるだろう。生き残る為には、畜生に無い新たな生存戦略が必要である。
藍はその経過を見守り、生き残った獣が辿った『可能性』を参考とすればいい。
日々激務に追われている社畜の身としては、時折獣どもの様子を確認するだけで問題無いのも非常に助かる。畜生にあらず、社畜である。
何にせよやらない理由はほぼ皆無であった。
結論から言えば、獣達の殆どが幻想郷の発展と同時に発生する歪みによって淘汰されていった。
残ったのは寿命が尽きるまで何もせずじっとする事を選んだ、賢いけれども愚かな獣達。そして一匹の猫のみ。
チェンという名の幼い黒猫。彼女のみが可能性──否、ある種の完成形を藍に見せつけたのだ。
ずっと気に掛けていた。
日々の成長を自分の事のように心から喜び、仲間達との満たされた生活を微笑ましく見守り、幽香に殺されかけていた時にはハラハラしながら生存を祈っていた。
名目上は紅魔館支部の監視であったが、その比重が些かチェンに偏っていた事は否定できない。なんなら紫もその辺りは見透かしていただろう。
複雑極まる一方的な想いを募らせていた藍だったが、そんな意中の猫であるチェンと遂に拳を交える事となり、どうしたものかと頭を悩ませていた。
簡単な話、彼女に嫌われたくなかったのだ。本当ならもう少し段階を踏んで親交を深め、ゆくゆくは自分の初めての式神になってもらうつもりだったのに。
これも全部ニッヒとかいうド腐れ吸血鬼のせいである。許すまじ!
と、藍が懊悩たる物思いに沈んでいる間にもチェンの猛攻は止まらない。
あまりの速度故に多重に発生した朧げな残像が生み出す一筋の黒き糸。死角から放たれる強烈な一撃が幾度も大気を震わせる。
しかし藍とてサンドバッグに甘んじ続けるつもりは無かった。蠢く金色の尾々がチェンの接敵と同時に首と左腕を縛り上げ地面へと引き倒す。
「点の攻撃は良い。しかし、線としての動きがまだまだおざなりだ」
「ぐ……ぇ……!」
「さあどうする。これで終いかな?」
「やな……こった!!!」
投了の勧めは切って捨てられた。
チェンはうつ伏せに抑え付けられながらも自由な右腕を振り下ろし、大地を砕く事で回転。勢いそのままに藍の腹へと蹴りを叩き込み、即座に距離を取る。
妖獣の頂に居る者達の戦いでは、周囲の地形など大した意味を持たない。それが如実に現れた攻防だった。
腹部に滑り込ませた尾の痺れを感じながら、藍はますます笑みを深めた。
対してチェンは不満でいっぱいだったようで。腹立たしげに声を張り上げる。
「お前さっきからなんなの!? ニッヒさんと戦ってた時はこんな優しくなかっただろ!」
「ほ、本気でやっているとも。ただ想像以上にできるものだから、慎重になっているんだよ。あの吸血鬼以上に戦いにくいというのが本音」
「……そうは見えないけど」
嘘は言っていなかった。チェンの戦闘能力には目を見張るものがあり、化け猫という種族の壁を遥かに超えた力を身につけている。
ドーピングと合わせれば、腕っ節と素早さは藍にも匹敵するかもしれない。
古巣の畜生界においても中々お目にかかれないレベルの完成度。勁牙組や剛欲同盟なら引っ張りだこ間違い無しであろう。さすちぇん。
ただそれとは別に、チェンを壊してしまうのを勿体なく思ってしまう気持ちが藍の残虐ファイトに歯止めを掛けているのもまた事実であった。
それを見越しての対戦カードなのだとすれば、この形を描いたニッヒは深謀遠慮の策士だろう。なお実際はそこまで考えていない模様。
「それとチェン、貴女の目的は私の足止めでしょう。私が本気を出していないというなら、それは願ってもない話である筈。感情に身を任せ挑発するのは悪手だよ」
「ば、ばれてたんだ……」
「貴女と山彦の立ち回りを見ればイヤでも理解できるさ。それに、あの愚かな吸血鬼が考えそうな事でもある。次から次にまあ、よく考えるものだ」
雨で視界が滲む中でも、藍の意識は常に紫へと向けられている。彼女を囲む手練れの妖怪三人から繰り出される連続攻撃からは、藍といえども負傷を免れない恐ろしい威力が見て取れる。
そんな一般的に窮地と呼ぶこの状況。しかし藍は冷静に推移を見守っていた。
紅魔館支部の足掻きには感心させられたものだ。勝利を諦めない姿勢には敬意すら抱いた。
あの包囲網が完成した時点で、殆どの妖怪は為す術なく滅ばされてしまうだろう。その凶悪さは最強の妖獣たる藍ですら危うさを感じるほど。
ただし、一つだけ致命的な欠陥が存在する。
「紫様が相手ではな……如何なる努力も水泡に等しい。あの方は数を揃えてどうにかなるような存在ではない」
「根拠の無い強がりだね! ニッヒさんは無理を何度だって乗り越えてきた凄い人なんだよ!」
「……結果はすぐに分かる」
既に分かりきった事なのだ。紫の勝利は決して揺るがない。かの隙間妖怪の実力を最も近くで体感してきた藍だからこその確信。
当の紫も藍の式神部分への命令で「手出し無用」と伝えてきている。自らの手でニッヒの野望に引導を渡してやるつもりなのだろう。
チェンを壊したくないと思っている藍を慮った故の命令というのは流石に考え過ぎかもしれないが、それに対し藍が胸を撫で下ろしたのは確かである。
◆
通算
凄まじい爆音と閃光、そして衝撃波。軽く見積もって妖精九千匹分の殺傷能力を秘めた威力である。これではさしもの隙間妖怪はただでは済むまい! 勝ったなガハハ!
そう自分に言い聞かせた。こうやって分かり易いフラグを立てながらも心を奮い立たせないと、全てが嫌になってしまうからだ。
結果として、私の予感は正しかった。
爆炎の中から現れたのは、強めの突風を受けたかのように頭のナイトキャップを抑えながら此方へと近付いてくる紫さんの姿。全くの無傷。
と、間髪を容れず影から飛び出したルーミアの闇が四肢を固定し、続いて脳天へと垂直踵落とし! 同じく爆炎をモノともせず突っ込んだ幽香さんの右アッパーが紫さんの腹部へと突き刺さる。
しかし紫さんもまた目にも止まらぬ早業でスキマを展開しきっちりガード。もう何度目になるかも分からない波状攻撃を、またしても捌き切った。
ちなみに拳と踵の行き先は空間飛んで私の顔面である。前が見えねえ……。
私の顔から剛拳を引き抜いた幽香さんは、それはもう盛大に顔を顰めながら唸る。ギリギリと鳴り響く音が彼女の鬱憤をこれでもかと代弁していた。
「やっぱり鬱陶しいわね、あの能力。とことんコケにしてくれる」
「ねー、本当に面倒。どうにかなんないかな」
「でも少しずつ八雲紫のスピードに追い付いてきてる気がする! いけるよ多分!」
惜しくも攻撃は防がれてしまったが、段々と二人の連携が上手くなってきている。もしかすると直撃はもう間も無くかもしれないね。
というか現状、それくらいしか私達に有利な要素が無いとも言える。
そんな私の鼓舞の何を面白いと思ったのか、紫さんは微笑みながらパタパタと扇ぐ。十中八九。嫌がらせ混じりの挑発だろうね。
ああいう仕草の意味を私は知っている。相手の心を摘む戦い、その定石だ。動作は違うけれど、マイロードが得意としていた戦いと本質は同じ。
相手の全てを上から叩き潰し、戦意と矜持をへし折る絶対強者のやり方。性格の悪さが滲み出ている。
「貴女もう四肢が無いじゃないの。それ以上の戦いは無意味じゃなくて?」
「ふふん、それはどうかな! 奥義の弱点をいつまでもそのままにしておくほどニッヒちゃんはお馬鹿じゃない! はぁぁ……!」
「あら?」
グッと力を込めると、私の両腕両足があった場所に紅霧が集まっていく。それらは四肢を形作り、凝縮と共に本来のモノと遜色ないレベルに仕上がった。
身体が魔力で構成されているニッヒちゃんだからこその再生術である。
さらに、魔力の半分程度は霧散したスカーレットニヒリティの残滓から回収するエコロジー仕様! 勿体無いお化けの私に相応しい改良だ!
ちなみにそれでも足りない分は身体の特定部位を霧に変換する事で補っている。
何処を使っているのかというと、戦闘に関係無くて無駄に余っている箇所とだけ言っておこう。何となく肩も軽くなって大満足!
「へへんどんなもんだい! これで私もまだまだ戦えるよっ!」
「ふ、ふふ……ごめんさいね、ちょっとタンマ」
「何が可笑しい!」
紫さんは扇で顔を隠すと、暫く動かなくなってしまった。私は大真面目に戦っているというのに非常に失礼な話である。許すまじ八雲紫!
なお味方である二人からは呆れと憐憫の視線をいただいた。その目は私に効く……やめてクレメンス。
「貴女との戦いには本当に飽きが無いわね。その茶目っ気、主人にも分けてあげなさいな」
「まあマイロードの戦闘は遊び心無しですからね、さもありなん。ちなみに、私は別に遊んでいるわけじゃ無いので悪しからず! マジもマジの大マジだよ!」
「だから面白いのよ」
今日何度目になるかも分からない愉快な笑い声だった。楽しんでくれるのは結構だけど、舐められてるみたいで良い気分はしないね。
仕方がない。ここらで一つ、戦いの潮目を変える一撃というものを披露してやろうじゃないか。
傘先を持ち上げて魔砲の準備を進めていた幽香さんを手で制する。
「私にやらせて。ここらでお遊びはいい加減にしろってところを見せてやりたい」
「……やれるの? 貴女独りで」
「ふふ、まあ見ててよ。ルーミアも待機ね」
「はいよー」
紫さんを攻略する上でまず一つ目の関門となるのが、強力無比の結界術である。
アレはスカーレットニヒリティや、幽香さんの極太レーザーでも破壊できないほど強固。結界とは即ち境界であり、隙間妖怪の面目躍如と言ったところか。
故にニッヒちゃんは考えました。あの無敵の防壁を突破する画期的なアイディアを!
「闇よりいでよ、我がスペアッ『フォーオブアカインド』!!!」
もはや説明不要であろう。私の根幹を構成する魔法、その詠唱である。
この分身魔法が画期的かつ規格外と持て囃されているのには理由がある。
それは種族的、先天的な要素の悉くを排し、極めさえすれば誰にでも使えるようになる『汎用的な魔法』の領域にまで落とし込んだ事。紛れもないマイロードの偉業。
当然、その修得難易度は恐ろしいまでに高く、少なくとも私に完全模倣できるような生易しいものでないのは確かだろう。マイロードは天才なのだ。
故に天才一歩手前の秀才である私は、マイロードではなく姉君のレミリア閣下を模倣先に選んだ。
あの方の欠陥分身魔法ならば私でも再現可能であると判断した!
要領としては先ほどの再生手順と全く一緒。私を形作る術式をそのまま複写し、放出した魔力をそれに合わせてギチギチに固めていくだけ。
こうして全魔力の半分を消費し、もう一体の私が爆誕する。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! ニッヒちゃんB参上ぉ!」
「これでお前も終わりだ! 八雲紫ぃ!」
「……本当に真面目にやっているの?」
「「当然!」」
レミリア式フォーオブアカインドの効果は『分割』である。全パラメータの半分を犠牲にする事でもう一人の分身を生み出す脳筋魔法。三つ目の人がやっている分身技に近しい性質を持つ。
ただし、閣下のそれと私の使うそれには一長一短の相違点が存在する。
まず長所として、私が元々分身体である事が功を奏したのか、知能が分割される事はなかった。
つまり私の分身は「うーうー!」言うしか能のない色々と可哀想な子にはならないのである! というかアレはレミリア閣下がおかしいような気がする。
次に短所だが……非常に寿命が短い。分身が分身を行うというバグ技だからね、その弊害が制限時間としてそのまま現れてしまった。
ニッヒBの寿命は約一分。セミの足元にも及ばない悲しき存在なのだ。
という訳で。そんな儚い生を存分に有効活用しないとね。
「そいや喰らえい! デコイ砲弾!!!」
「ぐはぁっ!!!」
「……?」
分身の背中に全力の回し蹴りを叩き込み、紫さんの下へと吹っ飛ばした。
当然紫さんの展開する結界によって衝突には至らず、車に轢かれたヤモリのようにビターンと無様に張り付くことになっている。
そう、完全密着である。
「『スカーレットニヒリティ!!!』」
「は?」
着弾確認と同時に分身を起爆。注いだ魔力をすべて破壊に回すことで、従来のスカーレットニヒリティを大きく上回る威力になる。
十分に距離を取っている私達ですら痛みを覚えるほどの衝撃。我ながら肝が冷えるね。
魔力の残滓がスパークとなって飛び散り、火柱のように湖へと降り注いでいる。
もしもこれを地上で使用していたら、霧の湖はおろか魔法の森に人里、博麗神社あたりまでとんでもない被害を齎していたかもしれない。恐るべしニッヒ爆弾。
というか、これをローリスクで連発できるであろうマイロードとは一体なんなのだろうか。フランドール博士を自認する私だが、一周回って分かんなくなっちゃった。
さて、そんな凄まじい威力を誇る分身爆弾だが、私はまだまだ満足し切っていない。
何故ならば、これを以てしても紫さんは未だ健在であろう事が容易に想定できるからだ。爆炎の奥で揺らめく不気味な妖力がその証拠だ。
でも手応えはあったね。
爆心地で大きな空間の揺らぎを感じたので、少なくとも第一の関門である強固な結界は突破できた筈。それはさえ分かれば、ひとまず十分ということにしよう。そうしよう。
どれだけゴリ押せば彼女の境界を踏み越えるに足るのか、それを見極める事ができた。
互いに相手を探り合う期間は終わり。ここからは、少なくとも私達側は、出し惜しみ無しの限界フルスロットルでやらせてもらうつもりだよ。
恐らくだが、その結果がそのまま戦いの勝敗に直結するんだと思う。
何故なら私達にそれ以上は存在せず、これで紫さんに勝てないのなら、もう手立ては無いだろう。あの妖怪の底は未だ見えない。
幽香さんとルーミアもそれは分かっているみたいで、各々が妖力を極限まで高めている。
あの二人は開幕全力ブッパが得意なニッヒちゃんとは真逆でスロースターターだからね。先の自爆はその時間稼ぎにもなったようで何より。
さあ、果たして私達はどこまで通用するのか。分身の背中から剥ぎ取っておいた異形の羽を刀のように振り回しながら、私は更なる激戦に備え汗を拭うのであった。
ラルバ…吸血鬼の
響子…超音波&破壊の力(声による細胞破壊)
チェン…純然たる暴力
という風に、それぞれが吸血鬼の特色を引き継いでいるものとする。
またチェンの演算能力やら頭脳枠抜擢は藍様の加護が悪さしている結果であるものとする。
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